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二人の罪人~ライラック王国編~
分からない青年
しおりを挟む帝国の罪人であるマルコム・トリ・デ・ブロックと共に行動するシューラ・エカは、彼もまた罪人であった。
シューラの生まれは帝国ではない。帝国の隣国で、長年敵対していたと言われる皇国という国の出身だ。
マルコムと同じく、シューラも母国の軍に所属していた。
腕の立つシューラは尊敬されると思われるが、そんなことは無かった。
真っ白髪と真っ赤な目、そして真っ白な肌という身体的特徴のせいで、シューラ自体は強く周りを倒していく術が無ければ生きていけなかったからだ。
家族もシューラに手を差し伸べることはなかった。だが、幸いにもシューラは医術に秀でた一族の生まれであったので、異端でも彼の命を奪うことをためらった。
そしてその生まれはシューラにとって幸運だった。
癒しの魔力と合わせて草、水の魔力を持っている生まれたシューラは、勉強と鍛錬の成果で毒が効かない体質になった。
家族から得た力はそれ以外にもあるが、彼にとってそれが一番生き残るのに活きたものだろう。
そして家族以外から得た武術はシューラを変えた。
その過去が彼を極端な力主義にしたのだろう。
彼はもともと才能があったのか、すぐに国でもトップクラスの実力者になった。
難しい生い立ちのせいで、気難しい性格と極端に人を寄せ付けない彼を周りは遠巻きに見ていた。腕は立つから使えるが、極端な力主義から味方でも下の者や弱者を尊重しない。要は孤立していた。
だが実力者である彼は、国にとって貴重だった。
それこそ、自分以外の一族が反逆罪で粛清されても一人だけ生き残るくらいに尊重された。
そんなシューラが自ら駆け寄った人間というのは、マルコムだけだ。
とにかく、シューラは誰かに心を寄せることも開くこともしたことが無い。というよりも、そんな環境も無かったうえに、そんなことを理解できない。
だからはたからみて心を開いていると言われても否定する。
なぜなら知らないからだ。
そんなシューラが、腰の刀を抜けずにいた。
誰かのせいで力を振るえないというのは、物理的な拘束が無い限りシューラにはあり得なかった。
それもこれも、自分の目の前の男のせいだった。
赤い血が飛び散って、草に露のように滴っている。
「…僕の…仕事知っているの?」
シューラは腰の刀に手を添えたままでいた。
「知っている…だから…その…」
声を震わせるのは、シューラの前に立つアロウだ。
「…く…」
アロウの正面に立つのは、剣を持つエミールだ。そして、その剣を振り下ろせずにいる。
アロウの右肩から右胸を斬りつけ、そこで止まっているエミールの剣。
更に、その剣をアロウが両手で掴み、引き抜くことも動かすことも許さない。
血が地面にボタボタと垂れている。
その様子をシューラは呆然と見ていた。
「シューラ!!」
怒鳴るようにアロウが叫んだ。
はっとしたシューラは慌てて刀を抜いてエミールに斬りかかった。
エミールは動かせない剣を捨て、シューラの斬撃を避けた。
ただ、彼の表情には動揺が見られた。
エミールが剣を捨てたため、アロウはその場で崩れ落ちた。
動くと、更に激しく血が滴る。
エミール以上の動揺の表情を見せていたシューラは、真っ赤な瞳を揺れさせ、八重歯の見える口を震わせていた。
「僕を…何で…庇うんだよ…」
シューラは声と口を震わせて、言った。
「これが…あなたたちへの報酬だ…」
アロウは止まらない血を流し続けながら、諦めたように笑った。
「報酬…?」
「姫様を…守って欲しい」
「それは昨日も聞いたよ。分かっていて行動を…僕を庇う理由なんて…」
シューラは首を振った。
「私以上に…あなたの方が価値がある…」
アロウの言葉は、シューラを混乱させた。
シューラは力こそ全ての思考回路をしている。
自分の腕が立つのも知っているし、強いのも分かっている。それによって自分を基準として人の価値を決めている。
ただ、自分が考える存在価値と他人が考える存在価値は相いれないともわかっている。
それだから、シューラは罪人である自分が尊重されないのも平気なのだ。
というよりも、尊重されないからこそ、周りをぞんざいに扱えていたのだ。
だから、アロウの言動はただシューラには理解できないものだった。
ザリ…と、エミールが足を運ぶ音がシューラの耳に入った。
素早くシューラはその方角を見た。
そこには剣とは別に隠し持っていた短剣を片手に持っているエミールがいた。
彼は、分が悪いと思っているのか、シューラと距離を置いていた。
「…意味が分からない…」
シューラは刀を横手に持った。
そして、倒れるアロウそっちのけでエミールに斬りかかった。
ガキン
とエミールはシューラの斬撃を受け止める。だが、本来の武器である剣でないのに加え…
「僕より…弱いくせに…」
シューラはエミールの短剣を弾くように追撃を加えた。
ただ、力はほどほどに強いのか、エミールは武器を手放さなかった。
だが、シューラは足を素早く組み替え、刀を振り上げた。
斬り上げにエミールが対応しても、斬り下ろしで追撃する。
足の動きと腕の動きが別々の意志を持っているようだ。
何回かの斬撃を受けとめたエミールだが、ガキン…と、とうとう武器を落とした。
シューラは刀の刃の向きを整えてエミールに斬りかかった。
それを防ぐようにエミールは腕を組んで自分の胴体を守った。
周りに血が飛び散った。
シューラの斬撃はエミールの右肩と胴体を防ぐために差し出した右腕を切り裂いた。
斬撃を食らってもエミールはよろめくことなく地面を滑るように動き、体勢を整えた。
それにシューラは追撃しようとした。
だが
「殺すな!!シューラ!!」
マルコムの怒声が響いた。
その声を聞いて、シューラは素早く刃の向きを変え、峰でエミールの腹を横殴りした。
「ぐあ!!」
エミールは殴り飛ばされ地面に転がった。
痛みに呻いているところを見ると、シューラは相当強く殴ったようだ。
その証拠に刀にヒビが入っている…
肩と腕の傷も浅くない。
彼は当分動けないだろう。
「なにをやっているんだ…」
戻ってきたマルコムが呆れたように呟いた。
「だって…」
シューラは子供のような口調で言い訳をして泣きじゃくるように顔を歪めた。
「アロウ…さん。」
マルコムの腕の中にいるミナミは呆然とアロウを見ている。
アロウは笑顔でミナミに応えるが、どう見ても傷は深く、助かるものではない。
「シューラとマルコム…姫様を頼む。」
アロウは震える自分の手を胸にあてた。
「先払いです…」
アロウは笑顔で言うと、直ぐに表情を鋭くさせてマルコムとシューラを見た。
「早く…逃げなさい。」
アロウは命令するような強い口調で言った。
ただ、かすれるような呼吸音から、限界が近いのはわかった。
「やだ…嫌だよ…」
ミナミはマルコムの腕の中で首を振った。
「そうだ…私が治せば」
ミナミは自分の癒しの魔力を使うことを考えた。
「いけません!」
アロウがそのミナミの行動をとがめるように叫んだ。
「あなたもオリオン王子も、死ぬケガを治したら無事では済まない」
アロウは悲痛な顔をしていた。
ミナミは彼の言っていることがわからなかった。
治せる可能性があるのに、どうして
だが、マルコムは違ったようだ。
「行くよ。」
マルコムはミナミの意志を無視して、彼女を抱えたまま動き出した。
そして、未だ呆然としているシューラを軽く蹴飛ばした。
「報酬は貰ったんだ…行くよ。」
マルコムは冷たくシューラに言い放つと走り出した。
「いや…アロウさん!!嫌だよ!!」
ミナミがマルコムの腕の中で、必死に叫んでいる。彼の腕から出ようとしているが、腕力で勝てるはずもない。
シューラはアロウの方を名残惜しそうにチラリと見てから、頷いて走り出した。
ただ、彼の表情はまだ曇っていた。
走って逃げていく三人を見て
「おい!!ま…」
追いかけようとしたルーイの足をアロウが掴んだ。
「アロウさ…」
「あなたは行ってはいけません…彼を支えないと…」
アロウは途切れ途切れの息で、必死にルーイに言った。
「…彼…」
ルーイが呟いた時、後ろから追手なのか、誰かが走ってきた。
ルーイは思わず剣に手をかけて構えた。
だが、その手をすぐに外した。
「オリオン王子…?」
ルーイは予想していなかった人物が追いかけてきたのに呆然とした。
「ああ…私は…幸運だ…」
それを聞いて、血を流し横たわるアロウは、痛みに顔を歪めていたのから一変して、嬉しそうに顔をほころばせた。
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