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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~
影に生きた男
しおりを挟むミナミは改めてライデンの屋敷に案内された。
庭から入ったが、改めて玄関の方に案内された。
「おお。橋は見たのですかい?」
そこには荷車に預けた荷物と共にレドがいた。
そういえば彼も荷車に乗っていたが、一緒に橋の見学には来なかった。
「うん。とっても大きくて綺麗だった。」
ミナミは純粋に素直な感想を言った。
「それはよかったです。この地の数少ない自慢ですから。」
ライデンに似た女性はミナミの言葉に嬉しそうに微笑んだ。
ただ、ミナミは彼女の名前がわからない。
好意的に見てくれているようだし、おそらく彼女がライデンの母親だというのはわかる。
はつらつとした美人だが、老けているというわけではなく年輪を感じるのだ。
「ああ、そういえば自己紹介を忘れていました。」
ミナミの視線に気づいたのか、彼女は姿勢を正して礼をした。
着ている服もそうだが、貴婦人というよりもやはり武人に見える。
彼女はヒールのある靴だが足首がしっかりと固定された長いブーツを履いている。
首回りまでしっかりと覆われたブラウスはシンプルでウエストよりも少し高いところでコルセットのようにベルトを止めるタイトなズボンは動きやすそうな生地だ。
羽織った丈の長いジャケットについたブローチや裾のレースで女性らしさは見えるが、華やかな貴婦人という印象は無い。
色合いもベージュと濃紺という控えめで静かな色合いだ。
ただし、彼女自体が目立つ緑色の髪を持っているのもあるのかもしれない。
「私はミツル・イル・ボルダーといいます。ライデンの母親でとりあえずこの地の領主の妻という立場です。」
彼女は目を細めて優しく微笑んで言った。
その表情には悪意はなく、誠実さがあった。
ただ、夫である領主に対してはあまりいい感情は無いようで、それを隠すこともしていない。
「少佐から話はすべて聞いています。情報も喜んで提供します。」
ミツルは目をレドに向けてからミナミたちを見て言った。
そういえば、彼女は少佐の言った通りと言っていたが…
「少佐ってレドさん?」
マルコムは驚いたようにレドを見ている。
「昔の話だぞ。それに所属していた軍も無いし国も無くなった。」
レドは何かを嘲るように言った。
どうやらレドは結構偉かったみたいだ。
マルコムとシューラの視線が変わった。
ただ、ミナミは少佐と言う立場がどの程度の偉さなのかわからない。
「ミツル様は、いい加減農村の老いぼれをただの村長と扱って欲しいものですな」
「あら。私が知っている数少ない母国の軍人だもの。尊重させてくださいな。」
レドの言葉にミツルははにかむような笑みを浮かべ、懐かしむように言った。
どうやら二人はライラック王国に来る前からの顔見知りのようだ。
「では、荷物を運ばせますし状況が安定するまで滞在する部屋も準備します。」
ミツルは玄関に立たせたままだと気づいて、すぐに使用人を呼び荷物を運ばせた。
ミナミたちは広い客間に案内され、くつろぐように言われた。
ミツル自らお茶を淹れてくれ、彼女は情報提供にかなり積極的に思える。
しかも、自分が淹れたお茶をしっかりと先に飲んで見せるという毒の心配が無いというアピールを欠かさない。
もちろん先にシューラが匂いを嗅いで飲んでからミナミは飲むのだが、安心感がある。
シューラ、マルコムと毒見が終わったのでミナミは心置きなくお茶をいただいた。
いい香りがして優しい味のお茶だ。
ほんのりと鼻に抜ける爽快感がある。香りは爽やかだが味はふんわりとしている。
美味しいお茶にミナミは思わず微笑んだ。
「お気に召していただけたようで」
ミナミの様子を見てミツルは嬉しそうに目を細めた。
その様子は貴婦人であると分かるもので、武人っぽく見えながらも女性の魅力があってとても稀有な女性だと思える。
「とても美味しいわ。ありがとう。」
ミナミはお礼を言った。お礼を言うのは大事なのだ。
「では、先に聞ける範囲で姫様たちの状況を聞いてもいいでしょうか?」
「うん。マルコムお願いしてもいい?」
ミツルの言葉にミナミは頷いた。
だが、ミナミはどこまで情報を言えばいいのかの境目がわからない。
ミツルは信頼に値する人物だとミナミは思えるが、ミナミの状況の話をする際にマルコム達の話も必要だ。
どこまで話して大丈夫なのかわからないのと、ミナミ自身が状況を読めていない個所もあると思うので、一番まともそうなマルコムに任せるのだ。
「わかった。」
マルコムは短く頷くと、ミツルをじっと見つめた。
まるで探るような視線だ。
何か思うところがあるのだろうか?
「まず、夫人は」
「夫人はやめて。ミツルでいいわ。」
マルコムの言葉にミツルはすかさず答えた。
どうやら夫人と言われるのは嫌いなようだ。
「ミツルさんはダウスト村の協力者ですか?」
マルコムはきちんと言い直してから尋ねた。
ミナミは状況が見えないのでマルコムの質問の意図がわからない。
しかし、マルコムの発言で思い出した。
惑わしが防犯として使われた話だ。
ダウスト村の入口に当たる洞窟にそのようなものがかけられていた話があった。
マルコムの言葉にミツルは目を丸くしたがすぐに納得したような顔をした。
「ええ。そもそもあんな村、領主一族の誰かしらの協力が無いと作れるはずないでしょ?」
どうやらミツルはダウスト村と関連があるらしい。
「でも、思った通りダウスト村に滞在していたのね。それでガイオは元気だったかしら?」
ミツルは村長であるガイオとも面識があるらしい。
「ガイオさんと知り合いということは、貴方はアロウさんとも面識があるのでは?」
「あら。当然よ。だって、私がこの国に嫁いだのはアロウの誘いだったのだから。」
マルコムのと言うにミツルは当然のように答えた。
確かに国の裏を知るアロウは、ダウスト村の協力者であるミツルと面識があるのは当然のように思える。
しかし、ミツルがお嫁に来たのはアロウの誘いということは、アロウは少なくとも諸島外に行ったことがあるのかもしれない。
「なら、彼が死んだのは知っている?」
マルコムは少し低い声で尋ねた。
その声色は悲しいというよりも相手の人間性を見ようとする推し量るようなものだった。
「噂では聞いたわ。でも当然よね。
陛下が亡くなったのなら、彼は死に場所を探していたのでしょうね。」
ミツルは少し悲しそうに目を伏せたが、口元は笑みを描いていた。
「死に場所…」
シューラは下を見て呟いた。
アロウはシューラを庇って死んだ。なので彼は他の人よりもアロウの死に思うところが多い。
ミナミはそんなシューラを見てちょっと苦しくなったので、誤魔化すように彼に寄り掛かった。
「アロウの死を気にするなとは言わないわ。いえ、絶対に言わないわ。
だって、彼に関わりのあった私も彼の死は悲しいもの。だから、気にしないでなんて口走る事は絶対に赦せない。
ただ、アロウはどういう気持ちで陛下の死後生きていたかはわかるの。
彼は死に場所を探していたはず。計算高い彼は一番価値ある形を選びたかったはず。」
ミツルはミナミ、マルコム、シューラと順番に目を向けた。
おそらくシューラの様子から一番衝撃を受けたのは誰なのかわかったようだ。
「貴方達はまんまとそれに引っ掛かって、逃げられなくなったってところね。
御気の毒というのと同時にお礼を言いたいわ。」
ミツルは言っていることは皮肉の様だが、表情は優しかった。
「アロウさんは陛下の異母兄弟ですか?」
「あら。そこまでわかっているの?」
マルコムの問いにミツルは驚いたように言った。
ミナミも初耳だったので驚いた。
ただ、シューラは納得した顔をしている。
「厳密にはそうだけど、アロウは運よく王族の力を持っていなかったから別の人生を選べた。
だから彼は一度死んで全くの他人として生きることを選んだ。彼は絶対に陛下との血縁なんて認めないわ。」
ミツルは断言した。
彼女の言う通り、アロウは血の繋がりよりも強い繋がりがあると強調していた。
それは血の繋がりを否定するような強い意志があってのものだっただろう。今になるとよくわかる。
「王族の力があったら選べなかったような言い方だね。」
マルコムはチラリとミナミを見てから慎重な口調で尋ねた。
「ええ。私も詳しく知らないけど、”地下”がどうとかと言っていたわ。昔は愛人の子だからとか言っていたけど、最近それでタレスが…陛下が何か慌て始めていたわ。
私の所に古い記録を探す伝手を求めてやってきたもの。諸島群のことはわからないから、できる限り手を尽くすって言って保留したけど、亡くなってしまったからわからずじまいね。」
ミツルは眉を顰めて言った。話の内容から彼女はミナミの父親と比較的交流があったようだ。
もしかしたら王位を継ぐ前からあったのかもしれない。
そして、何か思い悩む様な素振りがあるのは、何も助けにならなかったからなのかもしれない。
ただ、思いがけない情報の持ち主にマルコムも満足しているようだ。
ミナミも知らなかった父親の話を聞けて寂しいが嬉しい。
シューラもアロウの事を知れて心が多少軽くなったのかもしれない。
ここでミツルと接触できたのは思わぬ収穫だ。
ただ、ふと思った。
ダウスト村経由でロートス王国に入るなら、この町を通る必要がある。
もしかしてアロウはミナミたちがミツルと接触することを想定していたのでは?
「なるほど…ここまでアロウさんの手の上か」
マルコムは納得したように頷いた。
「彼はいい性格をしているからきっとそうね。でもそれにしては来るのが遅かったわね。」
ミツルもマルコムと同じようにアロウの想定通り自分がミナミたちと接触することになっていると分かったのか、困ったように笑っていた。
ただ、彼女はもっと早くやってくると思っていたようだ。
それに関しては色々あり過ぎた気がする。
ダウスト村での事件から魔獣の暴走まで…
ミナミはチラリとマルコムを見た。
マルコムも頷いてミツルを見た。
「ここから話すことは今回の事にも関係する。」
と前置きを置いてから、マルコムはダウスト村であったことをざっくりと話した。
ガレリウスが盗賊と通じていたことやプラミタから魔獣を輸送しそれが今回の騒動の元であったこと。
さらにはその背後にいるのは長耳族でプラミタの魔術師もダウスト村にいて、内部のゴタゴタにも巻き込まれたこと。
その話にライデンは顔を歪めている。魔獣の被害を目の当たりにしたから猶更だろう。
ミツルは表情を変えずにマルコムをじっと見ている。こういうところを見ると、ライデンはミツルよりも未熟であるのだな…と思える。
「あと、ダウスト村側は帝国と接触するはずだよ。何せガレリウスが死神にケンカを売ったから。」
とマルコムは続けてガレリウスが帝国と接触したことや、帝国がプラミタと協力体制で探ってくる可能性を話した。
「…なるほど。これは私たちも聞いてよかった話ね。こちらも帝国の介入がある前に準備ができるからありがたいわ。」
そう言うミツルは勇ましい顔をしている。
何となくだが、この地の領主の仕事ってほとんどミツルがやっているのは?
ミナミはそんなことを思った。
「準備はわかるけど、ミツルさんは帝国を警戒しているんだね。町では時間が経つにつれて帝国が来てよかったという空気に変わっているらしいけど」
マルコムは探るようにミツルを見た。
マルコムの言うことはあっている。
ミナミは心苦しいが、上層部の不祥事や汚職が明らかになっているため帝国は徐々に正義の味方のように思っている国民が増えている。
「支配者階級であるから、彼のお陰でよくなったことも多くて悔しい思いをしているわ。よかった面があるのは確かよ。
でも正直彼らは劇薬よ。善意もあるかもしれないけど、私は完全な味方だとは思っていない。」
ミツルは断言した。
確かに彼女の言う通りだろう。そもそもミナミたちは追われている。
「ライデンとは違って私は帝国の面々を実際に見に行っているのよ。
あのクソ夫がライデンは王都に呼ばないようにしていたけど、ホクト王子一派の取り調べの時に私を召喚したのよ。
何かあったら私を切り捨てるつもりだったのかもしれないから、私が切り捨ててやったわ。」
ミツルは口を歪めて嘲るように言った。
あまりにも身勝手な領主の話にミナミたちは思わず黙ってしまった。
ミツルはその様子を見てにっこりを微笑んだ。
「信用できるのは…あの王都で暴れまくっている副団長ね。俗にいう”死神の狂信者”だけは信用できるわ。」
ミツルは自身の手元にあるカップを眺めながら言った。
副団長と言うことはエミールの事だ。
ミナミは彼が暴れまわるという印象が無いので驚いた。
確かにマルコム達に向けていた敵意は激しいものだったが、暴れまわることに繋がる気がしない。
「意外だね。彼は盲目的に死神を尊敬している。信用には程遠いんじゃない?」
「あら、それはかなり軽率は判断ね。微笑みの貴公子様。」
マルコムの言葉にミツルは嫌味のように言った。
どうやら彼女はマルコムの帝国騎士団時代のあだ名を知っているようだ。
マルコムはわかりやすく顔を歪めた。
「実際に私の取り調べは彼がやったのもあるけれど、王都の様子や彼の異国での暴挙を聞いたわ。
確かに彼は団長である黒い死神を盲目的に尊敬していると言えるけど、彼の常軌を逸した行動は全部彼の行動なのよ。
命じられた行動には忠実であるのは騎士であるなら当然だけど、それ以上の働きをしているのは全部彼の意志の行動。
つまり、彼は自分の意志で行動を起こす。」
ミツルは指を立てて諭すように言った。
「それで常軌を逸した行動をするのは危険な奴だとは?」
マルコムはミツルの言いたいことがわからないようで、不満そうに眉を寄せている。
おそらく微笑みの貴公子と呼ばれたのが嫌だったのだろう。
マルコムの様子を見てミツルは子どもを見るような目で微笑んだ。
実際、ミツルから見たらマルコムは子どもだろう。というよりもマルコムはライデンと年も近いだろうしまさに子ども世代なのだ。
「危険なのはわかるわよ。けど、彼の王都での話を聞くと変わるわ。
彼は不正や汚職を締め上げるのが大好きなのよ。王都の貴族なんて震え上がっているらしいわよ。
私の取り調べも、とても公正だったわ。それにとても愉しそうだったわ。
つまり、彼は規則や枠の中では公正というわけ…だって、暴挙も戦闘時や相手側の命を帝国が握っている状態のことでしょ?
そんな中で侮蔑の言葉を投げかけた敵側の方が問題があるわ。もちろん彼の激情は狂気じみているけどね。」
ミツルは困ったように微笑みながらもどこか愉快さを感じている口調で言った。
大人の女性の余裕が見えてかっこいい。
「敵側に対しての行動はともかく、王都でそんなことやっていたの?あの人。
それ初めて聞いたんだけどなにそれ」
マルコムは固まって言った。
どうやらマルコムも知らない話のようだ。
もちろんミナミも知らない。
「あらそう。でも、これが私が副団長を信用する理由の一つよ。
ああ、赤い死神は論外よ。一番信用できないわ。もちろん噂通り、騎士たちがついて行くのもわかる武人ね。
けど、商人よりも質が悪い詐欺師のような男だわ。本人に魅力がある分なおさらよ。
ただ、協力相手としては頼りになる事この上ないのは確かよ。」
対してミツルはリランの評価は辛らつだ。
ミナミはちょっと悲しいと思ったが、確かに初めて彼と会ったときの様子やオリオンに対する態度、マルコムに対する怒りの様子を思い出すと彼の人となりがわからなくなる。
ミツルの評価は妥当かもしれない。
「現段階で彼らと手を結ぶ状況に落ち着いたオリオン王子はよくやっているわよ。あのプライドの塊が成長したわ。」
ミツルは眉を顰めて困ったように笑いながら言った。
オリオンに対する庇護的な視点がある事から彼に対して好意的なのがわかる。
「エミールさんの話は知らなかったけど、リランは概ねその通りの人間だからね。
貴方の人を見る目は相当だね。」
マルコムは感心したようにミツルを見て言った。
「あら、嬉しいわ。」
ミツルは当然のことだと言わんばかりに余裕のある笑みを浮かべた。
彼女は、人を見る目はあると自信を持っているらしい。
「さて…それでは、少佐の話から昔話でも始めましょうか?」
ミツルは視線をふてぶてしくお茶を飲んでいるレドに向けて言った。
レドは眉をピクリと動かし、ゆっくりとカップを置いた。
「それでは、まずは儂の滅んだ祖国の話から始めなければなりませんな…」
レドはしみじみと何かをかみしめるような口調だった。
ミナミは諸島群以外のことは詳しくない。そもそも諸島群のこともあまり詳しくない。
なので、別の大陸の話はとても興味がある。
「儂の祖国は、北の大陸にあったイルドラという国でした。」
レドはポツリと話し始めた。
応援ありがとうございます!
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