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ライラック王国の姿~ライラック王国編~
帰省するお姫様3
しおりを挟む国王の棺が置かれているのは、城の大広間だった。
祭壇のように設置された会場には、供物や花が大量にあった。
葬儀の会場には、式典用の鎧を着た兵士たちと少数の弔問客。そして、王子であるオリオンだけだった。
更にいうなら、棺の近くには、オリオンが数人の兵士たちと連れ立っていた。
弔問客を待っているのだろう、せわしなく人が来るのを気にしている。
周りの者達は、きっと表で騒ぎを起こした嫁いだ妹のアズミを待っていると思っている。
彼の沈んだ表情は決して作ったモノではない。
ミナミは、自分と同じ格好をした兵士たちに紛れてオリオンに近付いた。
「…少し、父と話したい…」
オリオンは周りに兵士たちに言うと、ミナミの方に寄って行った。
「弔問客を…少しの間だけ外に出してくれないか?」
ミナミの他にも兵士がおり、彼等に向かって行ったのだ。
オリオンの言葉に兵士たちは姿勢を正して返事をした。
ミナミは慌てて彼等の動きに揃え、姿勢を正した。返事はしていない。声でバレるからだ。
「聞かれたくないから、出入り口で見張りを頼んでいいか?」
オリオンは、鎧を着て兵士に扮したミナミの肩を掴んで訊いた。
ミナミは返事をせずに頷いた。
オリオンはじっと、ミナミを見ている。
フルフェイスの兜から、ミナミであるか探っているようだ。
ただ、オリオンはミナミと確信しているのをミナミは気づいていない。
鈍感なミナミは知らないが、オリオンは自分と似ている魔力のミナミは近くに来た瞬間にわかるらしい。
気が付くと、会場から弔問客は全て外に出され、ミナミとオリオン、そして棺に入った父親だけになった。
出入口の扉が閉まっていることを確認すると、オリオンはミナミの被っている兜に手をかけた。
「…お兄様…」
ミナミはオリオンを見上げた。
声を聞いてオリオンはミナミの兜を取った。
「…父上に、挨拶をしろ。長くは誤魔化せない。」
オリオンは顎で棺の方を指した。
ミナミは久しぶりに会うように感じる兄に話したいことがあったが、急かす様子から本当に長くは持たないようだ。
ミナミは頷いて棺の元に向かった。
花に囲まれた棺には、国王陛下である父が横たわっていた。
死に化粧をされているが、血の気のない顔は人形の様で、生きていないことはわかる。
ただ、最期に見た姿とは違った。
息子に刺され、崩れ落ちる父の映像がミナミの見た最後だった。
「…お父様…」
ミナミはそっと、父の顔に手を伸ばした。
15になっても、彼の膝の上で本を読んだりしていた。
ずっと甘やかしてくれて、沢山愛してくれた。
いつか、別れが来るとは思っていたが、こんな形になるとは思っていなかった。
冷たい父の顔に触れた手には、少しだけ白い粉が付いた。それでも構うことなくミナミは父の顔に触れ続けた。
ミナミとオリオンと同じ金色の髪。そして、顎に蓄えた髭。
サラサラと髭を撫で、幼いころは父の膝上から見上げると、必ずこの髭がすだれのように視界を遮っていたことを思い出した。
父が殺されてからのことを、ミナミはポツリポツリと話し始めた。
フロレンスに助けてもらったこと、ルーイと城から逃げたこと。それらの後ろではオリオンが動いてくれたこと。
父の友人だったアロウにも助けてもらったことや、その用心棒の話。
そして、今城に入るためにアズミの手伝いがあったことも。
「昔のように…兄妹仲良くなりたい…」
ミナミは、一通り話し終えると、呟いた。
その呟きは、オリオンにも聞こえていただろう。
だが、彼は何も言わずミナミを見ていた。
ミナミは父の頬に、いつものようにおやすみのキスをした。
そのとき、オリオンに聞かれないように呟いた。
「…お兄様に内緒だけどね…私、好きな人ができたの…」
父は答えるはずはないが、ミナミは反応を求めるように父の顔を覗き込んだ。
ミナミの記憶の中の父は、喜ぶだろうか?いや、悔しがるだろうか?
だが、心の内を話してくれたことには喜んでくれるだろう。
返事のない父の顔を最後にもう一度だけ撫でた。
「…今まで…ありがとう。…これからも、愛しているよ。お父様」
ミナミは目を閉じたままの父に微笑んだ。
彼のグレーの瞳をもう一度見たいが、それは叶わないことだ。
父に別れを告げると、ミナミの中の魔力が不思議とストンと安定した気がした。
もしかして、アロウはこれを分かっていて危険だと知りながらミナミと父の別れに賛成したのではないか?
ミナミは急に安定した魔力にそんなことを考えた。
「…いいか?もう…」
ミナミの様子を見ていたオリオンが心配そうに目を向けていた。
ミナミは頷いて、父から離れた。
オリオンは手に持っていたミナミが被っていた兜を渡しにミナミの元に歩み寄った。
「気をつけろ…また、連絡するが…」
ミナミに兜を渡しながらオリオンは言った。
「お兄様…」
ミナミは兜を受け取ると、オリオンを見上げた。
オリオンはミナミを見下ろしていた。
心配そうな、優しい目をしていた。
ミナミと、父と同じグレーの瞳だ。
いつも嫌味を言われ、嫌われていると勝手に思っていた彼は、不器用で家族を大事に思う優しい兄だった。
いつもの皮肉を言う口も、わざとらしく顔を歪める眉も今はただ、優しい表情を作ってミナミを見下ろしている。
彼の本当の、ミナミに向けた顔だ。
それを見ると、確かに思い出の中の彼は、ミナミのことを思っていた。
嫌味も、意地悪そうな顔をしても、オリオンはミナミを拒絶することは無かった。
「…あ…ありが…ありがとう…」
涙をこらえることができず、嗚咽交じりに、言葉を詰まらせながらミナミは言った。
オリオンにしがみ付いて。
「…気にするな…」
オリオンはミナミの頭をそっと撫でてくれた。
その手にドキドキすることは無かったが、温かくて、優しくて、ミナミの心を癒してくれた。
ミナミは、少しの時間だけオリオンに縋りついて泣いた。
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