斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

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終章 ~広い世界へ~

新生活

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「で、具体的にはどうするの?」
 ディマンディと別れた後、茶を啜りながら鏡華が問いかけてきた。
「まだまだ世界は広がる、〝出来損ない〟に戻りたくない‥‥‥そんな事を言ってたけど、それで貴方はどうするつもり?」
 鏡華は、静かにアレクシアを見据える。静かだが、決して隙の無い──アレクシアの迷いやいい加減な気持ちを、欠片も見逃さないとばかりに。
 燐耀のような射抜くような眼光ではなく、むしろ飲み込まんばかりの深い眼に、しかしアレクシアは大きく息を吐きだして、はっきりと答えた。
「〝海の庭園〟に乗ル」
「おいおいおいおい」
 アレクシアの短い答えに、蒼真が吹き出しながら割り込んだ。
「あれは、大金出して乗れる豪華客船じゃないぜ」
「うむ。家柄も血筋も種族も無意味、問われるのは実力と実績‥‥‥何度も行われる選抜試験を潜り抜けられるのは、千人に一人とも言われておる。皇龍とて、その例外ではないぞ」
「神聖帝国で言えば、平民が何の後ろ盾も無しに宮廷法術師になろうとするようなものじゃないかしら?」
 蒼真に続いて、鳳耀と鏡華にも立て続けに釘を刺され、アレクシアは押し黙った。しかし、程なくして、
「それなら、誰にも文句は言われナイ、言わせナイ」
 上等──そんな言葉を満面に張り付けた笑みを浮かべて見せた。
「‥‥‥そう」
 と、鏡華は満足そうな笑みで頷いて見せると、そこに意地の悪さを滲ませ、
「でも、実力実績以前に、自分で生活することすらままならない今の(・・)貴方じゃ間違っても無理ね。〝海の庭園〟に乗るどころか、選抜試験を受けることすら、夢のまた夢だわ」
「分かっテル。だから今日から」
「さすがに今日はやめときなさい。その代わり、明日からはみっちりがっつりやるわよ~」
 息巻くアレクシアに、鏡華は、それはもう、素敵な笑みで浮かべて言った。
 それを目にして、蒼真はおろか燐耀ですら青ざめ、揃って同情的な視線をアレクシアに向けてきた。

 その意味を深く考えなかったことを、アレクシアは後悔する。

 明日からはみっちりがっつり──鏡華はその言葉を、容赦なく実行した。
 丸一日机に向かって鏡華の付きっきりの勉強で、それをある程度進めると、免許だの資格だのを得るための講習会受講が加わり、それらの実技の中には体力勝負も多々あり、帰って来れば鏡華の厳しい講義が待ち受け──この三ヶ月は、アレクシアにとって最も思い出したくない〝三ヶ月〟となった。
 とはいえ、その甲斐は充分すぎるほどあった。特に、まともな陽出語の会話が自然に出来るようになったのと、就職先が見つかったことは。

                                  *****

「ア‥‥‥いえ、高桐詩亜しあ、です」
 居並ぶ面々に思わず本名を口にしかけて、アレクシアは慌てて言い直す。集まっているのはこれまた様々な種族。手の平大の小さな小人から、見上げるような巨人まで。
「新顔の紹介は良いだろ。お前ら、仕事につけ」
 豊かな口髭を蓄えた地精族のゼルが、声を張り上げて指示を飛ばす。体躯はアレクシアの半分にも満たないのだが、貫録は間違いなく確かなものらしい。皆が慌ただしくも整然と動きだす。
「さて、新入り。結構なモノを持ってるようだが、それが日の目を見るのはまだ先だ。せいぜい潰されないようにな。それじゃ、まずはエリィ‥‥‥そこの蛍精についていけ」
「は、はい」
「声が小せえっ! それと返事が違うわぁっ!」
「わ、分かりましたぁ、親方っ!」
 弾かれたように駆け出すアレクシア。エリィと呼ばれた蛍精の娘は、忍び笑いを漏らしながらアレクシアを連れて行く。
 鏡華や燐耀の紹介でアレクシアが就いたこの場所は、〝匠の荘〟と呼ばれる工房。
 大きくはないが、主であるゼルは陽出において指折りの職人であり、その下に集うのも腕の良い者達ばかりだという。
 それは、すぐに明らかになった。
 蛍精の案内で下働きの作業にかかり始めると、上から下から、怒号や罵声交じりの指示が、次々に降りかかってきた。その内容を細かく挙げたらキリは無く、仕事を覚える以前に、考える暇も無い。
 それでも──それを〝苦〟と思わないのは、それが納得出来る・・・・・からだ。
 彼らの行動に悪意や害意は欠片も無く、全ては〝より良いモノ〟をという、矜持や理念が元になっている。
 それに比べ──かつて受け続けてきた〝愛の鞭〟だの〝試練〟だのと称して与えられてきた悪意の仕打ちは、何という無為の塊だったと思う。
 そんな無為を、言われるがまま甘んじて黙って受け続けていた自分も、大概に〝出来損ない〟根性の塊だったのだろう。
 そんな〝出来損ない〟が、そんな考えをするようになるあたり、数ヶ月そこらで自分も随分と変わった──いや、遠く・・に来てしまった、というべきか。
「おい新入り、ンなとこで何アホ面して突っ立ってやがるっ! アレはどうしたっ?」
「は、はい~っ!」
 感傷という名の現実逃避をしている場合ではなかった。
 ゼルの怒号に、アレクシアは弾かれた様に走り出した。
「甘やかせとは言わないけど、あんまり虐めないであげて」
 と、そんなアレクシアを陰から見送りながら苦笑したのは、鏡華だった。ゼルは鼻を鳴らし、
「日緋色の模造品をこの前見せてもらったわけだが、そんなのをホイホイ出来る奴を、どこでどうやって拾って、何だってこんな場末の工房に連れてきたのか‥‥‥疑問は山ほどあるが、聞かない方が良いのかい?」
「‥‥‥まあ、いずれは話すわ。あまり大っぴらには出来ないけど、かと言って隠し通せるほどじゃないからね。まあ、それなりに複雑な訳ありだってことは、先に言っておくわ」
「分かってら。分かってるついでにもう一つ‥‥‥あんたや皇龍様のお墨付きで入れてやったがな、それはそれだ。この前も言ったが、ここにいる以上は俺の目線と測りでしか評価しねえぞ」
「あら厳しいことで。で、その厳しい目線と測りだと、あの子はどんなものかしら?」
「能力だけで見れば、こんなちっぽけな工房に収まる器じゃねえさ。間違いなく、な。だが、性格がヒヨヒヨのナヨナヨだ。これから化けることを期待するしかねえな」
「ダメなら、そこまでの子だった‥‥‥それだけよ」
 そんな会話など、アレクシアが知る由もなく、また知っていたとしても、不慣れな忙しさの前ではそれどころではなかっただろう。
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