世間知らずのお姫様と二人の罪人の逃亡記

吉世大海(キッセイヒロミ)

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二人の罪人~ライラック王国編~

逃亡するお姫様

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 アロウさんが死んだ



 ミナミはマルコムの腕の中で、泣きじゃくっていた。

 実際に息絶えるところを見たわけではないが、助からないことはわかる。



 彼の肩から胸にかけての傷の深さや出血量は、知識のないミナミでも深刻な怪我なことはすぐにわかった。



 それを裏付けるように、シューラの顔色がおかしい。



 先ほどから

「何で…」「わからない…」「僕は何を…」

 とブツブツと呟いている。



 マルコムは表情の変化はないが、ミナミを抱く腕に力が入っているのがよくわかる。



 アロウは命を報酬にマルコムとシューラにミナミのことを頼んだ。

 だが、その前に三人の間でなんらかの会話があったのは確かだろう。



 アロウはミナミに優しかった。

 一国の姫と言うこともあるが、彼は父の友人だったから優しかったのだろう。



 彼から父の話を聞きたかったな…

 と今更ながら思った。



 父のこともよく知らないままだった。



 ミナミは悲しくて辛いのに、自分が何も知らないでいるのを強く実感した。



「帝国騎士の主力は動けない…」

 マルコムは冷静な口調で言った。



 エミールはシューラの攻撃でおそらく行動不能になったのだろう。そして、リランも落馬したのなら多少のダメージもある。





 マルコムはリラン達を退けるためにやった地面をひっくり返す魔力を使った。



 わずかに見える帝国騎士団たちが見えなくなるほど、地面が盛り上がった。

 おそらく彼らからも、ミナミたちは見えなくなっただろう。



 視界を遮ったこともあり、マルコムは合流地点である小屋に入った。

 小屋の造りは他のと一見変わらないが、裏口が付いている。さらに、馬は勿論だが逃亡用の荷物も隠してある。



 幸い小屋は察知されていなかったようだ。

 敷物の下にある、地面に掘られた隠し倉庫のようなところを開き、マルコムは武器をいくつかとり、その中から刀を数本シューラに、そして、短剣をミナミに渡した。



「護身用だ。」

 その他にも弓、槍、剣と…あるだけの武器を持って、素早く梱包して馬に乗せた。



 小屋の中に入る馬は二頭だった。



 その中の一頭にマルコムとミナミ、荷物を載せた馬にシューラが乗った。



 走り出す馬に揺られながら、ミナミは周りの状況について行けずぼうっとしていた。



 オリオンもいない、ルーイも…アロウはいると思っていた。

 彼も一緒に逃げると思っていた。



 逃げなかったとしても…



「何でだよ…わからないよ!!」

 耐え切れないような声で、後ろを馬に乗って走っているシューラが言い出した。



「シューラ。」

 マルコムが冷たい声をかけた。

 その声の冷たさに、ミナミは思わず体を震わせた。



「今は黙れ。」

 マルコムは吐き捨てるように言った。

 その口調が、あまりにもシューラを突き放しているように思えた。



「報酬を無駄にすることは赦さない。」

 だが、ミナミのその考えは違ったようだ。



 マルコムは報酬としてもらったと言われるアロウの命が無駄になることを避けたいようだった。



 それを聞いたおかげかわからないが、シューラは黙った。





 これからマルコムとシューラと逃亡生活を送る不安というのも覚えても良かったのだろう。

 だが、そんなことをミナミは考えられなかった。



 父の死、兄の真実、国の裏側、自分たちの持つ力、それによって追われる生活



 助けてくれた恩人の死…



 近くにルーイやオリオンがいたからきっとミナミは落ち着いていたのだろう。



 だが、今ミナミの心の頼りになるものは何も無い。



 殺した存在に対して、自分をここまで追い込んだ何かに対しての恨みも何も湧いてこない。あるとしたら、自分の無力さと無知さに対する嫌悪だけだった。



 頼れる感情があるのなら、まだよかったのかもしれない…



 馬がどこに進んでいるのか分からない…だが、川沿いに進んでいるのが分かった。

 水の音が聞こえる…



 どういう予定で逃げるのか…と、他人事のように考え、ただ、マルコムの腕に抱かれたままミナミは周りの風景が過ぎているのを見ていた。

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