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ライラック王国~ダウスト村編~

ふるえる青年

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 ビャクシンは思った以上に役に立つようだ。

 シューラはまだ戦いたかったが、辺りが火の海になったら別だ。



 ビャクシンに促されるがままに背にまたがり、ミナミがいるガイオの家に向かった。



 途中で火を消しながらも忘れずにだ。



 行く前にマルコムに少し水の魔力を分けたので、村人は大丈夫だろうと思っている。

 ただ、彼が言っていたガレリウスの行動については警戒が必要だ。



 ガレリウスは逃げるためにミナミを人質にする可能性が高いということだ。



 イトがついているからと言って安心はできない。



 シューラはビャクシンの背の毛を強く握りしめていたことに気付いた。

 自分でも驚いている。



 何を焦っているのだ?

 ただ、護衛対象を助ける気持ちでいればいい。



 ミナミと一緒にいて楽しいし、アロウの死を共有したかけがえのない存在だ。

 とはいっても用心棒と顧客だ。共に行動している時間も短い。

 マルコムのような唯一の存在というわけでもない。



 そもそもマルコムを心配して助ける展開などそうそうない。

 あの凶暴なゴリラは、メンタルは意外と脆いが体は恐ろしいほど頑丈だ。

 むしろシューラを心配する場面の方が多いだろう。そっちもかなり少ないが。





 ミナミに対しても単純に考えればいい。

 その方が効率的でいい結果を生むのはわかっている。



「なんでだ?」

 焦る気持ちもわからないが、変に力むような体がこわばる感覚がある。



 そんな自分を内心一蹴した。



 とっととミナミを回収してガレリウスの片付けはマルコムに頼めばいい。

 村人や護衛対象を避難が終われば、マルコムは村ごと潰しても脅威を消すだろう。



 彼は繊細な魔力の扱い方は出来ないが、魔力量や力任せな攻撃は定評がある。



 だから自分はミナミを回収すればいい。

 幸い、ビャクシンはシューラに協力的だ。



 シューラは目的地のガイオの家を見た。



 燃え上がり始めている。

 火の手が回るにしては少し不自然だ。



 おそらくガレリウスが家にいるのだろう。



 シューラを量るように見て、この騒動を起こした元凶の男。

 不思議と腹の中がモヤモヤし、胸がむかむかしてきた。



 まるで自分が侮辱されたようなときの気持ちに似ている。



 これは覚えがある感覚だ。



 普段みたいに弱者だからという憐れみや蔑みではない。

 シューラはガレリウスに怒りを覚えているのだ。



 それにもシューラは驚いたが、侮辱されていたようなものだから仕方ないと思うと納得できた。



 その時、急にガイオの家が大きく燃え上がり始めた。

 あまりにも不自然な現象だ。

 そして赤い魔力がチラチラと見え隠れしている。



 ガレリウスが何かをやっているのだろう。



 ミナミは水の魔力を持っているから大丈夫だ。

 シューラは不思議と自分にそう言い聞かせた。

 そう。彼女はシューラが驚くほどの魔力を持っている。



 だから大丈夫だ。



 手が震えていたが、そう言い聞かせると自然と落ち着いた。



 しかし、ガイオの家にあと少しというところで

 ガイオの家が激しい炎を上げて崩れ落ち始めた。



「あ…あ…」

 思わず声を漏らした。



 手もまた震えた。



 強大な敵と対峙したときの様な感覚があった。

 足がすくむような、どこかに落下するような感覚だ。



 これは恐怖だ。



「姫様が…ミナミが…死んじゃう…」

 シューラは震える声で呟いた。

 もはや自分の制御できるものではなかった。



 袖にある彼女に刺繍してもらった葉っぱの模様を握った。

「嫌だ…嫌だ…嫌だよ…」

 祈るように呟くが、それは気休めでしかない。



 それはわかっているのに、判断ができなかった。



 頭の中にあるのは最悪の事態だ。

 沢山の死を見てきたシューラは

 死に方の想像力が豊かだった。



 ふとビャクシンが足を止めた。

 目の前で崩れるガイオの家があるのに急に止まるなど、シューラは思わずビャクシンに殺気を向けた。



 だが、ビャクシンは動く気配が無い。



 シューラは舌打ちをしてビャクシンから飛び降りて向かおうとした。



「ナゴ!」

 ビャクシンがシューラを咎めるように鳴いた。

 シューラはそれを気に留めずに崩れるガイオの家に走ろうとした。



 その時、ピリピリとした殺気と恐ろしいほどの魔力を感じた。

 いや、ずっと感じていたはずだ。

 それに気づかないほど動揺していたのだ。



 しかし、この殺気と魔力の発生源がわからない。

 赤い魔力とも違う。



 何だと考えを巡らせたとき、崩れていたガイオの家の中からものすごい勢いで天井や屋根を貫く光が発生した。

 それは、日が沈み始めているのに昼のように明るくするほどの光だった。

 光は辺り一面を真っ白にし、燃え上がる炎を吹き飛ばしていった。



 眩しさにシューラは思わず目を細め、吹き飛ばされる炎を水の魔力で防いだ。

 この光が気にするべきだが、それどころじゃない。



「ミナミ!」

 シューラは光を放ち続ける崩れたガイオの家に走り出した。



 崩れているが、玄関は柱がしっかりしているのか崩れていない。

 シューラは玄関から飛び込んだ。



 そこには血まみれのガイオが倒れていた。

「シューラ…か?」

 ガイオは呻いていた。

 血を見る限り、袈裟斬りされたのがわかる。



 しかし、シューラは首を傾げた。

 血が止まっているように見えるのだ。



 流れた血は確かにあるが、今も流しているわけじゃないようだ。

「ガレリウスが…」

 ガイオは廊下の先を指さした。



 崩れているが、先ほどの光のおかげで炎や赤い魔力は無くなっている。



 シューラはガイオの指さす方角に走り出した。

 足場が悪くて、いつ崩落してくるかわからない天井だが、そういう現場は昔から何度も走っているので平気だった。



 それに大きい建物ではなく一個人の家だ。

 なので、すぐに目的地に着いた。



 この家の居間に当たる箇所だろう。

 天井が崩れ、空が見えている。



 そこには腰を抜かして座りながらも逃げようとしているガレリウスと、自身から光を放つミナミがいた。



 あの魔力はミナミのものだったのだ。



 シューラは安心した。



 ミナミは冷たい目をガレリウスに向けている。

 今まで見たことのない顔だ。





 おそらく、王族というにふさわしい気高さがあるのだろう。

 シューラにはよくわからないが、神々しさを感じるのでそうだと思っている。



「ひ…ひぃ…ば…バケモノ」

 ガレリウスはミナミを見て上ずった声で言った。



「私怒っているの

 だって、あなた私を助けてくれた人を苦しめたのよ」

 ミナミは底冷えするような声で言った。



 おそらく声にも威力がある。



 その証拠に彼女の後ろには腰を抜かしているイトがいた。



「ひ…来るな!」

 ガレリウスは地面を這い逃げようとした。



 その方向転換をしたとき、シューラと目があった。



 シューラは思わず彼を睨んだ。

 ガレリウスは飛び上がり走り出した。



 足に風の魔力を纏っている。

 止めるのは難儀するだろう。



 シューラはガレリウスを追わなかった。

 彼はミナミに目を向けた。



 ミナミは逃げるガレリウスの背を見て片手を振り上げていた。



「ミナミ」

 シューラはミナミに声をかけた。

 別に咎めたり止めるつもりはない。ただ呼びかけただけだ。

 ガレリウスを殺したければ殺せばいい。

 シューラは彼女が手を汚そうが気にしない。



 ミナミはその時に初めてシューラに気付いた。



「ガイオさんは無事だよ。村の人はマルコムが避難させているから。」

 シューラは状況だけ報告した。



 ミナミは手を止めてその場で崩れ落ちた。

 腰を抜かしているイトは役に立たないと判断し、シューラが駆け寄って支えた。



「よかった…よかった」

 ミナミはシューラにしがみつき、涙を流しながら言っていた。

 その流れる涙が魔力を帯びてキラキラしている。



 シューラはその時

 ミナミが自分の瞳を綺麗だと言っていた感覚がわかった気がした。



「僕もよかった」

 シューラは小さく呟いた。



 二人の離れたところには、色が無くなり何も力を発しない宝玉が転がっていた。













 ガレリウスは崩れた家の中から必死に這い出した。

 玄関など人目があるので、崩れているがれきの間を抜けた。



 そこから風の魔力を再び纏って遠くに逃げようとした。



 仲間に伝えなければいけない。

 この村で起きたことについて。



 捨て駒の盗賊たちは何も知らない。



 プラミタから来たような魔術師たちは自分たちの追っ手ではなかった。

 懸念事項はビャクシンの制御が不能となり、必死に想いで手に入れた制御方法が使えなくなったことだ。

 あれだけ死にそうな思いをして、あの恐ろしい死神から逃げたのに。



 それにせっかくこの村を拠点に出来ると思ったのに、とんだ誤算だ。



 昔からなんでも器用にこなせたガレリウスだが、その中で一番得意だったのは風の魔力を纏って逃げることだった。

 逃げることが得意なんて…と最初は自分の特技を内心悲嘆したが、これが世の中を渡るのに非常に役に立った。



 隙をついたとはいえ、あの死神から逃げたのだ。



 ガレリウスは空高く跳躍した。



「まだ終わっていないよ。」

 ガレリウスの後ろで声がした。



 恐ろしい声だった。



「俺がお前を逃がすと思うか?」

 後ろにいたのは、あの広場で盗賊たちを容易く倒した

 顔に傷のある、小柄だがやたら顔がいい青年だ。

 確かモニエルという名だったはずだ。



 彼は眉を顰め、ガレリウスを睨んでいる。

 その目に宿るのは、確かな怒り。



 ギリリと食いしばった歯は綺麗な並びだが、なぜか上品さよりも凶暴さが表に出る。





 頭に衝撃が走ったと思ったとき、ガレリウスは地面に伏せていた。



「お前ごときにリランが後れを取ったとは思えない…あの宝玉の話も含めて聞きたい」

 温度の無い声でモニエルは言った。



 リランというのは赤い死神の名前だ。

 どうしてこの男が知っているのか?

 ガレリウスはそんな疑問を感じたが、ライラック王国に赤い死神が来ているのだから名前くらい有名になるか

 とすぐに納得した。



「あと…

 シューラが魔獣を落ち着かせたから、俺は人間を落ち着かせるっていう役目を放棄しちゃダメなんだよね」

 モニエルは目を細めて愉快そうに笑った。



 シューラ?

 そんな名前聞いたかもしれないが、それが誰なのかわからない。



 しかし知っている名だった。



「楽になれると思うなよ。

 俺…かなり怒っているんだよ」

 モニエルは再び、怒りの籠った目でガレリウスを睨んだ。

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