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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~
反省する青年
しおりを挟む白い靄は初めて見るものだった。
マルコムは迷いなく地下牢に突撃し、エラに掴みかかった。
エラはマルコムの言っていることがわからない様子だったが、シルビの違和感を掴んでいることを伝えると顔色を変えた。
そして、白い靄が辺りにある事を伝えると更に顔を青くした。
「あいつ…ビエナの友人って嘘っぱちじゃない!」
エラは何やら怒り始めたが、マルコムはそれどころじゃない。
「何が起きている?早く言えよ」
マルコムは怒りでキーキーと騒ぐエラに冷たく言い放った。
エラはマルコムを睨みつけたが、マルコムの圧倒的な武力を知っているので仕方なさそうな顔をした。
どうやら疑問に答えてくれるようだ。
もしかしたら、彼女の中でシルビの存在はかなり脅威なのかもしれない。
いや、脅威というよりも邪魔なのだろう。
「あのクソガキ白い靄なんて…
第二位魔術師“幻惑の白煙”だったのね…
何が第十位魔術師よ!お父様の宿敵じゃない!」
エラはプンプンと怒っているが、どうやらシルビは名乗っているよりもずっと立場の高い魔術師のようだ。
どういう内部事情があって彼がエラ達についていたのかわからないが、そんなことはどうでもいい。
「じゃあ、解く方法は?」
「知らないわよ」
エラはマルコムの質問にキレ気味で答えた。
なるほど。
もうエラは使えない。
マルコムはそう判断し黙って外に戻ればよかったのだが、無意識に舌打ちをした。
なので、エラからの心証は凄く良くない。
しかしマルコムはそんなことは気にしない。
白い靄が漂っている外に出るとシューラが待っていた。
彼の白髪は白い靄に紛れるが、赤い瞳は目立つ。
幻想的だなとマルコムは何となく思ったが、彼はどうやら白い靄をどうにかしようとしていたらしい。
刀を振り回したらしく辺りに水が散っている。
「キリが無いから力技でいくよ」
マルコムは白い靄をどうにかするのを諦めた。
ミナミのいる場所はわかっている。
なので、対処はできるのだ。たぶん。
「君は内部の損傷が治りきっていない」
シューラはマルコムの取ろうとしている手段に反対のようだが、強くは反対しないようだ。
それは魔力量でマルコムが大元であるシルビを叩くことだ。
技巧もなにもない力ずくの魔力をぶつける。
風なら辺り一帯を吹き飛ばす可能性があり、光は惑わしを消すというので使えるかもしれない。
しかし、マルコムは光の魔力を明かりくらいにしか使っていない。
局所的に地面に土の魔力でいいだろう。
ただ、シューラも懸念しているとおり、マルコムは内部の損傷が治りきっていない。
大量の魔力を使うのは望ましくないのだ。
「予防すれば大丈夫…お願いできる?」
しかし、それは予防策がある。
体の内部を、前もって癒しの魔力で満たしてしまうことだ。
シューラは呆れたようにため息をついたが、頷いた。
シューラが癒しの魔力をマルコムに流し込んでくれたおかげで、ミナミがいる付近の地面に土の魔力を叩きこんでも血を吐き出すことはなかった。
喉の奥が引きつる感じはするが、すぐに収まる。
そして白い靄を押しのけるのには、やはり魔力の力技が有効だった。
その白い靄の先にいた人物は見たことが無い男だった。
彼の銀髪には見覚えがあったが、誰であれ脅威なのでぶっ飛ばすことにした。
地面の振動から白い靄が揺らぎ隙間が見えたとき、ミナミが確認できた。
あの尊大な巨獣はのん気に寝ているが、おそらくあの銀髪の仕業だろう。
ミナミが巻き込まれないようにあの銀髪をぶっ飛ばすには、マルコムは振り上げるなど予備動作が必要な武器での攻撃をやめた。
もちろんマルコムには理性がある。
なので、万が一頭を砕いてしまう可能性は良くないとわかるのだ。
即死はだめだ。話を聞けない。
マルコムは瀕死を選んだ。
攻撃をするとしても、頭は狙わない。
銀髪の男はマルコムよりも背は高いが、武力を感じない。
おそらく魔術師だろう。
揺れる地面に武器を差しマルコムは強く地面を踏んだ。
武器で支えたことでの姿勢の安定もあり、地面をしっかりと蹴る事ができた。
身体を振り回しその勢いで片足を振り上げ、銀髪の男の横っ腹に叩きつけた。
「っぐ…」
呻きと呼吸音が混じったような声が聞こえた。
そのあと、彼に叩きつけた足に何か小骨を砕いたような感覚が伝わった。
だが、それ以降は何かに阻まれた。
おそらく彼の持つ自衛の魔術だろう。
筋肉が固まっている感触もあるが、マルコムからすると薄いわき腹だ。
しかし、砕けた骨たちは銀髪の男の内臓を守ったらしい。
砕けた骨はあばら骨だろうが、それらは内臓を守る役割を持っている。
役目を果たした立派な骨だ。
しかも自衛の魔術を発する時間をもたらした。
今度は鳩尾を狙おう。
マルコムは反撃の猶予を与えている可能性を感じたので反省した。
この前のエラのことでマルコムは容赦をしてはいけないと分かっているが、詰めが甘い。
ミナミは驚いたようにマルコムを見つめている。
圧倒的な暴力を振るったのにかかわらず脅えが無い。
逆に安心したような顔をしている。
このお姫様はもともと図太いと思うが、逃亡してからさらに図太くなっているのではないか?
マルコムは場違いな心配が過った。
「モニエル。あの人がシルビ師なの。」
ミナミは飛んで行った銀髪の男を指差して言った。
慌てた様子も脅えた様子も無い。
図太いというよりも肝が据わっているのだろうか。
色々な経験で成長したと思うべきだろうが、なんとなく喜べない図太さだと思う。
マルコムが蹴飛ばし、ミナミにシルビだと言われた青年は地面に転がり呻いている。
少なくとも胴体の骨が複数本折れているので苦しいだろう。
彼が癒しを持っていればいいが、彼が持っていないのはわかっている。
彼やプラミタの面々が怪我をしたときに直してなかったこともあるが、
何せ、彼が教えてくれたからだ。
対の魔力の法則を。
シルビが惑わしを持っているのは知っている。
この白い靄も彼の持つ惑わしの力を使ったなんらかの魔術だろう。
つまり、惑わしの対となり癒しは持っていないのだ。
シルビは地面に転がり呻きながらもマルコムを見上げる。
彼の顔には、幼い外見だったシルビの面影がある。
とくに敵だと思っていないが、今回の動きはあまり好ましくない。
マルコムはじっとシルビを見た。
シルビの目には敵意は無い。
どちらかというと困惑が強い。
「幻惑の白煙…だっけ?」
マルコムの呟きにシルビの目は揺らいだ。
どうやらエラの言っていた第二位魔術師というのが彼の正体のようだ。
詳しいことはよくわからないが、マルコム達の目を盗んでミナミに接触したかったのだろう。
先の事を考えると面倒に思えるが、一つ一つ潰していかないともっと面倒になる。
マルコムはうんざりとした気分になったが、目の前のシルビが生きているうちに事情を聴かないといけない。
また、この村の地下牢に人が増えるのかと思うと、ガイオに少しだけ申し訳なさを感じた。少しだけ。
そんなことを考えていると、周りの白い靄が晴れていく。
やはり根元のシルビを叩くのは正解だったようだ。
叩き過ぎて、芋虫みたい横たわって地面で呻いているが。
そして、マルコムがうんざりとし面倒だと思える作業を楽にしてくれる存在が来た。
聞こえる足音は高くせわしないものと、洗練された足さばき。
シューラがビエナを連れてきたようだ。
姿を確認したところ、ビエナの後ろで刀に軽く手をかけている。
シューラは血の気が多いところがあるから、半分脅しながら来たのだろう。
子ども相手に大人げない。
マルコムは困った人間を見るようにシューラを見た。
その視線を受けてシューラは不満そうな顔をしている。
「シルビオさん…」
地面に横たわるシルビを見つめて、脅えた顔をしたビエナは悲しそうに呟いた。
シルビはビエナの視線を受けて、困ったように笑った。
ビエナとシルビ両方を利用しながらだと手っ取り早く話が聞けそうだ。
マルコムは尋問の流れを想像しシューラに目配せをした。
シューラもそのつもりで連れて来たのだろう。
早く自体を掴んで、とっととロートス王国に向かいたい。
そういえば、シルビが笑えるということは、あまり怪我は重くないのかもしれない。
マルコムはもっと強く蹴ればよかったと反省した。
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