ハルとキョウコと奇妙な列車

takosuke3

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第三駅

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「さっきから何を難しい顔をしてるの? もしかして、子ども扱いしたのまだ怒ってるの? まあ、十六なら子供から大人になろうとする時期ってところかしら。がむしゃらに粋がるのも若さの特権よ。今の内にしっかりやっておきなさい、お嬢ちゃん」
「……」
 茶化すように、そのくせさも良いこと言ったとばかりにドヤ顔を浮かべるキョウコさんだが、あたしはそれどころではない。
 あたしはこの前の誕生日で十六歳になった──誕生日はいつだ?
 あたしは今年の春に高校に進学した──どこの高校に?
 〝ハル〟というのはあだ名である──じゃあ、本当の名前は?
 〝ハル〟というのはみんながそう呼ぶあだ名である──みんなって誰?
 そもそも──〝ハル〟というあだ名を最初に読んだのは、誰?
 一つ見つければ、それを切っ掛けにいくつも引っ掛かりが、あたしの中で生まれた。
 その答えを出せないいくつもの引っ掛かりに、あたしは嫌でも理解した。
 自分が今、とても異常だということを。
『え~間もなく停車いたします~。降り口は右側になりま~す。お降りのお客様は、お忘れ物の無い様ご注意ください~』
 間延びしたアナウンスの声は、相変わらず張りがない──その〝相変わらず〟が、今のあたしには、逆に不安を掻き立ててくる。
「どうしたの? 顔色悪いわよ」
 キョウコさんが、心配するように覗き込んでくる。今となっては、キョウコさんも安心できない。
 それを悟られないように、あたしは何でもないと言いながら、窓の外に目を向けた。丁度、トンネルを抜けたところだった。
「ここって……」
 今度は知るのは、見覚えのある街並みだった。
 見覚えがあって当然だ──今、住んでいる街・・・・・・を間違えるはずがない。
 移り住んで、まだ一年足らず・・・・・とはいえ。
「……そうだ、あたしは、中学を卒業してすぐにこの町に引っ越してきたんだった……」
 理由は、父親の転勤──では、父親は何の職業だったか?
 そもそも、父親の名前は何だったか?
 また新しい引っ掛かりが生まれ、その答えを探している内に、列車は駅に停車した。

                                  *****

 場所は、やっぱり街の中──そして、満開の桜がとても綺麗な、どこかの学校の前。
 今度は、桜も邪魔にならなかったため、よく見えた・・・・・
「ここ、は……」
 あたしは、何度も目を凝らしてその建物を確認する。
 そしてその度に同じ答えが出た──あたしが通う高校を、間違えるはずはない。
 見慣れた校門には、〝入学式〟の看板が立てられており、真新しい制服に身を包んだ新入生と、めかし込んだ親でごった返していた。
「嘘……だって今は」
 今は秋の真っ只中で、桜の木は花びらではなく紅葉で染まっていたはずなのに。
 何より──学校の前には、駅どころか線路だって通っていない・・・・・・はずなのに。
「……え」
 考えが追いつかないあたしの目に、更にわけの分からない光景が飛びこんできた。
「……なん、で?」
 看板の前で写真を撮る、父親と娘。
 どこか硬いながらも笑ってみせる娘は──間違いなく、あたしだった。
 後で見た・・・・、入学式の写真と同じように。
 そして、カメラのシャッターを押すのは、紛れもなくあたしのお父さんだった。
 そしてその時なってようやく気付いた。

 さっきの小学校の入学式で、娘と写真を撮っていた父親と、同じ人物・・・・だということに。

「ちょっと、ハルちゃんっ?」
 キョウコさんが何かを言っているが、気にしてられない。あたしはボックスシートから飛び出し、乗降口へと向かう。
 けれど、
『え~間もなく発車いたします~。出車時の揺れにご注意ください~』
「あ、待ってっ!」
 間延びしたアナウンスが響き、ドアは閉じてしまった。
 まるで、あたしが飛びだすのを阻むかのように。
「ま、待ってってばっ!」
 叫んでみたものの、それが届くわけがなく、列車は動きだしていく。せめて開く窓からよく見ようと席に戻るが、その時には列車はトンネルに入っていた。
「いきなり飛び出したと思えば、すぐに急いで戻ってきて……忙しいわね?」
 キョウコさんが、どこか悪戯っぽく笑って見せる──あたしには、まるで全てを見透かしているかのように見えた。
「……何なんですか、この列車は?」
 思えば──この列車には、あたしたち以外誰もいない。駅に停まってこそが、乗る人も降りる人も誰もいない。アナウンスは聞こえても、乗務員は今まで一度も姿を見せていない。
 あたしの不安は、もっと大きくなっていく。
 異常どころか、あたしは今、あり得ない場所にいる。
 あり得ない列車・・・・・・・に乗っている。
「……キョウコさん。貴方は、誰なんですか?」
 あたしは、もう不安を隠しきれず、キョウコさんに訊ねた。そんなあり得ない列車に平然と乗っているこの人も、〝あり得ない〟側に間違いなかった。
「さっきにも言ったでしょ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、キョウコさんは言った。
「天国からアテの無い列車の旅を続ける旅の女だって」
 天国──今はもう、冗談に聞こえなかった。
「この列車は天国に……そういう所・・・・・に連れていく列車なんですか?」
「……それは」
 キョウコさんは何かを言いかけて、しかし口を噤んでしばらく考え、
「……う~ん、どうかしらねぇ?」
「どうかしらって」
「天国、地獄……そういう場所・・・・・・も行先の一つになっている、そういう列車・・・・・・なのは確かよ。ただ、どこに向かうかは、私はもちろん、誰も知らない、誰にも分からない」
 キョウコさんは笑顔をそのままに、どこか試すように続けた。
「知っているのも、決められるのも一人だけ……ミステリー列車と言っても良いかしらね?」
「どういう、ことですか?」
「さてねぇ~」
 キョウコさんは、窓の外に目を向ける。
「私から言えるとしたら……〝どういこと〟なのかも含めてハルちゃん次第・・・・・・・、かしらね~」
「それって」
『え~間もなく停車いたします~。降り口は右側になりま~す。お降りのお客様は、お忘れ物の無い様ご注意ください~』
 間延びしたアナウンスの声と共に、列車がトンネルを抜ける。
 そこは、さっきとは場所は違うが、あたしが住んでいる街だった。夕空に染まる空の下で列車は速度を緩め、規則的な音が緩やかに、そして小さくなっていく。
 代わりに──近づいてくる救急車の甲高いサイレンが、やけに大きく聞こえた。
「……そうだった……あたしは……」
 慌ただしく追い抜いていく救急車を眺めながら、あたしはまた一つ、思い出した。
 今、一番思い出したくないことを。
「……あたし、倒れたんだった……」
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