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ライラック王国~ダウスト村編~
死神と王子様と時々兵士
しおりを挟むミナミたちがダウスト村で盗賊たちへの情報を集めているとき
ライラック王国の王城では、新たに王となるオリオンが執務室の机の前で唸っていた。
彼を心配そうに見つめるのは、色々なきっかけがあって昇進したルーイだった。
とりあえず兵士だが、オリオンの側近の様な扱いになっている。
側近としては認められないが、暗黙の了解だ。
事実、ミナミ逃亡の件はオリオンが極秘でルーイに依頼したのは有名だ。
というよりも有名にした。
駆け落ち話は消え去り、ルーイが戻ってくると同時にミナミの捜索に横やりを入れた多数の貴族たちが絞られていた。
最後まで残って帝国騎士団を指揮していたリランとは別にケガをして戻ったエミールが全部あぶり出したようだ。
「獲物取り逃がしてイライラしていましたので」
とエミールがリランに報告するときの笑顔はとてもキラキラしていて、オリオンは少し引いた。
そしてエミールがあぶり出した膿は多い。
「有能過ぎるのも困りものだ」
オリオンはこの貴族たちをどう処理すべきか決めかねていた。
ホクトや大臣の件でかなり貴族たちが絞られたのだ。再起不能も多い。
他の国よりもぬくぬくと働かずに国の利益だけを享受していた輩が多い気がするが、これが普通なのだろうか?
オリオンは首を傾げたが、近くにいる異国の人間などリランくらいだ。
そして帝国はこういう輩は即消されると断言できるので、参考にならない。
「膿が多いこの国が悪い」
オリオンの独り言に急に声がかかり、ルーイは腰に掛けた剣に手をかけた。
「そこの兵士君。護衛の実力が今のままだとライラック王国はまた王を消されるぞ」
忠告するように言うのは天井から降りてきたリランだ。
床に着地したときの音も静かだった。
今のリランは帝国騎士団の服ではなく、目立たない上下黒の身軽そうな格好をしている。
ただ、彼の赤い髪は目立つ。
オリオンは思わぬ場所から出てきたリランに思わず飛び上がった。
何が恐ろしいというと、この男は魔力も何も使わずに生身の能力だけでこの動きなのだ。
隠密活動で意気揚々と闇の魔力を使う者たちが見たら卒倒するだろう。
事実、闇の魔力を持つルーイは悔しそうに顔をゆがめている。
ただ、リランの今の言葉はから
ライラック王国は膿が多いようだ。
「やはり、他国よりも多いのか…」
オリオンは項垂れた。
潔癖なホクトはこの面を知らないだろう。オリオンも甘く見ていた。
「この国で価値があるのは王族だけで、その価値が不動に等しい。光や蜜には虫が寄るものだろう?」
リランは皮肉気に笑い、オリオンが仕事をする執務机にゆっくりと歩み寄った。
カツカツと音を立てて歩いているのはわざとだろう。
「俺は楽しみだぞ。お前がただ光るだけ、舐められるだけの王になるのか。それともそれ以外になるのか」
リランは最早オリオンが王になる前提でいる。
ホクトの失脚からそれは当然となったので問題は無いが、ミナミが逃げたことに加え、世界情勢がおかしくなってしまい、今は完璧な玉座は空席なのだ。
そう。
なぜか他の国がライラック王国にちょっかいをかけようとしているらしいのだ。
ただ、それがいつからなのかは不明なのだ。
「俺は王子だ。まだな」
オリオンはため息をついた。
「知っている。ライラック王国の玉座は特殊だ。」
リランの口調はやはり内情を知っている者だった。
ただ、彼も深くは知らないようだ。
オリオンもライラック王国の玉座がどういう意味で特殊なのか、わかっていないのだ。
長い歴史で真実は消えたのかもしれないが、どうも胸騒ぎがする。
それと自分たちの事なのに事態を掴めない薄気味悪さもある。
「それはそうと、オリオンに楽しい情報提供と共にそこの兵士君に聞きたいことがあったが、大変そうだな」
「俺に?」
ルーイはリランが自分に用があると聞いて身構えた。
「ああ。だって、お前はマルコムとシューラに接しているだろ?」
リランは片脇をさすりながら言った。
その様子から、どうやら落馬の衝撃は大きかったようだ。
ただ、そのリランの様子を見てオリオンは少し疑問に思った。
ライラック王国に来てからのリランの行動だ。
「リラン」
「なんだ?」
「帝国騎士団で一番隠密活動に秀でているのはお前なのか?」
オリオンはリランの身軽さを目の当たりにしている。また、彼が武器を向けた兵士たちを無力化するときの音の少なさは印象的だった。
現に今もいつ部屋にいたのかもわからなかった。
「さあ?…ただ、言えることは…俺は隠密活動ではマルコムを出し抜くことができるってことくらいか」
リランは片頬を歪めて笑った。
「お前ライラック王国に来た段階からケガをしていたのか」
オリオンはその言葉で納得した。
リランはオリオンの言葉を聞いて慌てる様子もなく感心したように頷いた。
「よく見ているな。」
リランは片手をわき腹にあてて困ったような顔をした。
「だいたいミナミと廊下でぶつかるのもおかしいと思うべきだった」
「姫様が激突したところ、痛めているところで結構キタぞ。」
オリオンの言葉にリランは困ったように笑った。
「ぶつかったのは聞いたが、そこまでだったのか?」
「エミールに支えてもらう必要があるほどな。とても元気な妹君だ」
リランは愉快そうに笑った。
オリオンはミナミがそこまで強くぶつかったことを
あえてオリオンに隠していたいことに気付いて頭が痛くなった。
「…死神に一番ダメージを与えているのはミナミってわけか」
オリオンも困ったことのように笑った。
ミナミの行動に呆れている様子はいつものオリオンのようだった。
それを見てルーイは少し安心していた。
「何があった?お前がケガをする事態はただ事じゃないだろう」
「海でちょっとトラブルに遭ってな・・・海賊というべきか、厄介な輩が商人たちに絡んでいた。」
リランは椅子を出してドカンとふてぶてしく座った。
「海賊・・・」
オリオンはリランの言葉に顔をゆがめた。
大きな港を有するこの国にとって海賊は天敵で忌むべき存在だ。
今更ながら父親が帝国に懐疑的でありつつも友好的だった理由がわかる。
本当に今更だが。
「海賊もあったが、商船どうしの小競り合いにコソ泥風情が火事場泥棒しようとした感じだ。」
リランは補足するように言った。
「丁度コソ泥が泥棒しているところに俺らが対応できる状況だったから助けに入った。俺は待機していたが対応した父が船をぶっ壊してしまった。俺としたことがその揺れでコソ泥に後れを取ってしまってな・・・一人取り逃がしたうえにわき腹を痛めた」
リランは悔しそうな顔をするでもなく、船を壊した父に呆れているような顔をしている。
「本当なら父も、騎士団長も来る予定だったが事態の収拾で来れなくなった。俺もあばらを・・・多分折ってしまってな。騎士団として動くには不十分な状態になってしまった。おかげで俺がライラック王国の対応をすることになった。」
リランは疲れたようにわざとらしくため息をつきながら続けた。
オリオンとルーイは顔を青くした。
事態が違ったらリランではなく帝国騎士団団長のフロレンス公爵が来ていたかもしれないのだ。
しかも船をぶっ壊したと言っている。
状況がよくわからないが、とんでもないことなのはわかった。
「だが、お前が自らマルコムたちの捜索に動かなかった理由が腑に落ちた。それに、落馬は受け身を取り切れなかったというよりもケガへの追い打ちだったのか」
オリオンはずっと疑問だったのだ。
リランがあれほどこだわっているマルコムたちの捜索に彼があまり動かずに城にいること。また国王が殺されたときにオリオンの部屋で待機していた理由も。彼ならすぐに城を抜け出してしまえる。ましてこんな平和ボケした王城の警備など朝飯前だろう。
「思ったよりも見ているのは感心だ。ライラック王国の未来は明るいな」
リランは感心したように頷きながら言った。
ただし、その言葉はどう考えても皮肉にしか受け取れない。
「その商船たちはどうなった?」
オリオンは流石に港を有する国の王となる身として、海で争っていた船は気になる。
「さあ?帝国騎士団だと知ったら片方は脱兎のごとく逃げ出した。敵対しなければ理由もなく殺すことは無いから、あのように逃げられるのは心外だ」
リランは困ったように言った。
「殺される心当たりがあったんだろう」
オリオンは呆れたように言った。また、少しリランの話から不安に思っていることがあった。
「お前が取り逃がしたコソ泥・・・死んでいる可能性は」
「ない。かなり腕が立つ。この王城の兵士は勝てないだろうな。エミールなら勝てるか」
リランはかなり確信を持っているようだ。
ただ、彼がそのように言うのは説得力がある。
この王城の兵士はリランに勝てない。そしてエミールにもだ。
「腕が立つコソ泥・・・厄介だ」
「父が対応した商船の方も厄介だったようだが、あっちは商人だからとくに気にしていない」
「それも気にしろよ」
オリオンはリランと話していて少し呆れてしまった。
彼は所属する国が圧倒的な軍事力を持つだけでなく、彼自身が突出した戦闘能力を持っているのだ。危機感の持ち方が普通と違う。
「ライラック王国の港を寄らないなら、きな臭い船はこの辺ではどうやって陸に着く?」
「船の規模によるが、河口付近にある町か河口から川に入ってしまう。ロートス王国側に行くことが多いな」
リランの問いにオリオンは答えた。
そういえばロートス王国にいる妹のアズミは元気なのかと少し考えた。
この前の父親の葬儀の時にミナミの城からの脱出を手伝ってもらったのだ。
積もる話もあるが
ライラック王国の王族は結婚が難しい。
アズミはそんな王族で唯一結婚している。外部の話も聞きたい。
そして、彼女の方がオリオンよりも王族のことに詳しいかもしれない。
彼女は女性ということもあって、亡くなった王妃と一番交流していた。
オリオンの母親ではないが、オリオンにも良くしてくれるいい王妃だった。
亡くなったとき、オリオンも悲しかった。
ミナミもホクトもアズミも、国王である父親もだ。
だが、病弱だったオリオンの母と違い、元気だった彼女がどうしてと不審に思ったのが印象的で…
「なるほど・・・ロートス王国か・・・」
リランのその声でオリオンは思案から現実に戻った。
彼は顎に手を当てて顔を顰めている。そして薄い唇を自身の歯で噛んでいる。
おそらく取り逃がしたコソ泥に殺意を向けているのだろう。
仕草や体勢は別として殺気がすごい。
自分の部屋で一人でやってほしいとオリオンは思っている。
なぜなら、彼の様子にルーイは寒気を覚えているのか、顔色が悪く震えている。
数少ない確実な味方に意図的ではないが、危害を加えられるのは困る。
「ちなみに商船でもコソ泥でもなく海賊はどうした?」
オリオンはリランが海賊もあったと言っていたのを思い出した。
コソ泥と商船と騎士団長の怪物じみた話だけでなく一番大事なのは海賊の状況だ。
「ケガをした上にコソ泥を取り逃がして苛立っていたから全滅させた。」
リランは何でもないようなことを言うように言った。
「ケガ人じゃないのかよ・・・」
オリオンはまたリランに呆れた。
「廊下の曲がり角で突撃されたり馬で走っている途中で飛び出されるなどの突発的なことでなければ普通に対処できる」
リランは厭味ったらしく言った。
オリオンは目をそらした。
どうやら死神にダメージを与えているのはミナミだけではなかったようだ。
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