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ライラック王国の姿~ライラック王国編~

帰省するお姫様2

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 庭の木の中で、四番目の木には人ひとりが隠れられる空間がある。



 もちろん王族と彼らに古くから仕える者は皆知っている。



 人目を盗み、ミナミはどうにか王城内部の中庭まで来た。



 表の方で、不自然な騒ぎを起こしてくれているおかげで、多少せわしなく動いても不審に思われないのだ。



 ミナミは、四番目の木に向かった。



 木の中に入ると、ミナミは一息ついた。

 別にここに誰かがいるわけではない。



 木の中には、手紙と鎧があった。



『これを着て棺近くにいる俺のところに来い オリオン』



 オリオンからの手紙だった。

 筆跡も間違いなく彼のものだ。



 手紙の指示通り、ミナミは鎧を身に纏った。



 あー、あー、と声を軽く低く出したが、兵士の声と誤魔化せそうにないほど高いので、諦めた。



 慣れない鎧は重く動きにくいが、もうすぐオリオンと父に会えると考えると耐えられる。



 ミナミは木の中から周りの様子を窺いながら慎重に動き出した。



 底上げの靴を履いているため、歩き方が安定しない。

 ただ、鎧であるため多少の動きは誤魔化せる。…気がする。



 そして、平和なライラック王国の兵士は帝国騎士よりも洗練されておらず、多少動きが不格好でも気にならないのだ。

 これに関しては非常困ったことだが、ミナミが王城に潜入するのに使えることなので、いいことだと思っている。





 庭から城内に入ると、ミナミと同じような鎧を身に纏った兵士たちが駆け足で動いていた。

 その動きに紛れてミナミもオリオンに指定された場所に向かった。



 どうやらせわしなく兵士が動いている理由は、オリオンが過剰に警戒するように言ったことがきっかけらしい。



 お陰でミナミは怪しまれることなく城を歩き回れる。



 慣れない恰好だが、生まれてからずっと育った我が家である。迷うことはない。



 どこが死角になるかは、兵士も知っているだろうが、ミナミも知っている。





「…リラン殿…実は…」

 廊下の隅の方で深刻な話声が聞こえた。



 せわしない動きをしている兵士たちの雰囲気とは違う色をした声だったので、ミナミの耳に止まった。



 慣れない鎧はフルフェイスの装備であるため、見回りをして居るふりをして声の元を見た。

 姿を確認した途端、ミナミは心臓が跳ね上がった。



 予想した通り、そこにいたのはせわしなく動いている城の兵士ではなかった。



 赤い長髪を綺麗にまとめ、黒いマントを羽織った青年、フロレンスだった。

 その横にいるのは、廊下でミナミがフロレンスとぶつかった時に彼と一緒にいた男だ。

 黄土色の髪をして、フロレンスよりは明らか年上の男で穏やかそうな顔をして居る。だが、身に纏っているのはミナミでも知っている帝国騎士団の制服だ。



「不自然に拘束された二人の青年が……」



「マルコムからだと?」



 どうやら話している内容は、ミナミの侵入を誤魔化すために捕まった二人の青年の話のようだ。

 マルコムというのはその青年の名前なのだろうか?

 巻き込んでしまって申し訳ないと思いながら、ミナミはその場を立ち去ろうとした。



 最後に険しい顔をして居るフロレンスの顔を盗み見てから…



 ミナミに向けてくれた、あの気安い目からほど遠い冷たい暗い目をしていた。



 彼の横顔に吸い込まれそうになっているのに気付いて、ミナミは慌てて動き出した。

 その際に物音を立ててしまったが、どうやらフロレンスともう一人の男は城内では見られていることが多いらしく、姿を確認しただけで気に留める様子はなかった。



 ルーイの黒い瞳でも、オリオンのグレーの瞳でも、ホクトの青い瞳でも思わなかった。



 フロレンスの薄茶色の瞳、彼の瞳を思い出すだけでドキドキした。



 彼の瞳だからこそだ。同じ色彩の目のモニエルを思い浮かべても同じような気持ちにならなかった。



 吊り橋効果で鼓動は早まることは知っている。

 だが、顔に集まる熱と、締め付けられるような不思議な痛みを感じる胸は何だろうか?



 ルーイもアロウも…フロレンスのことを良く思っていない。



 自分の中に芽生えていたもの、初めて覚えた感覚の理由を知った時、ミナミは泣きそうになった。



 オリオンと、父に会わないといけない。

 それが今回の目的だ。





 自分にそう言い聞かせてミナミは誤魔化すように走り出した。



 今は考えてはいけない。ルーイにもアロウにも知られてはいけないもの。



「…私…フロレンスさんが…好きなんだ…」

 ミナミは、誰にも聞かれないように呟いた。



 逃げる時に助けられたからか、それとも現実を直視したくない逃避なのか。

 きっかけはわからなかった。



 もちろん知られてはいけないことだとわかっている。

 だから、自分に呟くだけで、生まれていた感情を抑えた。



 不思議とその感情を抑えることは魔力を光る事を抑えることに感覚が似ていて、自然と魔力を光らせずにいられそうだった。



 でも、父にだけは言ってもいいだろう。



 ミナミは優しい父の顔を思い出した。



 また、ミナミは泣きそうになった。

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