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ライラック王国のお姫様~ライラック王国編~

客間のお姫様

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 月明かりだけ入ってくる客間に、ミナミはただ一人だけぽつんといた。



 今日一日で色んなことがあった。



 父と話して、ルーイたちと話して、見張りから逃げたり、オリオンに絡まれたり…



 父とルーイとの話で勉強だってきちんとやったし、視界も変わった。



 それを誇らしく思い、それから…



 先ほど赤毛の青年が、タイミングを見て逃げるように言っていた。

 だが、廊下は騒々しくなっている。



 逃げてどうするのかわからない。



「…もう、わからないよ…」



 ミナミは膝を抱えてうずくまった。

 ミナミの魔力は目くらましに使えても、隠れるのには不向きなのだ。

 そもそもあまり魔力の扱いに長けていないミナミは、父親から無理をして使わなくていいと言われていたのだ。



 廊下が騒がしくなっている。それに、心なしか、庭の兵士が増えた気がする。

 ミナミは外から見えないように窓に張り付いた。



 廊下の足音がだんだん大きくなっている。

 これは近づいている音の変化だ。



 ミナミは慌ててカーテンに包まり、身を隠した。

 もちろん魔力を光らせないように気を付けた。



 バタンと、ノックもなしに扉が開かれた。



 自分の行動は正解だったとミナミは思ったが、半端に包まったため、誰が入ってきたのか分からない。



 ただ、息を潜めて出て行くのを待つだけだった。





 バタンと扉が閉められた音がした。

 だが、まだ人の気配はする。



 息を潜め、音を立てないようにしているのに、心臓の音が耳にひどく響いている。



 サリサリと絨毯の上を移動する音が聞こえる。

 少しずつ近づいてきて、人の気配とその人物の呼吸も聞こえた。



 すごく息切れをしている。



 走ってここに来たのがよくわかる。

 そして、ひどく緊張しているというべきか、張りつめている何かがある。



 そっと、ミナミを包むカーテンが開かれた。

「…俺だ…ミナミ。」



 そこには、息を切らせて、必死そうな顔をしたルーイがいた。



「…ル…ルーイ。」

 ミナミは彼を見た途端に安心してしまい、その場にへたり込んだ。



 ルーイはミナミの肩を抱き、宥めるように背中を撫でた。

 何も言わずにいてくれることはすごくうれしかった。



 今のミナミは、どんな言葉も頭に入らない。



 落ち着くまで時間がかかる。





 優しく穏やかなホクトが父を殺した。

 その現場を見たミナミは、無我夢中で逃げた。



 ベランダから飛び降りて、庭に出ようとしたが、兵士が回り込んでいたため城の廊下に入り…



 そして、この部屋に飛び込んだ。



 この部屋にいた赤い髪の青年が部屋に招き入れてくれて、匿ってくれた。



 ?



 ルーイは何故ここにミナミがいたことを知っているのだろうか…



 ミナミはルーイを見上げた。



「…オリオン王子から命じられた。フロレンス様からの連絡をうけてな…」

 ルーイはミナミが何を聞きたいのか分かったようだ。



「…あの人、フロレンスって言うのね」

 ミナミは赤毛の青年の顔を思い出した。



 そうだ。彼は廊下でぶつかった人で間違いないようだ。



「そうだ。」



「…助けてくれたの…」

 ミナミは赤毛の青年が、頭を撫でてくれたことを思い出して、少し微笑んだ。



「…そうか。」

 ルーイはミナミの頭をくしゃっと撫でた。



 それはそれで嬉しいのだろうが、少し違った。



「…言いにくいんだけど、ミナミ。」

 ルーイはミナミの肩を掴んで彼女の顔を真っすぐ見た。



「うん。」



「…今、城の中は混乱している。そして、厄介なことに国王を殺したのは、帝国のフロレンスという話になっている。」



「違う!!」

 ミナミは即座に否定した。



「知っている。だが、事実ではなくてもそれを通そうとしているものが多い。オリオン王子もそれを危惧して俺をお前に送ったんだ。」



「お兄様が…?」



「ああ。」



「どうして?」



「反帝国が多い上に、ホクト王子に賛同する者も多い。…真実を知っているミナミは、邪魔になる。」



「…ホクトお兄様…の邪魔にってこと」



「そうだ。真実を明らかにするのにも、信用できる人間が分からないのが現実だ。」



「…ルーイは?」



「信用できるから、俺が送られてきた。」

 ルーイは少し嬉しそうに笑った。



「私は…どうすればいいの?」

 ミナミはさきほどから自分にとって不安になる話しか出て来ていないことが不安だった。



「…このまま城にいるのは危険だから、俺と一緒に街で隠れる。」

 ルーイはミナミの肩を叩いて言うと、立ち上がり、部屋のクローゼットを開いた。



 あきらかにフロレンスさんの服であるのに、ルーイは勝手にいくつか持った。



「これを着ろ。許可は貰っている。」

 ルーイが渡したのは、フロレンスが来ていたグレーの軍服と黒いマントだった。



「え?」



「それを着ているお前を俺が連行している風に装う。混乱している今の内だけだ。」

 ルーイはそれを言うと、反対方向を見た。



 どうやら着替えろということらしい。



 ミナミは渡された服を眺めた。



 清潔にされているのか、汗臭さが無いのは嬉しかった。



 少し他人の匂いがしたが、赤い髪と茶色い目を思い出すと急に熱が上がったように顔が熱くなった。



 それを誤魔化すようにミナミは急いで着替えた。





「…フロレンスさん…助けてくれたんだね…」

 ミナミは軍服を着ながら呟いた。



「…ああ。」

 ルーイはそっけない返事をした。



 フロレンスさんが助けてくれた。

 ミナミは不思議なほど嬉しかった。



 そして、もう一つ。



「…オリオンお兄様…助けてくれたんだね。」



 ずっと自分に嫌味に当たってくるオリオンが、自分を助けてくれるとは思ってもみなかった。



 ホクトの行動に対しての心の傷は癒されることはないが、オリオンが自分を考えてくれているという事実は、確実にミナミを元気づけるものだった。



「…ああ。」

 ルーイは、少し嬉しそうに返事をした。



 フロレンスさんの時と違うことが気になったが、ミナミは今、慣れない軍服に手間取っている。



 そもそも、着替えを一人でやることが少ないのだ。



 ボタンってこんなにつけにくいものなのか。



「ある程度着られたら、マント羽織るから大丈夫だろ。」

 時間がかかり過ぎたのか、ルーイは振り向いて、着替えを手間取っているミナミに無理やりマントを被せた。





「…着替え中だよ。」



「…待ってられるかよ。」



 ルーイはミナミの頭をくしゃっと撫でると、警戒するように扉を見た。

 そして彼は自身の持つ魔力の闇を扱い、ミナミとルーイの姿をわずかに暗くした。

 ルーイは闇と風の魔力を持っている。

 一般的にみるなら身を隠して逃亡するのに適した魔力の種類だ。



「…どうするの?」



「…別に普通に隠れていく。」



「え?何で?」



「着替えたのは保険だ。見つからないという保証はない。」

 ルーイは扉に耳を当てて頷いた。



 ルーイはミナミに手招きをした。

 ミナミは慣れない軍服にぎこちなく歩き出した。



「…行くぞ。」

 ルーイはミナミの手を掴んだ。



 ミナミは頷いた。

 マントのフードを頭にかぶらせ、ルーイはミナミの肩を寄せた。



「…護る。約束する。」

 ルーイはミナミに優しく囁いた。



「…ありがとう。」

 彼の優しい声にミナミは一瞬混乱したが、間を置いてお礼を言った。



 ルーイはミナミの顔を見て嬉しそうに笑った。



 ミナミは少しこそばゆい気分になった。




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