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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

盗み聞きする青年

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 メンダとガレリウスが捕らわれた地下牢は村でも少しだけ離れた箇所にある。

 建物が頑丈なのもあるが、村から少し離れた場所にあったおかげで焼けずに済んでいるのだ。



 つまり、村から外れた場所にある。



 人の気配が騒がしい中にあるわけではないので、誰かが来たらすぐにわかる。

 きっと、この地下牢を位置を決めたものはそんな警戒心を持っていたのだろう。



 シューラは地下牢の格子を支える柱を繋いでいる梁の上にのぼり、地下牢の前の廊下を見下ろしていた。

 地下牢は音が良く響くので息をひそめていれば盗み聞きがしやすい。



 シューラは闇の魔力や惑わしもっているわけではない。

 ただ、聞き耳を立てるのは得意だ。



 隠密活動も結構やっていた方なので、傍から見たら得意だと思われるだろう。

 ただ、シューラは決して隠密活動が得意とは言わないが。



 シューラは視線を地下牢の前の廊下に向けた。

 そこには、椅子に座らせられたエラが



「見ている限り、君が集団の頭だと思っていたけど違ったんだね。

 あのシルビって子がリーダーなのかな?」

 丁寧な口調のイトが尋ねている。



 なるほど。

 イトはシルビが普通と違うと思っているようだ。



 もちろんそれはシューラも気付いている。

 何せ、ミナミでさえシルビは大人び過ぎていると違和感を覚えているほどなのだ。



 最初は惑わしの力のなんらかを扱って外見を誤魔化して認識させていると疑った。

 しかし、それは現実的に難しいと思える。



 マルコムも同じことを考えたはずだ。

 そうして疑って見て観察しても、シルビに惑わしを扱っている様子は見えなかった。



 最初のミナミに接触したとき以降、彼は講義以外で惑わしを使っている気配が無い。



「商人さん。あなたはどういう立場だと認識して私を尋問しているの?

 あなたのせいで私たちがひどい目に遭ったって知っているのかしら?」

 エラはイトが尋問のように質問するのが不愉快なのだろう。



 取り繕うことなく嫌そうな顔をしてイトを見ている。



「半分くらいは俺のせいだってわかっているよ。

 けど、遅かれ早かれ君たちは襲われていた。

 あの長耳族たちはタイミングを見て君たちを消すつもりだったみたいだし

 むしろ、この村で襲われたことが不幸中の幸いだと思うよ。



 まあ、俺の不備があったのは否定しないさ」

 イトは後ろめたさなどは感じていない様子で、開き直っている。



 確かに彼の言う通りだ。

 内部にいた長耳族がプラミタの魔術師を邪魔に思って消そうとしていたのだ。

 ここで襲われて発覚したことが幸いだ。



 発覚せずに消される可能性もあったということだ。





 だからと言ってイトが悪くないというわけではない。



 シューラはイトがどういう伝手で帝国の情報をあの集団から得ようとしたのかわかっていない。

 商人の伝手というが、情報源の集団の内部に長耳族が二人いたのならその伝手も特殊になる。



 しかし、イトの開き直り方や様子を見て、シューラは状況がわかった。



「美人さんに俺はひどいことはしないさ。

 けど、俺は利用だけされるのは嫌なんだよな…

 利にならない捨て駒のような扱いも…」

 イトはいつもの飄々とした口調と口元で言うが、目がまったく笑っておらず冷たくエラを見下ろしている。



 地下牢の廊下にて、エラは椅子に座らせれ、それを見張るようにイトが立って見下ろしている。

 そして地下牢には、シューラに痛めつけられ気力をそがれたガレリウスとメンダがいる。



 意識はあるだろうが、二人とも疲労の色が濃い。



 うるさくなると盗み聞きも大変なので、二人が大人しいのは幸運だとシューラは思った。



 そして、昨日痛めつけて疲れさせたのは正解だったと内心自分を褒めた。



「俺は商人だから他人を利用するがね…

 こう見えて俺は好意的な方なんだぞー。

 尊重してくれる相手は尊重する。誠意には応えようともしている。



 そして、捨て駒のように扱われると同じように扱う…



 両想いの考えが強いんだよな」

 イトは、今度は牢屋で寝転がるメンダに目を向けた。



「長耳族さんの伝手で俺に情報をくれるって話だったから

 俺を探っているんだろ?」

 イトはメンダに威圧的に言った。



 なるほど。

 商人とは抜け目がないだけでは生きていけないのか。



 シューラはイトを見て納得した。



 他人を威圧する口調、芝居のように聞き取りやすい話し方。

 にこやかな笑みをいつも浮かべているが、きちんと他人を怖がらせる表情が取れるのは武器だ。



 シューラはイトの商人としての立場を考えた。



 人を脅す力もあり、物資の援助をすぐに頼める伝手があり、まあまあ腕が立つ。

 今発覚した事実だが、長耳族側が探ろうとしている人物。



 そして、マルコムが警戒するような人物だ。

 彼の嗅覚は信用できるしミナミも警戒している。



「私に何かあれば、プラミタが放っておくと思っているの?」

 エラはイトを睨みつけて言った。



「じゃあ、俺は帝国にある事ないこと流してプラミタを潰してもらおうか…

 言っておくけど、俺はそこのクズの長耳族と違って帝国の死神がヤバいことを知っている。」



「…死神?」



「赤は知らないけど、黒の死神は相当ヤバイ。

 おそらく一人で小国くらいなら余裕で滅ぼせる力を持っている。」

 イトの言葉に一番反応したのは牢屋で横たわるガレリウスだった。



 そういえば、彼は死神と接触している。



 彼が持っていたあの宝玉は、接触しないと魔力を奪えない。

 シューラはどういう状況で使ったのかわからないが、ガレリウスの方に目を向けた。



「俺は…知らない。

 あんなバケモノ。おかしいだろ…」

 ガレリウスはガタガタ震えながら言っている。



「お前らのせいだ…お前らが変なことを持ち掛けなければ…」

 ガレリウスは横で横たわるメンダを睨んで言った。

 そしてイトを見た。



 どうやらガレリウスはイトに色々白状するつもりのようだ。



 拷問まがいの尋問をしたシューラよりも、胡散臭いが武力の気配が少ないイトに色々白状するはず。

 シューラはそれも狙って尋問していた。



 ガレリウスの感性が普通でよかった。

 彼の頭がおかしかったら時間がかかっただろう。





「西の大陸は長耳族が仕切ろうとしている。

 俺たちは長耳族が人間を道具にする準備のためにここで巨獣を運用する試験の準備をするはずだった。

 ゴロツキもどきが階級の上に立てる一隅のチャンスって謳われた。」

 ガレリウスは嘲笑するような表情をしながら言った。



「でも、君は本気にしていなかったようだな。」



「当たり前だ。ただ、この村をいいようにできるチャンスだったうえに邪魔が無ければ美味しい話だった。

 船で死神に遭うまではそう思っていた。」

 ガレリウスは開き直ったようだ。



 シューラは別の大陸の話が入って規模が大きいと思ったが、予想以上にのん気にしていられない状況だとわかった。



 長耳族が人間を道具にしようとしているというのは初耳だ。

 元々人間を見下している様子のある種族と聞いたことがある程度だ。



 そもそもシューラは、長耳族についてはこの村に来るまで知識としてしか知らない。

 それに、噂を聞く限りシューラの身近にいる存在の方が明らかに強く強大なのだ。

 マルコムとか…



 長耳族の影があってライラック王国の国王は帝国と手を結ぼうとしたのでは?



 シューラは一つの仮説が浮かんだ。



 オリオン王子の母親の話を聞くと、一番しっくりくるのだ。



 ここで一旦仮説は置いておいて、今のところ一番解消したい疑問がまだ明かされていない。



「規模の大きい話はここまでにして、小さい疑問だけどさ、なんでプラミタの魔術師を片付けるのをお前ら長耳族がやらなかったの?

 だって、一緒に行動をしていたならいくらでもチャンスはある。

 相手は女子供だし。」

 イトはメンダに目を向けて尋ねた。



 そうだ。

 シューラはそれが疑問だった。

 マルコムの話を聞く限り、逃げた長耳族の男はそれなり戦闘能力があったらしい。

 惑わしの力のせいで武術に適した体かどうかをしっかりと見極められなかったとしても、魔力でマルコムに怪我を負わせている。

 マルコムの戦闘スタイルと油断もあったとはいえ、なかなかできることではない。



 もちろん手を汚したくないと言われたらそれまでだが、効率が悪いと思うのだ。

 海で事故に見せかけて殺した方が処理も楽である。移動中の事故もそうだ。



「…何も知らんのだな

 獣を手なずけるのに何が必要だと思っている?」

 メンダはイトを呆れた様子で見て言った。



 なるほど。

 どうやら魔術師たちはこの村で巨獣の餌にされる予定だったらいい。

 死んでから餌にするのか生きたままするのかわからないが。



 しかし、コロが聞いたら怒りそうだ。



 シューラはそこでふと思った。



 プラミタ側も長耳族も帝国が巨獣を手なずけていることを気にしていた。

 つまり、長耳族は巨獣の手なずけに関してはまだ知識が乏しい。



 実験段階ということだ。



 ここで、この村を巨獣の活用の実験に使うつもりだったという話に戻る。



 繋がるわけか。



 シューラは納得した。



 しかし、長耳族のこの様子だと巨獣も見下しているように思える。

 いわば、人間を道具として扱うのと同じような目線だ。

 これでは巨獣の運用は無理だと思える。



 子どもであるというコロですらあの様子だ。

 大人の巨獣が、あきらかに見下してきている長耳族と手を結ぶとは思えないのだ。





「それに、この七光り女は別としてあのガキ二人はただのガキじゃない

 プラミタ上位魔術師だ。」

 メンダはエラをそこまで重要視していないようだ。

 シューラもわかっている。逃げた長耳族の青年も利用していたという感じだ。



 ここまで利用され馬鹿にされるのは可哀そうだと思えるが、きっとエラは嫌な奴なのだろう。

 シューラは何となく思った。



 彼女をかっこいいと言っているミナミには悪いが、親が権力者で自信家だが実力は控えめな存在など男でも女でも厄介だ。

 それに加えて長耳族の青年との恋物語的なものにふけっていたらしい。



 とても利用しやすい。

 カモだ。



 シューラはそう思っているし、長耳族の奴もそう思ったのだろう。



 しかし、シルビとビエナがプラミタ上位魔術師というのは知っていることだ。

 シューラが気になっているのはシルビの事だ。



 その話を聞けるかと思ったが、長耳族側は深く知らないようだ。

 種族差もあるのだろうし、深く関わっていないのかもしれないが、シルビが外見と中身の年齢が合わなすぎることは気にしていないようだ。



 ただ、彼のことはシューラは嫌いではない。

 ミナミの不用心さもあって水浴びを覗いた事故を置いておくと、非常に接しやすく自身の立場や価値をわかっている。



 とても賢いと思うのだ。



 だから子供らしくないのだが。

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