98 / 311
ライラック王国~ダウスト村編~
お姫様と青年2
しおりを挟むライラック王国の王都は港町だ。よって海側にある。
全体的に山脈部分が多く、人が安定して住めるのは王都付近の海岸沿いだ。
そして、王国の領土には山も川もある。
ただ、諸島群の中で大きな島という国であるので、川も山もそこまで大きくない。
しかし、大きくないが、入り組んだ地形をしており、道も狭く馬を安定して走らせることが難しい。
捜索には骨が折れるだろう。
ミナミたちが今いるのは、王都付近の農地から川に入り、そこから王都の港とは反対方向の河口へ少し下った場所だ。
このままだといずれ河口に付いて、海に出てしまう。
ただ、王都とは反対であるので、今船に乗って見えている景色はミナミの知っているものと違った。
先ほど見えてきた岩場から、徐々に視界が開けてきた。
今は緩やかな流れの川のようで、船も穏やかに進み、風も心地よい。
ただ、今はそんな心地よさを堪能はできない。
「…僕は、わからないんだ…」
爽やかな風に、キラキラとした白い髪をなびかせ、赤い瞳を揺らしながらシューラは困ったように言った。
「私は…悲しくて…苦しいよ。」
ミナミはシューラに、自分がアロウが死んで悲しいことを言った。
そして、同意を求めるようにシューラを見た。
「僕は、それがわからない。」
「え?」
「悲しいって…何なの?」
「だって、親しい人が死んだりしたら…」
ミナミは言いかけて気付いた。
シューラはそれが分からないのだ。
シューラは小首をかしげて、だが、表情は暗いままだった。
ミナミから見て、彼は確かに悲しんでいる。
だが、それがわからないようなのだ。
「知識として“悲しい”は知っているし…僕はその場面をたくさん作ってきたよ。」
シューラは淡々として口調で言った。だが、やはり目には困惑がある。
「…あなた…今まで人と接して生きてきたの…?」
ミナミの質問と、疑うような視線を受けてシューラは少し苛立ったように目を細めた。
「戦いで負けて悔しいと思ったこともあるし、裏切られて腹が立ったこともある…」
マイナス思考な感情の話をして居るシューラは、その時を思い出しているのか眉間に皺を寄せている。よほど苦い思い出なのか、途中から眉間だけでなく鼻の上にも皺を刻み始めた。
「…じゃあ、楽しかったこととか…」
苦い表情になってきたシューラを途中で止め、ミナミは
「おいしいものを食べるのは楽しいし、気に食わない奴をぶち殺すのは楽しいし、嫌なやつの困った顔を見るのは愉快だし、強い人間はたいてい楽しいし…」
「私でもあなたが不穏なことを言っているのはよくわかる。」
世間知らずのミナミでも、今シューラがしている楽しい話の大半が、血なまぐさいものだと察して直ぐに止めた。
「…まあ、君の言っていることは…正しいよ。」
シューラは諦めたような顔をしてミナミを見ていた。
「正しい?」
ミナミが問いかけると、シューラはミナミを真っすぐ見た。
だが、何かを戸惑うように口を閉じた。
「?」
ミナミはシューラに首を傾げて、答えを促した。
シューラはミナミの問いに答えず、視線だけ彼女の背後に向けた。
ミナミがシューラの視線を受けて振り向こうとしたとき…
「ここに固まっていたなら丁度よかった…」
背後に立っていたマルコムが淡々とした口調で言った。
「ひい!!」
「うわっと…」
思わず飛び上がって、シューラに飛びついてしまった。
「いつの間にか…仲良くなったんだね。」
無感動な声でマルコムは言うと、ミナミとシューラの向かいに改めて向き直った。
ミナミはマルコムと気まずい状況だと感じているため、あまり彼と積極的に話せないと思っている。
「どうしたの?」
それを知らないシューラは、何ともないようにマルコムに問いかけた。
「これからの話をしようと思って…大丈夫?」
マルコムは、冷たくも温かさも無い口調でミナミに訊いた。
シューラに訊かない所から、彼には必要ないと思っているのだろう。
「…え…ええ。」
ミナミはシューラにしがみ付いたまま頷いた。
シューラは困ったような顔をしてミナミを見ていたが、特に引きはがそうとする様子も無かった。
「…まず、この船はこのままだと海に出るか、河口付近で引っかかるかのどっちかだから、その前に下りる。」
マルコムは船の進行方向を指さした。
「しばらく行くと、入り組んでいる岩場が見えてくる…そこで下りる。」
マルコムが言うには、船の終着点と思われる位置は待ち伏せされているのが確実なのと、これからの進路の関係で向かわないといけない場所があるとのこと。
岩場からしばらく山道を行くと、川があるらしく、それに沿って歩き下流を目指すとのことだ。
実は、もう通り過ぎてしまったが、今船が走っている川に枝分かれしたところがあったらしく、目指す川の下流は、その枝分かれした先にあたるらしい。
「それなら…うまい具合に船で向かえなかったの?」
シューラは首を傾げてマルコムに訊いた。
「途中で滝があるんだよ。おそらく三人仲良く滝つぼに…ってなっていたよ。」
マルコムは顔色を変えずに言った。
「うわ、それいやだ。」
シューラも顔色を変えずに言った。
ミナミは、想像しただけで寒気がして、またシューラにしがみ付いた。
ミナミの様子を見て、マルコムは呆れたようにため息をついた。
彼自身、ミナミと気まずいとか考えていないようだが、ミナミはやはりマルコムに言われたことが気になっている。
「俺もできるだけ自然に任せて船を動かしたいし、君は水の魔力が使えても大きいものは動かせないよね
マルコムは自身の手をちらりと見た後、シューラを見た。
「僕は大きい攻撃は得意じゃないよ。君を温存させるのは賛成だね」
シューラはマルコムの様子を見て頷いて言った。
彼の言う通り、マルコムはリラン達から逃げるのに大きく地面を動かしている。
そして、どうやらシューラは水の魔力を持っているようだ。
ミナミとお揃いで少しだけ仲間意識を持った。
「下流の山間に、小さな村があるらしいんだ。そこに向かうように…って。」
マルコムはアロウさんが言っていた。
と小さく呟いた。
それにミナミとシューラは少し暗い顔をした。
「…悲しみに一番効くのは、行動だよ。」
マルコムが淡々とした声で言った。
「え?」
ミナミは顔を上げた。
「鍛錬でもするなり動くといいよ。休めるときは必ず来るから、今は、体も頭も動かし続けるのが一番だよ。」
マルコムはミナミとシューラを見て、困ったように眉を寄せた。
「魔力の扱いが不得手なら、シューラに教わるといいよ。俺よりもずっと繊細に扱う。」
マルコムは顎でシューラを指して言った。
シューラは驚いた顔をしている。
「まあ、…その場しのぎだけど…」
マルコムは自嘲するように笑った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる