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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

講義を受けるお姫様たち

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 魔獣

 それは魔力を持つ獣だ。

 人間に飼われている家畜も魔獣だが、世間一般的に言うのは野生の獣全般だ。

 中には魔力を扱い人間を食らうものもおり、その被害に苦しんでいる地域も多い。

 諸島群にあって規模の小さいライラック王国には大きい魔獣は馴染みが無いが、他国は違う。

 人間が住みにくいところほど多くいる。



 そしてそれよりも大きな脅威が巨獣だ。

 巨獣は人間と意思の疎通ができ、知能が魔獣とは比較にならないほど高い。

 人間以上に巧みな魔力を扱い、プライドが高く人間を下に見ている。



「といっても帝国はその巨獣を飼いならした上に、魔力を補給し共存する方法を生み出したのです。あの強大な軍事力の源には巨獣との共存があるのは言うまでもないです。」

 シルビは慣れたような口調で言った。

 どうやら彼は講義をしなれているらしい。



 ミナミ、マルコム、シューラ、イトは今、水辺に作った居住地の近くに座ってシルビの講義を受けている。

 朝起きて軽めのご飯を食べ、口を洗って植物を育てているとシルビを伴ったイトがやってきたのだ。



 イトは早めに講義を受けたいようで、シルビにゴマすりをしていた。

 ミナミだってゴマすりはわかる。



 お城でたくさん見たし、オリオンがよく「ゴマすり野郎め…」と陰口を言っていることが多かったからだ。

 意外にオリオンは口が悪いのだ。

 見た目に騙されてはいけない。



「魔獣でも巨獣が他と違う理由は高い知能と魔力、高い戦闘能力だけでなく“対の魔力”を持っていることが一番の理由でしょう。」

 シルビは服の袂から小さいキラキラした石を二つ取り出した。

 赤い石と青い石だ。



 ミナミはそれを見たことがある。

 魔導機関に馴染みがあればだれでも知っている魔石だ。

 魔力を貯蓄することのできる石で、とても便利なものだ。



「これは水の魔力と火の魔力が込められています。」

 シルビは右手に水、左手に火の魔石を持った。



「基本的に“対の魔力”を持つ存在は非常に珍しいです。なによりも、“対の魔力”を同時に使うと非常に強力な魔術を発生させれます。」

 シルビは水の魔石から水の魔力を漂わせたが、不安定な水が空中で揺れているだけだ。



 シューラも刀に纏わせて斬撃など、魔力自体に動きを外から加えるような形で威力を持たせている。

 ミナミは水の魔力は何かを介さないと攻撃に不向きなのでは?と思った。



 まあ、ミナミは攻撃をすることは無いだろうが。



「しかし、火の魔力を合わせて使うと…」

 シルビは水の魔力で作った水を空中に漂わせたまま火の魔石から魔力を取り出した。



 水が火の魔力を帯びると、形が明確になり、鋭い刃の様な形になった。



「今回は主体は水の魔力でやりましたが、火の魔力でも同じです。この現象は他の“対の魔力”でも同じです。

 これらから“対の魔力”が強力な魔術に欠かせないというのはわかりましたか?」

 シルビは水の魔力と火の魔力で作った水の刃を消した。



「…“対の魔力”というと、どういう組み合わせなんだ?」

 イトは考え込むように俯いてから尋ねた。



「対はそれぞれ水と火、風と雷、土と草、光と闇です。

 それぞれ対の片方ずつもっていても対として成立する魔力を持っているものはいないと思います。



 つまり

 水を持っていれば火は持っていない

 風を持っていれば雷を持っていない

 土を持っていれば草は持っていない

 光を持っていれば闇は持っていない

 対を一つの存在の要素で成立させることは無いということです。」

 シルビは難しそうな顔をして言った。



「例えば…

 水、風を持っている人は火と雷は持っていない

 土、光を持っている人は草と闇は持っていない

 という感じですね。

 実際、自分は惑わしは置いておき、闇を持っているので光は持っていません。

 そういう相関関係があるので、他人の持っている魔力の推測に使えますよ。」

 シルビはなおも難しそうな顔をしている。



 ミナミは説明が難しい内容だなと思った。



 確かに説明をパッと聞いただけだと分かりにくいが、要は“対の魔力”を一人で持つことはできないということだ。



 しかし、シルビの言葉にミナミは何となく引っ掛かった。



 その引っ掛かりを確認するためにマルコムとシューラの方を見た。



 だが、マルコムの表情は変わらないし、シューラも変わらない。



 どうやら二人はそのままシルビの講義を聞き続ける方針のようだ。



 確かに、ミナミの引っ掛かりは今確認することも出来ない。

 なので、後で二人に聞いてみることにした。



「巨獣は“対の魔力”を持っている数少ない存在です。

 西の大陸でいうならビャクシンは光と闇の魔力を持っています。

 何度か遭遇しましたが、彼らの光の刃は闇の魔力も同時で使うことでできる芸当です。」

 シルビはどうやらコロではないビャクシンに会ったことがあるらしい。



 別にこの村にビャクシンがいるとわかっているわけではないだろう。

 だが、ちょうどシルビは西の大陸から来た人間なので

 身近な巨獣がビャクシンだったというだけのようだ。



 ミナミは一瞬ドキリした。



 確かにコロも光の刃を扱っていた。あれは闇の魔力も合わさっての技なのか。



 ミナミはあとでコロを褒めようと思った。



「それぞれの魔力の扱い方は?癒しとか惑わしについては」



「癒しは持っていないのでわかりませんが、惑わしは持っているので答えられます。」

 マルコムの質問に対し、シルビは慣れた様子で答えた。



 その様子を見て、ミナミは彼が10歳前後の子どもにしか見えないのにすごいなー…と思っていた。



「ついでに言うなら、癒し、惑わし以外なら魔術師はだいたい扱い方がわかっています。

 …というのも自分の持っている魔力と対にあたる魔力の魔石を持つことが習慣だからです。

 なので、魔術師は自身の魔力の扱いというよりは、魔石の魔力の扱いが重視されます。」



「なるほどね…もしかして魔力の多さというよりも魔石にどれだけ魔力を詰められるかで魔術が変わってくるとかいう

 魔石頼りの魔術師しかいないとか?」

 マルコムはシルビの言葉に呆れと皮肉を混じらせたような口調で尋ねた。



「おっしゃる通りです。そもそも魔力を日常生活で魔術に昇華できるほど持っている存在が少ない…

 自分が第10位魔術師と言いましたが、位がついている魔術師は魔石に頼らずに魔術を円滑に使える魔術師であるということです。」

 シルビは恥じるように肩を縮こまらせながら言った。



「プラミタさ…大丈夫なの?」

 シューラはシルビの言葉を聞いて呆れを通り過ぎたのか半笑いで心配そうに尋ねた。

 確かにシューラの言うことはミナミもわかる。



「大丈夫じゃないですよ。

 帝国の様子を見て来たのでよくわかりました。

 だからエラがあれだけ荒れているのです…」

 シルビは自嘲するように口を歪めて言った。



 その表情は達観と諦めがあり、とでもじゃないが子どものする顔じゃない。



 イトとシューラ、マルコムはその様子のシルビを見て目を丸くしている。

 ミナミも3人と同じことを感じている。

 彼が自分より年下の外見をしているのが信じられないのだ。



「では、モニエル様が仰っていた魔力の話をしますね…」

 シルビは仕切り直すように話題を魔力の内容に戻した。



 シルビはそこからそれぞれの魔力の事について話した。

 水、火、風、雷、土、草、そのまま操作と発生が可能だ。



 ただ、発生させる大きさや操作の規模は魔力の多さに左右され

 その精度は魔力の扱いに左右される



 というものだった。



「光と闇は少し異色です。両方とも視覚に対する効果がメインです。

 闇は纏うことで風景に溶け込む様な効果があるので隠密活動に使えます。

 光は魔導装置以外だと明かりという使い道しかないように思えます。



 もちろん明かりはとても大事です。



 つまり、対の魔力として扱わない限り光と闇は物理的な作用を及ぼすことはできません。」



 シルビはそこまで言うと、一呼吸置いた。



「光と闇の応用の前に癒しと惑わしについて話しましょう

 これは他の魔力とはまた違った部類です。



 “癒し”も“惑わし”も人に対して作用する魔力です。



 癒しはそれこそ治癒の力です。人の怪我や不調を癒す力。」



 シルビの言葉通り、癒しは他人の傷を治す。また、自分を癒すのでとても便利な魔力だ。



 しかし、便利であるが持っている者もそこまで多くないので結構貴重だ。



「惑わしは人の認識に影響を及ぼす力。魔力の大きさで変わりますが

 自分を見えなくするということや、別の光景を見せるなど…

 幻覚の様な力です。



 惑わしは具体的にどう見せたいのかを強く考えて使うことで発揮される魔力です。

 考えなしには使えないので持て余すものが多いです。」

 シルビの言葉にイトは気まずそうにしていた。



 そういえば、彼は惑わしを持て余していると言っていた気がする。

 イトは考えなしなのかとミナミは納得した。



「そして、この癒しと惑わしは



 光と闇の魔力と合わせて使うことで

 より強い魔術とすることができます。」



 シルビはそう言うと、片手をあげて黒い靄のような魔力を出した。



 おそらくそれが闇の魔力だろう。



「自分ができるのは惑わしと闇の合わせ技で簡易的なものですが…」

 というとシルビの腕は黒い靄に紛れて…



 手首から先が見えなくなった。



 ミナミは息をのんだ。



「闇の魔力を外します」

 シルビがそう言うと、手首から先がなんとなく見えている。



「惑わしを外して闇の魔力を纏います。」

 シルビがそう言うと、手首から先が見えるが輪郭がぼやけている。



「最初にやったのが合わせ技です。闇の魔力で輪郭をなじませ、惑わしで周りのものへ認識させないようにしました。」

 シルビははっきりと見える手の上に闇の魔力だけを発生させながら言った。



「そして、光の魔力が癒しと合わせ技ができるというのは

 治療範囲として光が一番広がるのが早いからです。



 光は風よりも早く魔力を届けることができます。

 なので、光の魔力に癒しを合わせると光を届けると同時に癒しも届けることができる…



 といっても、こちらの魔術は技術だけでなく強い癒しと魔力量が必要なので

 私も見たことが無いのです…

 机上では言われる技ですがね。」

 シルビは困ったように笑いながら言った。



「あと、先ほど私がやった闇と惑わしの合わせ技も高い技術だけでなく魔力量と頭脳が必要なので

 できるものは少ないですよ!」

 と少し自慢げに言った。



 その顔は、今日初めてシルビが見せた幼い表情だった。



 微笑ましいなーとミナミは思ったと同時に

 彼が話してくれた光と癒しの合わせ技は興味深いと思えたのだ。



 オリオンが確か光と癒しを両方持っていたはずだったので、使えるかもしれないと思うのだ。



 まあ、オリオンはミナミよりも圧倒的に真面目なので

 シルビが机上でしか言われないといった芸当ができているかもしれない。



 しかし、こうして聞くと魔力について改めて知れて勉強になる。

 頷きながら思っていると、シューラとマルコムが黙っているのが目に入った。



「あとは…幻と言われる“無”の魔力というのがあります。」

 シルビはポツリと思い出したように呟いた。



「無?」

 ミナミは耳馴染みのないものに首を傾げた。



 無の魔力など聞いたことがない。



 それはマルコムやシューラ、イトも同じだったようで、シルビに続きを求めるような視線を向けていた。





「ええ。皆さんは恩人ですから言いますが、我々はロートス王国に向かっている理由です。」

 そういえば、シルビの言う通り、プラミタの者たちはロートス王国に向かっていると言っていた。

 その無の魔力と関係があるのだろうか?



「無の魔力についての情報を求めて



 ライラック王国から嫁いできたハーティス夫人を探るつもりなのです。」



 シルビはミナミたちの方とは別の方向を見て言った。

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