斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

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四章 ~決意と決別~

〝出来損ない〟の反撃

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 神聖帝国において、法術の優劣はそのまま社会的な優劣に直結する。つまり、法術さえ優秀であれば、それ以外・・・・は後回しにしても良いという風潮ですらあった。
 だから、アレクシアは評価されなかった。
 だから、アレクシアは無能とみなされた。
 武術、学問、礼儀作法──法術の実技以外・・・・は、首席を総取りだったとしても。
 エリッサとて、決して法術だけ・・が取り柄の一芸者ではない。四大賢人が一柱──シュトルメア家の娘として、あらゆる分野で素晴らしい評価を得ていた。
 だから、エリッサは評価されていた。
 だから、エリッサは稀代の才覚の持ち主とされた。
 武術、学問、礼儀作法──法術の実技以外は、次席・・に甘んじていたとしても。
『貴様‥‥‥っ』
 凍結から復帰したエリッサの顔は、憎悪に染まっていた。それで、アレクシアは確信する。同時に、自身が急速に冷めてのを感じた。〝冷静〟を心がけるまでもないほどに。
『稀代の天才と呼ばれた自分が、出来損ないに相手に、法術でしか・・・・・勝てなかった──だから、私を憎んだのね?』
 常に次席な事に加え、自分を差し置いて首席の座にいるのが出来損ないアレクシア──それは、稀代の天才の矜持や自尊心を、甚だしく傷つけていたようだ。
『だ、黙れ‥‥‥っ』
 エリッサの美しい顔が、みるみる醜く歪んでいく。
 図星を差されたことに加え、今まで言い放題好き放題だった相手に、逆に好き勝手言われる事自体が、エリッサにはさぞや屈辱だろう──そんなことを、どこか他人事のように考えながら、アレクシアは更に続けた。
『それに今じゃ、皇龍ドラゴンロードなんて破格の相手と仲良くしているからね。私みたいな出来損ないに出来て、天才の自分に出来ないのはおかしい、許せない‥‥‥』
 自然と浮かんだアレクシアの笑みは、嘲笑ではなく慈しみのそれだった。
『貴方にも、そういう可愛いところがあったのね』
 だからこそ、
『黙れぇっ!』
 エリッサには、この上ない効果を発揮した。
 激昂の勢いで聖剣を振りかぶり、アレクシア目がけて突進する──よりも先に、アレクシアは踏み込み、その鼻先に蹴りを叩きこんだ。
『ぶっ?』
 妙な息を吐きだしてよろめくエリッサの手から、聖剣が零れ落ちる。鼻からは血が噴き出し、美しい顔を赤く染めた。
『期待に応えられなくて悪いけど』
 と、アレクシアは、さも申し訳なさそうに頭を下げ、
『私も、こっちに来てから色々と鍛えられてたのよ』
 エリッサは悟った──武の才覚も優れているために、否が応でも思い知らされた。
 今まで、完全に手を抜かれていたのだと。
『~~~~~~っ!』
 人のそれとは思えない呻き声を漏らしながら、エリッサは飛び退き、飛翔術で高く上昇しつつ、膨大な法力でもって法術を展開する。
『例え武が優れていようと、貴様に法術の才が無いことは事実だっ!』
 具象化したのは、目も眩むような巨大な光──轟雷の塊だった。
『貴様如きに、これはどうにも出来まいっ!』
 第一級風雷系攻撃法術〝天耀鎚〟──シュトルメア家の秘法術〝震天咆哮〟を除けば、最上位の風雷系攻撃法術の一つである。しかも、エリッサの有り余る法力量である。アレクシアはおろか、周辺一帯も飲み込むばかりの巨大な光に膨れ上がった。上空に退避しているエリッサ以外は、まず逃げられない。
『そうとも、貴様如きにこんな‥‥‥っ!』
 怨嗟を聞きながら、アレクシアは静かに前に踏み出した。
『出来損ない如きにぃっ!』
 エリッサの意思を受けた光の巨塊が、けしかけられる。一拍にも及ばぬ時を経て、轟音が響き、目も眩む閃光が爆発し、衝撃が木々を揺らし、土埃を巻き上げる。
 その凶暴な時間は、しかし数秒で収まり、あとに残ったのは、衝撃で折れかけた木々と、
『ぐ、あ‥‥‥っ!』
 地面に蹲り、美しい姿を血に塗れさせたエリッサのみだった。

                                  *****

 天才法術師のエリザヴェータ・シュトルメア──その才覚によって繰り出される攻撃法術は、並の法術師では防御すら期待できない。
 ならば、それを逆手に取る。
『つまりさ──アイツに法術を使わせるのさ。それも、一発で決着するような、飛び切りデカい奴をな』
『無論、然るべき時、然るべき場所、然るべき‥‥‥そのような状況に誘い込むことが前提じゃ。されど、そのあたりはアレクシア次第じゃ。あの娘の性格を冷静に見極め、見事出し抜いてみせい。冷静にな』
 蒼真は悪徳商人みたいな顔で意見し、燐耀は悪徳貴族のような顔で霊鏡石を用意した。
 アレクシアは、用意された霊鏡石を元に錬成法術で複製していき、複製した霊鏡石を然るべき場所に仕掛け、それを隠すために周囲の色彩に合わせた布で隠しつつ、エリッサを然るべき形にまで誘き寄せるための流れを考えた。
 エリッサなら──エリザヴェータ・シュトルメアなら、と。
 そしてそれらは、見事に成功した──想定していた以上に。

『っ‥‥‥な、何が‥‥‥』
『やっぱり貴方は凄いわ、エリッサ』
 激痛に苛まれながらも、何が起こったのか確かめようとするエリッサに、惜しみない賞賛が投げかけられる。
 岩壁のすぐ前の足下──岩肌に空いた小さな窪みから、アレクシアは蓋板をどかして顔を出した。
『咄嗟の防御で、そこまで強固な結界を張れるなんて』
 けれど──アレクシアの賞賛と現状は、全く一致していない。
 全身ズタズタのエリッサに対して、土砂や埃で汚れているだけで無傷のアレクシア。
 その事実は、エリッサに更に屈辱を上塗りした。
『き、貴様、何をした‥‥‥っ』
『私はここに潜って隠れてただけ』
 射殺さんばかりの視線を受けて、しかしアレクシアは少しも怯むことなく、蓋板を指さした。
 厚みは薄く、表面は鈍色の光沢を放っている。
『そんなもの‥‥‥何故こんな大量に‥‥‥』
 そもそもにして、魔鉱石の類は稀少であり、しかも〝天耀鎚〟のような第一級攻撃法術をそのまま跳ね返せるような高純度の鉱石となると、そう簡単に手に入る代物ではない。
 それが、周辺一帯に敷き詰められるほど大量に用意されている──エリッサが驚くのは、無理もないだろう。
『もちろん、霊鏡石そのものじゃないわ。法力反射の特性だけ・・に特化させる形で変成した、そこらのただの石や岩よ。価値なんてないし、一度使ったらこの通り・・・・だし』
 霊鏡石──の模造品は、役目を終えたとばかりに崩れ落ちていき、粉のように風に乗って飛んでいく。地面や崖に設置されたモノも同様に。
『だから‥‥‥ここまで効くとは思わなかったのよね』
 エリッサを驚かせて鼻を明かせれば御の字──アレクシアとしては、その程度にしか思っていなかったから。
 アレクシアは、改めてエリッサの状態を確かめる。全身血塗れで蹲る無様な姿は、しかし演技や幻でないことは間違いないようだ──残念な・・・ことに。
『‥‥‥っ、何、だ、その目は‥‥‥っ』
 エリッサは立ち上がろうとして、しかし足がもつれて跪いてしまう。立ち上がることすら、ままならないらしい。
『貴様如きが私を見下ろすな‥‥‥そんな目で見るなぁっ!』
 憎悪と屈辱で喚くエリッサの姿は、滑稽極まりない。元の美しさもあって、余計に。
 跪いて見上げるエリッサと、それを見下ろすアレクシア──その構図は、神聖帝国にいた時と、完全に逆転していた。物理的にも、心理的にも。
 エリッサにとっては、それはもうこの上ない屈辱だろう。
 今まで数えきれないほど想像して妄想して、しかしその度に諦めてきた儚い夢が、今や現実の光景になっていた。
 なのに、
『‥‥‥やめてよ』
 アレクシアの口から漏れたのは、痛みを押し殺したような懇願だった。
 喜びなど少しも湧かず、満足感だの達成感だのは欠片も無かった。
『もう、やめて‥‥‥帰って、帰ってよ‥‥‥貴方なら、使える法力はまだ残ってるんでしょうっ』
 アレクシアはその場に膝をつき、両手も額も地面に擦りつけ、呻くように懇願した。
『お願いでございます‥‥‥っ! 急ぎお帰りくださいっ! 金輪際、この出来損ないめに関わらないで下さいっ! シュトルメアがご息女、エリザヴェータ・シュトルメア様っ! お願いでございます、お願いでございますっ!』
 跪いたエリッサよりも、さらに身も頭も低くして。
 エリッサを、視界に入れないように。
 神聖帝国の頃よりも、さらに低く。
 今の・・エリッサを、これ以上見たくない──それが、今の・・アレクシアの偽らざる本音であった。
『き』
 それが、今のエリッサにとって最大級の侮辱であったとしても。
『貴様ぁああああああああああああああああああああああっ!』
 怒号と共に濃密な殺意と膨大な法力を乗せて放たれる。
 明快な答えに、アレクシアは奥歯を削るように噛みながら、地面を変成すべく付いた手を通じて法力を送り込み、仕込んでいた術式を起動。
『あ?』
 円柱に成形された岩が打矢のような勢いで飛び出し、その上にあったエリッサの顎を直撃した。
 大きく仰け反ったエリッサはぐるりと白目を剥き、そのまま仰向けに倒れ伏す。構築途中だった術が、法力の光となって儚く霧散していった。
 注意深く歩み寄り、死んでいないことと完全に落ちていることを確認して、ようやくアレクシアの気は、僅かなりとも弛む。
「‥‥‥っ」
 途端に、酷い疲労感が襲い掛かり、堪え切れずに体が傾き、
「お疲れ様」
 労いと共に、倒れる寸前で支えられた。
「鏡華‥‥‥」
「そうです、鏡華なのです。奇跡の復活を経て戻ってきたのでありま~す」
 と、アレクシアを支えながら、鏡華・・は悪戯っぽく笑って見せた。
 先ほど受けた雷撃など、無かったかのように。
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