ハルとキョウコと奇妙な列車

takosuke3

文字の大きさ
上 下
4 / 6

第四駅

しおりを挟む
 列車が停車した駅は、この街では最も大きな病院の前──というか、病院の裏側に設置された、急患用の出入口の前だった。
 救急車のランプが、夕焼けの光を上塗りするように白い壁を赤く明滅させる中、そこから慌ただしく下ろされた担架で運ばれていくのは、
「……ああ、そうだった」
 紛れも無く、あたしだった。
 半開きの目は虚ろ、顔は土気色で、口元には吸気マスクまで着けられている。
 極めて深刻な状態だという事は、素人目にも明らかだった。
「……あたしは、もともと病気持ちだったけど、今度のは酷い発作だった……帰ろうとしたところで、急に胸が痛くなって、頭も痛くなって……」
 それから先は覚えていない──否、知らない。
 だが、今の光景を見る限り、自分は病院に運ばれたようだ。
「何の病気かは知らないけど、かなり重いようね?」
 笑顔を浮かべながら、キョウコさんは訊ねる。知らないと言いながら、どこか見透かしたかのような響きがあった。
 一瞬気になりかけたが、それよりも、
「……あたし、死んじゃったの?」
「まだそこ・・には着いてないわ。一歩手前ってとこかしらね」
「そう……」
 死が目の前──あたしは、自分でも意外に思うほど落ち着いていた。
 それどころか、
「やっと、終わるんだ……」
 むしろ、ホッとした。小さい時から、この病気にずっと苦しめられてきた。もう発作に苦しむことが無くなるんだ。
「……それで、どうするの?」
 そう訊ねるキョウコさんの顔からは、いつの間にか笑顔が消えていた。
「本当にこの列車に乗り続けて終点まで・・・・行くの? 今なら、まだ帰れる・・・みたいだけど」
「……あたしは、帰らない……」
 自分でも分かるくらい、答えは弱々しかった。
 帰れる──その言葉が、自分でも驚くくらいに食い込んできたから。
「帰っても、また病気に苦しむだけだからっ」
 それを振り払うために、あたしは強く言った。
「そのたびに、お父さんやみんなに迷惑かけるだけだからっ」
 お父さんは隠しているつもりだけど、かなり無理をして仕事をしていることは知っていった。そのせいで、出世にも影響していることも。
「迷惑、ね……」
 キョウコさんは、とてもつまらなそうに溜息を吐き出すと、
「ちょっと来なさい」
 あたしの腕を掴んだ。

                                  *****

 キョウコさんに列車の外に連れ出されたあたしは、反対側のホームまで引っ張られ、
「見なさい」
 示された先に広がる光景は、病院の中──手術室の前だった。
 そこへ慌ただしく運ばれていくのは、死んだも同然のあたし。そこへ、一人の男の人が、物凄い勢いで駆け込んできた。
「……お父さん……」
 男の人──お父さんは死にかけたあたしに、それこそ飛びかからんばかりに縋りついた。
「ハルちゃんが、お父さんや色んな人に重荷になっているのは間違いないわ。だから、貴方がいなくなれば、確かにみんな身軽になってみんな幸せ~」
 看護師やお医者さんが無理矢理引き剥がすが、お父さんを何かを喚き続けている。
「とかって……みんながみんな、そんな風に・・・・・受け入れて、割り切れるかしら?」
 あたしが手術室に運び込まれ、〝手術中〟のランプが点灯したところで、お父さんはやっと落ち着いた。
 かと思えば、お父さんは手術室前をウロウロし、疲れて椅子に座ったかと思えば、祈るように手を合わせ、カツカツと足を揺らしていた。
 あたしにはいつも、気の抜けた頼り無い笑顔ばかりで、そのくせ愚痴も泣き言も何一つ言わないあの人が。
「何よりハルちゃんは……ハルちゃんが、本当にそれで良い・・・・・・・・のかしら?」
「……じゃあ、どうしたら良いの?」
 発作で苦しみ、その度に周りの人達の足を引っ張ってばかり──そんなことばかりで、どこか良いのだろうか。
「どうしろって言うの?」
「どうしたら良い……その前に、ハルちゃんは・・・・・・どうしたいのよ?」
 キョウコさんは、あたしを厳しく突き放した。
「私に出来るのは、道を踏み外さないように注意することと、そういう道があることを示すだけ」
 厳しくても、キョウコさんの目は穏やかだった。
「行先を決めることが一人──全てはハルちゃん次第だから、私が決める事じゃないわ。それにね」
 別の列車が警笛の音を響かせながらが駅に入り、お父さんの姿はその向こうに隠れてしまった。
「迷っているなら、答えも出てるはずよ」
 その列車の線路は、これまで乗ってきた列車とは、全く別の方向・・・・・・へと伸びていた。
「見ての通り、これは列車よ。ずっと貴方を待っているわけにはいかないわ。決めるなら、今決めなさい」
 キョウコさんの顔には、それまでと同じ笑顔が戻っている。けれど、その眼は真っ直ぐ私を見据えている。
 いい加減な、曖昧な答えは、許さないとばかりに。
「あたしは……」
 あたしの頭に浮かぶのは、必死に祈る父の姿。
「あたしはっ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...