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ロートス王国への道のり~それぞれの旅路と事件編~

危機感のある生き物

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 ロートス王国に向かう道は、ダウスト村に向かう道よりもずっと整っていた。

 ミナミはシューラの手を握りながら歩きやすいなと思い、気が付いたら鼻歌を歌っていた。



 川沿いの道を下流に向かって行けばいずれロートス王国の国境に付くらしい。

 河口から海側に行けばロートス王国の港町に入れる。

 とりあえずの目的地はそんなところだ。



「そういえば、ミナミは魚が泳いでいるのを見たことが無いんだよね。港町なのに」

 シューラはチラリと川を横目で見ながら言った。



「うん。港にもなるべく近寄るなって言われたかな?

 海の中で動く影を見たけど、何もいなかったことがあるからの。」

 ミナミは思い出してみると海の中で蠢く黒い影は見たことがあるのだ。



 ただ、影だけだ。

 不思議と海を覗き込むと何も見えないのだ。



「あ…なるほど。」

 シューラは何かを悟ったようだ。



「港を出禁にされるお姫様って…

 でも、どうしてその辺にいる虫とは近くに寄っただけでは逃げていないよね。逃亡の時の馬車も平気だったし」

 マルコムはミナミが港に行かないように言われた理由がわかっているらしい。

 ミナミは出禁とは思っていなかったので少しショックを受けた。



『興味が向いたからだ。この娘の矛先が向いたことに動物は本能的に恐怖を覚える。』

 ミナミの背中から声が聞こえた。

 コロだ。



「そういえば、お前もミナミを怖がっているよね。」



『強制的に小さくされて恐がらぬ理由が無い。』



「初対面から恐がっていたけど?」



『…』

 マルコムに問い詰められコロは黙った。

 ミナミは初耳だ。

 コロが自分を怖がっていたなんて。



 少し悲しくなった。



「完全に恐がっていたわけじゃないよ。逃げようと思えば逃げれたんだから、ただ力が大きいと思ったんだろうね。」

 ミナミがしょんぼりしたのを察したのか、シューラが訂正するように言った。

「力が大きい?私強くないよ。」

 だが、シューラが言うように力が大きいというのにミナミはピンと来ない。



「魔力が大きいって言った方がいいね。俺もかなり魔力量がある方だけど、ミナミはそれより多いと思うから。」

 マルコムが補足するように言った。

 なるほどそれは納得だ。



 魔力という観点ならミナミも自分の事がわかっていない。

 いや、もしかして今まで動物に逃げられていたのは…



「もしかして昔から動物とか虫に逃げられていたのって…」



『間違いなく魔力が原因だ。』

 背中のコロが断言した。



 魔力に敏感なコロの断言でミナミはショックだった。

 とはいえ、魔力に関しては特殊なので仕方ない。



 ミナミはショックを受けたが拳を握って立ち直った。



「立ち直り早いね…もう少し項垂れるかと思ったよ」

 隣でミナミの様子を見ていたシューラが驚いている。

 シューラはミナミを心配してくれていたみたいだ。優しいくてミナミは少し暖かい気持ちになった。



「心配ありがとうね。でも大丈夫だよ。

 だって昔から魔力は特殊だからって言われていたから、魔力なら仕方ないなって思えるんだよね。」

 ミナミは小さいころから王族の魔力は特殊だからと言われて育ってきた。



 なので、自分だけ他と違うことの理由が魔力と言われたらすぐに納得できるのだ。



「あ…そう。」

 シューラは何とも言えない顔をしている。



 ただ、ミナミは気になったことがある。



「でも、私だけなのね。私だけ逃げられるの。オリオンお兄様なんてよく猫が発情していたもの。」

 ミナミは発情した猫に追い回されていたオリオンを思い出した。

 それもあってオリオンは動物もあまり好きではないのだ。



 そういえばオリオンは何が好きなんだ?人嫌いで動物嫌い。

 ちょっとかわいそうに思えてきた。



『それは興味深いな…我は知識が乏しい故、お主を見てしか判断が出来ぬ。

 その兄に会ってみたいものだ。』

 コロは背中でゴロゴロ動きながら言った。



「会わせるつもりだから心配しないで。

 君のお兄さんも君も自分たちの魔力についてあまり知らないと思うし、おたがいに利点がありそうだからね。」

 マルコムは前を見たまま言った。

 その様子を見てミナミは慌てて自分が歩いている最中であるのを思い出した。



 しっかりと歩いている。

 よかった。



 ミナミは気が付くとフラフラしているらしいので気を付けるようにしているのだ。

 そもそもその対策としてシューラと手を繋いでいるのだが。



 しばらく歩くと、しっかりと整備された街道が見えてきた。

 歩きやすいと言っても、ミナミたちが歩いてきたのは、けもの道に近いものだ。



 山歩きなどに使っても街道のように多くの人が利用することはない道だ。





 先ほどまで、前よりも歩きやすいと思っていたのが嘘みたいに街道に出るともっと歩きやすかった。

 やはり整備されている道は違う。



 ミナミは父親が道の整備の予算で大臣たちともめているのを思い出した。もちろん盗み聞きだ。



「そういえば、このあたりの治安ってどうなの?」

 マルコムは足を止めてミナミたちの方を見た。

 マルコムが止まったのでミナミとシューラも足を止めた。



「場所で言うならロートス王国の国境付近…この辺りには町は国境の町までなかった気がするから」

 シューラは何かを思い出すように呟いている。

 おそらく地図を思い出しているのだろう。



 ミナミも知識を総動員した。



 ロートス王国の国境。

 港町が近くにあるため人通りも多く思われるが、ライラック王国に行くために海路を使うことが多い。

 なので、意外にこの辺りは国境の町近くなのに対して人通りが少ないのだ。



 そして意外に治安が良くない。

 確かこの辺りにゴロツキが出ていると聞いたことがある。

 もしかしたら、かつてゴロツキだった者たちの一部がダウスト村で普通の生活をしようとしているのかもしれない。



「治安は良くないって聞いたことがあるよ。

 なんか国境だから兵を割くか、物流を海に固めてしまえばいいのではとか揉めていた記憶がある。」

 ミナミはかつて王城でかくれんぼをしていた時に聞いた話を思い出した。



「なるほど。じゃあ人の質が落ちるのも納得だ。」

 マルコムは前を見つめたまま言った。



 ミナミは何を見ているのかわからないので、マルコムが見ている方向を見た。

 ミナミが視線を上げると同時にシューラはミナミの手を少し強く握った。

 そして彼は腰に差した刀に手を添えている。



「いいよ。シューラ。

 俺が片付けるからさ。」

 マルコムは制止するように手を上げると、背負っている槍を一本手に取った。



「ミナミは僕の手を掴んだままでいてね。」

「わかった。」

 ミナミも何があったのかわかった。



 しばらくすると、思った通り人影がぞろぞろと見えてきた。

 肩をゆらゆら揺らしながら歩いている男たちだ。

 その揺れ方が威嚇しているみたいに見える。



 太っているものと細長いものと色々いる。

 顔が見えてくると柄が悪いという印象を受けた。



 目つきが悪いのだ。

 探ることを隠さず、無礼な視線だ。



「そういえば、国境でゴロツキを渡せば、お金がもらえるって聞いたことがある。」

 ミナミは思い出した。



 数年前、兵を出せなかったためロートス王国とライラック王国で決めた制度だ。

 国境のみというのがポイントなのだ。



「じゃあ、殺しちゃだめだね。」

 マルコムは何やら物騒なことを言った。

 もしかしたら普通に殺すつもりだったのかもしれない。



 確かに考えてみれば生かしておくよりも殺してその辺に棄てた方が安全で手間もかからない。



 ただ、なるべくミナミは人が死ぬところを見たくない。

 しかし現実的に難しいことにミナミは気づいた。



 見えるゴロツキは三人以上いるのだ。

 マルコムが運ぶにしても二人が限界だ。

 どのみち何人かは放置しなくてはいけないのだ。



 ただ、ゴロツキを牢に入れない状態で放置はミナミは良くないとわかっている。

 逃げる可能性もある。



「難しいかもしれないから、一番偉い人だけ生きていれば大丈夫だと思うよ。

 ただ、私あまり血が流れるの得意じゃないから…

 打撃でお願いしていい?」

 ミナミは人が血を流しているのを見るのが得意ではない。

 なので、できれば打撃で片付けて欲しいのだ。



 マルコムの腕力なら可能だろう。



 ミナミの要望を聞いてマルコムは目を丸くしている。

 そこまで難しいものだったか?



 ミナミはもしかしてわがままを言ってしまったのかと思って反省した。



『お主やはりズレているな。』

 背中のコロが呟いている。

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