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ライラック王国~ダウスト村編~
恐怖する青年たち
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地下牢にはガレリウスがいた。
プライドをへし折るほどボコボコにされた彼は、どうにか逃げ出す方法を考えていた。
あの恐ろしいモニエルという青年をどうにかできれば逃げることは可能だと思っているのだ。
「まだ逃げることを考えているのか…まあ、そのくらいの気概が無いとつまらないよね」
まだ逃げるのをあきらめない様子のガレリウスを見て、モニエルは愉快そうに笑いながら言った。
「この悪魔め…」
ガレリウスにとってモニエルは悪魔だ。
ガレリウス自体やっていることは人の事を言えないが、モニエルは容赦なくガレリウスを痛めつける。
そして、彼の横にいる白髪の青年がそれを癒す。
この青年も悪魔だと思っている。
当初はその体躯からちょろい奴だと思っていた。
だが、この白髪の青年はあれだけガレリウス達が苦労したビャクシンを実力で手なずけたのだ。
弱そうな医者代わりだと思っていたが、全然違った。
真っ白な髪と真っ白な肌、恐ろしいほど赤い瞳は悪魔としか言えないほど凶悪に見える。
確か彼はイシュという名だった。
なんでこんな恐ろしい奴が癒しを持っているのか…
ガレリウスは苦々しい気持ちになった。
「悪魔…か。確かにそう呼ばれているしね」
モニエルはガレリウスの言葉に納得したように頷いた。
なるほど、彼は悪魔と呼ばれるのに慣れているのか
ガレリウスは変に納得した。
「ここまで来て僕たちのことに気付かないなんて…ガイオさんが有能って言っていたけどそれって嘘じゃない?」
イシュはガレリウスを指さして呆れた様子で言った。
失礼な男だとガレリウスは思った。
「有能無能でなくて、足りないだけだよ。頭が」
モニエルは当然のことのように言った。
この男も失礼な男だ。
「そう。ねえ、コイツ痛めつけるの僕もやっていい?」
イシュはガレリウスを睨みながら言った。
「君はそんなことに興味が無かったと思うけど…どうしたの?」
モニエルは驚いたように目を丸くしていた。
「僕、コイツにたぶんすごく怒りを覚えていると思うんだ…」
イシュは赤い瞳を揺らしながら頼りない口調で言った。
モニエルは少し黙ると、立ち上がった。
そして、イシュの肩を叩いて地下牢の前から二人共に離れ始めた。
「お前の事、いつかは開放するよ。」
モニエルは足を止めて、ガレリウスに言った。
「ただ、その時はお前はリランに渡されるだろうね。」
モニエルは顔だけ地下牢の方を向いて言った。
その目は冷たいものだった。
「コソ泥を取り逃がすなんて失態をやらかして、魔力まで奪われたんだ。
言っておくけど、あいつ俺よりも甘くないから。」
モニエルは憐れむように言った。
ただ、その内容にガレリウスは震えた。
あの恐ろしい赤い死神に渡されるだと?…と。
あの死神の魔力を奪うのがどれだけ大変だったか…
コソ泥のふりをして油断させていたとはいえ、こちら側で生き残ったのはガレリウスだけだった。
仲間と共に風の魔力で駆けたのに、全て魔力で撃ち落とされたのだ。
ガレリウスは撃ち落とされる仲間と共に海に落ちて、撃退したと思わせてやっと逃げたのだ。
海中でも気が気でなかった。
初めて見たときはただの優男だと思っていたが違った。
あの真っ赤な髪と冷たい目は忘れない。
もう二度と遭いたくない。
だが、そんな彼のことをよく知っている口調で話すこのモニエルという男は何者だ?
ガレリウスはやっとモニエルへの疑問が生まれた。
「お…おい!待て!どういう…」
ガレリウスは痛む体を起き上がらせて去っていくモニエルに叫んだ。
しかし、ガレリウスの言葉に応えずにモニエルは去っていくだけだった。
村で残っている建物は地下牢のある建物と怪我人がいた小屋だけだった。
わずかに燃え残っている家はあれど、いつ崩れるかわからないためほとんどの村人が野宿だ。
ただ、野宿が厳しいものもいる。
なので、一時的にだが、元々いた怪我人には申し訳ないが、少し隅に寄ってもらうことになった。
ミナミもその一人だった。
今はイトが傍についている。
もちろん変なことをしないように念を押した。
地下牢のある建物は、ガレリウスたちと村人が接触しないために人を寄らせないようにしている。
ガレリウスが風の魔力を使えることもあり、村人たちも警戒している。
最初は野ざらしでもいいのでは?という意見があったが、逃亡の危険があるのでそれは却下となった。
そうした背景には、村の復興の物資を保証するというイトやマルコムの説得がある。
二人ともガレリウスは貴重な情報源だと思っているのだ。
イトは商人としてだが、マルコムは何やら嫌な予感がしているのだ。
この男の背景にいる存在が自分達と無関係で済ませられないような気がするのだ。
帝国と関わっている時点で無関係ではないのだが、言いようもない嫌な予感があるのだ。
とはいえ、彼から話を聞く時間は沢山ある。
むしろ今は時間をおいて恐怖心を育んだ方がいい。
対抗心は時間をかけてそぎ取った方がいい。
すぐに折れる者もいるが、意外とそういう輩は貴重な情報を持っていない。
まあ、何よりもマルコムがガレリウスを時間をかけて痛めつけたいと思っているのが大きい。
しかしシューラが怒りを覚えているのは意外だった。
意外というべきか、ミナミが無事で彼はシューラの獲物ではなかったから対象外だと思っていた。
地下牢のある建物から出ると、辺りは真っ暗だった。
村の中で建物から漏れて見えていた光も今は無い。
静まり返った村の中で月明かりがやたら輝いている。
シューラは口を尖らせている。
彼の中で何か不可解なことがあったのだろう。
おそらくマルコム以上に怒りを感じて驚いているのはシューラ自身だ。
シューラはゆっくりと歩きだした。
マルコムはそのあとについて歩いた。
「わからないんだ…」
シューラは声を震わせていた。
先ほどミナミやビャクシンと接していた時とは別人のようだ。
こんな弱気なシューラは久しぶりに見た。
共に逃げ出すと決めた時以来だ。
あの時は敵同士だったが、お互い仲間との価値観の違いに戸惑っていた。
あれ以来愉快そうなシューラしか見ていない気がする。
「何がわからないの?」
マルコムは特に気を遣ったような口調では言わなかった。
「君に言っていいかわからない…けど、ミナミにも…言えないというか…言いたくない」
シューラは口を尖らせ、拗ねる子供のように呟いた。
マルコムはため息をついた。
「別に君が自分の感情を知らないだけだし、俺に対しての接し方に制約を付けているのは君だけだよ」
マルコムは呆れていた。
「はえ?」
シューラは間抜けな声を上げていた。
そういえば、今の自分の感情について、彼に聞いたことは無かったと思い出した。
ただ、ダラダラと気が合うからと行動をしていたから、このように深い感情の話などする機会は無かった。
いや、趣味の悪いシューラはマルコムによく
「今どんな気持ち?」
と昔の仲間の話が出るたびに聞いていた。
今更だが、シューラは本当に趣味が悪い。
「とんでもなく強い敵にあったわけじゃないのに、恐怖を覚えたんだ。
そして、ガレリウスに理不尽な怒りも向いた。」
シューラは意外にもきちんと自分の中で生まれた感覚を言語化できていた。
それにはマルコムは感心した。
「理不尽ではないよ。俺もガレリウスは沢山苦しめて殺したいと思っている。リランのことじゃなくて、この村や君たちに対しての態度がね…
君は知っているだろうけど、俺は無礼な奴嫌いなんだよね」
マルコムは自分の思っていることを言った。
「ガレリウスに関しての怒りは…理不尽だけど、腑に落ちたんだ。僕が感じるとは思わなかったけど…
けど、恐怖はわからないんだ」
シューラは縋るようにマルコムを見た。
揺れる赤い瞳は、暗い中で頼りなく光っている。
今にも消えそうな光だ。
マルコムは思わずシューラの肩に手を置いた。
「何が?」
思わず問い詰めるような口調になった。
「…姫様が恐くなった」
シューラはわずかに目を伏せて言った。
その言葉でマルコムはわかった。
シューラもとうとう感じてしまったのだ。
大切な存在を失う恐怖を。
思った以上にシューラはミナミに懐いている。
「だって…姫様、強いけど…弱いんだよ」
シューラは泣きそうな顔をしていた。いつ泣き出してもおかしくない。
実際、もう目が潤んできている。
「弱いと…死んじゃう。」
シューラの呟きはマルコムも同意見だ。
根本的にその考えがあるからこそ、マルコムは力主義なのだ。
強いものが好きで、尊敬する。
何故なら死なないからだ。
だから強いものが好きだ。
親の教育の影響もあるが、マルコムの根本にはそれがある。
そして、シューラもそれに気づいてしまったのだろう。
「嫌だよ…僕、死なせたくないよ」
もう成人しているというのにシューラは子供のように泣きじゃくり始めた。
「俺もだよ。俺もそうだったよ」
マルコムは宥めるようにシューラの頭を撫でた。
彼の真っ白の髪の手触りは相変わらずさらさらとしてる。
「君はどう乗り切ったの?」
シューラは答えを求めるようにマルコムを見た。
その問いにマルコムは答えられない。
それに、シューラだって何となく気付いている。
「俺は逃げ出した。」
マルコムはシューラが感じた恐怖を知っている。
大切なものを失う恐怖は知っている。
そして、力が無いものに心を砕くことがどれだけ無意味であるかも知っている。
「…感情から逃げられるの?」
シューラはマルコムの言葉に首を傾げていた。
彼の言葉はマルコムの弱いところに刺さった。
マルコムと同じ価値観を持っており、さらによく知っている彼だからこそ、言えることだ。
マルコムをよく知っていても、リランにはわからないだろう。
「シューラ。」
マルコムはシューラの目をしっかり見た。
「なら守ればいい。俺たちは強い。」
至極当然のことを言った。
そもそも死なせないための用心棒だ。
マルコムの言葉にシューラは目を丸くした。
がすぐにいつものように愉快そうに目を細めて笑い
「考え込んだ僕がバカみたいだ…」
と自嘲するように言った。
「君は自分の感情の理解が薄いんだから、考え込んでいいと思うよ。」
マルコムは乱暴にシューラの頭を撫でた。シューラは嫌そうに首を振って、いつものように鼻の上に皺を寄せて顔を顰めた。
どうやら立ち直ったというよりも、感情を受け入れたようだ。
そんな姿に安心した。
実際、失ったときの恐怖など
失ってから考えればいい。
口に出せないが、それがマルコムの答えだ。
そんな日は来てはいけないと思うし、一生来ないで欲しいと思っている。
それは、ミナミという存在のおかげでマルコムとシューラの関係にも変化が起きており
それがマルコムにとって好ましいものであるからだ。
短い期間の関りでこれだから、長くなってから失うと思うと怖いのだ。
つくづく自分は脆いとマルコムは思っている。
プライドをへし折るほどボコボコにされた彼は、どうにか逃げ出す方法を考えていた。
あの恐ろしいモニエルという青年をどうにかできれば逃げることは可能だと思っているのだ。
「まだ逃げることを考えているのか…まあ、そのくらいの気概が無いとつまらないよね」
まだ逃げるのをあきらめない様子のガレリウスを見て、モニエルは愉快そうに笑いながら言った。
「この悪魔め…」
ガレリウスにとってモニエルは悪魔だ。
ガレリウス自体やっていることは人の事を言えないが、モニエルは容赦なくガレリウスを痛めつける。
そして、彼の横にいる白髪の青年がそれを癒す。
この青年も悪魔だと思っている。
当初はその体躯からちょろい奴だと思っていた。
だが、この白髪の青年はあれだけガレリウス達が苦労したビャクシンを実力で手なずけたのだ。
弱そうな医者代わりだと思っていたが、全然違った。
真っ白な髪と真っ白な肌、恐ろしいほど赤い瞳は悪魔としか言えないほど凶悪に見える。
確か彼はイシュという名だった。
なんでこんな恐ろしい奴が癒しを持っているのか…
ガレリウスは苦々しい気持ちになった。
「悪魔…か。確かにそう呼ばれているしね」
モニエルはガレリウスの言葉に納得したように頷いた。
なるほど、彼は悪魔と呼ばれるのに慣れているのか
ガレリウスは変に納得した。
「ここまで来て僕たちのことに気付かないなんて…ガイオさんが有能って言っていたけどそれって嘘じゃない?」
イシュはガレリウスを指さして呆れた様子で言った。
失礼な男だとガレリウスは思った。
「有能無能でなくて、足りないだけだよ。頭が」
モニエルは当然のことのように言った。
この男も失礼な男だ。
「そう。ねえ、コイツ痛めつけるの僕もやっていい?」
イシュはガレリウスを睨みながら言った。
「君はそんなことに興味が無かったと思うけど…どうしたの?」
モニエルは驚いたように目を丸くしていた。
「僕、コイツにたぶんすごく怒りを覚えていると思うんだ…」
イシュは赤い瞳を揺らしながら頼りない口調で言った。
モニエルは少し黙ると、立ち上がった。
そして、イシュの肩を叩いて地下牢の前から二人共に離れ始めた。
「お前の事、いつかは開放するよ。」
モニエルは足を止めて、ガレリウスに言った。
「ただ、その時はお前はリランに渡されるだろうね。」
モニエルは顔だけ地下牢の方を向いて言った。
その目は冷たいものだった。
「コソ泥を取り逃がすなんて失態をやらかして、魔力まで奪われたんだ。
言っておくけど、あいつ俺よりも甘くないから。」
モニエルは憐れむように言った。
ただ、その内容にガレリウスは震えた。
あの恐ろしい赤い死神に渡されるだと?…と。
あの死神の魔力を奪うのがどれだけ大変だったか…
コソ泥のふりをして油断させていたとはいえ、こちら側で生き残ったのはガレリウスだけだった。
仲間と共に風の魔力で駆けたのに、全て魔力で撃ち落とされたのだ。
ガレリウスは撃ち落とされる仲間と共に海に落ちて、撃退したと思わせてやっと逃げたのだ。
海中でも気が気でなかった。
初めて見たときはただの優男だと思っていたが違った。
あの真っ赤な髪と冷たい目は忘れない。
もう二度と遭いたくない。
だが、そんな彼のことをよく知っている口調で話すこのモニエルという男は何者だ?
ガレリウスはやっとモニエルへの疑問が生まれた。
「お…おい!待て!どういう…」
ガレリウスは痛む体を起き上がらせて去っていくモニエルに叫んだ。
しかし、ガレリウスの言葉に応えずにモニエルは去っていくだけだった。
村で残っている建物は地下牢のある建物と怪我人がいた小屋だけだった。
わずかに燃え残っている家はあれど、いつ崩れるかわからないためほとんどの村人が野宿だ。
ただ、野宿が厳しいものもいる。
なので、一時的にだが、元々いた怪我人には申し訳ないが、少し隅に寄ってもらうことになった。
ミナミもその一人だった。
今はイトが傍についている。
もちろん変なことをしないように念を押した。
地下牢のある建物は、ガレリウスたちと村人が接触しないために人を寄らせないようにしている。
ガレリウスが風の魔力を使えることもあり、村人たちも警戒している。
最初は野ざらしでもいいのでは?という意見があったが、逃亡の危険があるのでそれは却下となった。
そうした背景には、村の復興の物資を保証するというイトやマルコムの説得がある。
二人ともガレリウスは貴重な情報源だと思っているのだ。
イトは商人としてだが、マルコムは何やら嫌な予感がしているのだ。
この男の背景にいる存在が自分達と無関係で済ませられないような気がするのだ。
帝国と関わっている時点で無関係ではないのだが、言いようもない嫌な予感があるのだ。
とはいえ、彼から話を聞く時間は沢山ある。
むしろ今は時間をおいて恐怖心を育んだ方がいい。
対抗心は時間をかけてそぎ取った方がいい。
すぐに折れる者もいるが、意外とそういう輩は貴重な情報を持っていない。
まあ、何よりもマルコムがガレリウスを時間をかけて痛めつけたいと思っているのが大きい。
しかしシューラが怒りを覚えているのは意外だった。
意外というべきか、ミナミが無事で彼はシューラの獲物ではなかったから対象外だと思っていた。
地下牢のある建物から出ると、辺りは真っ暗だった。
村の中で建物から漏れて見えていた光も今は無い。
静まり返った村の中で月明かりがやたら輝いている。
シューラは口を尖らせている。
彼の中で何か不可解なことがあったのだろう。
おそらくマルコム以上に怒りを感じて驚いているのはシューラ自身だ。
シューラはゆっくりと歩きだした。
マルコムはそのあとについて歩いた。
「わからないんだ…」
シューラは声を震わせていた。
先ほどミナミやビャクシンと接していた時とは別人のようだ。
こんな弱気なシューラは久しぶりに見た。
共に逃げ出すと決めた時以来だ。
あの時は敵同士だったが、お互い仲間との価値観の違いに戸惑っていた。
あれ以来愉快そうなシューラしか見ていない気がする。
「何がわからないの?」
マルコムは特に気を遣ったような口調では言わなかった。
「君に言っていいかわからない…けど、ミナミにも…言えないというか…言いたくない」
シューラは口を尖らせ、拗ねる子供のように呟いた。
マルコムはため息をついた。
「別に君が自分の感情を知らないだけだし、俺に対しての接し方に制約を付けているのは君だけだよ」
マルコムは呆れていた。
「はえ?」
シューラは間抜けな声を上げていた。
そういえば、今の自分の感情について、彼に聞いたことは無かったと思い出した。
ただ、ダラダラと気が合うからと行動をしていたから、このように深い感情の話などする機会は無かった。
いや、趣味の悪いシューラはマルコムによく
「今どんな気持ち?」
と昔の仲間の話が出るたびに聞いていた。
今更だが、シューラは本当に趣味が悪い。
「とんでもなく強い敵にあったわけじゃないのに、恐怖を覚えたんだ。
そして、ガレリウスに理不尽な怒りも向いた。」
シューラは意外にもきちんと自分の中で生まれた感覚を言語化できていた。
それにはマルコムは感心した。
「理不尽ではないよ。俺もガレリウスは沢山苦しめて殺したいと思っている。リランのことじゃなくて、この村や君たちに対しての態度がね…
君は知っているだろうけど、俺は無礼な奴嫌いなんだよね」
マルコムは自分の思っていることを言った。
「ガレリウスに関しての怒りは…理不尽だけど、腑に落ちたんだ。僕が感じるとは思わなかったけど…
けど、恐怖はわからないんだ」
シューラは縋るようにマルコムを見た。
揺れる赤い瞳は、暗い中で頼りなく光っている。
今にも消えそうな光だ。
マルコムは思わずシューラの肩に手を置いた。
「何が?」
思わず問い詰めるような口調になった。
「…姫様が恐くなった」
シューラはわずかに目を伏せて言った。
その言葉でマルコムはわかった。
シューラもとうとう感じてしまったのだ。
大切な存在を失う恐怖を。
思った以上にシューラはミナミに懐いている。
「だって…姫様、強いけど…弱いんだよ」
シューラは泣きそうな顔をしていた。いつ泣き出してもおかしくない。
実際、もう目が潤んできている。
「弱いと…死んじゃう。」
シューラの呟きはマルコムも同意見だ。
根本的にその考えがあるからこそ、マルコムは力主義なのだ。
強いものが好きで、尊敬する。
何故なら死なないからだ。
だから強いものが好きだ。
親の教育の影響もあるが、マルコムの根本にはそれがある。
そして、シューラもそれに気づいてしまったのだろう。
「嫌だよ…僕、死なせたくないよ」
もう成人しているというのにシューラは子供のように泣きじゃくり始めた。
「俺もだよ。俺もそうだったよ」
マルコムは宥めるようにシューラの頭を撫でた。
彼の真っ白の髪の手触りは相変わらずさらさらとしてる。
「君はどう乗り切ったの?」
シューラは答えを求めるようにマルコムを見た。
その問いにマルコムは答えられない。
それに、シューラだって何となく気付いている。
「俺は逃げ出した。」
マルコムはシューラが感じた恐怖を知っている。
大切なものを失う恐怖は知っている。
そして、力が無いものに心を砕くことがどれだけ無意味であるかも知っている。
「…感情から逃げられるの?」
シューラはマルコムの言葉に首を傾げていた。
彼の言葉はマルコムの弱いところに刺さった。
マルコムと同じ価値観を持っており、さらによく知っている彼だからこそ、言えることだ。
マルコムをよく知っていても、リランにはわからないだろう。
「シューラ。」
マルコムはシューラの目をしっかり見た。
「なら守ればいい。俺たちは強い。」
至極当然のことを言った。
そもそも死なせないための用心棒だ。
マルコムの言葉にシューラは目を丸くした。
がすぐにいつものように愉快そうに目を細めて笑い
「考え込んだ僕がバカみたいだ…」
と自嘲するように言った。
「君は自分の感情の理解が薄いんだから、考え込んでいいと思うよ。」
マルコムは乱暴にシューラの頭を撫でた。シューラは嫌そうに首を振って、いつものように鼻の上に皺を寄せて顔を顰めた。
どうやら立ち直ったというよりも、感情を受け入れたようだ。
そんな姿に安心した。
実際、失ったときの恐怖など
失ってから考えればいい。
口に出せないが、それがマルコムの答えだ。
そんな日は来てはいけないと思うし、一生来ないで欲しいと思っている。
それは、ミナミという存在のおかげでマルコムとシューラの関係にも変化が起きており
それがマルコムにとって好ましいものであるからだ。
短い期間の関りでこれだから、長くなってから失うと思うと怖いのだ。
つくづく自分は脆いとマルコムは思っている。
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