六音一揮

うてな

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4章 奇想組曲

第62音 主客転倒

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【主客転倒】しゅかくてんとう
主な物事と従属的な物事が逆の扱いを受ける事。
物事の順序や立場などが逆転する事。

================

アールは空高く飛行する。
レイはアールの腕に捕まってぶら下がっていた。

「…危なくないか?」

アールはレイに聞く。
しかし、レイは笑顔。

「いいの、体全体で風を浴びたいわ」

どことなくテンションの高いレイ。
正気を取り戻したアールは思う。
これでは変わらない。
ペルドのために言う事を聞いてきた女。
今ではその者に忠誠を、指示を聞かなければならない。
彼女は自分を奪った気でいるのだろうか。
これから先の事が思いやられる。

レイはとても嬉しかった。
これで彼は私のもの。
永遠に離れられる心配が無い事を深く思う。
自らの孤独、何の心配も無くなり、もうどうなっても良いと思うくらいだ。
一生彼を大事にしたいと思うのだった。



ルネアは歩きながらも言う。

「どこですかね~」

その言葉にリートは呟く。

「顔も知らない…」

それは殆どみんな同じである。
知っているのは自分とアールとラムだけだ。

その時、森の木々の向こう側に物音がする。
とても物騒で怒り狂ったような声が聞こえる。

「…行ってみよう」

ラムは勇気を持って言った。
そして、みんなも頷いて行くのであった。



アールが飛行中、レイは森に迷い込んでいる少女を見つけた。

「アールさん、私をここに降ろして」

アールは目を細めながら見るが、わからないまま降ろす。
子供はアールを見て怖がったが、レイが優しく慰める。
アールは首を傾げて、ポケットの眼鏡のスペルを出してかけた。

「…子供…、迷子か。」

「アールさん、先に行ってて頂戴。
私はこの子を親元まで連れて行くから」

アールは人に世話を焼くレイを珍しいと思った。
相当心に余裕が出てきたのだろう。

子供に微笑みかけるレイを見てアールはホッとした。
これで彼女は少し解放されるのかと思うと、苦しい思いをする者が減ると思うと安心した。
そう思いつつも「頼んだ。」と言って、アールはまた飛び立つのだった。

レイと少女は彼を見守っていた。
ふと、少女は聞いてきた。

「あの怖いお兄さん、お姉さんの知り合い?」

その問いにレイはふっと笑うと言った。

「ええ。未来の夫様」



物騒な音の先にはペルドがいた。
ペルドは恐ろしいくらいに怒り狂っていた。
自分に従っていた奴隷とも言えるアールが攻撃してきたからでもあるが、
他の怒りや憎しみに囚われていた。
ルネア達はそれを見て呆然。

「危なそう…やっぱダメ?」

「怖いどころじゃねぇだろぉ…」

ラムは怖いのか、涙目だった。
それに気づいたペルド。

「お前達……。私の餌食となれぇっ!!」

そう言って突如襲ってきた。
みんなは驚いていると、目の前に誰かが現れる。
それは、両剣を手にしたノノだった。

「おお!待たせたな!恐ろしい魔物じゃの」

とノノは平気そうだ。

「何アイツ、バカすぎ」

シナは唖然と呆れる。
ラムは焦って「アールは!?」と聞いた。
ノノは魔物の攻撃を両剣で受けながらも言う。

「かかと落としでケリをつけてやった!」

正直みんなはポカンとしていた。

(武器意味ない…)

ルネアは思いつつも、武器は危険だからなと思った。
相手は魔法でノノを飛ばしてきた。
ノノは飛ばされながらも空中で翼を生やして、
相手に向かおうとしたが…

一瞬、何かが横切る。
その何かはペルドにぶつかる。
その何かと魔物はくるくると地面を転がって止まる。
するとそれはアールで、相手の両腕を抑えていた。

みんなは『アール!?』と呼んだ。
アールはペルドの怒り狂った気持ちを理解する。
その怒りはまるで自分のようだった。
自分の今までの怒りや恨み、その他の負の感情がペルドに乗り移って暴走しているように見えた。

――私はね。
君の不安定な感情、凶暴な心にに動かされている。――

ふと、父の言葉を思い出す。
それは父だけに言える事ではない、アールと契約したペルドもそうだった。

すると、急に頭に再び過る。
さっき感じた怒りや憎しみ。
ペルドに溢れたものが自分に移りそうだ。
頭痛、目の前が白くなる。

その隙を見て、ペルドはアールを飛ばした。
ノノは焦ってペルドを止めにかかる。
周りのみんなはアールに近寄った。

「アール!」

ラムが呼ぶと、アールは顔を上げて言った。

「駄目…来るな…。」

瞳が真っ赤に変わっていく。
その瞬間を間近で見たみんなは息を呑んだ。

「離れよう…」

シナは呟いた。
しかし、みんなはショックでボーッとしていて動かない。

「逃げてっ!」

シナの声にみんなは我に戻り、急いでアールから距離を置こうと走り出す。
アールはみんなを襲おうと動き始めた。

(体が言う事を聞かない…。
レイと契約をしてもペルドは主のままなのか…!
奴の傍にいると意識がまた悪い方向に!)

そう思うアールだが、誰にも届かない。

「アールしっかり!どうしちゃったの!」

リートは声をかける。

「オヤジと葛藤してんのか!?」

とテノ。
ラムは言った。

「どっちにしろ怖い!」

アールは自分の制御ができなく悔しかった。
悔しい悔しい悔しい!
弱い、弱すぎる。もっと強くならなければ。
後ろばかりを振り向かず、前をもっと見ていれば。
何かが欲しいと、変に求めなければ。
きっと、こんな事にはならなかったはず。

その瞬間、目の前に青年が現れる。

「お馬鹿みたいな事考えちゃ駄目だよ。」

そう言うと、アールを優しく抱きしめた。
アールは急な出来事にビクッと驚いた。
周りはアールが二人いると知って驚く。
青年はアールを強く抱きしめた。

「ごめんね。説明不足だったよね。
君、間違っていないよ。主は新しい子いた方がいいね。
主はね、強い人じゃないといけないんだ。
心が強くて信頼してくれる子。できる子。
主の本当の目的って、竜の暴走し勝ちな心を鎮める為にいるって聞いた事があるの。
そして、お互い助け合っていく。
そんな生き物なんだよ。」

青年のその言葉をアールは黙って聞いている。

「僕って酷いよ。
最初は見守る為に君の前に現れたけど、
いつしか君が傷つくのをを黙って見るようになって…、
君をいつまでも助けられなかった…。
君が苦しい時も、いつも隠れて見ていた。
怖くて…手が出ないんだ…。勇気が無くて…。
ごめん…」

アールは驚いた顔をして呟いた。

「私は…お前に会って間もない…はずだ。なぜ?」

彼は笑うと言った。

「隠れていたに決まってるじゃん。」

「結論…、何が言いたいんだ?」

「ごめんごめん。今のは懺悔のつもり。
君は沢山の人に愛されている。…君が思うより沢山の人にね。
僕、父、母、義父、パートリーダーのみんな、ルネア君。
それに児童園にも沢山いるじゃん。…わかってる?
愛には証拠がないから不安で…仕方ないよね…。」

その言葉に、アールは表情を歪めた。

「怖い……。切り離されるのが怖い…。」

青年は目を少し細めると、抱きしめるのをやめてアールの両肩を持った。

「駄目だよ…。君は自ら離しに行ってるもん。
もっと素直にならなくちゃ。
虐めだってあの児童園の子達なら、怖いだけじゃあそこまで酷くならない。
君は構って欲しいからって、過ぎた悪戯も沢山した。
しかも謝りもしない悪い子だったんだぞ?」

「悪い子…。」

(良い子でいたい…。)

とアールは嫌われるのを恐れた。
青年はふふっと笑うと言う。

「君は愛されているのに勘違いしてたって訳。
…もっと自分に自信を持ってよ…。」

アールは青年に顔を上げる。
二人の顔がお互いに向き合う。
見ているみんなは、本当にそっくりだと思った。
赤い瞳が元に戻っていく。
青年はアールの頭を撫でて、「良い子。」と呟いた。
青年はアールに言った。

「大昔の悪~い竜は、主を乗っ取った。
主と奴隷。真逆にしたんだ。」

アールは驚く。

「主の意思より竜が上回る時、主を意のままに操る事ができるの…恐ろしいでしょ?
血を貰ったのならばこっちの勝ち。
全てを捧げたフリして、全てを捧げてもらうの。」

そう青年が言うと、ニヤッとして言った。

「相手を意のままに操る…。全てを頂く…。
君ならできるさ……その血を引くんだから。」

アールはそれを目を少し見開きながら聞いていると、青年はアールの顔をこちらに向けた。

「さあ、これで僕の今期最後の助言は終わりだよ。
……良い事最後に教えてあげる。」

アールは不思議そうに彼を見つめる。
彼は笑顔でアールに言った。

「【アール】、これは僕等の星の隠し言葉の一つ。
…意味はね……。【旅人】って言うの。」

アールは目を丸くした。
更に青年は続けた。

「でも、それだけじゃ足りない。
……【ダーン】、これは義父がつけてくれた姓。
意味……聞いてみたら?本人から。
きっと愛が……わかるから……。」

青年は目に涙を溜めていた。
アールは思わず、青年に聞いた。

「悲しい…?」

「うん、君とお別れなんて悲しい。
ずっと一緒にいたいよ……。でも…ママが待ってる。帰らなきゃ…。」

と、青年が言うのであった。
青年はアールから手を離す。
アールはふと彼の手を掴んだ。

「…お前は本当に……、本当に何者なんだ?」

「し。また今度会ったら教える…。大丈夫!きっと会えるもん!」

青年は笑顔で言うのだった。

「本当に…?」

アールがゆっくり手を離して聞くと、彼は背を向けて数歩歩いた。
それから振り向いて笑顔で言う。

「うん!」

青年は羽を広げると、飛び立ちながら言った。

「君は【アール・ダーン】!…見つかるよ…きっと…。」

青年は空を舞い、遠くへ飛んで行ってしまった。
アールは手を伸ばしたが、もう彼は遠くへ行ってしまっていた。
アールは自分の片手を見ながら呟く。

「私の…名前……。」

すると、ふとノノとペルドの様子が気になる。
ノノもペルドも接戦で、ノノは疲れきっていた。

「ノノ!離れてましょう!ここはバリカンに任せて!」

シナは一か八かでアールを信じた。
ルネアも焦って「そうです!」と言った。
それを聞いたノノは「一騎打ち…?かの」と言いつつ、みんなのところに行った。

ペルドはアールを見る。
アールもペルドを見つめた。

「お前…っ私に力をよこせ…っ!」

と、しゃがれた地味た声を出すペルド。
アールはそんなペルドを見て言った。

「私の恨み…そんなに苦しいか…?
……要らないなら返して欲しい…全部…全部。」

ペルドは怒りでアールの首に噛み付いた。
血が飛ぶ。無残に噛み付きわざと傷を広める。
完全に相手の思考は壊滅していた。

みんなは怖くて見ないようにした。
しかし、ルネアは恐怖を超えて目を隠す力も出ない。
アールを地面に倒して噛み付き殺そうとするペルド。

その時だった。
ペルドに異変が出る。
急に苦しみだし、悶え始めた。
他の一同も、変化に気づき、目の前を見た。
ただでさえ血色の悪いペルドの顔色が更に悪くなる。

最終的には、かすれるような声を出して倒れた。
動く事が亡くなった、ペルドの体。

「……死ん…だ?」

テノは呟いた。
みんなは驚きで声をあげた。

「アールは!?」

とラムは言う。

すると、アールはなんと起き上がってきた。
血塗れながらも立ち上がる彼。
さっきまでの傷口は一切なく、しかも人の姿に戻っていた。
一方ペルドは、血を失ったのか血一滴も傷から流れていなかった。
愛する者を求めるばかりに欲に走り、人を襲い、
ついには自分の奴隷に血を奪われ、哀れにも死んでいった。

軽く吹く爽やかな風。
その立ち上がるアールの姿は、まるで死神のように見えた。



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