170 / 326
ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~
止められるお姫様
しおりを挟む色々疎いとはいえ、ミナミは口と口を合わせる行為のことを知っている。
よく王城で探検をしていると物陰から侍女と兵士がやっていたのを見ていたからだ。
その様子を見ると、自然に口角があがってにやけてしまい、さらになんとも言えない甘酸っぱさと胸に心地よいキュンとした締め付けを感じさせるものだ。
しかし、先ほどのシューラとマルコムのは、開いた口が塞がらず、血なまぐささと動揺を感じさせるものだった。
そして変な動悸で心臓がバクバクする。
布を取りに行こうとしたビエナとシルビもあまりの光景に固まってしまった。
ただ、先ほどの行動は治療だったようだ。
治療でよかった。
チラリとシルビたちを見ると、二人とも何とも言えない顔をしている。
「あとは彼の回復力とたまに癒しをかければ大丈夫だよ。ついでに薬もいくつか用意しようか。」
シューラは旅のために纏めた荷物を探っている。
彼は、本当になんともないようだ。
シューラは取り出した薬を口に入れると、手に水を発生させた。
おそらく、その水の発生はとても緻密な魔力によるものなのだろう。
シルビとビエナが驚いた様子で見て、感心するように頷いていた。
ただ、ミナミはどうしてシューラが薬を口に入れたのかわからなかった。
それに水を発生させた理由もわからない。
ふと疑問を覚えていると、シューラは発生させた水をパクリと口に入れた。
そしてまたマルコムの顔を上げて口を重ねた。
あ、薬を飲ませているのか!
ミナミは納得したが、目の前の光景は慣れるものではない。
またミナミとシルビとビエナは固まってその光景を見ていた。
「にが…」
マルコムが呻き、シューラから顔を逸らした。
どうやら喋れるようになったみたいだ。
マルコムが顔を逸らしたことで二人の口は離れた。
それにミナミは不思議と少し安心した。
シューラはマルコムの頭をゆっくりと床に下ろし、彼の口を拭った。
まだ表情は険しいがマルコムの呼吸は落ち着いた音になっている。
ミナミはそれを見て安心した。
癒しを口から流し込むのは本当に有効なようだ。
「それよりも、布を持ってきてよ。」
シューラはシルビとビエナを軽く睨みながら言った。
茫然としていたシルビとビエナは、はっとして慌てて走り出した。
二人が離れたのを確認するとシューラはミナミを見た。
月明かりに光る彼の赤い瞳がギラリと光っていて綺麗だとミナミは思った。
「君の方から少し癒しをマルコムにかけてくれる?」
「え?」
「内部の方で僕は魔力大分使っちゃったし、少しは残した方がよさそうだから」
シューラは困ったように笑いながら言うとマルコムの横にドカリと座り込んだ。
そして手をひらひらとさせている。
「…う…うん」
ミナミは癒しをかけるようにと言われ、ドキリとしたが
マルコムに癒しが必要なのは確かだ。
助けてもらっている身であり、助けたいと思っている。
ミナミは覚悟を決めて両手で自分の頬をパチンと叩いた。
そしてマルコムの顎を掴もうと手を伸ばした。
しかし、伸ばしたミナミの手を止めるようにガシリと掴まれた。
手のひらが固くて大きい手だ。
マルコムだ。
「何やろうとしているの?」
マルコムは呆れたようにミナミを見上げている。
呼吸は落ち着いているし、心なしか顔色もいい。
「いや、だって癒しを」
ミナミはマルコムに癒しをかけるつもりだった。
なので、シューラと同じく口から流し込むつもりでいた。
そのために覚悟を決めたのだ。
治療のためであるし、マルコムにするならミナミは平気だと思うのだ。
顔がいいから。
こういう時、顔がいいというのは得だと思う。
別に顔が悪いわけではないが、イトには無理だと思う。
「君、癒しを流し込んだことあるの?」
「え?魔力を流し込むのなら…」
ミナミはシューラやマルコムをのたうち回らせるほど魔力を流したことがある。
あれと同じ要領なら行けると思っているのだ。
「内部に癒しを流し込むのと魔力を流すのは少し違うんだ。
俺にとどめを刺すつもりか?」
マルコムは呆れて言った。
なんと、魔力を流し込むのと癒しを流し込むのは少し違うようだ。
ミナミは知らなかった。
マルコムは呆れたようにため息をついた。
だが、息を吐いたとき少し痛みに顔を歪めている。
「普通に癒しを施してくれれば大丈夫。
癒しを流し込む方法は、今度コツを教えるけどあまり実践しない方がいいよ。
君は嫁入り前の年頃の女の子なんだから。」
シューラは少しだけニヤニヤしながら言った。
そういえば、シューラはミナミを止めなかった。
マルコムが止めなかったらどうなっていたのか…
ミナミは思わずシューラを見た。
「全く、タチ悪いね…君は」
マルコムは舌打ちをしながら言った。
彼もシューラが止めなかったことに思うところがあるようだ。
どうやら、シューラは少しいたずらっ子なようだ。
なかなか可愛いところがあるものだ。
しかし、口から流し込むのでないのならミナミは確実にできるので安心だ。
普通に癒しを施すなら結構経験がある。
軽いけがの治療はやっていた。
「よいしょ」
ミナミは軽く力むと無意識に声が出るようだ。
実際、ミナミは掛け声をしていたことに気付いていなかった。
ミナミは掛け声とともに床にだらんと落ちているマルコムの手を持ち上げて握った。
マルコムの手は固いが弾力があり、筋肉と骨の密度を感じる。
先ほどミナミが持った槍を振り回すには、このくらいの筋肉が必要なのだろう。
ミナミは、別に腕の筋肉を触りたくて彼の手を持ったわけではない。
接触しながらじゃないと癒しを施せないのだ。
とりあえず、目に見える足の火傷らしき傷を治そうと判断し、ミナミは癒しの魔力を発生させた。
「んーうー」
ミナミは無意識に唸っていた。
今までの治療は軽い擦り傷や打撲が多かったので火傷は治療したことが無い。
心なしか、傷を見て頭が働かすほど治療が早くなっている気がする。
ミナミはマルコムの傷をじーっと見て唸りながら癒しを使い続けた。
なので、気付かなかった。
マルコムとシューラが険しい顔でミナミが治療する様子を見ていたことを。
ミナミとシューラの治療のお陰か、マルコムはシルビとビエナが戻ってくる前にだいぶ良くなっていた。
とはいえ、安静にしないといけない。
つまり、出発が少し伸びるのだ。
伸びるのは別にいいのだが、マルコムが未だにせき込むと吐血しているのでミナミは何かできないのかとオロオロしてしまう。
「内部の怪我は、半分はマルコムの判断ミスだから
あまり同情しなくていいよ」
シューラは心配そうにマルコムを見ているミナミに彼もまた呆れたように声をかけた。
そういえば、マルコムの怪我はマルコムのやらかしだと言っていたがどうしてなのかわからない。
「あのエラとかいう女のせいだろ」
マルコムは軽くせき込みながら苛立たし気に言った。
エラはあのプラミタの綺麗なお姉さんのことだろう。
彼女が何をしたのかわからない。
というよりも何があったのかわからない。
「君の言った通り、彼女はガイオさんに見張って貰っているし、あの長耳族の男はガレリウスの隣に縛り付けているから。」
シューラは心底疲れたという様子で言った。
状況が掴めないミナミだが、馴染みのある言葉が聞こえた。
「“長耳族”」
ミナミは呟いた。
長耳族はミナミにとって実は関りがある。
「待って。もしかしてライラック王国は長耳族と関りがあるの?」
マルコムは軽く吐血しながら険しい顔で尋ねた。
どうやらミナミの様子から何かを察したようだ。
ミナミはとりあえず頷いた。
ライラック王国は、王族の成り立ちの理由が特殊なので長耳族とも多少は関りを持っていたのだ。
また、彼らはミナミたち王族の魔力に興味津々だというのも聞いたことがある。
オリオンが「長耳族が探りに来ている。忌々しい」とか言っていたのをよく覚えている。
オリオンは愚痴っぽいのだ。
ただ、オリオンが長耳族を忌々しく思っているのはもっと別の理由があるのだ。
それは、ここでミナミがマルコム達に話していいことではないので、黙っていることにした。
「関わりっていうよりも…ちょいちょい来ていたの。」
それに、ミナミはあまり深く知らない。
なので、濁すことにした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

2回目チート人生、まじですか
ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆
ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで!
わっは!!!テンプレ!!!!
じゃない!!!!なんで〝また!?〟
実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。
その時はしっかり魔王退治?
しましたよ!!
でもね
辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!!
ということで2回目のチート人生。
勇者じゃなく自由に生きます?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる