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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~
白銀の青年
しおりを挟む内部の損傷は治すのに時間がかかると聞いたが、マルコムの回復力は凄まじいらしい。
あと数日で村を出発すると聞いてミナミは心配になったが、安心もしていた。
やっぱりマルコムは頑丈だ。
実際人間であるので怪我をして死ぬかもしれない危険は誰でもある。
しかし、目の前で父を亡くしたミナミにとってはその頑丈さは安心材料だった。
そういえば、アロウの宿から逃げる時はうっかりだったがマルコムはミナミの頭を自然に撫でた。
オリオンに撫でられた時のような何とも言えない安心感があった。
ミナミは頭を撫でられるのが好きかもしれない。
リランにも頭を撫でられたことを思い出した。
少し照れくさくなったが、ミナミはここで冷静に考えた。
月明かりに照らされた赤い髪と薄茶色の瞳。
思い出すと胸が苦しくなるし、彼の事が好きなのだろう。
しかし、リランはミナミにとって脅威であり、マルコム達を罪人と定めて追っている敵でもある。
オリオンだって彼にいいように扱われているとも聞く。
その情報があっても何故好意を否定しないのだろう?
ミナミは自分がリランに好意を抱いていると分かっている。
深層心理で彼を敵であると認識できないのだろうか?
そこまで考えたときに気付いた。
マルコムもシューラも、リラン達帝国を追っ手と定めているが敵としては見ていない。
ここまで考えてミナミは安心した。
そして、ここから先は深く考えない方がいいと直感で思ったので、
初めてときめきを感じる存在を追及するのをやめた。
考えるのは後でもできるし、考えて嫌な気持ちになるのは今じゃない。
ミナミは楽観的なのだ。そして現実逃避を出来る時はするに限るのだ。
それは、嫌でも現実を見る時が来るのを知っているからだ。
何よりも幼いころからの教育のお陰で、色恋沙汰など楽しむことしか出来ないのがわかっている。
特殊な力を持つ王族として、感情だけで恋愛に走れないとわかっているのだ。
決して悲観的なのではない。
それがミナミの中で当たり前のことなのだ。
だからこそ、同じ背景を持つ姉のアズミが嫁いだ時は寂しくもあったけど嬉しかったのだ。
幸せになっていると聞いてとても嬉しかったのだ。
しかし、幸せでないかもしれないとわかったのだ。
アズミは、幸せとはほど遠い理由で嫁いだとしか思えないのだ。
なぜならアロウが悲しむような理由だ。
ミナミは姉に会いたいが、会って彼女の目的や知らないことを知るのが恐い。
知らなくていいなら知らなくていい。
しかし、それが許されなさそうなのだ。
過ぎる好奇心は身を滅ぼし、立場のあるミナミなど周りに迷惑をかけるのはわかっている。
だからミナミのお転婆は王城の範囲だけだったのだ。
父親が守ってくれたあの居心地のいいお城はもうない。
ミナミは自分の事を知らなくてはいけない。
そして自分達王族の力や家族の事も知らないといけない。
そこまで考えたとき、憂鬱になった。
新しい知識を得るのは楽しいことだ。それはわかっている。
しかし、それだけではない。
無知さや無力さで苦しんだというのに、意気地の無いことだ。
ミナミは一人で口を尖らせた。
マルコムとシューラは何やら二人でガイオの所に向かった。
いつもなら片方が近くについていたが、コロと意思疎通ができると分かった今、二人はミナミの傍にコロを置いて行ってしまったのだ。
ミナミはコロにもたれかかっている。
コロは動かないし、ミナミが色々考え込んでいると分かっているのか話しかけてこない。
とても賢い子だ。
ミナミは賢いコロに癒されたが、ふと気づいた。
「コロ?」
ミナミが抱き着いたりしたらいつもはうなったりするのに、コロは全く動かない。
ミナミはコロの顔を覗き込んだ。
コロは目を閉じている。
しかし、呼吸をしているのはわかる。
眠っているようだ。
不思議なこともあるものだ。
ミナミは自分が抱き着いているときにコロが寝ているのが不思議だった。
ちなみにこれは、無意識にミナミはコロが自分に警戒をしているのがわかっているから感じた不自然さだ。
ミナミはコロにもたれかかって周りをぼーっと眺めた。
周囲の警戒というには危機感が無いが、周りの様子を気になったのだ。
その直感は正しかったようだ。
ミナミは木々の間にキラリと光る何かを見つけた。
月明かりに照らされ光る何かだ。
ミナミは目を凝らして見ようとしたが、ミナミの視線に気づいたのかその何かが動き、木々の間から出て来た。
それが人影であるのはわかった。
身長はマルコムよりも高く、ガイオよりも低い。
オリオンと同じくらいの大きさだ。
体格からして若い青年。
そんな人物がいたのか疑問だが、不思議と既視感がある。
それは月明かりに照らされた青年の銀髪に見覚えがあるからだろうか。
ミナミは首を傾げて考えた。
「ビャクシンが懐いたというのは本当だったのですね…
巨獣が懐いたことはプラミタには黙っていた方がいいですよ。」
青年はまるでミナミの事を知っているように話しかけてきた。
知らない声だ。
だが、不思議と聞いたことがあるような気がする。
何故だろうか?
ミナミは近づいてくる青年の影を見た。
月明かりに照らされた銀髪が目立っていたが、近づいてくるにつれて見えてくる顔は精悍で女性にモテそうだ。
意志の強そうな凛々しい眉とまつ毛は銀色で、月明かりに照らさされてキラキラしている。
シューラの白い毛とはまた違った光り方だ。シューラの方が淡い光でキラキラしている。
そして青年の黒い瞳は強い意志を持ってそうな輝きがある。あと知性も感じる。
彼の持っている色と口調からミナミは既視感の理由がわかった。
いや、しっくりきたのだ。
「シルビ君なんだね。」
ミナミは声に出して言って、なおさら腑に落ちた。
姿かたちが違うという問題ではなく、彼のこの青年の姿が自然なのだ。
「…そのビャクシンには少し眠って貰っています。
ですが、危害を加えることはしていませんので安心してください」
シルビはミナミに名前を呼ばれて一瞬驚いた顔をしたが、諦めたような表情で笑って言った。
「貴方の目的はなに?」
ミナミはシルビの目をじっと見て尋ねた。
彼に敵意は無い。
ミナミはそう判断している。
しかし、なぜこのようにしてミナミに接触しようとしているのか。
敵意は無くても警戒するに越したことはない。
ガイオの家は骨組みだけ残した状態でやはり、まだ手を付けられていない。
つくづくこの村を大切に思っているのだなとわかる。
マルコムは寝床以外使われている気配が少ないテントを眺めながら考えていた。
今マルコムはシューラと共にガイオの元に情報収集とすり合わせのために来ている。
村の復興で走り回っているガイオは疲れた顔をしているが、マルコムとシューラの要望に応えようとは思っているのだろう。
夜急に尋ねてきても、対応する姿勢を見せている。
「協力関係になるからイトについて不利な情報は言えないだろうけど、プラミタについては違うでしょ?」
マルコムは疲労を見せているガイオに気遣うことなく言った。
「何が知りたい?
二人に話せる情報を俺が持っているとは思えないんだ。」
ガイオは疲れた様子見せているが、投げやりではなく誠実な顔で言った。
彼の言っていることは嘘ではないだろうし、実際そうだ。
「その逆だよ。僕たちがガイオさんに教えた方がいい情報がある。」
シューラはマルコムと目配せしてから言った。
そこからシューラはイトが尋問していたのを覗いて得た情報を話した。
ガレリウスの背後にいた長耳族がなんの目的でこの村を襲ったのか、西の大陸での不穏な動きなどもだ。
話自体は大きいが、巨獣運用の実験場所としてこの村に目を付けたということ。
「長耳族というのは厄介そうだな…村を掴まれている可能性もあるとすると
また接触を謀られる可能性もある…か」
ガイオは村の場所を掴まれている可能性に不安を感じているらしい。
実際その不安は正しい。
今はイトを含めた商人が復興のために出入りしているが、ここは表立った村ではない。
何かを隠れてやるのに丁度いいのだ。
そしてマルコム達が船を使ったとはいえ、数日でこの村にたどり着いた。
つまり、ライラック王国の王都にも行きやすい位置にあるのだ。
そしてロートス王国にも近い。
大きな港に近い位置にあり目立たない場所。
「この辺りは河口から頑張れば小さい船も入れる…
立地でも目を付けられてもおかしくない。」
ガイオは苦々しそうな顔で言った。
どこから村の事がバレたのかはもはやどうでもいいが、この村の存在が長耳族に漏れている可能性がある事が危険なのだ。
「イトが出入りしているとはいえ、この村のことを帝国側になるべく早く察知してもらった方がいいと思う。
もちろん僕たちがいなくなってからね。」
「それもあって、俺たちは数日でここを発つよ。」
マルコムの内部の損傷だともっと時間がかかると思われていたが、村の安全のためには帝国に察知された方がいいのだ。
シューラが収集した情報からマルコムもそう思った。
それはガイオも同じ意見だろう。
彼は頷いたが、マルコムを心配そうに見ている。
おそらく内部の損傷が治りきっていないことを心配しているのだろう。
「別に休み休みいけばいいし、思った以上に俺たちも早く動いた方がいい状況になったんだ。」
マルコムは自身の心配をする必要は無いと言うように言った。
「それはわかっている。姫様の魔力は長耳族にバレないに越したことはないだろうし…」
ガイオもマルコムの言いたいことはわかっているようだ。
そして彼は何やら迷ったような顔をした。
ガイオがミナミの魔力について察しているのはマルコムもシューラもわかっている。
しかし、彼に口止めは必要なさそうだ。
イトもミナミの魔力について何となくわかっていそうだが、彼は帝国の死神に対抗できるマルコム達を敵に回すことは無いだろうから口止めは必要ない。
「…何か嫌な感じがする…」
シューラは何かに気付いたのか、顔を上げて辺りを見渡した。
「嫌な感じ?」
「うん。気に障る感覚がする…イトみたいな…」
マルコムに尋ねられてシューラは険しい顔で呟くと、はっとしたようにテントの外に向かった。
「何が…」
マルコムはシューラの後を追い、警戒しながらテントの外に出た。
そこでマルコムは息をのんだ。
何せ、テントのそとは真っ白だったからだ。
霧なのか煙なのかわからないが、視界を遮る白だった。
「考えてみれば、手の内を見ていないんだよね。
女子供だからって油断していたよね…」
シューラは自嘲的に笑いながら言った。
その言葉でマルコムは舌打ちをした。
外見と内面の乖離にさんざん警戒していたくせに、武力を感じないから脅威に数えていなかった。
怪我があったが、あちらが敵対するとは思っていないのもある。
油断というよりも思い込みだ。
マルコムはシューラを見た。
「コロが言っていたけど、僕ってイトをはじめとした惑わしの魔力に敏感らしいんだよね
で、この白い霧…僕の知っている惑わしの魔力だよ。」
シューラは腰から刀を抜いて笑いながら言った。
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