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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

相性の悪い青年

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「ちょっとお二人さん。話戻すね。」

 イトがマルコムとシューラの間に入るように両手を伸ばして言った。



 確かに止めないと二人はいつまでもキャッキャと話している気がする。

 なにせ仲良しだからだ。



 ミナミは今度から自分も止められるようにしようかと一瞬思ったが、どうせなら一緒にキャッキャ話したいと思った。



 なので、ミナミも少し物騒な例え話を笑いながらできるようにするという目標ができた。



「とにかく、隠密活動で下手に探るのは悪手ってことでいいんだね。」

 イトは慎重に確認をするようにマルコムに尋ねた。



「というよりも“出来ない”って思った方がいい。

 隠密活動で掴んだ情報は掴まされて踊らされていると思っていい。」

 マルコムは当然のことのように言った。

 それだけ帝国の隠密活動に対する能力は高いのだろう。

 ミナミは詳しくないが、マルコムの態度から確信した。



「それに関しては僕も同意だね。

 赤い死神の皇国を消すときの動きは見事だったから忘れられないよ」

 シューラもマルコムに同意し頷いている。



 しかし、彼が言った皇国という国はミナミは知らない。

 どこだ?



「皇国っていうのは帝国のある東の大陸にあった国だよ。

 帝国の隣国でシューラの祖国だけど、数年前に帝国に吸収されて無くなったんだ。」

 ミナミの様子を見たマルコムが、説明するように言った。



 なんと、シューラの祖国だったようだ。しかも、もう無い国らしい。



「ちなみにどんな方法?」

 イトは興味津々と言った様子で尋ねた。



 確かにミナミも気になる。

 王族の身としては、一つの国を吸収した方法に危機感を覚えるのだ。



「民衆に、事実だけど皇国の上層部にとって都合の悪い情報を流して扇動し、革命のような動きを起こさせた。

 それから国を乗っ取ったってわけ。

 知識階級が軒並み殺されてからサラリと乗っ取ったから、ずっと様子をうかがっていたというよりも民衆の内部に工作員がいたんだろうね。

 というよりも死神様本人が動いたんじゃないかな?」

 シューラは両手を上げてあっけらかんとした様子で言った。

 自身の祖国の事なのに思い入れがあるように見えない。



 といってもシューラはマルコムと一緒に国から逃げたのだから、きっとこのような振り切り方でないとやっていけないのだろう。



 しかし、思ったよりも取った手段が効率的だった。

 武力が目立つ帝国であるので意外だった。



「死神たちは皇国を憎んでいたからね。武力で潰すよりも内部から完全崩壊させて皇国の上層部の権威を消し去りたかったんだ。



 武力だと、皇国の上層部に生き残りを出してしまったときに英雄にしてしまう可能性がある。悪役は帝国でね。

 たとえ直ぐに制圧できるとしても、そんな美談を作る余地も許したくなかったんだよ。



 民衆たちに引きずり降ろされ、無様に地に落ちて、築き上げていたモノが崩れ落ちたことを実感させる。



 それが、死神たちが描いた理想のシナリオで現実になったことだよ。」

 マルコムは少し笑みを浮かべて言った。

 その笑みには自嘲がある気がするが、その表情の理由はわからない。

 しかし、マルコムはリランたち死神の行動に対して肯定的な意見を持っている気がする。



 つくづく、どうして帝国騎士団から逃げ出したのかわからない。



 シューラと逃げるにしても、追われるような事態になる理由がわからない。



 マルコムは帝国騎士団を嫌っていないし、行動に対してはおおむね否定的ではない。





「えげつねえ…」

 イトは顔をこわばらせて呟いた。

 取り繕ったような話し方や表情ではないので、思いがけず零れてしまった本音だろう。



「俺が言えるのはこのくらいかな?

 外見の特徴なんて実際に見たことが無いなら偽物を騙る奴がいてもおかしくないから

 頼りにならないよ

 黒髪の大男と赤髪の細身の青年という特徴なんて、偽ろうと思えばいくらでもできる。」

 マルコムはこれ以上は話す気は無いようだ。



 ほとんどが忠告だった気がするのは気のせいではないだろう。



 マルコムはイトと帝国が接触するのが、イトにとっては望ましくないことだと思っている。



「まあ、ゼロよりもいい情報だし、皇国の件は調べるにしても前情報が欲しかったからいいか

 皇国の話を聞いてこれ以上聞くと過剰になるか…」

 イトはブツブツと呟いている。



 どうやら持ってきたかごの食事に釣り合いのとれる情報は渡したらしい。



 ミナミは何が釣り合ったのかわからないが、有意義な情報のやり取りを穏便にできて安心した。



 かごの中には、暖かいパンとスープが入った鍋があった。



 どうやらイトがガイオにお願いして準備してもらったもののようだ。

 もちろん商人であるイトはガイオに対価を払っているらしい。



 物資も提供しているのに、イトがあげてばかりではないのか?

 ミナミはふとそう思った。



「ダウスト村に伝手を作っておく感じなんだね。

 お互いいい利害関係になりそうだね。」

 マルコムはイトの様子を見て納得したように頷いた。



「ただで転ぶのは損だからさ。

 君たちと違って俺はこれからライラック王国の王都に向かったり、色々探るから

 こういう拠点に出来る村を抑えておくのは大事なんだよ」

 イトは両手を広げて困ったように首を傾げながら言った。



 別にミナミは彼の今後の行動は知らなくていいと思うが、この村がイトと関りを持ち続けるのは少し意外だった。



 何故ならイトはこの村に一人で辿り着けないからだ。

 辿り着けても時間がかかる。



 今もしょっちゅう村の外に行っているが荷運びの役割を持ったものと一緒である。

 なので、ミナミはイトが一人ではこの村に辿り着けないと判断した。



「怪しいけど商人との伝手は、この村も欲しいからお互い利があるってわけか…」

 シューラは納得したように頷いたが、少し不満げな顔をしている。



「どうしたの?」



「いや。僕、ガイオさん個人も結構この村の後ろ暗い癖にのん気なところとか気に入っていたからさ…なんというか



 ここにコイツが関わるのか…



 って思ってね」

 シューラは曖昧な言い方だが、言っていることは気に入っている場所にイトが関わるのが不快だということだ。



 なかなかひどいことを言う。

 ミナミはシューラの素直な言葉に驚きを通り越して感心してしまった。

 だが、正直なことはいいことだ。



 しかし、シューラはイトに対して苦手意識を持っているのは確かなようだ。



 仲が良いことはいいことだが、苦手なものは仕方ない。

 険悪になって喧嘩をしたりしているわけではないので、ミナミは気にしないことにした。



 何となくシューラがイトを苦手とする理由がミナミにはわかる気がするのだ。



「そんな嫌そうにされると俺傷つくよ。」

 イトは傷ついかような表情を作っているが演技なことがよくわかる。

 あまり傷ついて無いようだ。

 イトは心が頑丈なようなので、ミナミは安心した。



「シューラ。イトさん傷ついていないから気にしなくていいと思うよ。

 あと、苦手なものは仕方ないよ。」

 ミナミはシューラを元気づけるように言った。



 そもそもミナミはイトとシューラならシューラに圧倒的に天秤が傾く。

 何故ならシューラはミナミにとって魔力の先生であると同時に可愛いと思える存在だ。

 仲良くしているし、大切なのだ。



 何やら視界の端でマルコムが震えている気がするが、寒いのだろうか?



『仕方あるまい。ご主人様。

 このエセ商人の魔力はご主人様にとって不快に思う性質を持っている。



 生理的に無理なだけでなく魔力的に無理なのだ。』

 何やら不思議な声が響いた。



 ミナミは首を傾げた。



 だが、声の言った意味はわかる。

 シューラにとってイトは魔力的に受け付けない存在ということだ。



 こんなことがわかるなんてすごいな…と思ったが



「誰?」

 ミナミは誰が言ったのかわからなかった。



『あ、やべ』

 不思議な声がまた響いた。

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