世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

吉世大海(キッセイヒロミ)

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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

商人と詐欺師

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 カイト視点の話です。連投します。

_________________
 

 真っ暗な意識の中で、声がする。



『カイト。親の顔を覚えているか?』



「うっすらだな。お前は?」



『いつの親の顔だ?』



「ああ、無神経だった。」



『なあカイト。お前願いは叶いそうか?』



「親の顔を覚えているうちに叶えたい」



『目途はついていないのか』



「希望はずっとある。お前もそうだろ?」

 いつもの会話だった。



 カイトの真っ暗な意識の中での会話。

 目を開くと現実だ。



 相変わらずヒトの欲は凄まじく、目まぐるしく情勢が変わっていく世界だ。

 そこまで考えてカイトは自嘲した。



 まるで自分は除外されているように考えていることに対してだ。

 自分もこの世界の存在だ。



 切り離して考えてはいけない。

 だって、切り離して考えたら寂し過ぎる。











 ダウスト村から川沿いに海に向かうとロートス王国方面に出る。

 しかし、今回は海に面した港よりも海に出ることができる船がある川沿い町が目的地だ。



 カイトは国境の町から呼び寄せた案内人を先頭に歩かせながら周りを見渡した。

 ダウスト村の洞窟を出ると森に出るが、踏み固められた道ができている。

 カイトは、そこをミナミたちと一緒に通った覚えがある。



 そして川沿いにしばらく進むと道が見えてくるらしい。

 そのあとの道は足元に一つであるし迷う心配のない道らしいのだが、カイトは不思議と迷った。



 そもそも隠れ村の役割のダウスト村がこんなにわかりやすくていいのか?

 カイトは内心思ったが、迷ってたどり着けなかった自分が考えてどうするのだ?という結論になった。



 それに、ガレリウス達が起こした騒ぎや長耳族の件であの村は帝国に明かさないと存亡が危ない状況になっている。

 脅威の勢力からすると、色々不都合なことを知っているので消してしまいたいと思うはずだ。

 しかし、まだそれは知られていないはずだ。



 だからこそ情報と共に帝国に知ってもらう必要がある。



「…どんな種族でも、徒党を組むのはリスクだよな」

 カイトは無意識に呟いた。



「アミータ殿。我々も徒党です。」

 案内人はカイトの呟きを拾って、少し不満そうに言った。



「それは知っている。」

 カイトは律儀に呟きに反応した案内人に苦笑いしながら言った。

 深い意味は無い呟きだったので、少し申し訳ない気持ちにもなった。



 アミータ商会とは北の大陸を中心に力を持つ商会である。

 軽いフットワークと柔軟な考え方で徐々に勢力を広げつつある。



 そんなアミータ商会のカイト・アミータは名前からわかる通り、アミータ商会の重要人物だ。

 黒い髪と黒い瞳をした細身の男。見た目は若く見え、柔和な表情を心がけて笑みを浮かべているが、それがなによりも軽薄に見える。





 商人として舐められるのではと思われるが、意外にそうでもない。

 そもそもあまりカイトは商人としては動いていない。



 だからこそ、北の大陸の者たちや他の大陸の商人たちが血眼になって探しても見つからないのだ。

 何せ商人らしくなく、商人として動いていないからだ。



 そんな彼が商人として取引を望み、一つの村を顧客とすることを決めたのでアミータ商会の面々は驚いた。

 そして、今、彼の案内人をしている男もカイトの思惑を計ろうと必死だった。



 目的地の町は、大きい川沿いにあり栄えている。

 王都ほど騒がしくないが、国内の輸送を担っている倉庫や運搬用の川沿いの船着き場はそれなりに人が多い。



 町からすこし離れたところには農地が広がっており、国内の農産物の輸送もここで行っているのだろう。



 カイトはざっとそんなことを考えながら軽い足取りで町に入った。

 その様子を案内人は探るように見ている。



 探られるのは慣れているが、こうもあからさまだと不快を通り越して呆れてしまう。

 そういえば、村でミナミ姫やマルコム達を探っていたが、彼らは不快そうだった。ミナミ姫は気づいていなかったが。



 マルコム自体は最終的には険悪でない関係性になったと思うが、シューラがあそこまで不快感を示すとは思わなかった。



 毛嫌いしているような感じだった。

 初対面で変な呼び名で呼んだのとはまた違う何かがある。



「もしかして…察知されたのか?」

 カイトはふと自分の異質さを思い出した。

 しかし、それにしてはシューラの拒絶は不快感というもので曖昧だった。



 深く考えない方がいい。

 それに他人からの評価は今更どうでもいい。



 しかし、あの三人は用心棒と護衛対象という関係だが仲が良かった。

 短い時間であそこまで関係性を築けているのだから、そもそも相性がいいのだろう。



 カイトはそんな三人を思い出して少し羨ましい気持ちになった。



「アミータ殿。目的地への船は指示された積み荷とともに手配しました。船員は何も知らないです。」

 案内人はカイトを探った様子のまま伝えた。



 どうやらきちんと仕事をしてくれているようだ。



 カイトは用意された船を見た。



 船の前で船員たちが何やら騒いでいる。

 仲が良いことだと思ったが、ふと違和感があった。



 船員たちは誰かを囲んでいる。



「物乞いですかね…」

 案内人が顔を顰めて言った。

 どうやら多いらしい。



 近くに行くと、囲まれているのは薄汚れた格好をした青年だった。

 年齢はわからないが、姿勢や体つきから青年だと思った。



 フードを目深に被り顔が見えず、薄汚れた格好をしているが、裾から見える脛や踝は綺麗な形をしている。

 鍛えているか、よく動き回るということだ。

 そして踝の張りから若いと察した。



「お、そこの黒髪の兄さんが今回の依頼人なんだ。」

 船員が案内人に連れられてきたカイトに気付いて指さして言った。



「お前何ができるんだ?」

 船員が青年に尋ねた。

 口調が砕けていることから、あの薄汚れた格好の青年は話しやすいか話していて楽しい人間なのだろう。



 そして、あの船員の言葉から、青年は船に乗りたいようだ。



「オレ詐欺師だから結構賢いよ。」

 思った以上に軽く明るい口調で青年が言った。



 彼の言葉に周りの船員はどっと笑った。

 どうやら彼らの交流の中で、共通の笑いを得ているらしい。



 軽薄というよりも若さという印象が強い声色を持っている。

 目深に被っているフードで容姿はわからないが、細身で足首を見た限り運動も得意そうだ。

 僅かに見える口元は、形はいいが全体的に小さい造りだ。もしかしたら子どもかもしれない。



「オレを目的地まで連れてってくれ。色々あってちょっとここを離れないといけないんだ。」

 詐欺師と言った青年はカイトを見て頭を下げた。



「詐欺師って…商人は信用が大事だ。」



「こんな小さい船と積み荷で信用もあるかよ」

 カイトの言葉に船員が応えた。

 どうやらカイトの立場を知らない弊害が出たようだ。



 しかし、彼の言うことも一理ある。



「前科はあるのか?」



「表立っていないぞ。もみ消したりしたものは結構ある!」

 詐欺師の男は胸を張って言った。



 その様子に嘘はない。

 言葉にも嘘はない。

 何せカイトは嘘がわかる手段がある。



 ただ、もみ消せるということは、彼は立ち回りが上手いのかもしれない。

 乗せないほうが厄介になりそうだ。



「フードを取れ。」

 カイトはフードの向こう側の青年の顔を見据えて言った。

 青年は一瞬ためらったが、仕方なさそうに取った。



 このふてぶてしさは上下関係を知らない立場のものに見える。

 気を遣うということが少ないのだろう。

 孤児などに多い。



「しいて言うならフリをしていたからそろそろヤバイと思ったんだ。」

 青年はフードを脱ぎながら言った。



 その時に舞ったのは赤だった。

 艶やかな長い赤い髪がフードの中から出て来た。

 無造作におろされた前髪で顔はチラリとしか見えないが、赤い髪の印象が強すぎる。



「この髪さ、赤い死神っぽいだろ?」

 青年はいたずらっぽく笑った。

 無邪気な表情だ。

 これは彼の素だろう。



 カイトは人の繕いを見抜くことは得意だ。



「こりゃあ、見事だな」

 船員たちも彼の髪に嘆息している。



「見世物としてもいいし、何よりも意外に女にモテる。「きゃー私を守ってー」って結構口説かれたぞ。」

 青年は胸を張って言った。

 全然胸を張る事ではないが、確かに悪名として名高く、強者であることが前提の評判だ。

 女性に人気があって当然であるし、似ていてそれに便乗する輩がいてもおかしくない。



「その様子だと顔も悪くなさそうだな。詐欺師でも美人局みたいなやつか」



「みんなの厚意に乗っかっているだけだ。手先は器用だぞ。

 昔取った杵柄でスリの真似事もできる!」

 青年は片手を上げて、指をワキワキさせて言った。



 指先の形は比較的綺麗だが、手のひらがゴツゴツしている。

 器用であるのは事実だろうが、意外と血なまぐさいことに慣れてそうだ。



「威張れることじゃないだろ。」



「逞しく生きてきたと思ってほしいな!」

 青年は自分の生きてきた道を誇っているようで、相変わらず胸を張っている。



 この屈託のない様子が船員たちに受けたのだろう。

 短時間しか接していないが、カイトもこの男は嫌いでないと思う。むしろ好ましい。



「船に乗るとして、お前は何ができる?

 力仕事が多いが、お前は頭の良さを強調してばかりだ。」

 カイトは気が付くとこの青年を船に乗せる理由を考えていた。



 もみ消しの話もあるが、乗せないと面倒なことになると直感が言っている。



「魔力が使える。こう見えて風で空を飛べる。

 ただ、ちょっとだけで持たないけどな。」

 青年はあっけらかんとした様子で言った。



 風の魔力でも空を飛べるのは相当な使い手だ。



 船員たちは沸き立った。

「すげえじゃねえか!」

「魔術師レベルか?」

「まさかプラミタから来たとか?」

「プラミタの魔術師がスリなわけないだろ」

 彼らが口々に楽しそうに言っている。



「身を守るためだ!オレは天才だからうっかりしたときに出来るようになった。

 ただ、お前たちは真似はしていけないぞ!お前たちは因縁の相手に追いかけられても高いところから飛び降りるなよ!」

 青年は腰に手を当てて指さして言った。



 彼の口ぶりから良くないことをして逃げる時に習得したようだ。

 あまり彼と接していないのに、逃げる様子が目に浮かぶ。



「全然かっこよくねー!」

「流石詐欺師!」



「うるせー!」

 船員たちの野次のような言葉に青年は口を尖らせて言った。



「問題を起こしたら下ろすという条件でどうだ?」

 カイトは問題さえ起こさなければこの青年がいてもいいかと判断した。



 それに、途中で下ろしても彼ならしぶとく生きていける気がする。



「やった!つかみ取ったぜ!」

 青年は飛び上がって喜び、船員たちとハイタッチしている。



「それでお前名前は?」

 カイトは青年をじっと見て尋ねた。



 赤い死神を彷彿とさせる長い赤い髪、鼻や口周りしか見えないが全体的に顔が小さい造りで整っている。

 口元だけでの判断だが、顔立ちは中性的というよりも幼い顔だろう。



 ここまでの会話と見える外見で女にモテるというのは納得だ。



 未成年にも見える無邪気な行動や言動には嘘が見えない。

 尊大に見える行動は孤児のように目上の大人を知らない立場で育ったと思える。



「…名前か…どれにしようか」

 カイトの問いに青年は唸った。



 偽名をいくつか持っているようだ。それを隠す様子も無い。

 ただ、下手に隠さない方がいいと判断しての言動なら相当賢いだろう。



「じゃあ、フロレンス」

「アホ。死神の名前名乗ってどうするんだよ!」

 青年がいうと船員が突っ込むように言った。

 それと同時にまた笑いが起こる。



「じゃあブロック」

「それも死神だろ」

 また青年の言葉に船員が応えて笑が起きる。



 “ブロック”という名はカイトにも意外になじみがある。

 この前まで同じ村に滞在していた、帝国の大罪人が持つ名前だ。



 世間では赤い死神の名前として知っているだろうが、カイトはその名前の由来があの大罪人であると知っている。



「じゃあ…“赤蝿”で」

 青年は仕方なさそうに口を尖らせて言った。



「赤蝿?」

 意外な名乗りに驚いた。

 どう考えても蔑み言葉だ。



「ああ。俺が昔言われていたあだ名だ。ドブネズミもあったけど、赤蝿のほうがかっこいいだろ!」



「どっちもかっこよくないだろ…

 そもそも本名を名乗る気は無いのか?」



「だって、名乗ったらお前に責任が生じるだろ?」

 カイトの言葉に青年、赤蝿は当然のことのように答えた。



 名乗ったら乗せてもらえないという選択肢ではなく、責任が生じる。

 それなりに厄介な詐欺師かもしれない。



「よろしくな!お前は…なんだ?」

 赤蝿は手を差し出してカイトを見て、首を傾げた。



「カイトだ。赤蝿」

 カイトは仕方ないが名乗る事にした。

 どのみち、この船の者たちには名乗るのだ。



 彼らが知らないのは立場だけだ。



 赤蝿はカイトの名前を聞いて口に笑みを浮かべて握手をしてきた。

 思った通り、彼の手のひらは固い。



 しかし、彼が頭を使う詐欺師というのは本当かもしれない。

 カイトは握られた手を見て思った。



 商談などで接待されるときが一瞬思い浮かんだ。

 赤蝿は握手に慣れている気がしたのだ。
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