斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

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一章 ~異郷との格差~

異郷の日常

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「目が覚めたなら、次は精を付けること。口に合わなくても、しっかり食べときなさい」
 朝食として出されたのは、湯気の立つ鍋。それを鏡華は、底の深い皿に小分けにして各々に出した。とろみの強いスープに見えたが、よく見ると楕円状の柔らかい粒が入っていた。神聖帝国では馴染みが薄いが、米と呼ばれる穀物だ。
 スプーンで掬って口に含むと、絡んだスープと一緒にするりと喉を通っていく。神聖帝国の料理の味付けとは全く違うが、嫌いではない。やけに味が薄いのは、物足りないが。
 鏡華に感想を聞かれたので、そのあたりを正直に言うと、
「実際、薄めに味付けしてるわ。味の濃い神聖帝国の料理で育った人には、尚更かしら。でも、丸五日も寝てた上に弱った体じゃ、強い食べ物はむしろ毒よ」
「‥‥‥五日?」
 長い事眠った気はしていたが、まさかそこまでだったとは。体の節々がやけに痛むと思っていたが、単なる怪我のせいだけではなかったようだ。味がどうの、などと言ってる場合ではない。
「体も心も弱っている時に、あんな強力な法具を使ったんだもの。むしろ、よく死ななかったわね?」
「‥‥‥法力量には・・自信があるから」
「何でそんな人が、そんなボロボロで、片道切符の転移法具でこんなところに飛ばされてくるのかしらね? 神聖帝国じゃ、法力の強さこそが第一の価値基準だと聞いてるけど?」
「それは‥‥‥」
 今となっては、隠す必要などない。けれど、いざ口にしようとして、腹の内に吐き気のような怖気を覚えて、言葉が引っかかった。
「オモイ出話は、後にシヨウ」
 ずるずると行儀の悪い音を立ててスープを吸い上げながら、ソーマは割り込んだ。
「それより、コレカラどうするか‥‥‥コイツも、俺たちモ」
「それも、別に焦ることはないわ。どのみち、しばらくの間、アレクシアちゃんにはここに居て貰うわけだし」
「わけだしって‥‥‥」
 初耳だった。そもそも、これからの事など考えていなかったのに、いつ決まったのだろう。瞠目してキョーカを見れば、彼女は悪戯っぽく微笑んで見せ、
「見ての通り、ウチの家は無駄に広いからね。居候が一人や二人増えたくらいで、別にどうってことないわよ。なんだったら、ソーマのお嫁になってくれてもいいわよ」
 などと、思わせぶりな目を返してくるものだから、アレクシアは返す言葉を詰まらせる。
「え、えっと」
 助けを求めるようにソーマに目を向ければ、
「‥‥‥最悪、それもアリといえばアリじゃナイか?」
 と、思案顔で頷きながら、淡々と語っていく。
「コノヒトが神聖帝国から来たってことは、あまり知られるのはマズいから、偽装はヒツヨウ。デモ、〝嫁〟だとサスガニ怪しまれるカラ、迷子を拾って置いておく~ミタイナのが妥当で‥‥‥ナンだよ?」
 ソーマは話を切ると、怪訝そうにキョーカに訊ねた。キョーカの目は、ソーマの話を聞く間に、何とも言えないそれに変わっていた。
「本当に‥‥‥どうしてこうなってしまったのかしらね」
 キョーカの吐き出した深々とした嘆息は、失望と幻滅に満ちていた。
「良い年頃なのに‥‥‥こっちも立派なモノを持ってるのに‥‥‥本当に、どこで育て方を間違えたのか‥‥‥」
 頭を抱えてブツブツと嘆くキョーカの視線は、何故かソーマの下半身に向けられていた。
「‥‥‥俺の能は、後回しダ」
 舌打ち交じりに、ソーマは話を戻す。
「とにかくダ‥‥‥××××、×××××××××」
 何事かを喋るソーマだが、アレクシアには理解できず、首をかしげるのみ。そんなアレクシアに、ソーマは肩を竦め、
「まずはお喋りからダナ。それとこっちの一般常識とか‥‥‥この際、赤ん坊からやり直すつもりでヤレヨ。せいぜい頑張リナ」
「他人事みたいに言わないの。アンタもガッツリ頑張るのよ」
「‥‥‥あ?」
「春休みが終わるまで丁度二週間。しっかり面倒見てあげなさい」
「はぁ?」
「ほら、二人とも早く食べちゃいなさい。今日は楽しいお出かけなんだから~」
 有無を言わさぬ勢いで、キョーカは話を締め括った。

                                  *****

 朝食を食べ終わると、キョーカはソーマに後始末とその他を押し付け、アレクシアを部屋に引っ張り込んだ。そして、あーでもないこーでもないと、キョーカのお古だという諸々の服を、あれこれ着せ替えさせられること約一時間後、
「どうかしら?」
 めかし込んだアレクシアを表に引っ張りだしたキョーカは、待っていたソーマの前でくるりと回した。それはもう、得意気に。神聖帝国で出回っている服とはまるで違うため、モノの良し悪しについては何とも言えない。
「‥‥‥良くイエバ無難。悪く言えば物足りナイ」
「そりゃ私のお古だもの。物足りないのは当然よ~」
 ソーマの評価は微妙ながら、キョーカは気分を悪くした様子はなく、むしろ肯定するような深々と頷き、
「アレクシアちゃんくらいの女の子が、こんな間に合わせで満足なんてしちゃダメよ。そのために、これから色々と仕入れに行くんだから~‥‥‥それではお客様、あちらにお乗り物を用意してございま~す」
 キョーカが示したのは、横長で硬質かつ丸みを帯びた箱とでも称する奇妙な代物だった。腹側の四隅の支柱がその筐体を支え、周囲には窓が張られ、側面には窓と一体化する形で乗り口と思われる扉が設けられている。
 一見すると馬車や竜車のようだが、どうやって動かすのだろうか。そもそも、取っ手らしい取っ手も無いのに、どうやって乗り込むのだろうか──などと思いながら近づくと、扉は滑るように開いた。独りでに、である。
「これは自動浮揚機と言ってね、陽出の代表的な乗り物で‥‥‥まあ、百聞は一見に如かずよ。ほら、乗った乗った」
 急かされて乗り込み、座席に腰かけてみれば、とても柔らかい。帝国貴族の馬車でも、こんな上等な椅子は無いだろう。だというのに、ソーマとキョーカは、当然のように前側の左右の席に腰を下ろした。
 すると右側の席──キョーカの前に、奇妙な突起がせり上がる。形から見ると、船の舵輪のようにも見えるから、あれで操るのだろうか。
「それでは、発進~」
 キョーカの言葉とともに、自動浮揚機とか言う箱は静かに浮かび上がり、支柱の突起が引っ込むと、滑るように動きだした。
 音も揺れも小さく、乗り心地は申し分なし。しかも、馬も竜も無しに、しかしそれらに引けを取らない速さ──と思っていれば、民家の並びを抜け、より大きな通りに入ると、浮揚機とか言う箱は、更に加速した。帝国の貴族が自慢する馬や竜などとは、比べものならない速さにまで。
(凄い‥‥‥)
 素人目にもそう直感できるくらい、高度な乗り物である。
 そしてそんな代物が、自分たちの周りにいくつも走っていた。中には、建物が丸ごと動いているかのような巨大な代物まで。
「あの‥‥‥今日って、大きなお祭りでもあるの?」
「? イヤ、無かったとオモウが、何で?」
「だって、こんなにたくさん走ってるなんて」
「浮揚機の専用道路ヲ、浮揚機がたクサん走っテ何がオカシイ?」
「ソーマ」
 どこかかみ合わない要領を得ない問答を繰り返す二人を見かねたのか、浮揚機を操るキョーカが苦笑交じりに割り込んだ。
「×××××、×××××」
「××‥‥‥××××××××」
 陽出の言葉での短いやり取りをして、ソーマは納得したように頷くと、何やら思案し、
「マズ、お前ガ今驚いて見ているアレコレは、陽出ココじゃアタリ前で普通・・・・・・・なんだよ」
「当たり前って」
 高度な乗り物がいくつも走る光景が、当たり前──絶句するアレクシアに、ソーマは話を続ける。
「確かに浮揚機は、ポンと買える代物ジャナイし、ウチは大人と子供が二、三人クライ食べて寝るにはコマラナイ程度に裕福ダ。デモ、お前達の国で言う庶民の域は超えてない。そもそも、庶民だの貴族だの‥‥‥そんな〝身分〟なんてノハ、陽出には無い」
「えっと‥‥‥」
 ソーマの言葉が拙いというのもあるのだろうが、アレクシアの理解は追いつかない。そもそも、〝身分が無い〟というのが、アレクシアには今一つピンと来なかった。
「まあ、口で言って何もかもわかるなら、苦労はしないわね。こういう場合は、体で感じた方が早いわ」
「おい、ちょっと待てぇっ?」
「っ?」
 浮揚車が急加速した──それを認識するよりも先に、アレクシアは背もたれに押し付けられた。
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