76 / 311
二人の罪人~ライラック王国編~
確認する青年
しおりを挟む宿の廊下には何も異常はなかった。
“廊下には”異常はなかった。
追われている身であるマルコムとシューラはわかったのだ。
この建物の外に兵士がいるのを…
建物自体が囲まれているのを…
マルコムとシューラは舌打ちをしてミナミの部屋に向かった。
「君が姫様を連れて行って。俺が餌になる。」
マルコムはシューラに横目で言った。
「わかった。」
シューラは頷くとミナミの部屋の扉を乱暴に開けた。
何やらルーイが騒ぐ声が聞こえるが、シューラが何かを話すと大人しくなった。
暫くすると、少しだけ荷物を持ったミナミとルーイが出てきた。
「じゃあ、あとで会おう。」
マルコムはシューラを見て頷いた。
ミナミはそれを見て顔を青くした。
「え?…何があったの?…アロウさんは…?」
「囲まれている。早く行きな。」
マルコムは顎で急かすように指した。
「お前は?」
ルーイはマルコムを見ていた。
「いいから逃げろ。俺の邪魔になる。」
マルコムはルーイに対してあからさまに舌打ちをして苛立ちを示した。
「彼が正しい。行こう。」
シューラは溜息をついてルーイの腕を引いた。
「モニエルさん…」
ミナミは心配そうにマルコムを見ていた。
『マルコム…』
そのミナミの目が、マルコムの記憶の中にある、同じグレーの目と被った。
その目を見てマルコムは思い出した。
そういえば…“彼女”と会ったのは、お互い15歳の時だったな…
ミナミを見てマルコムの中の時が不思議な時間を刻んだ。
いつもなら咄嗟に振り払う幻想だった。
だが、嫌な夢を見たうえに近付きつつある“死神”の気配にマルコムは咄嗟ができなかった。
「鬱陶しいよ…まったく…」
癖でマルコムは呆れたように笑って、くしゃ…っと、ミナミの頭を撫でていた。
「え…」
ミナミは驚いていた。
ルーイもシューラもだ。
マルコムは自分が何をやったのか気付いて慌ててミナミから手を放した。
ミナミはポカンとしている。
「早く…行きなよ。」
マルコムは苦々しい顔をしていた。
それは、他人に対する苛立ちではなく、自分の取った行動に対しての表情だった。
「…早く行こう。」
シューラはチラリとマルコムを睨んでからミナミとルーイを急かすように言った。
「あんた…」
ルーイはマルコムとシューラを見比べて不思議そうな顔をして居る。
「早く!!」
マルコムはいつもの苛立ちを叫んだ。
「判断の出来ない弱者はとっとと行けよ。邪魔だ…」
マルコムは槍を振り、ルーイとミナミを睨んだ。
「…」
ミナミは自分の頭に手を当てて未だポカンとしている。
「行こう。」
ルーイは慌ててミナミの腕を取って走り出した。
走り出した二人とは別にシューラはマルコムに駆け、彼の顔に鼻がくっつくまで近寄った。
「君を理解できるのは…僕だけだからね。」
シューラは赤い目を鋭く光らせてマルコムに言った。
「知っている。」
マルコムはシューラに対して強く頷いた。
シューラの言っていることは事実だ。
彼は今のマルコムの唯一の理解者だ。
マルコムの様子を見てシューラは頷いた。
「…じゃあ。後でね。」
シューラは自分の腰に差して刀に手をかけて言った。
「うん。後でね。」
マルコムも手に持った槍を掲げて言った。
走り出したはいいが、シューラを待って立ち止まっていたミナミは二人のやり取りを見て何やら不思議そうに首を傾げている。
ルーイは気まずそうに目をそらしている。
「行くよ。」
シューラはマルコムから離れ、ミナミとルーイの方向に走った。
わけが分からないような顔をしているが、ミナミとルーイはシューラに従って、また、走り出した。
アロウの仕事柄、宿にも武器屋にも抜け道はある。
三人はそちらに先に向かい、町からの脱出に臨む。
マルコムは少しでも時間を稼いでから町の脱出に臨む。
捕まらない自信は勿論マルコムにはある。
ただ、間違いなく手を汚す手段だ。
建物に踏み込まれ捜索をされたら、直ぐに抜け道は見つかり、ミナミたちは捕まる可能性が高い。
シューラがいる限りその可能性は低いが、ゼロではない。
ただ、その低い可能性も抜け道を把握されている場合は変わってくる。
「…どの道、俺が暴れるしかないよね…」
マルコムはミナミたちが無事抜け道に向かったのを確認すると、廊下に出てきた他の宿泊客たちを見た。
マルコムと同じように異変に気付いたのだ。
普通の客ではなく、全員が全員後ろ暗いことのあるうえに、善悪感覚がやや大雑把だ。
彼等が状況を察することがあれば、それこそ危険だ。
そのためには、外にいる兵士たちを落ち着ける必要がある。
マルコムは宿のロビーに出て、無人のカウンターを一瞥してから一つだけの玄関に向かった。
外には10~20人程度の兵士がいるだろう。
建物自体ならもっと囲んでいるかもしれないが、マルコムに勝てる人間はいないだろう。
そう確信して勢いよく玄関を開けようとした。
が、マルコムは直ぐに足を止め、槍を構えた。
バタン…と、外から勢いよく扉が開かれたのだ。
「ルーイはいるか!!?」
勢いよく一人の青年が飛び込んできた。
「?」
マルコムは槍を構えるのを止めた。
ただ、手には持っていつでも攻撃は出来るようにしている。
「…君は?」
マルコムは警戒だけは解かずに、飛び込んできた人物を見ていた。
「…お前は…誰だ?」
勢いよく飛び込んできたのは、マルコムの知らない青年だった。
ただ、兵士と言うには身なりが良く、顔立ちが整ったいわゆる美青年だった。
彼の金髪とグレーに瞳はどこかで見たことのある色だった。
そして、慌てているのか彼は周りに不思議な魔力の光を帯びていた。
その光はミナミと同じだった。
「…オリオン王子…?」
マルコムの言葉に青年は周りを警戒しつつも、頷いた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる