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二人の罪人~ライラック王国編~

力を振るう青年2

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 ガキン…ゴシャ…



 マルコムが槍で兵士たちを殴りつける音が宿のロビーに響いている。



 隙を見て斬りかかるも、二本目の槍を持ち、手だけでなく足も使って操作するマルコムに並の兵士は隙を見いだせない。



 たまに魔力を使った攻撃があるが、おざなりで笑えてしまうレベルだった。



 まして、ライラック王国は平和な国だ。そこの兵士は実戦経験があったとしても帝国に追われているマルコムには圧倒的に劣る。



 マルコムは敢えて、先頭にいた貴族の男は殴らずその周りの兵士たちを片っ端から潰した。

 何故なら、一番重要な人物の傍にいるなら、この集団の中でトップレベルの実力者であると睨んだからだ。



 マルコムの思った通り、貴族の男の傍にいた兵士を殴り倒すと兵士たちは動揺した。



「痛い目見たよね。」

 マルコムは貴族の男に不敵に笑った。



「ひいい!!」

 貴族の男はマルコムの行動一つ一つに震えあがり、壁に縋りつくようにしている。



 そんな彼に対し、興味を失くしたようにマルコムは視線を外した。



 まだ兵士は残っている。



 タン…と、足で槍の端を弾き、その力を殺さずに槍を振り回す。

 右手で持つ槍の上下で後ろ、左手で持つ槍の上下で前、そして持ち手付近で横の攻撃に対応する。



 外にいた兵士たちも総動員でマルコムに斬りかかる。



 マルコムは同じように兵士たちを殴り倒していく。



「上がクズだと大変だよね…」

 マルコムは憐れむように言い、斬りかかってくる兵士たちを倒していった。



 宿の外に出てマルコムは撤退することを選んだ。

 というよりもアロウを待つことを諦めることにした。



 どうせ合流地点はわかっている。



「追わなければ何もしないよ。」

 マルコムを追おうとする兵士たちにマルコムは言った。



 すると、少し迷ったような顔をして、兵士たちは足を止め始めた。

 別に完全に追われないことを望んだわけではなく、少し遅らせることができればいいと思っていたのだ。

 足を止めた隙をついてマルコムは光の魔力で目くらましの光を発生させた。

 兵士たちは足をとめるだけでなく目もくらんだ。

 そしてマルコムは自身の周りに風を纏い、高く飛んだ。



 といっても空を飛べるわけではなく、目くらましをして少し離れた場所まで移動するだけだ。



 宿から離れた位置に着地し、マルコムは路地を走った。

 このまま地下水路に潜り込んでしまった方がいいな…



 と判断し、ミナミを迎えに行った水路へ降りられる方に向かった。



「一体何が!?」

 マルコムが走っていると、建物の陰からアロウが飛び出してきた。



「アロウさん!!」

 マルコムは走るのを止めずにアロウを手招きした。



「何があったんだ?」



「帝国側があなたをマークしてました。オリオン王子も王国側の者にマークされて、宿にいるのは王国側だけですが、襲撃まがいのことをされました。」



「じゃあ、宿も…」



「掴まれています。おそらく…」

 マルコムは警戒するように周りを見渡した。



「…尾行が付いているのか?」



「俺にはわかりませんよ…でも、付いているつもりで行動してください。」



「君でもわからんのか?」

 マルコムの言葉にアロウは驚いていた。



「ええ…だって、動いているのが…」

 マルコムは言いかけて、言葉を止め、背負った槍に手をかけた。



「?」



「後で合流します。」

 マルコムはアロウに言うと、彼の背中を押した。



 ガキン

 と、マルコムが槍を振り上げるのと同時にそれに剣がぶつかった。

 誰かが建物の上から飛び降りてマルコムに斬りかかったのだ。



 ガキン…と、マルコムはそれを弾いた。



 アロウは慌ててマルコムから離れた。



 ザッ…と、マルコムに剣を振り下ろした者は体勢を崩すことなく着地した。

「…やっぱり止めたか…」

 剣を構え、マルコムに向き直るのは、黄土色の髪をした30代ほどの外見をした男だ。



 彼は眉間に深い皺を刻み、マルコムを睨みつけている。



「慎重に…逃げてください…」

 アロウにマルコムは警戒するような目を向けた。

 正直、彼がここまで真剣な目をするのは珍しい。



 それも、今マルコムに剣を振り下ろした存在のせいだろう。

 マルコムは対峙する男を見て困ったようにため息をついた。



「…今は、副団長さんだよね…エミールさん。」

 マルコムは二本目の槍にも手をかけた。



「そういうお前はただの罪人だな。」

 エミールはマルコムを挑発するように笑った。



 マルコムはエミールの挑発に気を悪くする様子もなく、むしろ愉快そうに笑った。



「そういう…あなたは出世しましたね。」



 逆にマルコムの言葉にエミールは眉をピクリとさせた。



 マルコムはエミールの反応を見て口角を吊り上げた。



「お前がこれに関わっているのは…考えたことも無かったが…姫様を見て何となく納得した。」



「違う。」

 今度はエミールの言葉にマルコムが反応した。



 マルコムは眉間に深い皺を刻み、口を歪めた。



「否定するにしては張り切り過ぎじゃないか?お前が殺さずに、魔力を使って逃げるなどな」

 エミールはどうやらマルコムが兵士を殺さずに魔力を使って逃げることを決めたことを言っているようだ。

 隠しているわけではないが、マルコムはできる限り魔力を使わずに行動している。



「…いいの?副団長さんが…私情で仕事を離れて…」

 マルコムは逃げていくアロウや、騒がしくなっている宿の方を指して言った。



「安心しろ。帝国騎士は優秀だ。お前がいなくてもな…」

 エミールは剣先をマルコムに向けた。



「…知っているよ。」

 マルコムは諦めたように投げやりに呟くと槍を構えた。



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