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前章 ~少女の末期~
少女の末期
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「‥‥‥っ」
全身の激痛に、アレクシアの意識が戻る。あるいは、意識を取り戻しかけたことで、体が痛みを思い出したのだろうか。
いずれにせよ、今のアレクシアに、そんなことを判断する余裕など無かった。
「私じゃ、ない‥‥‥」
力なく吐き出されたのは、何度繰り返したか分からない言葉。そしてそれを口にする度に、鞭で打たれ、突起のある棒で殴られ、強い薬物を投与され、法術で精神を掻き回され──拷問に次ぐ拷問が、まともな思考どころか、叫ぶ気力すら奪っていた。
「お前の公開処刑が決まったよ」
聞き覚えのある声──その認識を切っ掛けに、アレクシアの頭が少しずつ働きを取り戻していく。
ゆっくりと顔をそちらに向ける。格子の向こう誰かがいた。
「同情はするよ。不遇と呼ぶのも大概な人生だったしね」
薄闇で見え辛いが、影の形と声、そして同情と言いつつ憐みなど欠片も無い気配は、間違いなく師のそれだった。
「で、こいつが最期の食事だとさ。羨ましいほど豪華さね。存分に味わいなよ」
格子の間から食事の乗った盆を差し込むと、用は済んだとばかりに、師は立ち去った。
盆に並ぶのは、まだ暖かな湯気が立ち上っており、見るからに豪華な品ばかり。確かに、死刑を前にした囚人に与えられる、〝最期の食事〟に相応しい。
弱りきっていても体は正直なようで、湯気に乗って漂ってき香ばしい匂いに、腹が思い出したように音を鳴らした。
一度口にすれば、そこから先は手が止まらず、文字通り次々に貪る。ただでさえ、ここに放り込まれてからといえば、石のようなパンがひとかけらに、濁った水だけだったのだ。
あっという間に全て平らげると、腹が満ちたことで少しは気力を取り戻し、頭がまともに回転し始める。
「‥‥‥不遇な人生、か」
僅かな酒を混ぜた紅茶を啜りながら、師の言葉を繰り返す。
栄えあるフローブラン家の唯一の汚点、出来損なった神童──親兄弟には見限られ、分家からは蔑まれ、同期生からはオモチャにされ、最後には濡れ衣で死刑台送り。
思い返してみれば、確かに不遇極まりない人生だった。ここまでくると、どこの三文物語の悲劇の姫君だと思う。
涙は出ない──いつの頃からか、涙など出なくなっていた。
代わりに、
「‥‥‥はは」
漏れ出たのは、乾いた笑い。
悲劇かもしれない。かといって、このまま生きていたところで、辛いだけの毎日が続くだけだ。それが終わるのなら、形はどうあれ、これで良いのかもしれない。
「‥‥‥良かったのよ、これで‥‥‥」
そう思うことにする──そうでなければ、押しつぶされてしまうと、この時はまだ自覚していなかった。
「‥‥‥?」
残りの紅茶を飲み干そうとしたところで、アレクシアはそれに気づいた。
「これって‥‥‥」
手に取ったのは、カップの下敷きになっていた正方形の板。手の平にも余る小さな代物だが、よく見ると、表面に刻まれている模様は法術式──つまり、これは法具だ。
何故こんなモノが──その疑問は、食事を持ってきたのが師であることと、師の専門が法具制作であるという事実を思い出して氷解した。
他にも何か無いか、空になった配膳をくまなく調べる。その時になって、今口にした食事が毒入りだった可能性を思い浮かぶが、
「‥‥‥無いわね」
そもそも公開処刑が決まっているのにわざわざそんなことをする意味は無いし、師ならそんな回りくどいことはしないだろうと考え、すぐに思考を法具に戻す。
何の法具なのか、どうやって使うのか──けれど、なにも出てこない。
使ってみてのお楽しみ──師の性格なら、そんなとこだろう。
あるいは──珍しい法具を、死刑囚で実験台にしようとか。
「‥‥‥あり得るわ」
あの──〝傍若無人〟という言葉を体現したような師なら、充分にあり得る。
そして今の自分に残された選択肢は、今すぐ死ぬか、明日死ぬかの二択のみ。
「ならっ」
アレクシアは術式を起動した。
途端に、板を中心に光が爆発──アレクシアの意識は途切れた。
全身の激痛に、アレクシアの意識が戻る。あるいは、意識を取り戻しかけたことで、体が痛みを思い出したのだろうか。
いずれにせよ、今のアレクシアに、そんなことを判断する余裕など無かった。
「私じゃ、ない‥‥‥」
力なく吐き出されたのは、何度繰り返したか分からない言葉。そしてそれを口にする度に、鞭で打たれ、突起のある棒で殴られ、強い薬物を投与され、法術で精神を掻き回され──拷問に次ぐ拷問が、まともな思考どころか、叫ぶ気力すら奪っていた。
「お前の公開処刑が決まったよ」
聞き覚えのある声──その認識を切っ掛けに、アレクシアの頭が少しずつ働きを取り戻していく。
ゆっくりと顔をそちらに向ける。格子の向こう誰かがいた。
「同情はするよ。不遇と呼ぶのも大概な人生だったしね」
薄闇で見え辛いが、影の形と声、そして同情と言いつつ憐みなど欠片も無い気配は、間違いなく師のそれだった。
「で、こいつが最期の食事だとさ。羨ましいほど豪華さね。存分に味わいなよ」
格子の間から食事の乗った盆を差し込むと、用は済んだとばかりに、師は立ち去った。
盆に並ぶのは、まだ暖かな湯気が立ち上っており、見るからに豪華な品ばかり。確かに、死刑を前にした囚人に与えられる、〝最期の食事〟に相応しい。
弱りきっていても体は正直なようで、湯気に乗って漂ってき香ばしい匂いに、腹が思い出したように音を鳴らした。
一度口にすれば、そこから先は手が止まらず、文字通り次々に貪る。ただでさえ、ここに放り込まれてからといえば、石のようなパンがひとかけらに、濁った水だけだったのだ。
あっという間に全て平らげると、腹が満ちたことで少しは気力を取り戻し、頭がまともに回転し始める。
「‥‥‥不遇な人生、か」
僅かな酒を混ぜた紅茶を啜りながら、師の言葉を繰り返す。
栄えあるフローブラン家の唯一の汚点、出来損なった神童──親兄弟には見限られ、分家からは蔑まれ、同期生からはオモチャにされ、最後には濡れ衣で死刑台送り。
思い返してみれば、確かに不遇極まりない人生だった。ここまでくると、どこの三文物語の悲劇の姫君だと思う。
涙は出ない──いつの頃からか、涙など出なくなっていた。
代わりに、
「‥‥‥はは」
漏れ出たのは、乾いた笑い。
悲劇かもしれない。かといって、このまま生きていたところで、辛いだけの毎日が続くだけだ。それが終わるのなら、形はどうあれ、これで良いのかもしれない。
「‥‥‥良かったのよ、これで‥‥‥」
そう思うことにする──そうでなければ、押しつぶされてしまうと、この時はまだ自覚していなかった。
「‥‥‥?」
残りの紅茶を飲み干そうとしたところで、アレクシアはそれに気づいた。
「これって‥‥‥」
手に取ったのは、カップの下敷きになっていた正方形の板。手の平にも余る小さな代物だが、よく見ると、表面に刻まれている模様は法術式──つまり、これは法具だ。
何故こんなモノが──その疑問は、食事を持ってきたのが師であることと、師の専門が法具制作であるという事実を思い出して氷解した。
他にも何か無いか、空になった配膳をくまなく調べる。その時になって、今口にした食事が毒入りだった可能性を思い浮かぶが、
「‥‥‥無いわね」
そもそも公開処刑が決まっているのにわざわざそんなことをする意味は無いし、師ならそんな回りくどいことはしないだろうと考え、すぐに思考を法具に戻す。
何の法具なのか、どうやって使うのか──けれど、なにも出てこない。
使ってみてのお楽しみ──師の性格なら、そんなとこだろう。
あるいは──珍しい法具を、死刑囚で実験台にしようとか。
「‥‥‥あり得るわ」
あの──〝傍若無人〟という言葉を体現したような師なら、充分にあり得る。
そして今の自分に残された選択肢は、今すぐ死ぬか、明日死ぬかの二択のみ。
「ならっ」
アレクシアは術式を起動した。
途端に、板を中心に光が爆発──アレクシアの意識は途切れた。
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