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ライラック王国~ダウスト村編~

お姫様と青年2

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 ライラック王国の王都は港町だ。よって海側にある。

 全体的に山脈部分が多く、人が安定して住めるのは王都付近の海岸沿いだ。

 そして、王国の領土には山も川もある。



 ただ、諸島群の中で大きな島という国であるので、川も山もそこまで大きくない。

 しかし、大きくないが、入り組んだ地形をしており、道も狭く馬を安定して走らせることが難しい。

 捜索には骨が折れるだろう。





 ミナミたちが今いるのは、王都付近の農地から川に入り、そこから王都の港とは反対方向の河口へ少し下った場所だ。

 このままだといずれ河口に付いて、海に出てしまう。



 ただ、王都とは反対であるので、今船に乗って見えている景色はミナミの知っているものと違った。



 先ほど見えてきた岩場から、徐々に視界が開けてきた。



 今は緩やかな流れの川のようで、船も穏やかに進み、風も心地よい。

 ただ、今はそんな心地よさを堪能はできない。



「…僕は、わからないんだ…」

 爽やかな風に、キラキラとした白い髪をなびかせ、赤い瞳を揺らしながらシューラは困ったように言った。



「私は…悲しくて…苦しいよ。」

 ミナミはシューラに、自分がアロウが死んで悲しいことを言った。



 そして、同意を求めるようにシューラを見た。



「僕は、それがわからない。」



「え?」



「悲しいって…何なの?」



「だって、親しい人が死んだりしたら…」

 ミナミは言いかけて気付いた。



 シューラはそれが分からないのだ。

 シューラは小首をかしげて、だが、表情は暗いままだった。

 ミナミから見て、彼は確かに悲しんでいる。

 だが、それがわからないようなのだ。



「知識として“悲しい”は知っているし…僕はその場面をたくさん作ってきたよ。」

 シューラは淡々として口調で言った。だが、やはり目には困惑がある。



「…あなた…今まで人と接して生きてきたの…?」



 ミナミの質問と、疑うような視線を受けてシューラは少し苛立ったように目を細めた。



「戦いで負けて悔しいと思ったこともあるし、裏切られて腹が立ったこともある…」

 マイナス思考な感情の話をして居るシューラは、その時を思い出しているのか眉間に皺を寄せている。よほど苦い思い出なのか、途中から眉間だけでなく鼻の上にも皺を刻み始めた。



「…じゃあ、楽しかったこととか…」

 苦い表情になってきたシューラを途中で止め、ミナミは



「おいしいものを食べるのは楽しいし、気に食わない奴をぶち殺すのは楽しいし、嫌なやつの困った顔を見るのは愉快だし、強い人間はたいてい楽しいし…」



「私でもあなたが不穏なことを言っているのはよくわかる。」

 世間知らずのミナミでも、今シューラがしている楽しい話の大半が、血なまぐさいものだと察して直ぐに止めた。



「…まあ、君の言っていることは…正しいよ。」

 シューラは諦めたような顔をしてミナミを見ていた。



「正しい?」

 ミナミが問いかけると、シューラはミナミを真っすぐ見た。

 だが、何かを戸惑うように口を閉じた。



「?」

 ミナミはシューラに首を傾げて、答えを促した。



 シューラはミナミの問いに答えず、視線だけ彼女の背後に向けた。



 ミナミがシューラの視線を受けて振り向こうとしたとき…



「ここに固まっていたなら丁度よかった…」

 背後に立っていたマルコムが淡々とした口調で言った。



「ひい!!」

「うわっと…」

 思わず飛び上がって、シューラに飛びついてしまった。



「いつの間にか…仲良くなったんだね。」

 無感動な声でマルコムは言うと、ミナミとシューラの向かいに改めて向き直った。



 ミナミはマルコムと気まずい状況だと感じているため、あまり彼と積極的に話せないと思っている。



「どうしたの?」

 それを知らないシューラは、何ともないようにマルコムに問いかけた。



「これからの話をしようと思って…大丈夫?」

 マルコムは、冷たくも温かさも無い口調でミナミに訊いた。

 シューラに訊かない所から、彼には必要ないと思っているのだろう。



「…え…ええ。」

 ミナミはシューラにしがみ付いたまま頷いた。



 シューラは困ったような顔をしてミナミを見ていたが、特に引きはがそうとする様子も無かった。





「…まず、この船はこのままだと海に出るか、河口付近で引っかかるかのどっちかだから、その前に下りる。」

 マルコムは船の進行方向を指さした。



「しばらく行くと、入り組んでいる岩場が見えてくる…そこで下りる。」



 マルコムが言うには、船の終着点と思われる位置は待ち伏せされているのが確実なのと、これからの進路の関係で向かわないといけない場所があるとのこと。



 岩場からしばらく山道を行くと、川があるらしく、それに沿って歩き下流を目指すとのことだ。



 実は、もう通り過ぎてしまったが、今船が走っている川に枝分かれしたところがあったらしく、目指す川の下流は、その枝分かれした先にあたるらしい。



「それなら…うまい具合に船で向かえなかったの?」

 シューラは首を傾げてマルコムに訊いた。



「途中で滝があるんだよ。おそらく三人仲良く滝つぼに…ってなっていたよ。」

 マルコムは顔色を変えずに言った。



「うわ、それいやだ。」

 シューラも顔色を変えずに言った。



 ミナミは、想像しただけで寒気がして、またシューラにしがみ付いた。



 ミナミの様子を見て、マルコムは呆れたようにため息をついた。

 彼自身、ミナミと気まずいとか考えていないようだが、ミナミはやはりマルコムに言われたことが気になっている。



「俺もできるだけ自然に任せて船を動かしたいし、君は水の魔力が使えても大きいものは動かせないよね

 マルコムは自身の手をちらりと見た後、シューラを見た。



「僕は大きい攻撃は得意じゃないよ。君を温存させるのは賛成だね」

 シューラはマルコムの様子を見て頷いて言った。

 彼の言う通り、マルコムはリラン達から逃げるのに大きく地面を動かしている。



 そして、どうやらシューラは水の魔力を持っているようだ。

 ミナミとお揃いで少しだけ仲間意識を持った。



「下流の山間に、小さな村があるらしいんだ。そこに向かうように…って。」

 マルコムはアロウさんが言っていた。

 と小さく呟いた。



 それにミナミとシューラは少し暗い顔をした。



「…悲しみに一番効くのは、行動だよ。」

 マルコムが淡々とした声で言った。



「え?」

 ミナミは顔を上げた。



「鍛錬でもするなり動くといいよ。休めるときは必ず来るから、今は、体も頭も動かし続けるのが一番だよ。」

 マルコムはミナミとシューラを見て、困ったように眉を寄せた。



「魔力の扱いが不得手なら、シューラに教わるといいよ。俺よりもずっと繊細に扱う。」

 マルコムは顎でシューラを指して言った。

 シューラは驚いた顔をしている。



「まあ、…その場しのぎだけど…」

 マルコムは自嘲するように笑った。



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