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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

器用な詐欺師

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 川では思った以上に魚が捕れた。
 カイトは魚を捕るのが得意だ。
 その特技はダウスト村に向かう道中で役に立ったし、今も役に立っている。

「すげーな」
 カイトが魚を捕るのを見て赤蝿は手慣れた様子で火を起こしている。
 彼は野外生活もできるようだ。

 そもそも孤児であったので野宿などもお手の物なのだろう。
 しかし、彼は集団生活にも慣れが見えた。

 経歴はかなり面白いかもしれないし、ここで繋がりを作るのも悪くない。
 だが、カイトはその考えを振り払った。

 あの船での出来事もそうだが、自分が今まで作った繋がりなど人間の命と同じく儚い。

「じゃあ捌くからっと」
 赤蝿はどこからくすねたのか、小さいナイフを取り出して言った。
 大きい石の上に魚を置いて器用に素早く捌いていく。

 手際がいい。
 カイトは感心した。

 捌いた魚はその辺の串に刺して火で炙って食べた。
 調味料は無かったが、空腹なのもあって美味しかった。

 やはり空腹が一番の調味料だな…とカイトはつくづく思う。
 食べ終えると、口をゆすぎながらこれからの話をした。

 カイトはとりあえず人がいるところに行きたいと主張し、反帝国の勢力がいる近場の町に向かう口実を作った。
 そもそもそこを目指していたので、流れ着いた場所も近い。

 カイトの主張に赤蝿は反対することなくついて行くということになったが、彼は本当に諸島から出たかっただけなのだな…と思った。
 目的地に向かい始めると、赤蝿はカイトを見て
「カイトさん。武器って使える?多分あったほうが良さそうだよ。」
 と忠告するように言った。

 それに関してはカイトも同感だ。
 山から下り、街道に出た瞬間に数回物取りに遭っている。

 カイトも赤蝿も細身なのでカモに見えるのだろう。
 ただ、実際は逆で物取りに遭う度に懐が潤う。

 カイトも物取り程度なら返り討ちに出来るが、赤蝿が素早く反応し倒すから出る幕が無いのだ。
 動きからして、人を護衛することにも慣れている。
 カイトは赤蝿の動きを見て思った。

 そして武器についても問題はすぐに解決した。
 4回目の物取りが剣を持っていたのだ。
 それまでの物取りはこん棒のような重そうな武器であったためカイトも赤蝿も回収しなかった。
 二人とも腕力に自信があるタイプではない。
 ダウスト村で会ったマルコムなら余裕だろうが、カイトたちはあのゴリラとは違う。

「赤蝿は機動力重視の動きをするんだな。」

「そういうカイトさんだって…何か投げたりするんじゃない?」
 感心したように言うと、赤蝿はカイトの手を指して言った。
 彼の言葉にドキリとした。

 ダウスト村で戦ったが、カイトは紐につなげたりした小さい刃物を投げて戦う。
 いわゆる投擲だ。

「指の不自然な場所に古傷が多い。ペンだこかと思ったけど、どんな持ち方しているんだ?と思う位置にあるし、カイトさんはペンの持ち方綺麗だったからな。
 あと、物取りに遭ったときのとっさの身構えだよ。」
「流石だな。それにペンって、お前、船にいたときから俺を観察していたのか?」
「詐欺師は脅威を見抜く必要があるからね。こう見えてしぶとく生き残っているからな」
 赤蝿はカラカラ笑いながら言った。

 武器を持った物取りを締めあげてしばらく歩くと、町が見えてきた。
 石造りの無機質な建物が多くあるせいか、寂しい雰囲気がある。
 そして、本来なら着くはずであった港であるので、寂しい雰囲気であっても人が多くいるのがわかる。

 港には控えめだが、魔導機関の光が見え隠れしている。

「魔導機関の光がある分、町の寂しさが目立つな。翳りというのは光が無いと見えないものなのだな。」
 カイトは寂れた町を見て呟いた。
 光が無かったらただ真っ暗なだけでもっと悲惨かもしれないが。

「詩人だな。いい感性だ。今度どこかで使わせてもらうぞ。」
 カイトの呟きを聞いて、赤蝿は感心したように頷きながら言った。

「そんな大層なモノじゃないさ。」
「オレの琴線には触れたから十分だぞ。」
 そんな軽口を叩きながら町に入ると、すぐに赤蝿は視線を漂わせて警戒するような顔をした。
 カイトは何ごとかと思ったが、すぐにわかった。

 二人が確認した港の魔導機関の光は船なのは間違いなかった。
 ただし、この規模の港に泊まるにしては、少し大きい。

 デザインもカイトには馴染みが無い。
 商人がよく使う輸送船ではない。
 もっと無骨だ。
「…なあ。アレってなんだ?」
 カイトはなんとなく赤蝿に尋ねた。
 なんとなく、赤蝿はわかる気がするのだ。

「砲台や装甲からして、戦艦というにはしょぼいな。ただ、この町には不釣り合いなほど兵士を乗せている。」
 赤蝿は人差し指を立て、薄い唇を冷ややかに歪ませて答えた。
 カイトの予想通り赤蝿はわかるらしい。

 つまり、この町には規模に不釣り合いな武装集団がいるということだ。
 反帝国の勢力を長耳族が唆しているという噂の真実味が増す。
 ただ、あの船であったカウスは人を唆すようなタイプには見えない。

 長耳族の関与を確信するのは早いかもしれない。
 カイトは自分の中で情報を整理した。
 すると赤蝿がカイトの肩を叩いた。

 彼は暗い街の中で光が漏れ出している建物を指している。
 人のざわめきも聞こえるので、何かの飲食店のようだ。

「こういう場合、町の酒場ってきっと情報がいるぞ。」
 赤蝿は楽しそうに半月の形の目を三日月に歪めて言った。



 外からはあまりわからなかったが、酒場はにぎわっており、色んな人がいた。
 酒以外の食品は味の濃い保存食が多く、美味しい料理というよりも酒を飲むための料理といったものが多かった。
 ただ、それでも料理を出している店であるのは変わらずさらには酒を出している店だ。
 店の中には色んな格好をしたものがいた。

 その中でも一番多いのは気崩した兵士の服を着た者たちだ。
 何よりも彼らはこの地に似合わないのだ。
 格好ではなく、今現在帝国に反抗するこのあたりの情勢はいわば内戦状態だ。
 その血生臭さが彼等には無い。

 カイトは横目でそんなことを考えながら雑談交じりに酒場で料理と酒を注文した。
 味の濃い魚の塩漬けと
「ほんっとうに大変だったんだからな!」
 酒で気が大きくなったように赤蝿はいつも以上にうるさく叫ぶように言った。

「なんだ?船が沈んだにしては元気じゃねえか?」
「のん気に酒なんて飲めるからそこまで大変じゃなかったんじゃないのか?」
「それはオレの長所!大変だったんだからな!カイトさん!」
 赤蝿はさっそく酒を飲んでいる客に絡み、自分の苦労話をしていた。

 大げさに言っている話は事実だが、傍から見るとほら吹きに見えるかもしれない。
 ただ、頭が軽い男に見えるが、今ならわかる。
 彼は周りの人間を観察している。
 誰が一番反応したか。

「まあ、ちょっと盛ったかもしれないけど、必死だったんだ。」
「お前らみたいな優男が海の男気どりは早いぞ。」
「優男じゃねーぞ。見ろ、悪い男だろ?」
 赤蝿はいかにもわざとらしい悪そうな顔をして笑った。

「頭の悪そうな男じゃねーのか?」
 赤蝿の顔を見て言った客の声に周りも笑う。

「兄さんも騒がしい道連れがいて大変だな。」
 赤蝿の様子を見ているとカイトの声がかかった。
 それは、少しこの地に馴染まない風貌の兵士の男だった。

「まあな、お前たちは兵士なのか?」
「ああ。こんなところに来るなんて思っていなかった…」
 兵士はカイトの言葉に、うんざりとした様子で答えた。
 彼はそこから自分の状況を愚痴の様に吐き出した。

 思った以上に簡単に情報は手に入った。
 酒場にいた兵士たちは、派遣されてきた増援だったらしい。

「ライラック王国からって…」
 カイトは予想外の所からの増援に驚いた。
 酒場で宿の情報を得て、カイトたちは得た情報の宿に部屋を取った。

 暗い街だが、通ってきた町とは違って店はやっており、宿にも人が入っていた。
 部屋は一部屋しかとらなかったが、男二人だし問題ない。

「おっかしいな…ライラック王国って兵士を派遣するような国柄か?」
 赤蝿は首を傾げて尋ねた。
 なんとなくその様子がわざとらしい気がしたが、カイトはわかっている。
 ライラック王国ではなく、背後に別の何かがあることだ。

「わからないな。ただ、ライラック王国にきな臭い影が迫っているのは有名だろ」
「帝国のことか?」
「それだけで済めばいいが、そもそも帝国に対抗するための増援なんだから反対勢力だろ?」
「確かにそうだな。」
 赤蝿の様子を見てわかるが、彼もおそらくカイトと同じ結論に辿りついている。
 それでも何でこんな会話をするのかはわからないが、カイトは赤蝿が無駄な会話をするとは思えなかった。

「お前は本当にすごい詐欺師だな。」
 カイトは心から褒めた。
 出会った当初は思わなかったし、船に乗って少しの間もただの元気印だと思っていた。
 だが徐々にわかってきた。

 第三者が入る事で船内は緊張もあるが、無関係な人間と言うあと腐れの無い存在という気楽さも得る。
 彼が船員たちの周りや間できょろきょろしていたのは無駄ではない。
 それにきっと酒場のように情報を得るための会話も多かっただろう。
 何せ、船乗りは色んな情報を持っている。雑談でもホラでも色々ある。

「お前、カウスから実はかなり情報を搾り取っているだろう?」
 カイトの言葉に赤蝿は驚いた様子も見せずに口元を歪めるだけで笑みを浮かべた。

「あいつはカプラと接触したと言っていた…俺にそんな話をしたんだが、もしかしてお前にもその話をしたっていうのは無いか?」
 カイトはある夜に海を眺めながらカウスが言ったカプラの話を思い出していた。
 彼はカイトに心を開いてくれていると思っていたが、もしかしたら赤蝿に話した後の会話だったのでは?と思っている。
 そもそも、カウスは船でほとんど赤蝿と行動をしている。
 カウスがカイトに打ち明けた話を赤蝿が聞いていないとは思えないのだ。

「カイトさん。情報は知った瞬間から、所有者のものになるんだよ。
 そして、明かすところや使いどころでその価値は決まる。」
 赤蝿は特徴的な半月の形の目を細めてカイトを見て言った。
 その目には、ただの詐欺師には似合わない好戦的な光がある。

「ちんけな詐欺師じゃないなお前。もっと大きなものを動かすような厄介な詐欺師だろ?」
 カイトは確信をしていた。
 赤蝿は、大きな勢力を動かせるほどの組織に属する“詐欺師”だと。

 カイトの言葉に赤蝿は目を三日月の形に歪め、歯を見せて笑った。
「どのみち詐欺師という評価なのは本当にすごいな」
 彼は笑いながら自嘲的に言った。

「だって、お前自身が一番そう思っているから自称しているんだろう?」
 カイトは赤蝿が自信満々で自己紹介をしている場面を思い出していた。
 カイトは赤蝿が嘘をついてないと思っている。
 そのうえで彼は詐欺師であることを何度も強調している。
 余りにも強い肯定だ。

「ああ。そうだな。オレは詐欺師だ。」
 赤蝿はやはり自嘲的に言った。

 その表情を見たとき、彼のこれまでの言動が、カイトの中で一つの事実に繋がってきた。
 酷い胸騒ぎがするが、カイトは聞かずにいられなかった。
「なあ、赤蝿…お前」
 つばと共に緊張を飲み込み、カイトは赤蝿を見た。

「あか…」
 腹を決めて口を開いたとき、凄まじい轟音と地響きが生じた。
 カイトの言葉と先ほどまでの二人の間の駆け引きの緊張感は轟音の中に立ち消えた。

 赤蝿は外から見えないよう窓枠から自分の身体がはみ出ないように壁に付け、窓を覗き込んだ。
 カイトも同じく床に屈み、下から外の様子を察しようとした。

「カイトさん。この宿の裏から出るよ。」
 赤蝿は外の様子を察せたらしく、素早く窓から離れ窓の延長線上に立たない位置を通って部屋の外へ出れるドアに向かった。
「どうした?」
「ここから出兵するみたいだ。船に気を取られていたけど、この町には建物が多かった。どうやらそこに兵がいたみたいだ。」
 赤蝿の言う通り、町全体が薄暗いと思っていたが、人の気配が無い建物が多かったのだ。
 それに人が潜んでいたのなら納得だ。
 だいたいカイトも赤蝿も今日の夜町に入ったばかりなので、町の様子を完全に察せたわけではない。

「出て行ってしまえば、俺たちはやり過ごせるんじゃないのか?」
 だが、出兵ということはここから出て行くということだ。
 ならば、全部出てから動き出した方が安全ではないのか?
 カイトはそう思った。実際そうであると思う。

「それができればいいけどな。」
 赤蝿は意味ありげに笑って言った。

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