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ライラック王国~ダウスト村編~

赤い地獄を振りまく男

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 村の広場や近くの家は散々な有様だった。

 草むらは剥げ、土を踏み固めたのどかな道は掘り返されたように凹凸があり、なによりも地面一帯に何かが刺さった跡があるのだ。



 ビャクシンが放った光の刃は村に衝撃をもたらした。



 盗賊にも村人にも。



 辺りは騒然とした。

 ただ、その中心で鼻から血を流したビャクシンはのたうちまわっている。



 魔獣とかけ離れたほどの戦闘力や魔力を見せた巨獣ビャクシン。

 今も血とよだれを流し唸っている。



「ガルラララ…ルルルウゥゥ…」

 唸りながら目の前にいるシューラを金と黒の瞳で見据えた。



 そして、頭を振り回し地面に擦り付けた。



「うだうだしていると殺すよ。早く反撃して来てよ。」

 シューラは赤い瞳をギラギラ光らせ、ビャクシンに笑いながら言った。



 魔獣と違って巨獣であるビャクシンはシューラの言葉に反応を見せた。

 どうやら意味がわかったようだ。



「…毛皮、綺麗そうだね」

 シューラは目を細めて呟いた。



「ニャア…」

 ビャクシンはビクリとしてかすれるような声で鳴いた。



 そしてゆっくりと顔を上げてシューラを見て



「ギャウギャウン…キャン…ニャオン」

 と媚びるように鳴いた。



「はあ?」

 シューラはその様子に目を丸くした。



「ニャオ…ニャアアア…ゴロゴロニャア…」

 ビャクシンはシューラの前でゆっくり出ると、その場に転がり

 腹を見せながら鳴いた。



「待ってよ。僕せっかく興奮してきたのに…え?今無抵抗なの斬るのは冷めるんだよ」

 シューラは頭を抱え叫んだ。



 先ほどまでの戦いが楽しかったらしく、急に降参されて戸惑っているのだ。



「ニャーア」

 ビャクシンは甘えるように鳴いた。



「そんなー!おい!僕に噛みつけよ。あ、よだれ付けるなよ。なんでだよ。甘えるな。お前を攻撃した敵だぞ!」

 シューラは自分に攻撃するようにビャクシンに必死に訴えるが、ビャクシンはゴロゴロと転がりシューラにすり寄りペロペロと彼を舐めた。



「うわ!クッサ!お前何食べてたんだ?獣の内臓の臭いがする。やめろ!薬物の臭いもする!僕の鼻を破壊する気なのかよ!?」

 ただ、鼻がよく利くシューラには苦しい所業らしい。

 シューラは嫌そうに鼻の上に皺を寄せるほど顔を顰めて、すり寄りビャクシンから顔を背け叫んでいる。



 傍から見ると、大きい猫が甘えているようにしか見えない。



「な…おい!これがわからんか!ビャクシン!」

 少し離れたところで様子を見ていたガレリウスは宝玉を掲げ叫んだ。



「そりゃあ、君よりもあっちの方が直接的な脅威だからね。本能的に危険だと察知したんでしょ。」

 マルコムはその様子を見て呆れて嗤った。



 マルコムは、たとえビャクシンという巨獣とはいえ、シューラが負けるとは微塵も思っていなかった。

 実際、ビャクシンはシューラに敵わないと判断して生存のためにシューラに下る事を選んだ。



 巨獣を出してきた時は驚いたが、そもそもガレリウスのような雑魚が抑え込むことができた獣ごときに

 シューラや自分が負けることは無いと確信している。



 そのマルコムの確信の根拠と言えるように、彼の足元には盗賊が数人転がっている。



 ガレリウスとマルコムの戦いは

 ガレリウスがひたすら盗賊を盾にして逃げる形になっていた。



 そして、今はその盗賊たちも倒されてしまっている。

 残るは宝玉を大事に抱えたガレリウスだ。



「…くそ…くそおお!!」

 ガレリウスは大声で叫んで宝玉を高く掲げて



「ならお前らごと燃やすだけだ!」

 と叫んだ。



 彼が叫ぶと、宝玉から赤い魔力があふれ出した。

 その赤い魔力は恐ろしいほど凶暴で、地面に触れた途端恐ろしいほどの勢いで炎を上げ始めた。



 ガレリウスから炎が広がり、村の広場は阿鼻叫喚となった。

 赤い魔力が発火し炎を上げ、地面を燃やす。



 そして、炎は広場でなく農地、民家まで伸びつつある。





 広がる悲鳴。



 マルコムは素早く風の魔力でどうにか自分を覆った。



 鮮烈な赤の魔力。



 “吸われた魔力”…



 マルコムは見たときから既視感がある理由がわかった。



「シューラ!気を付けろ。こいつが放ったのは…」

 マルコムはすぐに察して未だにビャクシンに甘えられてギャーギャー言っているシューラを見た。



「ふえ?」

 シューラは間抜けな声を上げて、ビャクシンに服のフード部分を咥えられていた。

 彼が許しているということは危害を加える意志をビャクシンが持っていないこと。

 さらに、ビャクシンは自分を風の魔力で覆うとの一緒にシューラも覆っていた。



 傍から見ると、よほど懐いているのか?と思うが

 本能で勝てないと判断したビャクシンにとってはシューラに恩を売るという下心があるのはわかっている。

 要は生存戦略だ。

 あとは攻撃の意思がなければ攻撃してこないとわかったのだ。



 そして、マルコムは気づいた。

 ビャクシンの瞳の色が金と黒なのは変わらないが、乳白色の濁りが無くなっている。



 あの宝玉が何かあったのはわかったが、マルコムは魔獣に関しては詳しくない。

 変化を後で調べようと思い留めることにした。



 しかし、変化があったとはいえ

 ビャクシンの様子を見てマルコムは賢いと感心した。



 ビャクシンは燃え上がる炎の様子を見て何かを判断したのか、親猫が子猫を運ぶようにシューラを持ち上げ飛び上がった。

「うわ!?」

 急なことにシューラは驚きの声が挙げたが、赤い魔力によって広がった炎が先ほどまで立っていた場所に広がっていた。



「でも、僕は水を持っているから大丈夫なんだけど」

 とビャクシンを見てシューラは呟いた。



「巨獣は流石頭がいいな…人間の方が馬鹿だ。」

 マルコムはそれを見て呟くと村を見渡した。



 地獄の業火というのはこういうものだろう。

 あまりの光景にマルコムも息をのんだ。





 未だに燃え広がり続け、周りを埋め尽くす炎にマルコムは苦い顔をした。

 マルコムは水の魔力を持っていない。



 今のように1人だけ風の魔力でしのぐなら平気だが、村の他の者たちもいる。

 広場にいた頭の弱い奴らは助ける気は無いが、他の村人は違う。



 かつてシューラが言ったようにマルコムはガサツであるので、今自分にやっているように風の魔力で覆って防ぐ芸当を大人数に広げる技術が無い。

 おそらく暴風を起こし、炎を広げる。



 八割くらいの確率でこの村は焼け野原になる。



 とりあえず、ミナミと合流し村人を全員水辺に避難させたうえで消火活動をしようと判断した。



 彼女は水の魔力を持っているが使いこなせていない。

 しかし、その大きさはマルコムも感心するほどだ。

 彼女の力とシューラの力があれば消火は可能だ。



 だが、ここでマルコムはとんでもないことを忘れていた。



 ガレリウスは炎で埋め尽くされた広場から離れたと見ていい。



 盗賊を盾にして逃げる様子を見て思ったが、彼は逃げ足が速い人間らしい。



 やつは赤い魔力を放出させたが、自滅とともに周りを巻き込むというタイプではない。

 いや、そのタイプかもしれないが、奴は、自分はどんなことがあっても生き残ろうとする。



 自分がどこまでも可愛いタイプだと思っている。



 そして、そんな男が取る手段など、容易に想像がつく。



「シューラ!彼女の方に行け!」

 マルコムはシューラに叫んだ。



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