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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

悩める青年

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「濃い紫はアトマニの王族の色なのですよ。神聖国と名乗る前から持つ色なので、その色の宝石を送るのは婚姻などの深い縁を意味するのです。」
 ミツルはミナミに丁寧な口調で言った。
 彼女はどうやらこの短い時間でミナミの情緒を察したらしい。

 同じ女性だから猶更わかる事だろう。
 マルコムは隣できょとんとしているミナミを見てため息をついた。

 姉のアズミの婚姻のタイミングでミナミ宛に送ったのは、間違いなくミナミの嫁入り先として手を挙げたということだ。
 ミナミの感性は置いておいて、送られてきた時の父親と兄の心境は凄まじいものだっただろう。

 ただ、このお気楽なお姫様は国の為なら文句を言わずにどこにでも嫁入りをするだろう。
 マルコムは隣できょとんとした顔から険しい顔に表情を変えるミナミに、またため息をついた。

 しかし、思った以上にミツルは情報を持っている。
 王族の情報の片鱗もあれば、異国の情報もある。
 アロウの存在と言う説得力から、ミツルは間違いなくイルドラの出身である。
 彼女が偽りを言っていることは無いだろう。

 その彼女が保証するにも等しい身元を持つレドの情報は、正しいと見ていい。
 時の流れで多少の変化はあるが、彼の情報は貴重だ。
 彼は途中で航路の情報などは後で地図と共に文面でまとめて渡すと言った。
 話を聞いていても嘘を言っている様子も無い。

 それに海軍の少佐でおそらく船を任せられていた様子から、持っている情報もかなり多いだろう。
 そして、彼はもしかしたらマルコム達がアトマニに対して何らかの害を及ぼせると思っているのかもしれない。
 これは考え過ぎといえることだが、根底にはその希望がありそうだ。

 それほど、レドはあまりにも神聖国アトマニを敵視過ぎている。
 短い時間の話だが、よくわかった。

 プラミタを始めとする西の大陸の事で問題がいっぱいだと思ったが、北の大陸も中々な問題がありそうだ。
 それにマルコムが気になったのは、神聖国アトマニが古い知識を探しているということだ。
 イルドラの王族にかけられた”一糸の系譜”を解くためになりふり構っていられないというのはよくわかった。
 それにしても、王族は私生児を作るにしても、もう少し慎重に行動すべきだろうと呆れる。
 しかし、大事なのは古い知識を持っている存在と言うのを探しているのはアトマニ“も”ということだ。
 永い時間を生き、不思議な力や現象に詳しい存在を言うのをマルコムは知っている。
 何もなければ、アトマニは北の大陸で滅ぼした国の痕跡を探したり、異種族にどうにか接点を持とうするなどして古い知識を得ようとするだろう。

 ただ、世界はとある情報で大きく変わったはずだ。
 それは帝国が巨獣ズンドラとの共存したうえに、彼もしくは彼女が持つ英知を授けられたということだ。
 巨獣は永い時間を生き、人間以上の知識がある。
 この情報にアトマニが食いつかないわけがない。
 更に長耳族もだ。

 プラミタも巨獣の持っている知識に食いついていた。シルビオの様子からプラミタ内部でも複数の勢力が目を付けている。
 もしかしたらアトマニの勢力はプラミタにも通じているのかもしれない。
 しかし、北の大陸のイルドラはかなり最近に滅ぼされたのだとしたら、イルドラの情報を持っているものは多いだろう。それこそ、ミツルやレドのように。
 マルコムの予想では、西の大陸と交流を持っていたことからプラミタらへんに多く逃げていると見ている。それがプラミタが一枚岩ではないことに拍車をかけているのかもしれないが、考え始めたらキリがない。
 マルコムはいくつもの勢力が古い知識を、巨獣の持つ知恵を求めていることに行きついてふと思った。

 あまりにも、どの勢力も同じ方向を見過ぎではないか?

 何か、作為を感じる。
 帝国の動きをなしにしても、他の勢力の足並みが、動きや目的が統一している気がするのだ。
 誰かが、目的をもって唆しているようなそんな匂いがする。


「お前も色々情報を持っているようだな。」
 マルコムが考え込んでいる様子を見て、ライデンが探るように言った。
 そういえば、レドや母親のミツルの情報が多くて忘れていたが彼は一番新しい北の大陸の情報を持っている。

「こちらが明かせる情報は渡したよ。」
 マルコムはミナミをちらりと見てライデンに答えた。
 ミナミはマルコムに託したので、明かす情報はマルコムが調整している。
 自分が判断できないとミナミはわかっているのだろう。それに彼女はどこまで理解しているのかマルコムもわからない。
 さらに、帝国の情報をどこまで明かしていいのかマルコムに託すというミナミなりの気遣いだろう。

 ライデンはマルコムやシューラを警戒している。
 確かにマルコム達は罪人だ。
 とはいえ、ゆく先々で問題を起こしているわけではない。

 品行方正ではないにしても大人しい罪人だ。
 絡んできたゴロツキを締め上げる程度しかしてないうえに、帝国騎士団に追われているだけの比較的無害な可愛らしい罪人だ。

「うふふ。ライデンったら。年の近いお友達っていないものね。」
 ライデンの様子を見てミツルが愉快そうに笑う。
 おそらく友達には絶対になれない。
 彼女もそれがわかっているうえでの揶揄いだろう。

「じゃあ、ライデンのお話に入る前に姫様は何か質問はありますか?」
 ミツルはミナミに尋ねた。
 話した中で分からないことが無いかというものだろう。

 ミナミは少し迷っているようだ。
 レドとミツルの話の情報量は多い。
 わからないことも多いだろう。

「ミツルさんに質問と言うよりも私の常識の話だと思うから…」
 ミナミは悩んでいるようだ。
 確かに彼女は少し、かなり、相当常識が欠けている。
 ミナミはチラリとマルコムを見た。

「相当信頼されているのですね。お二人を」
 ミツルは微笑ましいものを見るようにミナミ、マルコム、シューラを見た。

 確かにアロウの話でミナミはシューラを気遣い様子を見せたし、マルコムに対しての信頼は情報の主導権を渡している時点でかなりある。

「うん。二人は私にとっては安全でいい人だから。」
 ミナミは断言し
「誰に対してもいい人よりもずっと信頼できるの。」
 と続けて言った。
 この発言にはマルコムは驚いた。だが、言っていることは正しい。
 このお姫様は本当にわかっていないようでわかっている。

 ミナミの発言に驚いたのはマルコム達だけではない。
 レドやライデン、ミツルもだ。

 予想よりもミナミが敏いことに驚いたのだろう。
 確かに彼女の行動は全く賢そうに見えない。

「君は本当によくわからないところでよくわかっているね…」
 マルコムは何度目になるのかわからない呆れを呟いた。
 シューラもだが、もう何度ミナミに呆れたことだろう。

 ミナミに呆れると同時に、マルコムは一つの情報が嫌な感じに浮かび上がってきた。
 それは、ミツルが話していたミナミの父親が探していた王族の力を継いでいる子どもは別の道を選べないと言っていたことだ。
 過去に愛人の子どもだからと完結していたと言っていたが、それを最近になって慌てて掘り起こしたのは気になる。

 古い記録を求めたのはミナミの父親もだ。
 ライラック王国の話なので、それが巨獣の知恵に関係するのかわからない。
 ミツルが情報を渡せずじまいだったということは、比較的最近の事だと思える。
 マルコムは彼女が長期にかかりそうな情報収集に対して途中経過を怠るとは思えないので、少なくとも数年以内だ。
 それを踏まえると、ミナミの父親が帝国と接触したのは他の勢力と同じく古い記録を求めた可能性もある。

 そして、ライラック王国の王族で王族の力を強く継いでいるのはオリオン王子とミナミだとマルコムは思っている。
 ホクト王子はわからないが、父親が慌てて古い記録を探り始めたのは間違いなく子どものためだ。
 ミツルもわかっていないが、“地下が”と言う発言も気になる。

「マルコムどうしたの?」
 ミナミは考え込んでいるマルコムが気になったのか、心配そうに見てきた。
 相変わらずこの姫様は憎らしいくらいお気楽そうだ。
 ただ、このくらい気楽でいてくれた方がマルコム達も気楽だ。

「いや。後で情報整理しようと考えていたところだから大丈夫。」
 マルコムはミナミに目を向けた後、彼女の先にいるシューラに視線を向けた。
 彼も頷いているので、おそらくマルコムと同じ結論に至っているはずだ。

「ミツルさんへの質問はいいの?」
 マルコムはライデンへ話を進めようとミナミ尋ねた。
 そういえば、彼女は何かわからないことがあると言っていた気がした。

「うん…どちらかというとこういう話はマルコムに聞いた方がいいから。」
 ミナミは気まずそうにミツルを見てから目を伏せた。
 確かに常識のことと言っていた。そういえば、ミナミは常識的なことはマルコムに聞くようになっている。

 あと、何やら嫌な予感がする。
 何か大事なことを見落としている。

「別に気にすることないよ。ここで聞けばいいよ。」
 シューラは何やらニヤニヤしている。
 ライデンやミツルは何故シューラがニヤニヤしているのかわかっていないようだ。

「シューラが言っていたことだからシューラにも聞くけど…その
 何が旺盛だと子どもが多いの?」
 ミナミはきょとんとした表情で首を傾げて尋ねた。

 マルコムは自分の顔が引きつるのがわかった。
 まさかこのお姫様、途中からその疑問ばかり考えていたわけではないよな?

「旺盛なことって呆れることなのかな?」
 ミナミはまったく質問の意味がわかっていないようで、純粋に答えを求めるようにマルコムを見ていた。
 いつものようにマルコムが疑問に答えてくれると思っているのだろう。

 ライデンが敵意や警戒の視線ではなく、心底気の毒そうにマルコムを見ており、ミツルは目を丸くしている。

 どう話せと?
 マルコムは頭を抱えた。
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