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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~
庇護者の青年
しおりを挟む木が想定よりとても、かなり、はるかに大きく育ったのでマルコムは土壁を木の根に干渉しない位置に建てた。
木材はミナミのあの育てる能力を見ると問題ないだろう。
明日でもその辺の木を育てて木材を取ろうと考えた。
ただ、今晩は村に果実と引き換えにいくつかの木材を融通してもらったのでそれを床に敷きつめた。
流石に連日地面そのまま過ごすのはミナミにとって良くない。
石で簡易的な調理場を作り、焚火ができるように拾った枯れ枝を設置した。
家は焼けたが、鍋などの金属製品は焼け残っているものがあったので、調理器具はそこまで困っていない。
刀を調理に使うのにシューラは抵抗を見せたのもあるが、幸い焼け焦げた包丁はまだ使えそうだ。
土の魔力は金属と相性がいい。
マルコムは細かい魔力操作は苦手だが、土の魔力を用いて金属を研ぐのは好きだ。
マルコムは研ぎ澄まされたものを好むし、それを手入れするのも好きだ。
しばらく滞在するので、道具の手入れはしっかりしようと思う。
マルコムは思ったよりも手に馴染む包丁に、これも旅の道具に入れようか…と迷い始めた。
ガレリウスが持っていた宝玉に入っている魔力が無くなった今、マルコムは赤い死神であるリランがまだ動けないのをわかっている。
魔力の急激な回復は、体に負荷をかける。もちろん逆もそうだ。
どういう仕組みだかわからないが、リランは急激に魔力を奪われ怪我を負った状態でライラック王国に来た。
そして、それも仕組はわからないが、宝玉を完全に無力化したことで回復しきる前に急激に魔力が戻ったはずだ。
魔力がリランに戻ったことに関しては直感の様なものだが、マルコムは自分の読みが当たっていると思っている。
こういう直感には自信がある。
黒い死神である帝国騎士団長が近くに癒しを持ったエミールを付けたのは、リランの回復の為だろう。
だが、それを考慮しても少なくとも数週間は全快にかかる。
それに、この村で得た情報での判断だが、帝国はこれから魔術大国プラミタとのやりとりもしなければならない。
黒い死神がそれについているとしたら、赤い死神であるリランはそう簡単にライラック王国から動いてマルコム達を追えるほど身軽ではない。
それに、リランの養父である黒い死神は昔から彼の事を大切にしている。
いけ好かないプラミタと接触させるのは出来るだけ避けたいはずだ。
なので、プラミタの影が見え隠れする状態でリランが動くことを許容するとは思えないのだ。
ならば、この村でプラミタの実態を掴める程度に接触するのも悪くない。
物資の確保もあるが、ミナミの魔力について知る必要がありそうなので、
せっかくシルビから魔力のことを教えてもらえる機会を得たのならマルコムやシューラも習おうと思っているのだ。
プラミタの情報収集も兼ねて一石二鳥だ。
マルコムは包丁を手入れする手を止めた。
視界の脇でなにやらキラキラしたものが見えたからだ。
視線を上げると想像通り、ミナミがいた。
確かにこの拠点を作る作業は、秘密基地を作るみたいで楽しいだろう。
なんとなく彼女が何を楽しんでいるのかがわかってきたので、マルコムは納得していた。
まあ、まだわけのわからないときに楽しそうにしていることが多いが
ミナミはマルコムとシューラが準備した居住地におそるおそるという様子で足を踏み入れて、周りを見渡してこらえきれないという笑みを浮かべている。
非常に楽しそうでなによりだ。
機嫌は悪いよりもいい方がいい。
ただ、キラキラ魔力を光らせる癖はどうにかしないといけない。
気を抜くとやはり光ってしまうようだ。
王城に忍び込んだときは父親の葬儀へ参加したい思いと、緊張感があったのだろう。
キラキラ光りながら居住地に感動するミナミをシューラが注意する様子が見えた。
それと同時に光が消えた。
意識すると制御ができるのだ。
最初は意識し続けてから無意識と習慣にするのが一番無難だろう。
一日二日の鍛錬で身に付くものではないので、やはり時間が必要だ。
マルコムはミナミの持つ魔力は少なくとも四つ以上だと考えている。
今は癒し、水、草が発覚しているが、あの光は間違いなく光の魔力だ。
ただ、これに関しては扱いが難しいのだ。
マルコムも光を持っているが辺りを照らす程度しか使えない。
マルコム自身も光の魔力を持て余している。
どこかの赤い髪のバケモノは他の魔力との複合技というトンデモをやって光の矢を降らせたりするが、基本的に光は武力を持たない力なのだ。
ただ、魔導設備には欠かせない魔力であるので、光の魔力の持ち主がぞんざいに扱われることは無い。
そもそも魔力を戦いや日常に何気なく使えるものが少ないので、例外はあるが一般的な生活において魔力の種類で差別されることは無い。
やはり魔力の知識は専門のものに聞くのがいい。
プラミタは気に食わないが、腐っても権威があるので魔力に関する情報の蓄積はある。
視界にまた光が見えた。
どうやらミナミがまた光ったようだ。
たぶん何かシューラが嬉しいことでも言ったのだろう。
あとは二人の足元で脅えているコロのお陰か…
マルコムは図体だけやたらデカい、もはや巨獣としての尊厳など見えないビャクシンに目を向けてため息をついた。
そしてサラサラと揺れる金髪を見た。
本人は気づいていないが、人目を引く美貌はやはりこの村でも浮いている。
豪奢な金髪と光が当たると銀色にも見えるグレーの瞳。
理知的な眉と少し厚めの唇。
あれほど昔の親友に顔は似ていても、恐ろしいほど別人だ。
性格も性質も、育った環境も。
もうマルコムはミナミと親友を重ねていない。
ミナミは彼女のように自分と肩を並べることは無い存在だ。
ただマルコムが守ればいい存在だ。
あまりにも彼女と違うことで、マルコムは気が付いたらあっさりとミナミを庇護対象にしていた。
人間の本質は変わらない。
シューラともたれ合うような気楽な状況に逃げたが、騎士であったマルコムは結局誰かを守るために力を振るうしかないのだ。
ミナミはワクワクしていた。
マルコムとシューラが作った拠点は秘密基地みたいだったからだ。
そして木の根のへこみに丸まるコロは可愛い。
寝床は板を敷いたうえに藁を敷きその上に布を敷いている。
まだ物資が揃っていないのでしっかりとした布団も無い。
風をしのぐ土壁と、カーテンのように木の枝にぶら下げているのは、干すために処理した赤い実だ。
マルコムではなくこれはシューラが手早く準備をした。
もともと薬を作る事が多かったシューラは、植物全般の処理が速い。
そして処理した赤い実の種は空いた鍋に別で取っておいてある。
どうやら後でシューラが薬を作ってイトに売りつけるつもりのようだ。
しかし、身体にいい薬なのだから、いくつか常備薬として持っていてもいいのではないか?
ミナミはそう思ったので、薬を作る時にシューラに提案してみようと思っている。
マルコムが作ってくれた簡易的な台所は焚火と鍋を囲める食卓にもなり、おそらくしばらくの間はここでいろいろな相談をするのだろう。
今現在、鍋には食材がグツグツと煮込まれている。
シューラが作ってくれた野菜やその辺の川で取った魚と煮込んでいるのだ。
簡単な塩味だけだが、いい匂いが漂っている。
ミナミはお腹が空いてきた。
考えてみれば簡単な朝ごはん以来、赤い実しか食べていないのだ。
「…ちょっと行儀が悪いけど少しの間だけだから」
マルコムが大きなスープ用のスプーンをミナミに差し出した。
三人で鍋を直接つつく形になるようだ。
物資は食材や建築資材、防寒用の衣類を優先しており、生活用の小物は後回しになっている。
そして焼け残ったとしてもお皿も割れたりしてしまっているため、お椀がないのだ。
ミナミは仕方ないことだとわかっているので気にしなかった。
むしろ少しワクワクする。
鍋の火を消して、最初にシューラとマルコムが鍋からスープを掬って口に運んだ。
それからミナミが促されたので、ミナミも同じように掬って食べようとした。
しかし、先ほどまで火にかかっていた鍋に入っているので熱い。
「冷ましながらでいいよ。あと俺たちの事は気にしないで」
マルコムは鍋に手を付ける様子を見せずに言った。
どうやら毒見として最初に手を付けたら、ミナミが食べ終わるまで待つようだ。
それなら二人が口を付けたスプーンと間接的にミナミが接触することが無い。
「三人でつつかないの?」
仲間はずれな気がしてミナミはしょぼんとした。
「とりあえず、お姫様の身柄を君のお兄さんやアロウさんたちから預かっている立場だよ。寒さを防ぐという理由がある接触とはわけが違う」
シューラは首を振った。
確かに彼の言うことは正しい。
ミナミはしょんぼりしたままスープを冷ましながら食べた。
スープは素朴な味がして美味しかった。
煮込まれたお魚は身がくたくたになっていたが食べやすかった。
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