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ライラック王国~ダウスト村編~

揺れるお姫様

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 玄関で騒いでいた面々は村人だった。

 彼らはガイオさんがどうにか対応してくれている。



 窓の外を隠れて覗きながらミナミたちは状況を見ていた。



 シューラとマルコムに絡んだガレリウスと盗賊、そして彼らに協力している村人たち。

 思ったよりも村人に協力者がいて悲しくなった。

 中にはミナミに質問したりしていた者もいる。



「規模が大きいから本人たちは悪いことと思っていない場合がある。むしろ今、盗賊とガレリウスが協力していて驚いている面々もいるんじゃないか?」

 イトはそういうと村人たちを指した。



 彼の言う通り、ガレリウスが盗賊と協力状態にあるのを見て戸惑っている者もいた。



「とはいえ、そのためにガイオさんに情報を流してもらったのに」

 イトは憐れむように呟いた。



 なにやらマルコムとガレリウスが話している。

 というよりもマルコムが彼を煽っているようだ。



 そのあとの彼の攻撃は思わずミナミは目をつむってしまった。



 人をあんなにあっさりと殺せる力に驚いたのだ。

 切りつけるとはまた違った衝撃だった。



 イトも驚いている。



 そしてそのあとのシューラが村人たちの足を斬った攻撃も驚いた。

 水の魔力の使い方の一つだと思ったがミナミにはできそうにない。



 あと、攻撃するシューラを恍惚とした表情でマルコムが見ていたのが印象的だ。

 確かにシューラの斬撃は綺麗だった。



 ミナミは一人で拍手をしていた。

 横のイトの顔は引きつっていたが、あんなに圧倒的なのを見たら仕方ない。



「根本的に実力が違い過ぎる。」

 イトは頷きながら言っていた。



 ミナミも同意だ。



 それから、広場に出て来た白い大きな猫には驚いたが、シューラがそれを簡単に倒したことにも驚いた。

 そのわきでマルコムが盗賊を転がすように倒したのも。



 倒された猫がシューラに甘えるようにしているのを見るとほっこりする。



 いいなあ…あとで私も触りたい。



 不満そうな顔をしているシューラには悪いが、猫がこのままシューラに攻撃を続けると間違いなくシューラに殺されていた。

 なので、猫が生き残る道としてシューラに降参したのはいい判断だと思う。



 だが、そのあと状況が変わった。



 ガレリウスが持っていた赤い宝玉からなにやら赤い靄が飛び出し、炎が上がり、辺り一面を燃やし始めたのだ。



 ミナミでもわかる。

 あの赤い靄は魔力で、かなり強いことを…



 村の広場は真っ赤に燃え上がり、様子が見えなくなった。



「…なるほど。」

 イトは呟いた。



 彼は、すぐにミナミの手を引いた。



「あの炎の勢いは凄まじい。水辺に逃げる。」

 イトは真剣な顔で言った。

 ミナミも彼の意見に賛成だ。



「わかった。」

 ミナミは強くうなずくと立ち上がり、イトと共に部屋を出た。



 階段を下りて玄関に向かうところで…



「どけ!ここにいるんだろ!」

 ガレリウスの怒声が聞こえた。



 イトが構えた。



「やめろ!お前は帝国を敵に回しているんだぞ!それに違法の魔獣を…」

 ガレリウスを叱責するガイオの声も聞こえた。



 二人は玄関で言い争いをしているようだ。



「黙れ!」

 ガレリウスが叫ぶと同時にザシュンという嫌な音が聞こえた。



 その音を聞いて、ミナミは体中の血が一気に引いていくような、急激に体温が下がったような感覚になった。

 唇が震え、歯がカタカタと鳴る。



「が…ぐう…大人しく…」

 ガイオの絞り出すようなうめき声も聞こえてきた。



 先ほどまでシューラとマルコム達の様子を楽観的に見ていたのに

 今のミナミは最悪の事態しか考えられなかった。



 ミナミの中でよみがえる風景。



 アロウが血を流しているところ

 父が血を流しているところ



 二人とも死んだ。



 そして、つい先ほどのガイオが作ってくれた料理や村に来た時の洞窟の中での豪快な笑い声。



「…い…いや」

 ミナミは体が震えた。

 声も震えて足もすくんだ。



 自分を助けてくれた人が死ぬかもしれない。



 イトが震えるミナミを見て、腕をつかみ引っ張り腰に手を添え支えた。

 下心とか関係なく、彼女が動揺し動くのに難儀をすると思ったからだ。



 ただ彼も真っ青になっている。

 彼もまたミナミと同じことを想像したようだ。



「お嬢さん。裏口から…」

 イトが周りを見渡し、ミナミを抱えるように移動しようとした。



 だが、急に目の前が真っ赤に染まった。



 あれは赤い魔力。

 広場で見たときはわからなかったが、

 その魔力は恐ろしいほど凶暴だが、どこか悲しさがある。



 しかし、ここで燃えられては困る。





 本能的にミナミはイトの前に出た。

「ダメ!」

 叫んで力いっぱい赤い魔力を押しのけるように魔力を放った。



 後ろのイトが息をのんだのがわかったが、今はそれどころじゃない。



 赤い魔力はミナミの魔力に拮抗している。

 どういう現象で今ミナミが赤い魔力を抑えているのかわからないが、あれを消さないといけないのだ。



「お嬢さん。そのままでいて俺が運ぶから!」

 イトは魔力を抑えているミナミにそのまま集中するように言った。



 魔力を抑えているミナミをそのままイトが運んで逃げる時間を稼ぐようだ。

 どうやら彼には赤い魔力を抑える術がないらしい。



 しかし、ミナミはそんなこと気にしていられない。

 イトに抱えられても目の前の赤い魔力を睨んだ。





 ほとんど他人を睨むということをしないミナミにとっては珍しいことだ。

 ただ、それぐらいの攻撃の意志がないとこの力を抑えることはできない。



 それだけこの赤い魔力は脅威であり、ミナミもイトも気を抜けないのだ。



 しかし、二人とも赤い魔力に気を取られ過ぎであった。

 玄関にいた男が、ほどほどに腕が立つと言われていたことも忘れるほど。



「見つけた。」

 寒気のする声が狭い廊下に響いた。



 寒気と言っても脅威など威圧的なものではない。

 強大すぎる力や威圧に覚える寒気ではなく、嫌悪と忌避からくる虫唾の様な感覚だ。



 ただ、ただ、厭うような不快感だ。



 不快感で気付かなかったが、先ほどあれだけ集中していた赤い魔力は収まっていた。



 ミナミとイトは思わず声の方が見た。



 そこには、おそらく色男と他人から言われているであろう顔のガレリウスが目を細めて立っていた。

 彼の手には赤い宝玉がある。

 ミナミたちに襲い掛かっていた赤い魔力が収まっているのを見ると、彼はあの赤い宝玉で赤い魔力を制御できるようだ。



 気持ち悪い。

 ミナミはそう思った。



 彼がマルコム達にどういう立ち回りをしたのかミナミは見ていた。



「ミナミちゃん。こっちにおいで。」

 ガレリウスは気色悪い笑みを浮かべ優しい口調でミナミに言った。



 ミナミは身構えた。

「あなた、ガイオさんや村に何をしたと思っているの?…そんな人の元に行かない」

 ミナミはガレリウスを睨みつけ、毅然と言った。



 ガレリウスは驚いたように目を丸くしたが困ったように笑った。

 その笑顔は、村人たちや叔父であるガイオを軽んじるものだ。



 ガイオはあれだけガレリウスに対して苦悩したのに。

 マルコムやイトに捨てるか迫られているときの彼にミナミは胸を痛めた。

 なのに、この男は…



 ガイオ側に完全に立っているミナミは、ガレリウスに対して嫌悪しかなかった。



 怒りで変に魔力が昂りそうだった。

 今まで感じたことの無い感覚だが、どうにかミナミは魔力が溢れないように

 シューラに教えてもらった制御を思い出して抑えていた。



 制御に集中していると、イトがミナミの前に出た。



「帝国を敵に回したコソ泥さんに、お嬢さんを渡せるかよ。」

 イトはガレリウスの宝玉を警戒しながら、吐き捨てるように言った。

 彼もまた、ガレリウスに対していい感情は持っていないようだ。



「黙れよ。商人風情が。俺にそんな口をきいていいと思っているのか?」

 ガレリウスは傲慢さを隠さずにイトを蔑み、見下すように言った。



「俺は商人風情だけど、お前はコソ泥風情だろ?いや、盗賊か?」

 イトもまたガレリウスを蔑むように言った。



「うるせえ!下等な存在が俺に話しかけるな!

 いいからその女を俺によこせ!

 この俺にこそ相応しい女だ」

 ガレリウスは顔を歪めて怒鳴り、赤い宝玉から赤い魔力を放出した。



 イトはミナミに目配せをしてから彼女を抱え走り出した。



 先ほど降りた階段を駆け上がり、廊下の突き当りにある窓に向かった。



「飛び降りる。」

 とイトはミナミに言った。

 ミナミも異論はない。



 むしろ今の状況だとそれが最善だと思える。



 だが、廊下の足場が崩れた。

 イトはバランスを崩し転びそうになったがミナミを抱えたまま柱にしがみついた。



 ミナミもイトも急に何があったのかわからなかったが、すぐに理由がわかった。



 家が崩れ始めているのだ。

 そして、周りが炎を上げ、家が燃え始めている。



「こんな芸当できたのかよ」

 イトはやけくそになっているか、引きつった顔で吐き捨てるように言った。



 ミナミもどうしてそうなっているのかわからなかった。



 ギシギシとイトが掴まる柱が音を立てる。

 頑丈なはずなのに、火の手が広がり燃えることで折れそうになっているのだ。



 客間にあるミナミたちの荷物も燃えているだろう。



 アロウさんが用意をしてくれた荷物だ。



「…荷物が…」

 ミナミは今までに感じたことのない感情でいっぱいだった。



 親を殺されても、アロウを殺されても悲しさはあっても、強い怒りは感じなかった。



 むしろ、自分の無力感が上回っていた。



 必死に魔力を抑える必要はあるのか?



 ミナミは崩れる廊下の先でにやける男を見て思った。



 あのガレリウスに遠慮などする必要はあるのか?

 ミナミは歯を食いしばった。



「赦せない」

 怒りに震え、恐ろしいほど自然に出た言葉だった。





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