ハルとキョウコと奇妙な列車

takosuke3

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始発駅

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「本当に一人で大丈夫か? やっぱり一緒に」
「だから~」
 新幹線にいざ乗りこもうというところで、またもやお父さんに呼び止められた。
「先生にも太鼓判押されたし、向こうの病院とも話はついてるんだから、何かあっても大丈夫だってば」
 さすがにうんざりする気持ちを隠せない。何しろ家からここまで、ずっとこの調子だ。
「でもなぁ、お前……」
「言ったでしょ。あたしの病気を研究して治療法を見つけ出すために、あたしは向こうの医科大学に行くの」
「それは、立派なことだが」
「大体……今日は水曜日よ。平日なのよ。お父さん、仮にも文科省務めでしょ」
 今でこそ、長期出向で都内から離れたところに来ているんだけど、これでもホンモノの国家公務員。
 平日で、しかも年度末の何かとバタバタするこの時期だというのに、見送りのために無理して半休を取ってきたらしい。
 大事にされているのは嬉しいが、さすがに心配症と行き過ぎである。
「仕事が何だっ! いや、そういうわけにはいかないが……そうだ、今すぐ異動申請を出して」
「はいはい、無茶言ってないでそろそろ帰りなさい。大丈夫。無理はしません。向こうについたらちゃんと連絡しますよ~っと」
 と、何だか母親の気分で、あたしはお父さんの背中を押した。それでお父さんがふらついた隙に、あたしはさっさと新幹線に乗りこむ。
「ああ、ちょ」
 お父さんも勢いで乗りこもうとするが、その前に乗降口のドアが閉まった。もちろんこうなることを狙ってタイミングを図っていたのは、言うまでもない。
「晴美ぃいいいいいいいいいいっ!」
 分厚い壁と窓越しなので聞こえないが、そんな事を叫んでいるのは滂沱の涙を流しているのを見れば明らかだ。恥ずかしいことこの上ない。
「……でも、無理もないかな」
 指定席に座って落ち着くと、あたしは呟いた。

 嘘や冗談ではなく、あたしは本当に死にかけた。

 担当医の先生が言うには、あたしが受けた手術は悪あがきも同然であり、その場しのぎ以上の効果は期待出来なかったらしい。
 あたしの病気は、それ程までに重く、手の施しようのないモノだった。
 あたしのお母さんの命を奪った時と同じように。

 でも──あたしは、お母さんとは違う結果になった。

 と言っても、発作はその後も何度も起こり、そのたびに入退院を繰り返し、おかげで高校も危うく留年するところであった。それまで以上に、お父さんや周りに面倒をかけた。
 それでも、少しずつあたしは快復に向かい、今では気にしなければ何でもない程になっていた。
 奇跡だ──担当医の先生は、一人暮らしの太鼓判を押しながら、そんな事を言ってきた。
「奇跡、か……」
 確かに、奇跡なのだろう──あの、短いながらも不思議な列車の旅は。

                                  *****

 キョウコさんと別れたあの駅を最後に、列車が停まることは無かった。そして、二度とあの列車を見ることは無かった。もしかしたら、死にかけて幻を見たのかもしれない。
 あの人が、本当にお母さんだったのかも、今となっては分からない。あたしが知っているお母さんと言えば、仏壇の遺影だけ。お父さんもあまり話したがらなかったから、どんな人だったかも知らない。
 だけど、病気が落ち着いて一般病棟に移った時に、少しだけ話してくれた。
「どんな人だったかって? そうだなぁ……とても強い、とても諦めの悪い性格だったな」

 諦めの悪い──それで確信した。
 キョウコさんが、あたしのお母さんだって。

 今思えば──あの頃のあたしには、諦めていた。
 発作で苦しみ、その度に周りの人達の足を引っ張る人生に、絶望していた。
 だから、消えることを望んでいた。
 だから、あの死ぬような発作を切符に、あの列車に乗せられた。
 だから──キョウコさんは来てくれたんだ。
 生きることを諦めたあたしを叱咤するために。
 死に向かう列車から、生に還る列車へ導くために。
 だから、
「あたし、頑張るよ。今まで諦めた分だけ、たくさん、たくさん」
 あれが最初で最後であり、夢にも幻にも現れることはなかった。そしてこの先また現れることは、もう無いだろうという予感が、あたしにはあった。
 いや、予感じゃない──確信していた。
 だって、
「まだ生きていたいから。精一杯、生きていきたいから」
 あたしが今乗っているのは、絶望した死者の列車ではなく、希望を持つ生者の列車だから。
 だから、
「またね、お母さん」
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