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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~
せわしないお姫様
しおりを挟む青年の言葉にシューラとマルコムは身構えた。
レドは驚いた様子を見せている。
「え…えー?なにかなあ?おひめさまってだれのことだろう?」
ミナミはしらばっくれた。
周りが静まり返った気がする。
沈黙が辛い。
無意識に手がソワソワと動いてしまうが仕方ない。
頭は回らないのに、仕草はそれを補おうとせわしなくなってしまう。
ミナミはキョロキョロと助けを求めるわけでなく、目の前の青年から目を逸らした。
何か言わなくてはいけないが、言葉が出て来ない。
口がもごもご動きかけても発言まで至らずにいるが、ミナミは必死に言葉を探した。
マルコムとシューラがため息をついている。
何だか呆れられている気がするが、仕方ないのだ。
ミナミは頑張った。
しかし、目の前の青年は顔見知りであるのだ。
誤魔化せない。
新緑を思わせる鮮やかな髪色と、髪と同じ色の太い眉。
切れ長な目の中の瞳は濃紺で鋭い光を持ち、昔から変わらない。
ただ、ミナミの記憶よりも少し体格が良くなって気がした。
ミナミの前にいる青年は、ライデン・イル・ボルダーという名で、珍しくミナミの父親が目にかけていた国内の貴族の子息だ。
噂によると、彼は母親の実家がある北の大陸に留学に行っていたと聞いたが、戻ってきていたようだ。
「…」
そして彼もミナミのことを呆れた顔で見ている。
解せぬ。
「ほっほ…儂とライデン様だけでよかったのう。」
レドはカラカラと笑っていた。
「…っち。シューラもこんな見るからに貴族な奴に油断するなよ。」
マルコムは舌打ちをして言った。
「この国の貴族って言うわりには平和ボケの気配が無かったんだよ。まともそうだったし。
だいたい、僕から見たら貴族には見えなかったんだよ。」
シューラは口を尖らせていた。
マルコムがシューラを偽名でなく呼んだということは、しらばっくれるのは無理だと判断したのだ。
「っ…おい。お前姫様と行動しているシューラってことは東の大陸の悪魔か?」
ライデンは警戒するようにシューラを見た。
「二人は私にはいい人だから大丈夫だよ。
それに、マルコムとシューラが私と一緒にいるのはお兄様の頼みでもあるの。」
ミナミは開き直った。
もう認めるしかない。
それに、認めるとここで一番地位が高いのはミナミになる。
そして、マルコムとシューラとの行動の後ろにはオリオンがいることも伝えた。
言葉の重みが変わったのを察知したのか、ライデンは顔を歪めたがしぶしぶと言った様子で頷いた。
それからミナミに向き直った。
「…噂で聞いた。陛下の葬式には出席できなくて申し訳ない。」
ライデンはその場で膝をついて頭を下げた。
「いいよ。戻って来たもの私知らなかったもん。」
ミナミは別に謝られることではないと思うのでライデンの謝罪を断った。
「ねえ。誰?」
マルコムは腕を組んでライデンを睨んでいる。
そういえば、レドはわかっているみたいだがマルコムとシューラはライデンのことを知らない。
「彼はね、ライデン・イル・ボルダー。この辺の領主の長男なの。
北の大陸に留学に行っていたって聞いていたから戻ってきたの知らなかった。」
ミナミはライデンを指して言った。
「ああ。領主が次男に譲りたがっているって言われていた長男の方だったんだ。」
シューラが納得した様子で言った。
それからレドを見た。どうやらレドから仕入れた情報のようだ。
「領主の子息って言っても、俺に権限なんてねえよ。現場の兵士をどうにかするしかできないし、それこそ今回みたいな緊急事態しか動けない。」
ライデンは諦めた様子で言った。
ミナミも噂で知っていたが、ライデンは父親と険悪らしい。
正妻が健在とは言え、領主である父親はほとんど愛人と過ごし彼女の子である弟を可愛がっている。
「えー。ここまで来てお家騒動に巻き込まれるの?」
シューラが嫌そうな顔をした。
「ミナミたちのこともお家騒動の延長線上のものだし、今更だよ。
だいたい権力抗争なんて、お家騒動が絡まないものの方が少ないよ。」
マルコムは当然のことのように言った。
その言い方や開き直り方は、やはり元貴族である。
「そういえば、お主たちはもう十二分仕事をしておるな。」
レドはふてぶてしく床に敷かれた布に座り、どこから出したのかカップを持っていた。
どうやらお茶を希望しているらしい。
ミナミが薬缶を取ろうとしたら素早くマルコムが取り、レドの持つカップに淹れた。
素早い…。ミナミは次は自分が淹れようと思った。
「いや、お前はやるなよ。仮にも自分で王族だって名乗ったんだから…」
ライデンは呆れた様子で言った。
「ガッフゴ…にぐわっ…」
お茶をすすったレドが何やら呻いた。
その呻きを聞いてミナミは目を逸らした。こころなしかマルコムの口が緩んでいる気がする。意地が悪い。
その様子を見てお茶を誰が淹れたのかわかったのか、シューラとライデンは少し気の毒そうな顔をした。
レドがしばらくむせている間に、ライデンは外の兵たちに村へ向かうように指示を出しに行って戻ってきて、シューラはコロの入った鞄をマルコムから渡されていた。
心なしか鞄が嬉しそうに揺れているので、きっとコロはシューラをペロペロしているのだろう。
レドは結構な時間むせていた。やはり年だからだろうか?
シューラは薬缶に入ったお茶を見て目を丸くし、なんとお茶を淹れなおしてくれた。
しかも、ミナミの淹れたお茶は別の容器に取っておいてくれている。
少し恥ずかしいが、シューラは何か思うところがあったのだろう。
「じゃあ、レドさんはもう俺らに報酬はくれるってわけだね。」
マルコムはカップのお茶をちびちびとすすっている。
マルコムが飲んでいるのは、ミナミが淹れたお茶だ。彼はまだ内部損傷が治りきっていないので仕方ない。
「ああ。もう町の兵も出してもらった上に物資も来た。さらに領主一族にも認知してもらえたのだから、十二分だろう?」
レドはシューラが改めて淹れたお茶をすすっている。
「まともそうな息子がいるなら、頭の挿げ替えも簡単に行きそうだし、領主である父親と不仲で彼が最近まで留学していたのもいい方向に働きそうだよね。
やらかしを止められない位置にいた。資格は十分だって。俺が帝国側やオリオン王子側ならそう言って彼を領主にする。
やっぱり家族に尻拭いさせるのが一番楽だし、問題も少なくて済む。
なによりも、王国側が後でも強く出れるからね…」
マルコムは悪い顔をしている。
「それで、報酬の方をもらえるの?」
シューラはレドを推し量るように見て尋ねた。
彼の赤い瞳がキラリと光っている。
「もちろんだ。といっても昔話だが、この安定した航路を得た今と違い、昔の海軍の話は魔獣ありきだった。」
レドの話にマルコムもシューラも頷いた。
ミナミも海の魔獣の情報が欲しかったのがわかっているので、マルコムが想定したとおりの報酬になりそうだ。
「待て!」
話を始める前に、ライデンが慌てた様子で割り込んできた。
「なんじゃ?ライデン様。この部外者たちに約束した報酬を渡さなければいけません。彼らはこれで手を引いて後は我々当事者が収めるのが筋。
それにオリオン王子の思惑はわかりませぬが、帝国に追われている身。いつまでも安全でない場所にとどめておくことはできませぬぞ。」
「事態の収束や、多少の情報提供も欲しい。報酬はそれからでもお願いできないか?」
ライデンはレドとマルコム達を交互に見た。
「ライデン様。彼らは部外者です。こちら側が先に定めた報酬を払ってからにしてください。その場合はそちらが報酬を出すのが筋では?」
どうやらライデンはレドの依頼の延長線上としてもう少しマルコムやシューラの力を借りたかったのだろう。
ただ、レドはそれをぶった切った。
ミナミはライデンも少しずるいな…と思ったが、レドはわざとここでぶった切った気がする。
確かに、もう少し落ち着いてから報酬でも不自然ではないと思うが、何か思惑があるのだろうか?
「彼らは別の大陸の話を聞きたがっていますな…そういえば、ライデン様は北の大陸に行っていましたよね。」
レドは何か思いついたように言った。
その言葉でマルコムとシューラは目を見合わせてからニヤリと笑った。
ミナミは状況がわからないが、二人が笑顔なのできっといいことなのだろうと思った。
逆にレドの言葉にライデンは顔をひきつらせた。
「それに、あの町の屋敷に母君も住んでいますよね。
彼女は北の大陸の出身。」
レドは愉快そうに笑いながら言った。
「ひ…は…母上に故郷の話をさせるのですか!?」
ライデンは上ずった声を上げた。
よくわからないが、彼の母親に故郷の話をさせたくないようだ。
マルコムとシューラはまた目を見合わせて笑い、そして頷き合った。
二人がおそろいの表情をして言葉を交わさずとも通じている感じが羨ましい。
ミナミもああやって頷き合える関係を築きたいものだ。ミナミは一人頷きながら思った。
「あと、ロートス王国に穏便に入りたいんだよね。」
マルコムは目を細めてライデンを見て言った。
顔がいいから威圧感も凄い。
ミナミは感心した。
いつかあんな威圧感を出せるようになりたい。
マルコムの威圧感に屈したのかわからないが、ライデンは悔しそうに顔を歪めてから頷いた。
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