上 下
22 / 311
ライラック王国の王子様~ライラック王国編~

頼れる兵士

しおりを挟む
 

 オリオンは迷うことなく兵舎ではなく、別棟にある資料室に向かった。



 騒がしい本棟とは違い、情報がまだ行っていないのか資料室含め別棟は静かだった。

 誰も見張りもいない。



 隠密活動に向いた魔力を持っていないオリオンにとっては好都合だった。

 オリオンは持っている魔力の種類がミナミと似ており、また、感情で魔力が光ってしまうこともあるのが似ているのだ。

 日々の鍛錬でどうにかそれは抑えられるようになったが、油断するとミナミと同じように光ってしまう。

 ちなみにこの性質は殺された父親も同じだ。



 オリオンは解放されている別棟の出入り口の鍵を閉めた。



 もちろん周りの警戒は欠かさない。

 ミナミと違い次期国王のオリオンは、ピカっと光ることができるだけでなく身を護る術を身に着けている。



 警戒心も違う。



 オリオンは資料室に灯る小さな明かりを確認すると安心した。



 響き過ぎない程度の足音を立て、資料室に入る。



 この時間、この部屋には人がいない。



 なので、夜遅くに勉学に励むにはもってこいの場所なのだ。



「…オリオン王子…」

 資料室にただ一人いて、勉強をしていた兵士、ルーイはオリオンを見て慌てて立ち上がった。



 オリオンは部屋を見渡し、警戒しながら入った。



 オリオンの様子を怪しんだのか、ルーイは警戒するように周りを見渡した。



「他に誰かいるのか?」



「いえ、自分だけです。」

 ルーイは断言した。

 彼はオリオンにつまらない嘘をつくことは無いだろう。

 皮肉だが、ミナミの友ということで彼の事は調べ尽くしている。

 持っている魔力の種類も知っている。そして、彼こそ自分が今求める人材である。



 オリオンはルーイが歩き出すのを手で制して自分から彼に向かった。

 ルーイは少し驚いた顔をしたが、オリオンの表情を見てすぐに鋭い目をした。



「ルーイとやら…お前に頼みがある。」

 オリオンは思ったよりも沈んだ声で言ったことに驚いたが、いちいち気にしていられない状況だ。



「何でしょうか…」

 ルーイはオリオンの声色と表情から心身ともに構えている。



「父上が…国王陛下が殺された。」



「!?」



「犯人はホクトだ。そして、それをミナミが目撃してしまった。」

 オリオンはルーイの様子をじっと観察していた。

 フロレンスから聞いた話だが、オリオンは確信している。



 ルーイは国王が殺害され、犯人がホクトと聞いた時は純粋に驚いていた。

 だが、ミナミが目撃したと言われてから目の色を変えた。



 それを確認してオリオンは安心し、少し笑みを浮かべた。





「オリオン王子…姫様は…」

 ルーイは国王の死や、犯人のことよりもミナミが気になっていた。



 それはオリオンの思った通りであり、彼がルーイを信用できると思った理由である。





「ミナミは…客間を通って逃げようとしたらしい。今は客間にいる。」

 オリオンは客間でフロレンスが匿ったことや、信用できる人間がいないことを伝えた。



 オリオンの話を聞いて、ルーイは頷きながらも途中で何度か首を傾げた。



「あの…しばらくミナミをそれこそ、城の隠し部屋みたいなところに匿うことは」



「城は危険だ。とにかく安全な場所にミナミを連れて行って欲しい。」



「そこまで…深刻なんですね。」



「警戒しすぎで丁度いい程度だ。父上が亡くなったことで下手したら俺が王につくことを阻まれる可能性もある。いや、その可能性が高い。」



「じゃあ、オリオン王子も危険なんじゃ…」



「自分の身は自分で守れる。今はミナミの話だ。」

 オリオンはルーイを睨んだ。



 オリオンは最悪の事態でも殺されることは無い。

 ライラック王国の王族の特徴を受け継いだ自分は、非常に使い勝手がいいからだ。

 癒しに特化した魔力。



 オリオンは致命傷でなければ自身の魔力で治癒することができる。

 それは非常に稀有である。

 ホクトにはそれが出来ない。



 ルーイはオリオンの顔を見て、彼を見る目が明らかに変わった。



 オリオンは懐から小袋を取り出した。

 ジャランと音を立ててテーブルに乗ったそれは、中に硬貨が入っていることを主張していた。



「お前への報酬も含めて、ミナミの逃亡資金だ。金貨がこれだけあれば…いけるだろう。」



「オリオン王子…」



「足りないなら後で言え…」

 オリオンは言い終えると歯を食いしばった。



 ルーイはオリオンの様子を不思議そうに見ていた。



 オリオンは今、葛藤の中にいた。



 能天気な妹。

 何も考えずにただ他人に甘える世間知らず。

 苦々しい思いを持って彼女の姿を見てきた。

 ただ、彼女は家族だ。

 そして、彼女の成長の片鱗を今日目の当たりにしたばかりだった。

 相変わらずの能天気さだったが、彼女の未来が、彼女の成長が閉ざされていいものではない。

 そして、その先が明るくあることを願っている自分こそが一番能天気なのかもしれない。



 彼は、今自分のプライドが許せないことをしようとしている。



 これは衝動的なものであり、彼の予定にはなかった。



 だが、ルーイの顔を見て話し、彼の様子を見ていると自然にしないといけないと思ったのだ。



 オリオンはゆっくりと床に膝をつけた。



 本来なら考えられないことだ。





「オリオン王子…あの…」

 ルーイは困惑している。



 オリオンだって困惑している。



「…ルーイとやら…いや、ルーイ殿…」

 オリオンは顔を上げてルーイを見た。



「ミナミを…安全な場所まで守って…逃がしてくれ」



「…頼む。」

 オリオンは言い終えると自然に頭が下がった。



 ルーイの様子は分からない。オリオンの視界にあるのは今は床だけだった。



「…頭を上げてください。」



 ルーイは優しい声で言っていた。



「…返事を聞くまで頭を上げない。」

 オリオンは首を振って、床を見つめていた。



「…頼まれなくても…そうします。」

 ルーイは断言すると立ち上がった。



 オリオンは顔を上げた。



 ルーイはオリオンの目を見て頷いた。

 それを見てオリオンは安心した。



「では…ミナミを探してくれ。客間にいれば適当に服を拝借していい。」

 オリオンは立ち上がり、膝に着いた埃を払いながら言った。



「わかりました。」



 ルーイは返事をすると小袋を持って動き出した。



 オリオンはルーイの後姿を縋るように見ていた。

 普段だったら考えられないことだ。



 だが、オリオンは頭を下げたことも、ただの平民の兵士である彼を頼ったことも後悔はしていなかった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...