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ライラック王国の姿~ライラック王国編~
恐怖する青年
しおりを挟む裏の宿は騒がしかった。
夜が明けるほどの時間に、女の叫び声が響いたからだ。
何事かと、各部屋の扉が開く。
廊下で見張りに付いているシューラとマルコムはその様子をただ眺めていた。
「あー。やっぱりお姫様衝撃大きいよね。」
「普通はそうだろうね。父親が兄に殺されたなんて…」
マルコムは皮肉のように笑っていた。
「やっぱり、父親って存在が大きいのかな?」
シューラはマルコムを探る様に見た。
そんな疑問を自分に向けるなと言うように、マルコムはシューラを睨んだ。
「でも驚いたね。人ってあんなにピカピカ光るんだね」
シューラはミナミが感情的になったときに光ったことを言っているのだ。
そもそもあんなに魔力を帯びられるのすら珍しいのだ。
色々旅をして様々な人を見てきたからこそシューラはそれがわかっている。
「ここの王族はかなり特殊らしいからね。実際に見るとよくわかる。」
マルコムは知識として知っている事実と、実物を見た感想を無感情に言った。
悲鳴が聞こえてから時間が経つと、さすがに各部屋も落ち着いてきた。
まあ、裏の宿ということだからとんでもない輩が泊まることがある。
これ以上の悲鳴、断末魔が響いたこともあった。
とはいえ、声が聞こえたのか、下の階にいたアロウが心配そうにやってきた。
「…大丈夫そうか?」
「大丈夫じゃないよ。」
アロウの問いにマルコムは即答した。
シューラも頷いていた。
「そうだな…当然のことだよな…」
「アロウさんが出てくる必要はないよ。」
シューラは手でアロウを払うような動きをした。
「まあ、君たち俺の用心棒だろう?」
アロウはシューラの意見を無視するように、廊下で見張り二人の前に椅子を置いてそれに座った。
マルコムとシューラは顔を見合わせて呆れていた。
「城の色んな情報が入った。次期国王は次男にするように動いているものがいるとか、帝国側を排除しようとしているとか…」
「無理だろうね。」
アロウの言葉にマルコムは即答した。
「帝国排除は絶対に無理だよ。」
シューラもマルコムに同意した。
「だが、証人もいないうえに、罪人である可能性の引け目があれば…」
「帝国のこと、噂しか知らないのかもしれないけど、そんな茶番にかかるような奴らじゃないよ。」
シューラは呆れたように言った。
「…だよね。」
そしてシューラは横で腕を組んでいるマルコムに同意を求めるように訊いた。
マルコムは少しシューラを睨んだが、頷いた。
「アロウさんは、帝国側の動きに気を付けるような形で情報収集した方がいいね。早めに情報収集しないと、改ざんされたものが流されるから…。なによりも、帝国の動きを主導しているのは小細工が得意で、人がどういう情報に踊らされるのかよくわかっている奴だから」
マルコムはアロウに、帝国側が本格的に動き出す前に情報収集するように忠告を含めて言った。
アロウはその言葉を聞いて、真剣な顔で頷いた。
そして、また下の階に向かって行った。
おそらく情報収集に動くのだろう。
アロウがいなくなったのを確認して、シューラはマルコムに寄りかかった。
マルコムは眉を顰めたが、シューラを退かすことはしなかった。
「…君さ…帝国と俺を何かと絡めたがるよね…」
マルコムはシューラを睨んだ。
だが、彼を振り払うことはしなかった。
マルコムが言っているのは、シューラが帝国の話題をマルコムに振っていることだった。
確かに帝国はマルコムの母国だが、いちいち話を振られるのは苛つくのだろう。
「違うよ。僕が君と絡めたがっているのは、君の元仲間だけだから。だって、血の気が多いだけのクズだと、君の琴線にピクリとも触れないでしょ。」
シューラはニヤリと笑っている。
「俺達、逃亡中なの忘れていない?」
「知っているよ。健気な君の後輩が、血眼になって僕たちを追っている…って」
シューラはマルコムの左手を掴み、彼の手のひらの傷に触れた。
彼の手のひらには真横に刃物で切り裂かれたような傷跡がある。
マルコムは変わらずシューラを振り払わず為されるがままだ。
「向こうの大陸の逃げ場を奪うまでやるとは思わなかったからな…。」
シューラはマルコムの左手の傷を見ながら呟き
「赤い死神さ…容赦ないからね。」
シューラは顔を上げてマルコムを見て、ニヤリと笑いながら言った。
「…」
「やっぱり、先輩に似たのかな?」
「は…」
シューラの様子に、今度はマルコムが笑った。
彼が余裕そうに笑ったことが気に食わないのか、シューラは眉を顰めた。
「…なんだよ…」
シューラは口を尖らせた。
「別に…君が怖がっている気がして、それが面白くてね。」
マルコムは寄りかかっているシューラの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「僕が、あの死神を怖がるわけ…」
「君が怖がっているのは、姫様の方でしょ?」
マルコムは目を細め、口を歪めながら言った。
「!?」
シューラはマルコムの言葉に黙った。
「大丈夫だよ。今だけだし…直ぐに別れるんだから…」
マルコムは、寄りかかるシューラの頭に自分も寄りかかるようにして、遠い目をして言った。
「今だけ…だから…」
マルコムは自分に言い聞かせるように、さらに呟いた。
そして、自分の記憶の中にある金色の髪を振り払った。
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