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出会い~ライラック王国編~

二人の用心棒

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 暗い海を臨む港の王都。

 港は魔導機関の光で騒がしいくらい明るいが、海はその光を吸い込む様に暗い。



 そして騒がしい港の光がわずかにしか届かない、薄暗い町の裏通り。

 そこには、俗に言う裏側の世界というのがよく似合う、そんな風貌をした男たちや女たちがいる店がいくつもある。



 表では普通の武器屋だが、裏では裏の宿…

 表では普通の店だが、裏では…



 とそのようにこの町では住み分けている。



 あまり裏を抑圧しすぎないのがこの町の、国の治安維持の大事なところだとここの統治者は考えている。

 なによりも、人の出入りが激しいこの国は、影だけを抑圧することは難しいのだ。



 表は普通の酒場だが、裏では裏の酒場。そんな場所で一人の初老の男と二人の若い青年が同じテーブルにいた。



「宿の用心棒じゃないの…?」

 初老の男と一緒にいた青年の一人、シューラは初老の男を睨みながら呟いた。

 初老の男は、マルコムとシューラを雇った宿屋の店主だ。



「どうやらこいつの用心棒みたいだね。」

 青年のもう一人、マルコムは腕を組んで警戒するように周りを見ていた。

 二人は宿の用心棒の心づもりでいたが、どうやらこの宿の店主は、店主自体の用心棒として扱っているようだ。



「察してもらって嬉しいな。モニエル君…」

 宿の店主はわざとらしくマルコムを見て笑った。



 モニエルというのは、マルコムが名乗っている偽名だ。



「じゃあ、何か頼めば、払ってくれるの?」

 シューラは頬杖をして男を見た。



「いいぞ。ただし、私の頼みはきちんと果たせ。」

 宿の店主は頷いた。



 シューラは嬉しそうにメニューを眺め始めた。



「イシュ君は子供だな…」

 宿の店主は、マルコムの時のようにわざとらしくシューラを見て笑った。



 イシュとはシューラの偽名だ。



 シューラは男の言葉を気にせず、メニューから軽食を選び指差した。



「君は?」

 男はマルコムを見てメニューを指した。



「彼と同じやつで…」

 マルコムは相変わらず周りを鋭い目で見ていた。



 宿の店主は酒場の店員らしき派手な女を手を挙げて呼んだ。

 彼女はこの酒場のウェイトレスのようで、体のラインを出し色気を全面に押し出した格好をしている。よほど自分に自信があるようだ。



 ウェイトレスは注文を聞きながらしきりにマルコムを見ていた。

 彼女は注文を聞き終えると、カウンターにいる店主らしき男に注文を伝え、また戻ってきた。



 目を細め、口元に笑みを浮かべてやって来る彼女を見て、シューラは呆れたようにマルコムを見た。



 どうやらシューラは彼女がマルコムを目当てに戻ってきたと分かったようで、それはよくあることのようだ。



 まさにその通りで、彼女はマルコムの傍に来ると、彼の座る椅子に手をかけた。



「お兄さん、この店に来るにしては…品のあるいい顔しているね。」

 彼女は誘惑するようにマルコムに微笑んだ。



 マルコムは彼女を横目で見ただけで、直ぐに視線は外した。

 取り付く島もない様子だ。



「そこの色白の子も可愛いけど、お兄さんは場違いだよね。」

 彼女はあからさまに無視されたのに構わずに話し続けていた。



 彼女の言うことは少し当たっている。



 マルコムは顔の傷はあれど、穏やかそうでどことなく品がある。

 更に整った顔をしているため、目を引く。



「悪いけど…興味ない。」

 マルコムは彼女を見ずに斬り捨てるように言い放った。



 眼中にないという態度に流石に彼女は諦めたのか、溜息をついて立ち上がった。



「気が変わったら、いつでもね。」

 彼女はマルコムの耳に囁き更にはシューラにも視線を送った。

 その囁きにマルコムは形のいい眉をピクリと動かし、不快そうに顔をゆがめた。

 マルコムの右耳には傷があるのだ。それは右ほほの傷から伸びた切り傷であり、それに干渉されるのをマルコムは嫌う。



「確かに、モニエル君は色男だからな…」

 女がいなくなってから、宿の店主はマルコムを冷やかすように見た。



「勿体ないね…せっかくのお誘いなのに…」

 シューラもニヤニヤと冷やかすような目を向けていた。



「君も誘われていたよ。行けば?」

 マルコムは呆れたようにシューラを見た。



「いやだよ。」

 シューラはあからさまに眉を顰め、鼻の上に皺を寄せた。





 シューラの嫌そうな顔を見ると、マルコムは満足そうに笑った。

 それを見て更にシューラは嫌そうな顔をした。



 二人のそんな様子を興味深そうに宿の店主は見ていた。



 酒場の客はもちろん三人だけではない。

 周りは三人の会話が止まっても騒がしく、せわしない。



 そんな店内の騒がしさを突き破るように、バタンと大きな音を立てて店の扉が開かれた。



 店にいた者達は皆、音の元を見る。



 それはマルコムたち三人も例外ではない。

 マルコムはテーブルの淵に手を添え、シューラは腰に差した刀に手を添えた。



 店の扉を開いたのは、一人の男だった。

 彼は息を切らしていた。



「…大変だ…国王陛下が…殺されたらしい」

 男は店の扉を閉めるのを忘れて言った。



 彼の言葉に、店にいた者達は立ち上がりなにやら顔色を変えた。



「…なんだと…じゃあ、取り締まりがきつくなる…」



「早いうちに町を抜けるか…」



「何があったんだ?」



 店の者達は口々に町から脱出する話を始めている。

 どうやら取り締まりがきつくなることへの危惧が大きいらしい。



 それはマルコムとシューラの雇い主である男の該当している。

 だが、彼は項垂れている。それは、脱出の心配ではなくもっと違うものだった。



「…誰が、殺した?」

 二人の雇い主である宿屋の店主は声を震わせて呟いた。



 その様子は、変化を予想し保身に走る他の者達とは完全に異質な反応で、マルコムとシューラは目を鋭くした。



 宿の店主の声が届いたのか、店に入ってきた男は三人の元に歩いてきた。



「…噂じゃ…“帝国の死神”らしい。まだ確実な情報じゃないが、城の中ではそれで捜索がされているらしい。」

 男は三人の前に立つと、なぜか誇らしげに言った。





 “帝国の死神”



 その単語が出た時にマルコムとシューラは眉をピクリとさせた。



「お兄さん方も知っているだろ?えげつない帝国の死神の話は…それが何とこの町に滞在しているらしいんだ。」

 男はどこで仕入れているのか分からないが、その死神が国王と非公式で1対1で夜話す予定だったことや、彼が滞在しているはずの部屋から消えていることを言った。



 更には帝国がこの国を乗っ取ろうとしているなどと持論を展開させていた。



 男はマルコムたちに話し終えると、また別の席にいる客に同じ話をし始めていた。

 そして、彼の恐ろしい武勇を面白可笑しく話し、国王が殺されたという悲壮な話題から始まったとは思えないほど盛り上がっていた。



「…国王陛下が…」

 二人の雇い主の男は未だに声を震わせている。

 その様子から、彼はただの一国民ではなく、繋がりがあることが窺える。



「…違うだろうね。」

 マルコムは声を潜めて雇い主の男に言った。



 男は驚いてマルコムを見た。

 シューラはマルコムの言葉に頷いている。



 マルコムは周りを警戒して見渡した。

 だが、周りは三人を気にする様子もなく、店に入ってきた男に集中していた。



「だよね…そんな馬鹿なことをしないよ。」

 シューラはマルコムに頷きながら呟いた。

 声は周りに聞こえないように抑えている。



 雇い主の男はシューラの話を聞きながら、納得しているように頷いていた。



 マルコムとシューラは、その“死神”をよく知っているような口ぶりで話していた。

 そして、雇い主の男もそれを不思議と思っていない様子だ。



 というのも、帝国を母国とし、更に追われているマルコムだったら知っていてもおかしくない。



「そうだね…“死神”さんは忙しいからね…」

 マルコムは、店に入ってきた男の話を真剣に聞いて騒ぐ店の者達を見て、嘲るように笑った。



「それに…、もし彼がそんな手段を取るなら、兵士の生き残りがいるはずないからね…」

 マルコムは椅子の背もたれに寄りかかり、自分の左手を眺めていた。

 マルコムの左手の手のひらには、親指と人差し指の間から真横に深い切り傷の痕があった。



「明日…どうなるのかな?この町は」

 マルコムは口元を歪めて笑っていた。



 シューラはマルコムの様子を見て、なにやら難しそうな顔をした。
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