世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

吉世大海(キッセイヒロミ)

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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

薄ら笑いの参謀

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 並んで手を繋いでいる家族。兄弟。親子。
 何も感じないと思っているのに目で追ってしまう。

 肉親であるあの女は決して手を繋いでくれない。
 心も、言葉すら受け取ってくれない。

「ああいう弟が欲しかった…」
 口に出した言葉は腑に落ちた。
 自分は家族が欲しかった。

 そう自覚したときに、目の前で赤が広がった。
 光沢のある赤だった。

 気が付くとあの女を見下ろしていた。
 あの女の髪が赤く染まっていく。

 それと同時に彼女は目を細めて悲しそうに笑った。
 何か吹っ切れた顔をしていた。
 自分の姉への対抗心、一族の役に立ててない自身へのいら立ち、くだらないプライドを持ったために、それ故の言動を貫き通すために、自分と我が子を犠牲にした哀れな女。

 最後の行動で彼女のわたしへの仕打ちが消えるわけでは無い。ただ、死んで逃げられた。もうどうにもならないものになった。

 赤に囲まれた母は、綺麗だった。
 黒に侵食され温度が消えていくが、とても綺麗でとても悲しかった。


 赤と黒。
 あの船もそうだ。
 何も背負っていないというのはとても楽しかった。

 しかし、気のいい船員たちはみんな死んだ。
 自分が殺したのだ。
 気を遣ってくれたあの黒髪の商人はどうだろうか?
 それに、あの赤い髪の青年も…

 自分はなんで、厭っている者たちのために好きなものを消さなくてはならないのだ?
 心を砕きたかったものを機械的に消さなくてはならないのだ?
 一族、種族、そんなもののためになぜ失わなければならない?

 胸に宿った小さな種火だった。


 目を開くと、なんの感動もないただの天井だった。

「カウス様…お加減は?」
 気づかわし気に聞いてくる男は、部下だったのか覚えていない。だが、見たことがある。

「気分が悪い。消えろ。」
 思った以上に強い言葉が出た。
 部下らしき男は飛び上がって驚き、慌てて出て行った。

 カウスは無意識に枕を叩きつけていた。
 よくわからないが、叩きつけたかった。

 何故あんな言葉が出たのか、なぜこんなことをしているのか。
 わからない。

「お前がそんなに荒れるなんて珍しいな。」
 嫌な声がかかった。
 見られていることにも腹が立ったが、この場に自分以外がいるのが嫌だった。
 それに、どうしてこの声の主がここにいるのかもわからない。
 不愉快だった。

「おい…睨むなよ」
 無意識に睨んでいたようで、彼は驚いた顔をして黙った。

 彼は長耳族の特徴である耳に大量のピアスを揺らし、彼自慢の濃紺の髪は鎖骨の上に下ろされ、艶やかに揺れている。
 そして特徴的な赤い目と黒い瞳は驚きの色がある。
 カウスと違ってこの男は目の白目部分が赤い。これは戦闘特化型の長耳族に多い。
 ただ、彼は戦闘特化とは少し違い肉弾戦はからっきしだ。

 彼は、カウスと同じ長耳族第二部族であるフカン・ロ・エンジュ呪術参謀だ。
 特異な能力で情報収集し、魔術とは違った能力で攻撃をする。
 実際の役割は参謀であるのが、自分の能力の特色を示したいのか、自身で“呪術”参謀と名乗っている。
 変なところで自己顕示をする。
 ただ、彼の場合“呪術参謀”という呼び名よりも“微笑みの参謀”という呼び名の方が有名だ。
 カウスから言わせたら“薄ら笑い”としか思ないが。

「相変わらずのぞき見が趣味か?フカン」
「珍しくお前が感情的になっていたから見たくなるだろう?鉄仮面どの。」
 カウスの言葉に目の前の男、フカンは困ったように笑って言った。
 先ほどまで驚いていた様子が嘘のようだ。
 そして、彼は口元に慣れたように笑みを浮かべた。頬には笑みを常に浮かべているせいか、深い笑窪がある。

「カプラとの接触失敗がそこまでショックだったのか?」
「…カプラ…ああ、そういえば、そんなことをしたな」
「おいおい。長老様たちに怒られるぞ。」
「くだらん。」
 彼の言葉など、自分が気にすべきことではない。一族の長老たちも、たった今胸に宿った種火を広げる存在に思える。
 一旦落ち着く必要がある。このような一族に不利益になる感情を持ったままであってはならない。
 カウスはそう自分に言い聞かせ、小さく深呼吸をした。
 しかし、どこかで問う。

 なぜ落ち着く必要があるのだ?そもそも、もともと厭っていた存在であるのに、なぜだ?

「でもお前はいいなー。俺なんて使えない人間たちを誘導しないといけないんだから。」
 フカンはカウスの様子や葛藤など気付いていないようで、気楽そうに自分の話を始めた。
 相変わらず彼は薄笑いを浮かべ、そして、自分本位だ。
 カウスの元に来たのもどうせ暇で話し相手がいなかったからだ。
 更に言うなら、興味があったからだ。カウスがどんな目に遭ったのか。
 決して気遣いなどではない。
 目の前の男は、自己中心的な男だ。

 しかし、その興味にしても彼がこんな場所にいる意味がわからない。
 カウスはあのあと長耳族の船まで飛んで戻った。
 あの船が沈んだ場所から遠く離れていない。
 本来ならこの男は、ライラック王国か西の大陸にいるはずなのだ。
 人間の誘導がここにいる理由なのだろうか?

「使えないに人間も長耳族も関係ない。無能に種族は関係ない。」
「それは否めないけど、お前そんなことを言っていると人間びいきって言われるぞ?…まあ、今更だけど」
「贔屓とかではなく私は無能が嫌いなだけだ。」
「それは俺も同意だなー。」
 カウスの言葉にフカンはへらりと笑みを深くした。なにも知らなければ愛嬌があると思う表情だ。

「しかし、人間を誘導とはどういうことだ?」
「ああ。なんかこの辺りで帝国に制圧された国で、中継地点として最適な場所があるんだよ。
 絶対に帝国はそれを見越して制圧したんだろうけどさー。それを奪い返せって言われたんだ。」
 フカンは困ったように唸りながら首を傾げた。彼のピアス同士がぶつかった金属音が響く。
 いつも思うが、うるさくないのか?

「ご苦労なことだな。しかし、私には何も来ていないが?」
 しかし、フカンが言ったことはカウスは初耳だった。もともと周りは気にしないが、作戦などは耳に入ってもおかしくない立場だ。

「そりゃあ小物だから天下の鉄仮面サマのお手は煩わせたくないってこと。うまい具合に人間ちょろまかして一部隊くらいの戦力を手に入れたらしいんだよ。
 今は黒い死神はプラミタにいるし、赤い死神はライラック王国にいる。」
 フカンはカウスを小ばかにしたような口調で言った。そんな口調でも言ってもカウスは何も気にかけないので問題ないが、他の長耳族なら逆上しているだろう。
 だからフカンはどんな態度でも気にしないカウスにばかり構うのだ。

 ただ、最近よく聞く帝国の死神たちにカウスは少し胸がざわついた。
 船でよく話題に上がっていた。
 言いようもない感覚や感情が胸に広がっている。

「だとしても、長耳族からは戦力は出さない…か。まあ、長老たちの考えそうなことだ。」
 それを誤魔化すようにカウスはわざとらしく話題の矛先を別に向けた。
 ただ、彼がここにいる理由はわかった。ということはこの辺りは戦場になるのだろう。
 あの船に乗っていた面々も、自分が手を下さなくてもいずれ死んでいた可能性が高い。
 そう思うと少し気が楽になった。

「俺もお前もライラック王国制圧がメインだろうな。
 …あ、お前いとこいるんだっけ?女?男?お前の血縁なら絶対美人だろ?」
 カウスの事など気に留めず、彼はおのれの興味に話を持っていく。
 非常に楽だ。彼の興味が自分に向かない限りは。

「男だ。ついでに言うなら顔立ちは私にそっくりだ。」
「なんだ。男かよ。しかもお前と同じ顔なら嫌だな。」
 フカンはあからさまに嫌そうな顔をした。何を望んでいたのかよくわかる。
 彼は自分の欲望も隠さない。

「妹は二人とも美人だと聞いたが?上は既婚者だが」
「へえ。いいね。美人の妹。ちょっと頑張ろうかな?」
 ついでにカウスはフカンの興味が沸く話をした。
 案の定彼はわかりやすく興味を示した。

 本来、カウスはどんなに興味を持たれてもそれに苦痛を感じることは無い。ただ、今は違う。
 誰にも触れてほしくないのだ。
 何に触れてほしくないのかわからないが、とにかく遠ざかりたいのだ。

「…ライラック王国での鬼門は赤い死神と狂信者か…」
 フカンはライラック王国制圧へ頭がいっぱいになっているようだ。
 こちらに気にせず呟いている。

 “赤蝿の髪って赤い死神に似ているのか?”
 “そうだぞ!というよりもそのものだぞ!”
 ふと船の中での会話を思い出した。

 そして、破壊され沈む船の中で手からすり抜けた艶やかな赤。
 自分と同じ色味なのに全然違い、暗くぞっとするほど冷たい瞳。

「…会ってみたいな…」
 カウスは無意識に呟いた。

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