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四章 ~決意と決別~
〝出来損ない〟からの決別
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『残念だけど本当よ』
渋面のまま、鏡華は念を押した。本当に残念そうに。しかし、どこか楽しそうに。
『アレクシアちゃんは覚えてるんじゃない? 昨日の報道番組で言ってたこと』
『っ! それじゃ、ここ最近の空き巣とかひったくりって』
『そういうこと。しかも〝強盗〟だからね。ケガさせただの、物を壊されただのも、結構あるらしいわ』
『エリッサ、貴方‥‥‥』
その先を、アレクシアは続けられなかった。モノも言えなくなるほどの呆れとは、こういうことなのだろう。落ちぶれるときはここまで落ちるのかと、半ば現実逃避のように思った。
『‥‥‥わかった、もういい。神聖帝国のお偉方には私から伝えておくから、そいつの事はあんたらに任せた』
疲れ切った嘆息と共に、ディマンディは吐き捨てた。もう面倒くさいとばかりに。
底の知れないディマンディだが、今の気持ちに限っては、アレクシアにはとても理解できた。
『アレクシアも、それで良いな?』
『あ、はい‥‥‥お願いします』
アレクシアには諦めるしかなかった。ディマンディすら匙を投げたのでは、もはや自分の手には負えない。
『分かったわ‥‥‥そういうわけですので、後はそちらにお願いします』
振り返った鏡華の視線を追えば、そこには黒い服の男が二人、いつの間にか立っていた。 人間のようだが、目の前にいるというのに存在感そのものすら希薄な気配は、明らかに何らかの暗部に身を置いている者達のそれだった。
二人は黙って頷くと、小さなもの音すらさせないまま軽々とエリッサを持ちあげ、静かに運んで行く。文字通りの、荷物として。
『まあ、でも‥‥‥あの娘のしたことで、それほど酷い被害は出ていないそうよ』
エリッサが門の向こうに消えると、鏡華は説明を続ける。
『派手にドンパチした裏山もウチの敷地だし、私も大事にするつもりもないわ。だから、帰れないってことは、まず無いわよ。ディマンディの時と違って、時間はそれなりにかかると思うけど』
『そりゃ結構‥‥‥にしても、呆気ないというか締まらない幕切れさね』
ディマンディはつまらなそうに呟く。
『あの』
二人の会話が切れたところを見計らい、アレクシアは割り込んだ。
『〝貴方の時〟とはどういうことですか? 鏡華とお師様は、どういう関係で?』
『まあ、色々あったのさ。生きてりゃ妙な縁を結んじまう、てね』
などと、ディマンディは無駄に気取って言うが、明らかにはぐらかしていた。以前ならそれを鵜呑みにして退いたが、今は違う。
『十二年前の〝第八次東洋戦役〟‥‥‥神聖帝国で語られている歴史は、どこまでが真実なんですか?』
直球で投げつけてきた質問に、ディマンディも一瞬戸惑うように言葉を詰まらせ、ふと何かに気づいたように鏡華を睨み、
『‥‥‥おい、こいつに何を吹き込んだ?』
『読み書き練習を兼ねて、陽出社会の一般常識‥‥‥そのくらいかしらね~』
そのくらいと言いつつも、鏡華の態度は、明らかに何かを含ませるようなそれ。
『むしろ、こっちが質問したいわね‥‥‥神聖帝国では若者に何を教えているんですか~って?』
それっきり、鏡華は黙りこんだ。後はディマンディの役目とばかりに。
『‥‥‥結論から言えば、半分てところだね』
諦めたように肩をすくめると、ディマンディはアレクシアの問いに答えた。
『神聖帝国はね、百隻超の大船団とウン万人の大兵団による遠征軍で陽出に侵攻したのさ。陽出の講和交渉をアタマっから跳ね除けてね。その半日後には自慢の大兵団は海の底に沈み、更にその二日後には、報復と制裁と警告を兼ねて、陽出の軍が大陸の東部沿岸の軍事拠点を徹底的に叩き潰した‥‥‥と、大体こんな感じだね。要するに、先に喧嘩を押し売りして、あっさり返り討ちにされたっていう〝間抜け話〟が真相さ。神聖帝国では、さも都合よく被害者ぶった話で語られてるがね』
長々と喋り切ったディマンディは、小さく息を整える。
何故そんなことを──そんなのは、愚問だろう。
それだけの兵力を用意して海を渡ったのに、一矢報いることすら出来ないまま手酷く返り討ちにされたなどと、神聖帝国にとってはこの上ない屈辱だろう。ましてや、それが魔族だの蛮族だのが相手とあっては。
『法具工兵として参加してた私は、運が良いのか悪いのか、緒戦のどさくさで海に投げ出されちまってね。そのまま陽出に流れ着いたところを拾われて、衣食住や怪我の養生込みで匿ってもらった上に、密航用の船まで用意して貰ったのさ。ここの旦那にね』
『とまあ、ディマンディは簡単に言ってくれるけどね』
鏡華が、忌々しそうに割り込んできた。
『当時はまだ〝戦時中〟の只中だったわけでしょ。色々と大変だったのよね、特にウチの旦那がね』
『本当に世話になったよ、ここの旦那にはね』
『そうそう、うちの旦那にね』
物凄い火花が、二人の間で弾けた──ような気がした。しかしアレクシアは、それを突っ込んではいけないという本能の警告に従うことにした。
『‥‥‥とまあ、そういう関係さね。旦那には、改めて礼を言いたかったんだけどね~』
ディマンディは、居間の方──正確には、天井近くの縁に目を向ける。
そこには、初老に入りつつある男性──二年前に病没したという、鏡華の夫にして蒼真の実父の写真が飾られていた。
『‥‥‥でも、もう一人の顔を見れただけでも良しとするよ』
振り返ったディマンディの視線を追えば、門の潜り戸から蒼真が入ってきた。
*****
『まあ、当たり前だけど、デカくなったもんだね、ムッツリボウズ』
『まあ、アタリ前だろうケド、アンタこそ老けたな、包帯ミノムシのお姉さん‥‥‥いや、オバサンて言った方がイイカ?』
お互い顔を見るなり、獰猛な笑みで不穏な挨拶を交わす二人だった。
『‥‥‥えっと』
『当時、ディマンディにまだ小さかった蒼真の遊び相手をしてもらってたのよ。そのおかげで、蒼真は神聖帝国語を覚えたんだけどね~』
二人のやり取りをどう捉えるべきか迷っていると、鏡華がボソボソと事情を語ってきた。その間にも、二人の旧交を温める素敵な会話は続く。
『そういう場合は、せめて〝貫禄がついた〟と言うところさね。まあ、しっかりこっちの言葉でお喋りが出来るんだから、教えを無駄にしなかったことは誉めてやろうか?』
『アンタの中じゃ、〝教える〟と書いて〝いじめ〟と読むのカ? ナルホド、いいベンキョーになったワ~』
『背丈と一緒に口の減らなさも伸びたもんだわね‥‥‥この辺、お母様はどう思われますか?』
『本当、悩ましいくらいに頼もしい限りなのよ‥‥‥龍のお姫様はどう思われます?』
『以下同文、と言いたいところなのじゃが‥‥‥』
蒼真に続いてやってきた燐耀は、物凄く微妙な顔になり、
『本気で想像してみるがよい‥‥‥この男が、逆に本当に紳士的になったら』
想像してみる──アレクシアはもちろん、鏡華もディマンディも、物凄く悩ましげな顔になった。そんな三者の顔に、当の蒼真は、物凄く何とも言えない顔になる。
『とまれ、その極めて難しい悩みはひとまず置いておこう』
と、燐耀は居住まいを正しながらディマンディの前に立ち、
『この身は、皇龍が長──天凰が娘、燐耀と申す。かの〝鬼才〟の御高名は、度々聞かせて戴いておる。お会いできて光栄じゃ、ディマンディ・アルシェー殿』
『こちらこそ‥‥‥ドラゴンロードのお耳にまで届いているとは、光栄の極み。改めまして、ディマンディ・アルシェーと申します』
互いに頭を下げ、どちらからともなく手を握り合う。略式ではあるが、少しも礼法を違えていない。礼儀を弁えないどこかの小僧に、手本を見せつけるかのように。
『今後のため、是非とも親交を深めたいのだが』
『願ってもない‥‥‥と、申し上げたいところだが、そろそろお暇しなければなりません。そうでなくても、立場を弁えないで長居をしてしまった故に』
『それは残念じゃ。とはいえ、そちらにも都合を考えずに引き留めては無礼の極み。いずれ、またの機会に』
『その時は、是非にも』
礼儀正しく、しかし見え透いたお世辞とも言える、堅苦しい応酬を済ませ、二人は手を離し、
『とまあ、そういうわけだ。そろそろ帰るよ、アレクシア』
『いえ、私は帰りません』
促されたアレクシアは、自分でも驚くくらい即答した。
尤も──驚いたのは迷わず即答したことであり、神聖帝国に帰らないことは、既に決めていたことだった。
その答えに対する他の四人の反応は大きく二つ──よほど意外だったのか目を丸くする若者二人と、最初から分かっていたかのような年配二人。
『こらこら、無実は証明されたんだよ』
だから年配の一人──ディマンディは、確認するように訊ねた。
『帰ったらそのまま死刑台に直行──なんて事は、もう無いよ』
『そしてまた、〝出来損ない〟に逆戻り──つまり、今までと何も変わらないってことです』
神聖帝国にアレクシアの居場所など、最初から無い。
消えるのは〝無実の罪〟であって、〝出来損ない〟の格付けと称号はそのまま。
散々傷めつけてきたエリッサはいなくなったが、いずれは別の誰かがそこに収まるだろう。
『陽出に来て、私の世界は広がりました。そして、まだまだ世界は広がる。〝出来損ない〟で甘えてた頃には、戻りたくありません』
そう──甘えていただけだ。
自分は、何もしていなかっただけ。
できなかったのではなく、やらなかっただけ。
『陽出に来て、私の世界は広がりました。そして、まだまだ世界は広がる。〝出来損ない〟で甘んじてた頃には、戻りたくありません』
何も知らなかったあの時とは違い、今は様々なことを知ってしまった。
〝出来ない〟の言い訳は、もう通らない。
『フローブラン家には、私は死んだとでも伝えてください。強力な法術で、跡形も残らなかったとか何とか』
『‥‥‥面倒押し付けてくれるもんだね』
ディマンディは、ぼやきながらも、安心と満足をない交ぜにしたような笑みで頷いた。
『フローブラン家より、こっちの方が面倒だと思いますけど』
と、アレクシアは〝祓魔の嵐〟を差し出した。山を下りる手前で落ちていたのを運良く見つけたので、ちゃっかり拾っていたのだった。
『シュトルメアのご当主様は、娘にはとても甘い方ですから』
『あ~そうだったね全くもう‥‥‥』
剣を受け取ったディマンディは、懐から法具を取り出した。アレクシアの転移に使ったモノに似ているが、術式が少し違う。
『それじゃ、しっかりやるんだよ。次会う時があったら、みっともない姿見せるんじゃないよ』
と、アレクシアの肩を叩いたディマンディは術式を起動──光の向こうに消えていった。
渋面のまま、鏡華は念を押した。本当に残念そうに。しかし、どこか楽しそうに。
『アレクシアちゃんは覚えてるんじゃない? 昨日の報道番組で言ってたこと』
『っ! それじゃ、ここ最近の空き巣とかひったくりって』
『そういうこと。しかも〝強盗〟だからね。ケガさせただの、物を壊されただのも、結構あるらしいわ』
『エリッサ、貴方‥‥‥』
その先を、アレクシアは続けられなかった。モノも言えなくなるほどの呆れとは、こういうことなのだろう。落ちぶれるときはここまで落ちるのかと、半ば現実逃避のように思った。
『‥‥‥わかった、もういい。神聖帝国のお偉方には私から伝えておくから、そいつの事はあんたらに任せた』
疲れ切った嘆息と共に、ディマンディは吐き捨てた。もう面倒くさいとばかりに。
底の知れないディマンディだが、今の気持ちに限っては、アレクシアにはとても理解できた。
『アレクシアも、それで良いな?』
『あ、はい‥‥‥お願いします』
アレクシアには諦めるしかなかった。ディマンディすら匙を投げたのでは、もはや自分の手には負えない。
『分かったわ‥‥‥そういうわけですので、後はそちらにお願いします』
振り返った鏡華の視線を追えば、そこには黒い服の男が二人、いつの間にか立っていた。 人間のようだが、目の前にいるというのに存在感そのものすら希薄な気配は、明らかに何らかの暗部に身を置いている者達のそれだった。
二人は黙って頷くと、小さなもの音すらさせないまま軽々とエリッサを持ちあげ、静かに運んで行く。文字通りの、荷物として。
『まあ、でも‥‥‥あの娘のしたことで、それほど酷い被害は出ていないそうよ』
エリッサが門の向こうに消えると、鏡華は説明を続ける。
『派手にドンパチした裏山もウチの敷地だし、私も大事にするつもりもないわ。だから、帰れないってことは、まず無いわよ。ディマンディの時と違って、時間はそれなりにかかると思うけど』
『そりゃ結構‥‥‥にしても、呆気ないというか締まらない幕切れさね』
ディマンディはつまらなそうに呟く。
『あの』
二人の会話が切れたところを見計らい、アレクシアは割り込んだ。
『〝貴方の時〟とはどういうことですか? 鏡華とお師様は、どういう関係で?』
『まあ、色々あったのさ。生きてりゃ妙な縁を結んじまう、てね』
などと、ディマンディは無駄に気取って言うが、明らかにはぐらかしていた。以前ならそれを鵜呑みにして退いたが、今は違う。
『十二年前の〝第八次東洋戦役〟‥‥‥神聖帝国で語られている歴史は、どこまでが真実なんですか?』
直球で投げつけてきた質問に、ディマンディも一瞬戸惑うように言葉を詰まらせ、ふと何かに気づいたように鏡華を睨み、
『‥‥‥おい、こいつに何を吹き込んだ?』
『読み書き練習を兼ねて、陽出社会の一般常識‥‥‥そのくらいかしらね~』
そのくらいと言いつつも、鏡華の態度は、明らかに何かを含ませるようなそれ。
『むしろ、こっちが質問したいわね‥‥‥神聖帝国では若者に何を教えているんですか~って?』
それっきり、鏡華は黙りこんだ。後はディマンディの役目とばかりに。
『‥‥‥結論から言えば、半分てところだね』
諦めたように肩をすくめると、ディマンディはアレクシアの問いに答えた。
『神聖帝国はね、百隻超の大船団とウン万人の大兵団による遠征軍で陽出に侵攻したのさ。陽出の講和交渉をアタマっから跳ね除けてね。その半日後には自慢の大兵団は海の底に沈み、更にその二日後には、報復と制裁と警告を兼ねて、陽出の軍が大陸の東部沿岸の軍事拠点を徹底的に叩き潰した‥‥‥と、大体こんな感じだね。要するに、先に喧嘩を押し売りして、あっさり返り討ちにされたっていう〝間抜け話〟が真相さ。神聖帝国では、さも都合よく被害者ぶった話で語られてるがね』
長々と喋り切ったディマンディは、小さく息を整える。
何故そんなことを──そんなのは、愚問だろう。
それだけの兵力を用意して海を渡ったのに、一矢報いることすら出来ないまま手酷く返り討ちにされたなどと、神聖帝国にとってはこの上ない屈辱だろう。ましてや、それが魔族だの蛮族だのが相手とあっては。
『法具工兵として参加してた私は、運が良いのか悪いのか、緒戦のどさくさで海に投げ出されちまってね。そのまま陽出に流れ着いたところを拾われて、衣食住や怪我の養生込みで匿ってもらった上に、密航用の船まで用意して貰ったのさ。ここの旦那にね』
『とまあ、ディマンディは簡単に言ってくれるけどね』
鏡華が、忌々しそうに割り込んできた。
『当時はまだ〝戦時中〟の只中だったわけでしょ。色々と大変だったのよね、特にウチの旦那がね』
『本当に世話になったよ、ここの旦那にはね』
『そうそう、うちの旦那にね』
物凄い火花が、二人の間で弾けた──ような気がした。しかしアレクシアは、それを突っ込んではいけないという本能の警告に従うことにした。
『‥‥‥とまあ、そういう関係さね。旦那には、改めて礼を言いたかったんだけどね~』
ディマンディは、居間の方──正確には、天井近くの縁に目を向ける。
そこには、初老に入りつつある男性──二年前に病没したという、鏡華の夫にして蒼真の実父の写真が飾られていた。
『‥‥‥でも、もう一人の顔を見れただけでも良しとするよ』
振り返ったディマンディの視線を追えば、門の潜り戸から蒼真が入ってきた。
*****
『まあ、当たり前だけど、デカくなったもんだね、ムッツリボウズ』
『まあ、アタリ前だろうケド、アンタこそ老けたな、包帯ミノムシのお姉さん‥‥‥いや、オバサンて言った方がイイカ?』
お互い顔を見るなり、獰猛な笑みで不穏な挨拶を交わす二人だった。
『‥‥‥えっと』
『当時、ディマンディにまだ小さかった蒼真の遊び相手をしてもらってたのよ。そのおかげで、蒼真は神聖帝国語を覚えたんだけどね~』
二人のやり取りをどう捉えるべきか迷っていると、鏡華がボソボソと事情を語ってきた。その間にも、二人の旧交を温める素敵な会話は続く。
『そういう場合は、せめて〝貫禄がついた〟と言うところさね。まあ、しっかりこっちの言葉でお喋りが出来るんだから、教えを無駄にしなかったことは誉めてやろうか?』
『アンタの中じゃ、〝教える〟と書いて〝いじめ〟と読むのカ? ナルホド、いいベンキョーになったワ~』
『背丈と一緒に口の減らなさも伸びたもんだわね‥‥‥この辺、お母様はどう思われますか?』
『本当、悩ましいくらいに頼もしい限りなのよ‥‥‥龍のお姫様はどう思われます?』
『以下同文、と言いたいところなのじゃが‥‥‥』
蒼真に続いてやってきた燐耀は、物凄く微妙な顔になり、
『本気で想像してみるがよい‥‥‥この男が、逆に本当に紳士的になったら』
想像してみる──アレクシアはもちろん、鏡華もディマンディも、物凄く悩ましげな顔になった。そんな三者の顔に、当の蒼真は、物凄く何とも言えない顔になる。
『とまれ、その極めて難しい悩みはひとまず置いておこう』
と、燐耀は居住まいを正しながらディマンディの前に立ち、
『この身は、皇龍が長──天凰が娘、燐耀と申す。かの〝鬼才〟の御高名は、度々聞かせて戴いておる。お会いできて光栄じゃ、ディマンディ・アルシェー殿』
『こちらこそ‥‥‥ドラゴンロードのお耳にまで届いているとは、光栄の極み。改めまして、ディマンディ・アルシェーと申します』
互いに頭を下げ、どちらからともなく手を握り合う。略式ではあるが、少しも礼法を違えていない。礼儀を弁えないどこかの小僧に、手本を見せつけるかのように。
『今後のため、是非とも親交を深めたいのだが』
『願ってもない‥‥‥と、申し上げたいところだが、そろそろお暇しなければなりません。そうでなくても、立場を弁えないで長居をしてしまった故に』
『それは残念じゃ。とはいえ、そちらにも都合を考えずに引き留めては無礼の極み。いずれ、またの機会に』
『その時は、是非にも』
礼儀正しく、しかし見え透いたお世辞とも言える、堅苦しい応酬を済ませ、二人は手を離し、
『とまあ、そういうわけだ。そろそろ帰るよ、アレクシア』
『いえ、私は帰りません』
促されたアレクシアは、自分でも驚くくらい即答した。
尤も──驚いたのは迷わず即答したことであり、神聖帝国に帰らないことは、既に決めていたことだった。
その答えに対する他の四人の反応は大きく二つ──よほど意外だったのか目を丸くする若者二人と、最初から分かっていたかのような年配二人。
『こらこら、無実は証明されたんだよ』
だから年配の一人──ディマンディは、確認するように訊ねた。
『帰ったらそのまま死刑台に直行──なんて事は、もう無いよ』
『そしてまた、〝出来損ない〟に逆戻り──つまり、今までと何も変わらないってことです』
神聖帝国にアレクシアの居場所など、最初から無い。
消えるのは〝無実の罪〟であって、〝出来損ない〟の格付けと称号はそのまま。
散々傷めつけてきたエリッサはいなくなったが、いずれは別の誰かがそこに収まるだろう。
『陽出に来て、私の世界は広がりました。そして、まだまだ世界は広がる。〝出来損ない〟で甘えてた頃には、戻りたくありません』
そう──甘えていただけだ。
自分は、何もしていなかっただけ。
できなかったのではなく、やらなかっただけ。
『陽出に来て、私の世界は広がりました。そして、まだまだ世界は広がる。〝出来損ない〟で甘んじてた頃には、戻りたくありません』
何も知らなかったあの時とは違い、今は様々なことを知ってしまった。
〝出来ない〟の言い訳は、もう通らない。
『フローブラン家には、私は死んだとでも伝えてください。強力な法術で、跡形も残らなかったとか何とか』
『‥‥‥面倒押し付けてくれるもんだね』
ディマンディは、ぼやきながらも、安心と満足をない交ぜにしたような笑みで頷いた。
『フローブラン家より、こっちの方が面倒だと思いますけど』
と、アレクシアは〝祓魔の嵐〟を差し出した。山を下りる手前で落ちていたのを運良く見つけたので、ちゃっかり拾っていたのだった。
『シュトルメアのご当主様は、娘にはとても甘い方ですから』
『あ~そうだったね全くもう‥‥‥』
剣を受け取ったディマンディは、懐から法具を取り出した。アレクシアの転移に使ったモノに似ているが、術式が少し違う。
『それじゃ、しっかりやるんだよ。次会う時があったら、みっともない姿見せるんじゃないよ』
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