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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

水浴びをするお姫様

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 村の水浴びをする水辺に行こうとしたが、マルコムに止められ

 森の奥まったところに入った川辺に来た。



 辺りに草が生い茂っており、虫もいる。

 とはいえ、ミナミにとって虫も興味の対象だった。



 ミナミは飛び回っている羽虫の群れに向かって走り出した。

 だが、ミナミが近寄った瞬間、目的とした羽虫どころか

 周りからけたたましい羽音をたてて沢山の虫が飛び立ち去っていった。



 その様子をイトは遠い目をして見ており、

 マルコムは走り出したミナミに対して片眉だけ吊り上げて非難するような目を向けていた。



「虫…触りたかったのに…」

 ミナミは、先ほどまでせわしなくあちこちに見えていた虫がいなくなって、しょんぼりとした。



「…触るなよ…」

 態度や言葉は辛らつだが、口調は比較的穏やかなマルコムが荒い口調で呟いた。



「急に走り出さないで。…でもこれって…」

 シューラは走り出したミナミを咎めるように言うと、虫一匹いなくなった川辺と草むらになんとも言えない目を向けた。



「姫様が明らかに虫に興味を示したからだよ。おそらく無関心だとああならないから…たぶん」

 マルコムはイトをちらりと見た。



 イトはドキリとした様子で飛び上がった。



 ミナミは何故マルコムがこのタイミングでイト見るのかわからなかった。

 だが、そのあとのマルコムの行動ですぐに納得した。



 マルコムは地面に手を当ててモリモリと簡易的な土の壁を作っていく。

 どうやらミナミが水浴びするための物のようだ。



「すごい!」

 ミナミは粘土を扱うように簡単に土の壁を作り上げるマルコムに感動し、飛び上がった。



「土の魔力を使えればできるよ。姫様には無いかもしれないけど、覚えておいて損は無いよ。」

 マルコムは淡々と言いながら作業をしている。



 ある程度の目隠しを作ったところでマルコムは手を止めた。

 手伝おうとしないイトを見ると、彼は土の魔力を持っていないのだろうとミナミは思った。



 シューラは持っていないが、少し作業をするマルコムを羨ましそうに見ている。



 確かにミナミも楽しそうでやってみたいと思う。

 自分が何の魔力を持っているのか知らないが、不思議とマルコムと同じことをできそうにないのでおそらくミナミは土の魔力を持っていないのだろう。



 しかし、同じ草の魔力を持っていてもシューラの薬生成もできそうにない。



「土の魔力は、雨風をしのぐ簡易的な洞窟を作る事ができるけど、地面の土の種類で向き不向きはある。

 ただ、土の壁をつくったりするのはどの地面でも簡単なんだ。」

 マルコムは作った壁をトントンと叩きながら言った。



 強度を調べているようで、叩いたあと頷いていた。

 どうやら強度は問題ないようだ。



「この壁の向こうで、きちんと節度を守って常識の範囲内で大人しく水浴びをしてね」

 マルコムは何やら念入りな注意事項を加えながらミナミに水浴びの許可を出した。



 それを聞いてミナミは嬉しさにシューラの手を握って飛び上がってお礼を言った。

 そしてそのまま壁の向こうに駆けだそうとしたが



「待って!僕はここで待機だから!」

 シューラが慌ててミナミを止めた。



「え?だって、用心棒も一緒の方がいいし、シューラだって水浴びをしたいでしょ?」

 ミナミは何故止められたのかわからず、一緒に水浴びをした方が圧倒的に効率がいいと思っているのだ。

 実際効率はいいだろう。



 だが、大事な問題がある。



「僕は生物学上でも世間一般的な性認識も男だよ。」



「うん。」



「未婚の男女が水浴びするのはよくない。君は体を洗いたいんだよね。」



「あ、もしかしてシューラ裸見られるの恥ずかしかった?別に気にしないから大丈夫だよ」



「君が恥じらいなよ!」

 シューラは何やら途中で叫んだ。

 ミナミは急に叫ばれて驚いたが、シューラは裸を見られるのが恥ずかしいのか…と判断した。



「恥ずかしがり屋さんなんだね。わかったよ。今度は水浴び用の服とか買ってしようね!」

 ミナミは確か、夏の離宮でそんな衣類があってアズミと二人で選んで遊んだ記憶がある。



 フリフリの可愛い服が多かった気がする。



「シューラは顔が可愛いからきっと似合うやつあるから私が選んであげるね!」

 ミナミはシューラの手を握って宣言すると、仕方なく一人で水浴びすることにして壁の向こうに…



 行く前にワンピースを脱ごうと裾をたくし上げた。



「壁の向こうで脱げ!」

 マルコムが怒声を上げた。



 ミナミはびっくりして目を丸くしたが、イトがいることに気付いて慌てて壁の向こうに行った。



 ミナミはうっかりと忘れていたが、イトがいたのだ。

 彼女の中で彼はよその人なので、水浴びなどを見られてはいけないのだ。









 ミナミが水浴びの為、土の壁の向こうに行った後



「とんでもない恥じらいの持ち主だな」

 イトは顔を引きつらせて言った。



「俺とシューラはおそらくほぼ身内認定で性別とか考慮されていない…」

 マルコムは苦々しい顔で吐き出すように言った。



「そういえば、シューラ君は姫様にかわいい水着を選んでもらえそうなこと言われていたね。

 俺の伝手で何か色々姫様に選んでもらおうか?」

 イトはにやにやしながらシューラを見て揶揄うように言った。



「殺すぞ。…いや、本当に冗談にならないから止めろよ。」

 シューラはイトに辛らつに言ったが、本当に困惑しているようだ。



「呆気に取られて君が恥じらっているから水浴びをしないように思われているけど

 君、日光に弱いから夜じゃないと無理だって言えばよかったじゃん」

 マルコムは呆れたようにシューラに言った。



 シューラはそれを聞いて目を丸くした。



「あまりの事に忘れていた…とか?」

 そのシューラの様子を見てマルコムが呆れたように笑った。



「そんなところだよ。

 状況はどうであれ、僕は女性に水浴びを一緒に浴びようと誘われる事態に陥ったことが無いからね」

 シューラは口を尖らせて言った。



 そもそもシューラは男所帯の一匹狼のうえ、他人とものすごく距離を取っていた。

 なので、女性自体と接する機会が全くなかった。

 仕事の護衛とかならあったが、完全に日常生活を一緒に過ごすことは無かった。



「勿体ないね。俺なら普通に姫様の誘いに乗っちゃうよ。

 性格は世間知らずだけど可愛げがあるし、外見は申し分ない。恐い用心棒がいなかったらなー」

 イトは羨ましそうにシューラを見て言った。



「世間知らずにも限度があるし、お前がもしアプローチをしかけたらガレリウスと同じ目に遭わせるから」

 マルコムはイトを軽く睨みながら言った。



 ガレリウスがどうなったかはイトは知らないはずだが、情報を吐き出させるためにマルコム達が暴力的な手段を取っているのはわかるのだろう。

 そもそもマルコムもシューラも暴力的な人間だ。



 口よりも先に拳と刀が出る。



 イトは顔を青くして首を振った。









 川の水は冷たくて気持ちいい。

 ミナミはお行儀が悪いと怒られそうだが、服を脱ぐ前に足だけ水面に触れさせて確かめた。



 そういえば、ガイオの家が燃えてしまったのでミナミはこの服一着しかない。

 においを嗅ぐと、ちょっとコロの臭いがしてあまり良くないと思える。



 あとでイトやマルコムに頼んで新しい服か、それを繕える布と裁縫道具を揃えてもらおう。

 ミナミはそう決心しながらワンピースをスポンと脱いだ。



 しかし、この服はとても楽だ。

 お城で来ていた服はいろいろ締めるところが多かったが、これは頭から被るだけ。

 下着は相変わらず締めるところが多い。



 これも洗わないといけない。



 下着もイトやマルコムに相談しようとミナミは決心した。

 最悪下着は布を巻けばいいとどこかで聞いたことがあるので、あまり心配はしていない。



 すっぽんぽんになったミナミはワクワクしながら川に入った。



 冷たい水だが、気持ちいい。

 また、体が汚れていることを知っているミナミは



 誰も見ていないことをいいことに、川に潜って頭をバシャバシャと激しく掻くようにした。

 顔を出して頭を振るとさっぱりした気がする。



 身体も汚れを落とすつもりでこするとさっぱりしていく気がする。

 やっぱりお風呂は大事だな。

 ミナミは頷きながら思った。



 そういえば、外で入浴する施設が別の大陸にはあるのを聞いたことがある。

 また、多くの人が一緒に入浴する施設もあるとも。



 今度イトに聞いてみよう。



 ミナミは鼻歌を歌いながら、楽しいことだけ考えていた。



 ふと視線を感じた。



 ミナミはマルコムかシューラが来たのかと思い、視線の方を見た。



 そこには見覚えのある子どもが茫然とミナミを見て立っていた。

 彼の周りには何やら黒靄がある。



 あれはもしかしてイトが言っていた闇の魔力なのでは?

 ミナミは直感で考えたが、どうもそれだけではない。



 しかし悪い感じはなかった。



 見覚えがあるが、子どもをどこで見たのかミナミは頭をひねった。



 子どもには包帯が巻かれている。



「あ!怪我していた子!」

 ミナミは思い出した。

 自分の事を女神と言った子どもとは別の子だが、あの小屋で手当てを受けたプラミタの者たちの一人だ。



 あの手当てをした子は大丈夫なのだろうか?

 シューラが癒しを使ったので大丈夫だとは思うが

 この目の前の子どものように歩けるのはどのくらいかかるだろうか?



 しかし、この目の前の子も怪我をしていた子だ。



「体はもう大丈夫なの?」

 ミナミは子どもがいる方へ泳ぎ、優しい口調で話しかけた。



 全裸で。



「はわ…き…綺麗」

 子どもはミナミを茫然と見ている。



 そして、ミナミは子どもが自分を褒めてくれたようなので

 笑顔でありがとうと言った。



 ガレリウスに言ったときよりもずっと優しく愛想よく言った。



 それに、あんな奴と一緒にしては失礼だ。



 二人の間にふわふわとした空気が流れたとき



「誰だ!」

 マルコムとシューラが凄まじい勢いで壁を飛び越えてやってきた。



 あまりの勢いにミナミは驚いたが、子どもはもしかして二人の許可を得ずにここに来たのか?と思った。



「怖がらないでね。あの二人は私の用心棒なの!」

 宥めるように言うと、ミナミは胸を張った。



 子どもはそんなミナミを見て、何やら吸い込まれるように近づいてきた。

 ミナミは二人が怖くて自分を頼ったのか?と思って

「よいしょ」と川の岸に腰かけた。



 全裸で。



「君は馬鹿なのか!?」

 マルコムは呆れた声を上げて、シューラからフード付きの衣類をはぎ取ってミナミの元に向かってきた。



 はぎ取られたシューラは不満そうにしている。



「え?」

 ミナミは何故かわからずマルコムを見たが、マルコムは素早くミナミをシューラの服で包んだ。



 事態が掴めずミナミは首を傾げてマルコムとシューラを見た。



「イトはダメなのに、このガキはいいの?」

 マルコムはミナミを見ずに聞いた。



「え?だって子どもだし。危害を加えるような子に見えないよ。」

 ミナミは未だに自分をぼーっと見ている子どもを指さして言った。



 マルコムは他人に指を差すものじゃないとその指をおろさせてから、子どもを鋭い目で見た。



 その視線に子どもは委縮した。



 ミナミは子どもの気持ちがわかる。



 マルコムの睨みは恐い。

 自分も何度か冷たい目を向けられたことがあるし、会ったばかりの時も恐い目を向けられたことがある。



 ただ、マルコムは顔がいいから睨まれて喜ぶ人間もいるかもしれない。



 どうでもいいことだがミナミは何となく考えた。



「プラミタの魔術師は覗きをするんだな…

 ご丁寧に闇の魔力を纏って覗きか…いや、それだけじゃない。

 俺たちが把握できなかったから…“惑わし”も持っているのか」

 マルコムは子どもを睨みつけながら言った。



 ミナミはあまりいい状況じゃないと分かったので、とりあえず黙っておくことにした。

 なにせ、マルコムとシューラ二人とも殺気立っている。



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