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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

振り払うお姫様

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 シルビはあの後ビエナとともに彼らが滞在している小屋に戻った。

 その先に何があるのかわからないが、ミナミは関わってくることじゃなければ面倒だと思うので気にしないことにした。



 なので、ミナミは自分たちの事だけ考えることにした。



「ねえミナミ」

 マルコムはミナミを見つめて言った。

 今度はシューラと同じように呼び捨てで名を呼んでくれていることに嬉しくなってミナミは少しにやけた。



 だが、マルコムは何やら真剣な顔をしている。

 そもそも、マルコムがだらしない顔をしているところを見たことが無い。



 そういえば、必要なこと以外彼から話してくることはない気がする。



 ということは今は大事なことを聞こうとしている。



 ミナミは構えた。



「何!?マルコム!

 どんとおいで!」

 全てを受け止めるつもりで両手を広げてミナミは言った。



 大事な話を受け止めるにはそれなりの姿勢が必要なのだ。



「君って本当によくわからないね…

 そんなに構えないで大丈夫だよ。ただの質問だから」

 マルコムはミナミの様子を見て呆れている。



 ミナミは意思表示をしたつもりだったが、これは空回りだったようだ。

 ミナミはマルコムに言われた通り構えを解いて少し気を抜いた。



 すると不思議と腰が抜けて地面にへたり込んだ。



「あれ?」

 ミナミは思いがけないことに驚いたが、驚いても力が入らない。



 これが腰を抜かすということか。

 王城からの逃亡中やアロウの宿に逃げたときも同じようなことになった気がするが、あの時は緊迫していた。



 ミナミは言うほど緊張しているつもりはなかったので驚いた。



「…もしかして白い靄なのかな?」

 シューラは、今は晴れて見えないが辺りを見渡して、先ほどまであった白い靄を連想させる動きをした。

 そして優しいシューラはミナミの傍で一緒にかがんでくれている。



「幻影の白煙…か。くそ猫もまだ眠っているみたいだし、厄介だね…

 帝国も厄介な奴に敵対されているね。」

 マルコムは腕を組んで、辺りを見渡した。



 マルコムはシルビは帝国に敵対していると見ているみたいだ。

 ミナミも同じ意見だ。



「死神たちは馬鹿じゃないから、ここまで大きな動きをすれば睨まれるってわかっているよ。

 それなりの覚悟があっての行動だろうね。」

 シューラは腰を抜かして地面に座り込むミナミに寄り掛かって言った。



 普段はあまり意識したことが無いが、シューラが暖かい。

 どうやらミナミは寒かったみたいだ。



「巨獣が持っている知識で、帝国が欲している

 世界をひっくり返すもの…ね」

 マルコムは皮肉気に笑っている。



「何か心当たりあるの?」



「あるわけないでしょ。

 そもそも世界の覇権とか支配なんて全く興味を示さないような人だよ。

 だからこそ、巨獣の持っている知識は気になる…」

 マルコムは首を振って言った。

 彼の様子から本当にそう思っているようだ。



 確かにミナミもチラリと接したが、帝国騎士団から権力欲は見えなかった。



 どこまでもストイックだった。



「それでミナミ。

 気になったことっていうのは、白煙が言っていたライラック王国から長耳族が手を引いたっていう話だ。」

 マルコムは先ほどシルビが言っていたことをミナミに確認をしたかったのだろう。



「そういわれても、私も直接長耳族と接したわけじゃないの。

 物心ついたときには手を引いた後だったと思うの。

 昔はしつこく来たってよくお兄様たちが言っていたから。」

 ミナミは首を振って言った。



「一時的とはいえ君に隠すのは申し訳ないから言っておくけど

 俺もシューラもオリオン王子の母親の話は知っている。

 長耳族の男が喚いていたからイトも知っている。」

 マルコムは淡々とした口調だが、ミナミの目を見て言った。



 ミナミがオリオンに気を遣って長耳族との関係を言わなかったことをわかっているようだ。

 流石にミナミだって兄のデリケートな問題を暴露するわけにはいかない。



 しかし、マルコム達が知っているのなら別だ。



「そうなの?

 でも、本当に私は話を聞いただけなの。」

 とはいっても、ミナミは本当に詳しく知らないのだ。



 何せ、ミナミが物心ついたときにはシルビの言ったように長耳族が手を引いていると思える状況だったからだ。



 昔はしつこかったと言っているのを聞き、たまに来る手紙にオリオンが忌々し気にブチ切れているのを見るだけだ。



「辛いことを聞くけど

 君の母親が亡くなったのはいつ頃?」

 今度はマルコムが気を遣うような表情で尋ねた。



 彼が気を遣うのは意外に思えたが、気を遣う内容なので、ミナミは安心して気を遣われることにした。



「6歳かな?私のお誕生日の前だったから…」

 ミナミは記憶を呼び出して、母親を思い出そうとした。



 優しくて活発だった母親。

 前妻の子のオリオンにも愛情を注ぎ、アズミと一緒にオリオンは可愛いねと揶揄っていた母親。



 ホクトに情操教育だと言って父親との交換日記を命じた母親。



 考えていればいっぱい思い出がある。

 元気だった母親。



 ミナミにお裁縫を教えようとして、針を全部折ってしまった母親。

 そういえば彼女の気質はアズミに似ている気がする。



 そしてある日突然



「お母さま

 急に死んだの」



 ミナミは思い出した母親の記憶の懐かしさもあるが、ずっと考えないでいたことを呟いた。



「…そう。」

 マルコムは詳しくは触れずに、ミナミの頭を軽くなでた。

 彼なりの気遣いだろう。

 この気遣いも安心して受け取った。



 そして、ミナミはこの先の母親の事を考えるのを止めた。



 何故なら、先ほどの呟きが自分の想像以上に冷たく暗い声色だったから。



 今、考えて記憶を探ったらだめだ。

 ミナミは直感で分かった。



 なので、マルコムを見て首を振った。

 これ以上は話したくない。

 というよりも、まだ思い出すべきではない。



「これ以上思い出すには、お姉さまがいる場所がいいと思う。」

 ミナミは自分をよくわかっている。

 感情が昂ると光ってしまうし、感情を昇華出来ないと不安定になる。



 父親の死後、光らないようにするのに気を遣ったがあの時は追われている危機感があった。

 もちろん今も追われているが、不安定な環境で移動をしなければならない。



 そんな環境で不安定な感情を持つと、光らずにいられる自信がない。



「君はどうしようなく世間知らずで無知で非常識だけど



 自分に対して冷たいよね。」

 ミナミの返事を聞いたマルコムは目を細めて困ったように言った。



 何故そんな顔をするのかわからない。

 ミナミは彼が言っていることの前半はわかっている。



 彼の言う通り、ミナミは世間知らずだ。非常識もあるかもしれないが無知なのも確かだ。



 しかしどうして自分に対して冷たいのだろう?



 ミナミはわけがわからず首を傾げた。



 そして、それを言うマルコムの顔が目を細めて困った顔をしているのに

 悲痛そうな顔に見えるのも不思議だった。



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