ハルとキョウコと奇妙な列車

takosuke3

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第一駅

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「っ?」
 ガタゴトという規則的な揺れで、あたしは我に返った。
 少しずつ意識がはっきりしていく中で、ここは何かの乗り物のボックスシートだということは分かった。
 でも、それ以外はよく分からない。窓の外を見ても、灯篭のような光がぽつぽつと流れてばかりで真っ暗。トンネルの中でも走っているのだろうか。
「やっとお目覚め?」
 ぼんやりと流れていく光を眺めていると、そんな声がかかった。見れば、白い服を着た女の人が、向かいの席に座って微笑んでいる。いつの間にいたのだろうか。それとも、あたしが気付かなかっただけで、最初からいたのだろうか。
「……えっと……」
「ああ、私? 私はキョウコよ。貴方は?」
「え?」
「え、じゃないわよ。短い付き合いとは思うけど、自己紹介は大事よ」
「えっと、あたしは……あたしは……」
 あたしは──あたしの名前は何だっただろうか?
「あたし……あたしは……」
 そうだ。
「ハル、です」
 そんな風に呼ばれていた──筈だ。
「よろしく、ハルちゃん」
 と、女の人──キョウコさんは、半ば強引にあたしの手を取った。握手のつもりだろうか。
「まあ、いきなりで失礼とは思ったけどね、この列車、他に誰もいなくて退屈してたところだったのよ」
「は、はあ……」
 言われてみれば──あたし達以外は、誰も乗っていない。
 そもそも、
「あの……ここって、列車だったんですか?」
「知らないで乗ってたの?」
「その……気が付いたら、ここにいて……」
 気が付いたら──いや、それはちょっと違う。
 あたしは、何も思い出せないんだ。
 どうしてこの列車に乗っているのか?
 この列車は、どこに向かっているのか?
 ここに乗る前に、どこでどうしていたのか?
 あたしは、何も思い出せない。
 自分の名前が〝ハル〟ということ以外、何一つ思い出せない。
 それに、〝ハル〟という自分の名前にも、何だか引っかかっている。
 なのに、何も思い出せない。何も分からない。
「あら、そうなの。まあ、のんびり列車の旅も悪くないわ。私みたいにね~」
 もどかしさのあまり頭を抱えていると、キョウコさんののんびりした声がかけられた。
 そうだ──思えば、このキョウコさんの事もそうだ。
「その……キョウコさんは、どこから?」
「天国からよ」
「はあ……」
 天国──まるで当たり前のように自然に返ってきたものだから、あたしは一瞬信じかけた。
「天国って……もしかして、からかってます?」
「とんでもない。私は、天国からアテの無い列車の一人旅を続ける孤高の女──しかして、その名を」
 キョウコさんは、勿体ぶって間を開けると、もっともらしく肩の髪を払って見せ、
「キョウコなのよっ!」
「……そうですか」
 あたしは、もう諦めた。どうやら、まともに答える気は無いのだろう。
『え~間もなく停車いたします~。降り口は右側になりま~す。お降りなるお客様は、お忘れ物の無い様ご注意ください~』
「だ、そうよ」
 間延びした車内アナウンスが響き、キョウコさんは窓の外に目を向けた。その視線を追って窓の外に目を向ければ、トンネルが急に途切れ、あたしは眩しさに目を細めた。

                                  *****

 眩しさに慣れてきたところで、最初に目につくのは流れる川。その次は、向こう岸に立ち並ぶいくつもの建物。どこかの街みたいだけど、列車が向かうのは郊外の方だった。
 列車は川に沿うように進みつつ速度を落としていき、やがて駅らしき場所に停まった。
 らしき場所──というのも、駅名の看板や表示もなく、乗り降りする人は誰もいない。列車の乗降口の高さに合わせて造られたコンクリートの乗り場のみ。
 寂れた──というか、どこか儚い感じの駅だった。
 まあ、何にしてもそこで降りることは無い──と、思う──ので、あたしはぼんやりと窓の外を眺める。
 こちらの席は、列車の進む方に対して左側──つまり駅が邪魔にならない。だから、すぐ前の白い綺麗な建物がよく見えた。十字架を掲げているから教会のようだ。
「あれって……」
 建物の正面扉からは赤い絨毯が敷かれており、それを囲うようにたくさんの人だかり出来上がっている。
 教会、赤い絨毯、人だかり──これだけ揃えば、思い浮かぶのは一つだけ。
「結婚式でもしてるみたいね」
 あたしが思い浮かべた事を、キョウコさんは言った。どうやら、同じことを考えていたらしい。
 それを証明するように、鐘の音と共に教会の正面扉が開き、年若い二人の男女が腕を組んで現れた。お婿さんは質素な白いスーツ、お嫁さんは純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
 あたしは、窓を開けて身を乗り出す。鐘の音や祝いの声が、ここまで聞こえてきた。残念ながら、ここからでは大きなヴェールに隠れてお嫁さんの顔が見えない。
 二人が真っ直ぐ伸びた絨毯の上をゆっくり進んでいくと、招待客達が祝いの声と共にライスシャワーを二人に浴びせていく。お婿さんの友達──というか、男の人がやけにやっかむような気配があるのは、気のせいだろうか。
 お婿さんはどこか迷惑そうにしながらも嬉しさを隠せないような笑みを浮かべ、お嫁さんはそんなお婿さんを微笑ましそうに横目で見つつ、みんなの祝いの声に応えていた。
 お嫁さんの顔は見えないはずなのに、何故かそう思えた。
『え~間もなく発車いたします~。出車時の揺れにご注意ください~』
 間延びしたアナウンスが、続いて出車ベルが鳴り響く。
 列車は静かに動き出し、祝いの音を響かせる教会は遠くなっていった。
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