世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

吉世大海(キッセイヒロミ)

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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

詳しい青年

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 朝になると雨が上がっていた。

 まだ少し空気はひんやりしている気がするが、日が出ているので暖かい。



 洞窟の入口で焚火をし、朝食の準備をする。



 ミナミも色々手伝えるようになったのだ。

 焚火を消すための水を用意し、痕跡を埋めるための土を掘り起こして置いておくなどだ。



 小さい鍋に干した野菜と肉と水と塩を入れて火にかける。

 鍋を煮ている間、手持ち無沙汰なのでミナミはゆらゆら揺れる火を見ていた。



「ミナミ。二度寝しそうになっているよ」

 揺れる火を見ているとシューラに軽く頭をつつかれた。

 そこでミナミははっとした。



 どうやらミナミはゆらゆら揺れる火と同じように頭を揺らしていたようだ。無意識だ。

 そして意識もどこかに行こうとしていたみたいだ。



「これでも齧っているといいよ。顎を動かすと目を覚ますから。」

 マルコムは荷物の中から、なにやら赤いしわしわになった物体を取り出してミナミに渡した。



 ミナミは干し肉かな?と思って見たが干し肉じゃない。

 しかし、すごく見たことがある。



 そう。ダウスト村では木にぶら下がっていた。



「そういえば食べてなかったね。君が育て実だよ。まだあるから安心して食べな」

 マルコムは思い出したように言った。

 そういえば、シューラとミナミで育てた大きな木になった赤い実は食べたが、それを干したものは食べてなかった。

 これが赤い実を干したもののようだ。



「ありがとう!いただきます。」

 ミナミは気を遣ってもらった嬉しさと、食べてみたかった干し果物を食べれることで嬉しくなった。



 齧ってみると甘酸っぱさは無いが、優しい甘さと落ち着いた香りがする。

 甘さは優しいが口の中に残る時間が長く、味が強いと思う。



 瑞々しい実の時は味は後を引くものではかなかった。

 干したらこんなに変わるのか…とミナミは感心した。



 そして味はこんなに違うのに、干していないときの面影を感じるのだ。

 不思議だ。

 ミナミはまたひとつ賢くなった。



 ただ、ミナミは思い出した。

 この干し果物食べたことがある。

「マルコム、私エラさんたちとのお茶会で食べたかもしれない」

 ミナミはエラ達とのお茶会で食べた上に薦めた気がする。

 ただし、この今食べている干し果物よりも少し瑞々しかった気がする。

「ああ。そういえば」

 マルコムも納得したようだ。

 二人ともうっかりである。





 干し果物を食べていると、マルコムが言った通り目が覚めてきた。

 シューラは鍋の様子を見ている。

 しばらく鍋をかき混ぜたあと、火から鍋を外して置くと今度は水を入れた小さい薬缶を火にかけ始めた。



「鍋は数分余熱で食べていいと思う。これは食後のお茶用。」

 シューラは作業を見ていたミナミの視線に気づいて説明をしてくれた。

 どうやらシューラが薬湯を淹れてくれるらしい。彼の淹れるお茶は美味しかったので嬉しい。



 しかし、食べるまでまだ少しかかりそうだ。

 ミナミは干し果物を齧りながら思っていた。



「そのまま聞いて欲しい」

 マルコムはミナミたちの様子が落ち着いたのを見て言った。



「今日であのゴロツキたちが言っていた壊滅した村に着く。うまくいけば屋根のある小屋を借りれると思う。

 基本的に俺もなるべく傍にいるつもりだけど、コロはミナミにくっついて見張っていてほしい。今回は俺よりも鼻が利くシューラが辺りの警戒にあたった方がいい。」

 どうやらダウスト村ではシューラが傍にいたが、今回はマルコムになるようだ。



 あの時はマルコムに辛らつな言葉を言われたのもあって、勝手に気まずく思っていたので、傍にいるのがシューラで助かったと思っていた。

 しかし、今は平気だ。



 マルコムはミナミにとっては悪い人じゃないからだ。なら安心だ。



「確かにそうだね。それに、今回は人を油断させる気は無いから僕よりもマルコムが威嚇した方が早く終わる。」

 シューラは頷きながら言った。

 確かにダウスト村では、多少ガイオを泳がせる必要があって油断を誘った。



「そしてゴロツキの怪我は村の様子を把握するまでは治さない。彼らには悪いけど自業自得で苦しんでもらう。」

 マルコムは全く悪いと思っていないような愉快そうな声色で言った。



 考えてみると、マルコムは悪いことをした人を痛めつけるのが好きだ。

 今だって実際に痛めつけている最中ではないが、とても楽しそうだ。



 愉快そうに笑っているマルコムを見ながらミナミはシューラが作ってくれた朝ご飯を食べた。

 素朴な味で美味しかった。なによりも温かいご飯は美味しいのだ。

 身体が冷えていたみたいで体に染みわたる。



 食後のお茶もとても美味しかった。不思議な風味がしたが、ミナミは好きな香りだった。



「マワリ草っていう薬草を煎じたもので、体の魔力の巡りを緩やかにしてくれるんだ。

 薬効は控えめだけど鎮痛剤や安静用の薬にも使える。

 ミナミは味と臭いを覚えるといいよ。」



「どうして?」



「この匂いがする人は高い確率で日常的に魔力を扱う。薬草の中では安価で魔力が多くないと薬効も無いに等しいからね。

 つまり、魔力使いもしくは魔術師を見分けるコツの一つでもあるんだよ。」



「…なるほど」

 ミナミはシューラの知識に感心した。

 薬草の話もそうだが、その知識を日常で使っている気配がするのが凄いのだ。



「…これ、俺に飲ませた薬にも入っていたよね。」

 マルコムはお茶を一口含ませると眉間に皺を寄せて言った。



「内部の損傷には欠かせないからね。

 あと、全快でないのに武器を振るって興奮している野良ゴリラを落ち着かせるのにも必要だと思うんだよね。」

 シューラは横目でチラリとマルコムを見て言った。



「そんな奴がいるんだね」



「今僕の目の前でお茶を飲んでいるけどね。」



「それは物騒だね。」



 マルコムは気づいていないような口調でしらっとしているが、シューラはマルコムを咎めるように見ている。



 おそらくシューラはマルコムが暴れるとか物騒ではなく、全快でないのに武器を振るってさらに暴れる気配を見せているのが気に食わないようだ。

 つまり、マルコムの身体を心配しているのだ。



 シューラも中々優しいところがある。

 ミナミは見えない優しさにほっこりした。





 雨は上がり、空は雲一つない。

 やはりお日様の力は偉大だ。

 ミナミは日光の温かさを感じながら思った。

 しかし、雨が降った翌日というのは足元が良くない。



 地面も土がぐちゃぐちゃしているし草もツルツルとして足を取られると簡単にころりと転ぶ。

 ミナミは何度か転びそうになってシューラに支えられた。

 手を繋いでいてよかった。

 支えてもらいお礼を言う度に、つくづく思った。



 しかし、マルコムやシューラはすいすいと歩く。

 当然のことだが、旅慣れしている。



 ミナミはいつも使わない足首の変なところやふくらはぎに力が入ってしまい、すぐに疲れる。

 ミナミたちの前を歩くマルコムがチラリと後ろを見ている。



 ミナミの足音が危なっかしいからだろう。

 何度も滑っている。



「…靴もしっかりしたもの買わないとね」

 マルコムはミナミの靴をちらりと見て言った。

 ミナミの靴はしっかりとしていると思うのだが、もっとしっかりしたものを必要とするのだろうか?



 村に行くまではマルコムが先頭でその後ろにシューラとミナミが手を繋いで続く。もちろんコロはミナミの鞄の中だ。

 コロは不満そうに唸っているのが聞こえるが、仕方ないのだ。



「うわ!」

 ミナミたちのさらに後ろで、ズルリと濡れた草に足を滑らせ人が転ぶ音が聞こえた。



 ミナミたちの並びには昨日と同じだが、大きく違うことはゴロツキたちがいることだ。



 先頭に小柄な青年に道案内をさせ、ミナミたちの後ろを残りの三人が続く。

 後ろの三人を見張らなくていいのかと思うが、左肩や腕を折られているため足以外攻撃の手段が無いのだ。

 そして魔力を使うとしてもすぐにシューラが応戦できる。



 そもそも後ろのゴロツキ三人もミナミたちとはぐれると困るのだ。

 彼らはマルコムに痛めつけられたため戦う術がほとんどない。



 よって、彼ら自身も自分たちの安全のためについて行かないといけないのだ。



 しばらく足場の悪いけもの道を進むと、踏み固められた道に出た。

 ちなみに、ミナミたちは歩きやすい街道を避けている。



 何故なら、街道をまっすぐ行くと国境の町に着くのだが、その近くだと警備の兵に遭遇する可能性がある。

 いくら兵を割いていないとはいえ、国境の町や国境の門には兵を置いている。



 どうみてゴロツキにしか見えない彼らを引き渡すのは、今の段階だと気が引ける。

 ミナミとしても、魔獣の状況がわかってできる限りの手を尽くしてから引き渡すべきだと思う。



 踏み固められた道をしばらく歩くと、道案内の小柄な青年が足を止めた。



「…あ…あの先にある木の残骸が村の塀の役割をしていました…」

 彼は声を震わせている。

 何せ後ろを歩くマルコムはとても怖い。

 そして彼も後ろの三人のゴロツキと同じく怪我をしている。

 本来なら痛くて歩くのが嫌な状況だろう。



 とはいえ、ミナミは可哀そうと思わない。

 痛ましいが仕方ないことだ。



 だが、彼が指した方向にある木の残骸は痛ましくミナミは心が痛んだ。



 何かに破られたような木材と、かろうじて原型をとどめている塀の土台。

 この先にある村がどんな状況なのか想像してしまう。



「…ここまで大きい魔獣が?」

 マルコムも塀の残骸を見て驚いたようだ。



「最初はしのげたんだ。小さい魔獣がわらわらと数匹来ただけで…でも…

 増えていったんだ…村に来る数が増えて…そして村人が一人食べられてから変わった…

 一気に来るようになって…奴らすごい勢いで繁殖をしているんだ。」

 青年は、最初は声が震えていたが、どんどん吐き出すように憤りを示すように叫ぶような声になっていた。



「…人の味を覚えた…か。餌場だと認定されたみたいだね。」

 シューラは青年の話を聞きながら頷いて言った。



「思ったよりも急がないといけない事態だ…」

 マルコムは舌打ちをしながら言った。

 ミナミも思ったよりも深刻な事態に驚いているし、彼と同意見だ。



「うん。餌場を求めて近くの村を潰しているなら、いずれ国境の町、それから隣国にも行きそうだよね。

 小さい魔獣って言っても数が多いと武装してないと厳しい。」

 シューラも腰に差した刀をトントンとつつきながら言った。



「無事なのは?」



「ああ。子どもと老人が多いが、大人も数人無事だ。」

 後ろにいるゴロツキの細長い青年が言った。



「子どもが無事?…意外だね。」

 マルコムは驚いたような口調だった。

 ミナミも意外だ。

 何せ力が弱くて逃げる足も大人より遅い子どもが多いのは、無事なのは嬉しいことだが意外だ。



 偏見だが、子どものお肉の方が大人よりも魔獣は好みそうな気がするのだ。



「食べるところが少ないからだよ。肉が柔らかいとかそんな感性じゃないよ。

 序盤の小さい魔獣が数匹なら子どもを襲っただろうけど、集団で来たってことは大物狙い…」

 シューラが簡単なことのように言った。



「食べ物の質を求めるほど上等な魔獣じゃないよ。」

 質や上等を強調するようにシューラは言った。



 おそらく貴族育ちのマルコムを皮肉るような意図があるのだろう。

 ミナミはなるほどと思ったが、マルコムは不機嫌そうに眉を顰めた。



 ちなみにミナミを皮肉る意図はないと思う。



「あとさ、もしかして君たちって魔力使えないくらい少ないってことない?」

 シューラは後ろを歩くゴロツキの方を見て聞いた。



 その質問にゴロツキたちは驚いている。



「…どういうこと?」

 マルコムはシューラの質問の意図がわかっていないようだ。いや、何となくわかっているがその先の理由がわからない様子だ。



 ミナミもシューラが襲われたのは魔力がある者だと察したのはわかった。

 しかし、どうしてそう察したのかがわからないのだ。



「魔獣の繁殖には魔力が必要なんだ。繁殖が早いことや増え方を考えると、村で魔力を持った餌を食べているって考えられるでしょ」

 シューラはまたもや当然のことのように言った。



「物知りなんだな」

 シューラに対して道案内をしていた小柄な青年は少し尊敬する眼差しを見せた。



「あれ?でも人間は魔力のある魔獣を食べても魔力がつかないって言っていたよね」

 ミナミは前にシューラから聞いた話を思い出した。

 ダウスト村でみた色とりどりの家畜と魔力の話だ。



 魔力があると少し味にえぐみが出るけどそれ以外は何も変わらない…と。



「そうだよ。“人間”が“魔獣”を食べる場合はね。でも逆は違うんだよ。

 そもそも消化器官のつくりが違う。

 生き物が違うと体のつくり、常識も違ってくる。」

 と話し終えるとシューラは案内を促すように小柄な青年を見た。



 しかし、青年はシューラの意図に気付いていない。



「とにかく村の状況を見ようか。」

 マルコムは少し苛立った様子で言った。

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