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ライラック王国の王子様~ライラック王国編~
死神と王子
しおりを挟む人生最悪の日とは今日のことを言うのだろう。
オリオンはつくづく思う。
嫌悪を覚えているはずの者を部屋に招き、さらにはこのまま一夜を過ごすことになるとは今日の朝は考えもしなかっただろう。
わかっていたらきっと朝からピカピカ光っていただろう。
「別に取って食おうと思っていないぞ。安心して寝ろ。」
最早、我が物顔でソファに寝そべる客人のフロレンスは、溜息をつくオリオンを見て笑った。
彼はたまにオリオンから光が漏れ出すことに驚く様子は無い。ただし、とても興味深そうに見てくる。
「いや…それよりも、寝床を譲る。お前が優位な取引相手であるのだからな」
オリオンはフロレンスを警戒するように見ていた。
魔力を光らせないように、ゆっくりとした呼吸を心がけている。
「いや。王族様はソファなんかで寝たことは無いだろう。それに俺は船移動も野宿もしている騎士団だ。」
フロレンスは履いていたブーツを脱ぎながら言った。
完全にくつろぎに入っている。
「騎士団か…帝国といえば、お前は騎士団なのだったな…」
オリオンはやけに肝が据わったフロレンスを見て納得した。
考えてみると当然のことだ。
彼は帝国の赤い死神である。
そして、フロレンスの言った騎士団とは、いわゆる帝国騎士団だ。いわゆるライラック王国でいう軍にあたる。
なによりも、帝国騎士団とは最強と名高い集団だ。
帝国の軍と言うだけでなく、それを率いる者が世界に名を轟かせるほどの強者なのだ。
他国から“帝国の赤と黒の死神”と呼ばれ、畏れられている。
彼等を筆頭に帝国は勢力を拡大してきた。
オリオンの目の前にいる男もそうだ。
彼は、“帝国の赤い死神”だ。
「今回は騎士団というよりも、交渉役として来ている。だからフロレンスと名乗っている。」
フロレンスは両手を上げて丸腰をアピールするように言った。
そのような行動を見せられても、オリオンは警戒を解くことはしないが。
世界に轟かせている武勇に対し、フロレンスは未だにオリオンに手の内を明かしていない。
魔力の片鱗すら見せていないのだ。
「無理はするな。」
「は?」
「だから、無理をするな。」
フロレンスがオリオンの様子を見て呆れたように言った。
「意味が分からない。」
「そのままだろ。お前は今日父親を亡くした。悲しめる時に悲しまないと、感情はいつか爆発する。」
すでに爆発しかけて何度かフロレンスの前でピカピカ光ったが、それは不発というくくりなのだろう。
「…お前の前で悲しむことはない。」
何度かピカピカ光ったが、あれは悲しんだというよりも動揺したというのが正しいだろう。
「今更だな。さっきは部屋に入ってくるなり崩れ落ちていたのに…」
「!?」
フロレンスの言葉にオリオンは立ち上がった。
「俺の存在を忘れるほどの事態なんだろ?お前はプライドが高そうだから、俺の前で取り乱すことはないと思っている。…ほら見ろ。もう不安定だろ。」
フロレンスは揶揄う様子もなく、真面目な顔だった。
事実、オリオンは魔力の光が漏れ出している。
「やけに強く言うな…」
彼の言葉があまりにも説得力があるので、オリオンはムキなるのが馬鹿らしくなってきた。
「経験者だ。俺も昔家族を失った。」
フロレンスは暗い顔で言った。
その暗さは、彼が時折見せる冷たさの正体だとオリオンは察した。
「…そうか。公爵家となると…権力争いか?」
フロレンスは帝国の公爵家の人間だ。
今でこそ、圧倒的な権力を持つが、どう考えても無傷で今の地位にたどり着いたとは思えないのだ。
「はは…」
オリオンの言葉にフロレンスは苦笑いをした。
「いや…気軽に聞いていいことではないな…」
流石に無礼が過ぎたと思い、オリオンは謝った。
「俺は養子だ。失くしたのは公爵家に入る前だ。」
フロレンスは首を振った。
「そうなのか?」
フロレンスの言葉にオリオンは驚いた。
彼は公爵家の人間ではないというのは初耳だった。そして、おそらくこれは有名なことではないのだろう。
「ああ。だから安心してお前は寝床で寝ろ。」
フロレンスは部屋の奥にあるベッドを指した。
「…そこまで俺に話して大丈夫なのか?あまり身の上話をするやつには見えない。」
「お前の身の上を見てしまっている。情報くらい対等でいいだろ?」
フロレンスは皮肉を込めるように言っていた。
彼は、軍事力と状況は自分が有利であると言っているのだ。
「悪いが、フロレンス殿と情報が対等とは思えないな…」
オリオンは嫌味を込めて言った。
「…」
オリオンの嫌味に反応することなく、フロレンスはオリオンをじっと見ていた。
「…何だ?気色悪い…」
あまりにじっと見られ、オリオンは寒気を感じた。
今自分は光っていないよな…と確認をしてしまうほどフロレンスは見つめてくる。
「いや…妹と同じ髪と目の色だな…と思ってな。」
「ああ。俺とミナミは父上と同じなんだ。」
どうやら彼はミナミと同じ髪と瞳の色に興味があったようだ。
そういえば、国王である父と同じ色をしているのは四兄弟でミナミとオリオンだけだ。
持っている魔力もミナミとオリオンが父親に似ている。
「ミナミ…か…」
フロレンスはオリオンを見て目を細めた。
オリオンは自分を通して誰かを見ている気がした。
そして、それはオリオンたちの父親である国王とは全く無関係な存在であるのはわかった。
しかし、彼は捨て置けない様子を見せている。
「お前…ミナミに惚れたとか言うなよ」
オリオンは最上級の警戒の表情を表した。
フロレンスはミナミに対して何か思うところがあるようだ。それはオリオンにだってわかる。
「それはない…ただ」
しかし、フロレンスはすぐに否定した。
ミナミは美人である。贔屓目ではなく事実だとオリオンは思っている。なので、あっさりと否定したのは安心したが少し腑に落ちなかった。
ただ、彼にはその先の言葉があるようだ。
「ただ?」
「…昔の知り合いに似ていた。」
フロレンスは遠い目をしていた。
その表情がとても不安定で危うくてオリオンは驚いた。
彼が身の上話をしたのは、もしかしたらミナミとその知り合いが似ていたからなのだろうとオリオンは察した。
「さぞ、美人なのだろうな。」
「…そうだな。そうだった。」
「そうか…」
オリオンは少しずつフロレンスが可哀そうに思えてきた。
それくらい今の彼の顔は危うい。
今の地位は無傷で手に入れたものではないだろうと思っていたが、思った以上に彼は満身創痍なのかもしれない。
オリオンは気遣いを示すために、とりあえず毛布だけでも渡そうと立ち上がった。
「…リランだ。」
「え?」
急に言われたことが何なのかオリオンはわからず、存外間抜けな声を上げてしまった。
「俺の名前だ。リラン・ブロック・デ・フロレンスだ。」
フロレンスは人間的な穏やかな笑みをオリオンに向けた。
その笑みは年相応で、オリオンと同い年くらいの若者らしかった。
「…俺はオリオンだ。」
これは名乗らないといけないと咄嗟に判断し、オリオンはもう当然知っていることだが、名乗った。
「王子をつけて名乗らないと、俺はオリオンと呼ぶぞ。」
「その言葉、そのまま返す。リラン・ブロック・デ・フロレンス。」
「フルネームは止めろ。リランで頼む。」
フロレンスは弱った顔をした。
「わかった。リラン。」
オリオンは彼の言葉に甘えてそう呼ぶことにした。
立場も状況も全てフロレンスの…リランの優位なのだ。
名前まで敬称は少し悔しい。
オリオンは苛立ち含めてリランに毛布をぶつけた。
彼はぶつかる前に綺麗に毛布を捌いて丸め、キャッチした。
その様子はさらに苛立つ。
「ありがとうな。」
「大人しくしてろよ。」
オリオンはリランを睨みながら言った。
「で…いいのか?」
リランは毛布を広げながら訊いた。
「何がだ?」
「無理したままだろ?俺は気にしないから泣き喚いてもいいぞ。」
リランは毛布を頭に被りながら言った。
「…そう思うなら、何も言うな。」
オリオンの部屋のベッドには天蓋のようにカーテンが付いている。
オリオンはリランを睨みながらベッドに座ると、勢いよくカーテンを閉めた。
オリオンはやけくそのようにベッドに寝転がった。
カーテンの向こう側でリランが呆れているのが目に浮かぶ。
リランの言っていることはその通りだった。
オリオンは無理をしている。
それによって正常な判断が取れなくなってくるのも分かっている。
カーテンが孤立させてくれたおかげで、オリオンは表情を崩せた。
薄い布一枚だが、彼にとってはとても大切な一枚だった。
やっと、息をつけるのだから。
父が死んだこと。弟が父を殺したこと。妹の身に危険が迫っていること。
国の未来と、妹と弟の今後は、自分にかかっていること。
悲しさ以上にオリオンは不安が強かった。
泣いて発散したいのに、それ以上の不安が何かを胸の中に留めている。
抑えとかないと光る。
感情で魔力が光るのは周りに示しがつかない。
そして、自分がしっかりしなければ…
自分が兄であるのだから。
悲しさも不安も、全て振り払うようにオリオンは自分に言い聞かせた。
それが無理をしていることだとは、彼は、今は考えられなかった。
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