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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~
資格のある青年
しおりを挟むシューラとレドが町を出発するころには外は真っ暗になっていた。
月の高さから日をまたぐくらいの時間だろう。
ライデンは本当に兵士を束ねる立場のようだ。
シューラたちとの話をしている段階でもうすでに準備をしていたらしい。
国境の町の前では、いくつかの物資を乗せた荷車と十数人の兵士が待っていた。
武装もしっかりしており、癒しが使えるかは別として医療の心得を持つものもいるらしい。
遅い時間にも関わらずよく準備をしたものだ。
つまり、シューラは村に向かう準備が万端の状態で報告を聞き出されていたということだ。
報告は関係なしに村には行くことは決めていたのだろう。
また、シューラたちが村長やライデンに役場で待たされた時間の理由もわかった。
納得は出来るが、少しモヤモヤとする。
「レドが来ているんだ。魔獣の首を持った男の話もすぐに回ったから準備をするのは当然だろう。」
ライデンはシューラの不満を察したのか、当然のように言った。
先ほど声を荒げていたというのに、段取りがいい。
兵士たちも彼の言うことを聞いているし、町長は様付けで呼んでいた。
それに気になったことを口走っていたのをシューラは気づいている。
シューラはライデンではなくレドを見た。
レドはシューラの視線を受けてニコリと可愛くもない笑みを浮かべた。
「準備万端と言っても、町に残す戦力は絶対に必要であるから、物資と元気のある兵士を十数人だ。」
ライデンはレドを見て言った。
「ありがたい。物資が一番足りないからな。」
レドは安心したように頷いている。
確かに、レドはこの前まで物資が尽きるまで村の石造りの建物の中で死を待つだけの状態だった。
そう考えると、シューラたちの役割はここで終わりでいいのでは?
シューラはそう思った。
だが、村にマルコムやミナミがいること、それにレドからの報酬のことを考えると投げ出すわけにはいかない。
投げ出すわけでは無いが、積極的に取り組まない理由を探していた。
「行っておくけど、僕集団行動苦手だから。」
シューラは先に断言した。
「わかっている。お前は先導してくれ。ありがたいことに暗い夜道でもお前の髪は目立つ。」
ライデンはシューラに何のこだわりもない様子で言った。
確かにシューラの髪は真っ白なので月明かりで非常に目立つ。
ライデンの発言は髪色の偏見というよりかは、髪色での役割の適正という無機質な意見に思えた。
変に気を遣われるよりかは楽だ。
「だらけると置いていくからね。」
シューラは腰の刀に手をかけて言った。
意外にもシューラの隣にはレドが来た。
彼は望めば荷車に乗ってもいいものだが、シューラの隣にわざわざ来た。
何か話したいことでもあるのだろう。
歩き出すと、荷車を引く音と人の足音が続いた。
ライデンの言う通り、シューラが先頭になるのは決定事項のようだ。
ライデンは一番後ろで数人の兵士と話しながら進んでいる。
そのうちの一人の兵士があまり武力の気配がしなかったので記録員か状況把握のための文官だろうとシューラは見た。
「ライラック王国の領主になるには資格が必要なのだよ。」
レドは急に何か話し出した。
「は?」
「もちろん領主一族に生まれることは前提だが、諸島群から出て何か学びを経なければならない。」
レドはシューラの反応に関係なく続けた。
どうやら彼はライラック王国の領主のなりかたを話しているようだ。
「ここの領主には二人の息子がおってな、上の息子が正妻の息子で母親の伝手で北の大陸に留学に行っていた。
だが、父親である領主は愛人の子である下の息子に継がせたいのだ。しかし、正妻と違い愛人には諸島群以外に伝手が無い。
領主である父親も一人息子であったこととちょっとだけの旅行で領主の資格を得たので伝手は無い。
おそらく兵士が駆り出されている領主の事業と言うのは下の息子が領主の資格を得るための何かだろう。」
レドは兵士が駆り出されている理由がわかっているようで、その説明をしてくれたようだ。
「お家騒動ね…くだらない。」
だが、シューラにとってはくだらないと一蹴できるものだ。
「ちなみに今領主は王都で帝国の狂信者に締め上げられているらしいぞ。」
レドは愉快そうに言った。
帝国の狂信者…と言ったらエミールだ。
ただ、彼が領主を締め上げるというのはよくわからない。
取締に口を出すだろうが、オリオンかリランが出てくるはずだ。
「なんでも、狂信者は帳簿や数字の計算が大好きで、重箱の隅をつつくように不正を見つけ出して締め上げるから赤い死神よりも今は恐れられているらしい。」
レドは苦笑いをしていた。
その情報はシューラは知らなかったので、純粋に驚いた。
エミールは普段は温厚だが、敵に対しては容赦がない…というイメージだけだった。
ちょっと見方が変わった。
「なら、兵士が事業に持っていかれているなんて知られたら、領主の資格どころじゃないでしょ。」
「そうだな」
レドは愉快そうにカラカラ笑っている。
領主の次男の行く末を想像しているのかわからないが、彼はなかなかいい性格をしている。
エミールは一つの報告書を持って夜の王城を歩いていた。
彼が持っているのは、ライラック王国にばら撒いた帝国の息のかかった密偵からのものだった。
そして彼が向かうのは、王城でリランが過ごしていた部屋だ。
今リランはいないが、この部屋にしかないものがある。
要人が宿泊できる部屋は、王族の私室や執務室からは遠いところにある。
しかし、兵士の宿舎には近いということから、異国の要人を警戒している歴史が窺える。
そんなのを関係なしにリランは王城内を動き回ってオリオンの部屋に行ったりしていたのだが、普通の要人はそんなことをしない。
エミールが部屋の扉を開くと、オリオンとルーイ、それに新たに大臣となったものがいた。
彼らはエミールを待っていた様子だ。
今日の午前中に少し領主たちと戯れた時以来だが、彼らは警戒するようにエミールを見ている。
エミールとしてはきちんと仕事をしたので、警戒される意味がわからない。
ただ、エミールに呼び出された理由を探っているのかもしれない。
そういう意味では仕方ないものかもしれない。
「お呼びしたのは、少し相談したいことと団長と連絡を取るので立ち合いをお願いしたいです。」
エミールはチラリとオリオンに目礼だけして大臣に報告書を渡した。
直接オリオンに渡してもいいが、彼の傍のルーイが硬い表情でエミールを見ているので大臣を介することにした。
エミールの立場としては、帝国騎士団の副団長としてリランの護衛とした立場で来ているので仕方ない。
「これは…」
大臣はぱっと報告書を見てから表情を変えてオリオンに渡した。
「いつから領地にいるライラック王国の兵士は領主の私物になっているんですか?この国は。
私も色々この国の仕組みを調べていましたが、領地にいる兵士とは国のモノですよね。
ロディア・ラネ・ボルダーというゴミは、兵士を私的に使っているみたいですよ。
国境の町周辺を任されているというのに、嘆かわしい…」
エミールは嘲笑するように言うと、オリオンを見た。
オリオンは報告書を見て目を丸くし、顔をこれでもかと言うほど近づけて見ている。
「いつから…」
「国王陛下が亡くなった時には、船で遠征させていたみたいですよ。
まだ帰ってきたという報告はありません。調べると、領主様が新たに起こす事業のお手伝いですが、果たしてそうですかね?」
エミールはオリオン、大臣、ルーイを順に見て尋ねて言った。
「…まて、ボルダー卿は…お前が今日指摘した人身売買の…」
「頭の挿げ替えは確実ですが、もうすでに動き出しているものに対しての対策も必要です。」
「なぜ、騎士団団長に連絡を取るんだ?」
「ライラック王国が長耳族に目を付けられていることをご存じですよね。
貴方の愚かな弟君の背後にいる可能性があるのなら、このボルダーというゴミも後ろにいてもおかしくない。
プラミタは長耳族というゴミに陥落しつつある国ですので、そこで情報収集している団長と情報共有はすべきでしょう?
貴方は、自分の国民が何の目的で売られたのか気になりませんか?それとももはや打つ手は無しと言って見て見ぬふりをされますか?」
エミールはオリオンに挑戦的に笑いながら言った。
「…なぜそれが上がってこなかった?」
オリオンはこれまでに自分の所に全く上がってこなかったことに疑問を持っていた。
だが、あの領主はホクトと仲が良かった気がした。原因がなんとなくわかってきた。
「知りませんよ。ただ、知らなかったとはできませんよ。オリオン王子は特に」
エミールは、自分は関係ないと言わんばかりに突き放すように言った。
確かにオリオンの元に来なかった理由は、帝国が来る前の情勢が絡んでいるので仕方ない。
オリオンが特に知らないで済ませられないのはわかっている。だが、特に強調する理由は不明瞭だ。
「俺が王になるからか?」
ライラック王国の次期国王はどう見てもオリオンだ。
だから知らなかったでは済ませられないのはわかる。ただ、当然の事なのに彼が強調するのは別の理由がある気がする。
「それもありますが、あなたが半分は長耳族の血が流れているからですよ。鈍いですね。」
エミールは辛らつに言った。
かなりデリケートな内容なのに容赦がない。
「無意識に貴方、長耳族と自分は別物で考えていませんか?
傍から見ると、半分は同じなんですよ。それはいつか知られる。」
「…確かにそうだろう。だが、特にという姿勢で挑むと私怨を絡めかねない。
為政者が私怨を持つのは…」
「それでちょうどいいのですよ。貴方の事情は内側の人は知っていますし、いつか国民たちにも知られますよ。
ただ、国民たちが知るのは、貴方の内面や感情の事情では無くてあなたが長耳族の血を持っていること。
それであえて距離を取って対策に挑んでいるとしたらどう見られますか?
恨んでいるなら前面に出してください。
それでないと、貴方はいつまでも半分長耳族の王子様です。
ライラック王国に危害を加えた長耳族を滅ぼすくらいの勢いが無いと、説得力など無いです。
為政者の内面なんて情報ではいくらでも繕えます。説得力を持つのは行動ですよ。」
エミールは辛らつなことを言っているように聞こえるが、その内容にオリオンは納得してしまった。
「…言い分はわかる。だが、王としての資質が問われる…」
しかし、オリオンは自分の立場が危ういのもわかっている。
だから、優等生でいないといけないと思っている。
オリオンは絶対に出来ないが、立場を確固たるものにするには牢にいるホクトを殺すしかない。
「激情を隠すのも美学かもしれませんが、敵を恨むのは悪いことではありません。貴方は平時の王になるわけじゃないですからね。
貴方が優しい兄でいたいなら、なおさらですよ。」
エミールはホクトのことにも触れてきた。
やはりリランは優しかった。エミールは容赦がない。
「前置きは置いておいて、これから団長と連絡を取ります。」
エミールは片手を上げて制するような動きをして言った。
オリオンたちは、かなりエミールが一方的に話していた気がしたが、何も指摘できなかった。
立場は下でも今ここを仕切っているのはエミールだ。
つくづく情報を帝国頼りになるのは、頼もしいが苦しい。
オリオンはどうにか情報網を持たなければならないと危機を覚えた。
父はきっとアロウがいたのだろう。
オリオンもそれと同等以上の存在が必要だ。
なぜなら、父と違いオリオンはエミールが言った通り平時の王ではないからだ。
リランと同じようにエミールは通信用の魔導装置の操作を始めた。
カタカタと触って途中で唸って舌打ちをして魔導装置を叩いた。
ちょっとオリオンたちは心配になった。
だが、エミールが叩くと魔導装置はジーっと音を立てて光り出した。
その光は、以前リランが使ったときの様に人型を映し出した。
そして以前と同じ背丈が高く、体格がいい男が映し出された。
ただ違うのは服装だ。
以前はきっちりとした軍服を着ていた。
だが、今回はゆるりとした白い服だ。
袖に上品なレースがあしらわれて裾を引き絞るように付けられているリボンは淡いピンクだ。
寝巻だろうが、どちらかというと中性的なデザインのネグリジェに見える。
そして、頭には光沢のあるナイトキャップを被っている。彼が容姿に気を遣っているのがわかる。
彼こそ、帝国騎士団団長で“黒い死神”と呼ばれるサンズ・ド・フロレンス公爵だ。
「就寝前に申し訳ないです。団長。」
エミールは彼の格好を見ても何も気にした様子が無く言った。
オリオン、ルーイ、大臣はあまりにも似合わない格好に言葉を失った。
決してフロレンス公爵を貶すわけじゃないが、屈強な武人がするにはいささか少女趣味過ぎる格好なのだ。
個人の好みに文句をつけるわけでは無いが、ギャップが激し過ぎる。
フロレンス公爵はエミールを確認すると固まっていた。
そして
『ギャアアアアア』
とフロレンス公爵の叫び声が部屋中に響いた。
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