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2章 接続独唱
第15音 旧雨今雨
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【旧雨今雨】きゅううこんう
古い友人と新しい友人の事。
============
ラムは朝、パートリーダーの六人で歌の練習をしていると気分が悪いのか倒れそうになる。
「ラム?大丈夫か?風邪か?」
と声をかけたのはアールだった。
(アールが隠し事しているから不安…だなんて言えない…)
ラムはそんな事を考えて何も答えなかった為、アールはラムを心配に思うのだった。
ルネアは外に出た。
怪しく隠れながらの外出。
特に意味はないのだが、今はヒソヒソしたい気分なのである。
人の気配を極端に気にし、キョロキョロ。
誰が見ても怪しいだろう、腕時計をしてない腕を見て時計を確認するフリ。
人がいない事を知ると草のない砂利道を横断、木に隠れて覗いてみる。
(覗くってラムってイメージがある…)
ルネアはそんな事を思って苦笑いしてしまうと、突如ルネアの腕を誰かに掴まれる。
足を軽く蹴られ、一瞬の内に体が浮いたルネア。
(背負い投げ…!)
見た事のない濃い桃色の髪が一瞬見える。
そして投げられると同時にルネアは、投げ転ぶ事無く着地した。
「誰!」
ルネアはすぐに後ろを振り返ると、目の前には色違いのテナーがいた。
彩度の高い桃色の長い髪、テナーの様な優しい目ではなくつり目でムスっとしている。
ケープの色はテノールで、ラインの色は今までにない赤紫色だった。
「テナー…?さん?」
ルネアが呟くと、相手は両手を重ねて指を鳴らし始めた。
「オメェよォ…。アイツと俺を同じにすんじゃねぇよ…!」
その威圧にテナーらしさを全く感じない、完全に別人だ。
(これが噂のドッペル…!?)
ルネアは先日の話に繋げてしまうと、相手は言った。
「オメェ何モンだッ!怪しすぎるぜテメェ!」
ラムの厳つさとは比べ物にならないくらい不良らしさがある。
困惑するルネアに容赦なく近づく彼、すると突如アールの声が聞こえた。
「【テノ】?」
聞こえた方を見ると、アールはどうやら近くにいるテナーの言葉を通訳しただけ。
そして、その桃色の男は怒りの表情で言った。
「テナー…テメェよォ……
いつまでアルにゃんに通訳してもらってんだよッ!」
テナーは身振り手振りで彼に何かを伝えている。
「あぁん?」
それに対し、彼はお怒りの様子。
ルネアはとりあえずお暇をしいてるアールに聞く。
「あの人は?」
「【テノ・カレッジ】、テナーの弟だ。数年前に旅に出たんだが、帰ってきたようだな。」
ルネアは納得していると、テノはテナーに舌打ち、それからアールの方に来て何かに気づく。
「アルにゃんお前…」
アールは首を傾げた。
「久しぶり。」
アールはそう言うと、テノは笑顔になってアールの背中を思い切り何度か叩きながら言う。
「身長低くなったな!どうした!?退化か?」
と言われたアールは少し不機嫌な顔を見せた。
あまり表情を変えないアールにしては珍しい。
「お前が高くなっただけだ。」
怒りのせいで声に生気が入っている様に聞こえる。
テノはガッツポーズし、アールは悔しさからテノを無表情で睨みつけていた。
そしてアールはテナーの通訳で言った。
「久しぶりに帰ってきならさ、挨拶に行こう?」
「おしッ!」
テノはそう気合を入れて、児童園の人達の元へ向かう。
元気な人が新たに加わった。
長い廊下を四人は歩く。
「この時間は大体の人が食堂にいるだろう。」
アールはそう言って食堂の扉を開ける。
他の三人は先に入る。
すると食堂には飾り物がいっぱいで、まるで何かを祝うような部屋に。
それを見たテノは目に涙を溜めた。
「お前らもしかして…俺の帰りを…!」
すると、ノノがテノに気づいて言った。
「お?テノか。おかえり、久しぶりじゃの。」
「久しぶりテノ…。」
近くにいたリートも挨拶すると、背後からツウは言った。
「あれ?帰ってたの?じゃついでにテノの分も祝おう。」
「ついで?」
テノはその言葉に引っかっかる。
ラムはテーブルクロスを綺麗に整えていて、それを見ながらもルカはテノの元にやってきた。
「今日は新入生が来るんだお?」
「新入生…!」
少しお怒りの様子のテノ。
それもその筈、何年ぶりに帰ってきたのに歓迎の言葉があまりないのが不満なのだ。
その時だった、食堂の扉か一人の女性が入ってくる。
見知らぬ女性。児童園の人を把握したルネアは、この女性が新入生だという事がひと目でわかった。
身長は低く可愛らしいが、どこか大人の雰囲気のある女性。
ストロベリーブロンドのウェーブした長い髪を、一つに結んで肩の前に垂れ流している。
やんわりとした目つきだが、優しさは感じずアールよりも無愛想な顔をしていた。
ケープの色的にはメゾソプラノだ。
扉前にいたルネアとテナーは道をあけ、アールは彼女を見て眉を潜める。
彼女は一瞬だけアールを見て、すぐに目を逸らした。
テノと肩がぶつかると、テノは言う。
「あ?」
しかし彼女はそのまま素通りしていった。
「ッた!謝りもなしかよ!」
調理室からまめきちが出てくると、彼女の隣に来てみんなに言う。
「今日からここで一緒に過ごす【レイ・エルガー】ちゃんだ、仲良くしてね。」
それにみんなは挨拶をし、ノノは呟いた。
「年齢は十九と聞いたぞ。」
「え、その歳で入ってくるのは珍しいね。」
と、リートは驚いていた。
シナは率先してレイの前にやってくる。
「初めまして!私はシナ・ラドナ!よろしくねレイちゃん!」
しかしレイは、すぐに目を逸らす。
「ありゃ…」
シナは困ってしまうと、テノはレイを見て呟いた。
「あの女…胸が大きい。」
それを見たテナーは好奇心で少し目が輝いた。
ルネアも感心していると、テノは更に言う。
「ああいう女は既に経験済みかもな、多数の男と。」
テノの言葉に、テナーはふざけ半分で怖がってみせた。
すると、レイの冷たい視線が一気に二人の方へ。
「はっ、まさか無しか?」
テノはレイの反応を気にせず鼻で笑うと、テナーは悪い事をしたと思いケジメをつけた。
それからアールを連れて、彼女の前までやってくる。
レイは身長の高い二人を見上げると、アールはテナーの通訳をした。
「はじめまして、僕の名前は…」
と言った時だった、レイは腕を振りかぶって拳をアールにぶつけようとした。
しかしレイは当たらない寸前で手を止め、アールの髪が振りかぶった衝撃で僅かに揺れる。
「アール!」
とラムは心配したが、アールは表情を一切変えなかった。
「…ごめんなさい。隣の男を殴ろうとしたけど間違えちゃった。」
レイはやっと喋った。
アールとレイは、黙ってお互いを見つめていた。
テノは殴られるはずだったテナーに笑って言う。
「ドンマイ」
ルネアはアールの様子に異変を感じて質問をした。
「アールさんの知り合いですか?」
「いや…」
アールはルネアに振り返りながら言うが、レイに腕を引っ張られて食堂の外へ。
それにざわつく食堂のみんな。
調理室から料理を運んできたダニエルは、みんなの様子を見るなり疑問符を頭の上に浮かべた。
食堂外の長い廊下、アールは壁際に立たされている。
レイはそんなアールを正面から眺めると、無愛想な表情を緩めて微笑んだ。
それからレイはアールのケープの上を指でなぞりながら言う。
「ねえ、みんなに知られるのが嫌なの?」
「はい。」
アールはそう答え、レイの手を下げる。
「ペルちゃんは元気?」
ペルちゃんとは、あの吸血鬼ペルドの事である。
「まだお会いになられていないのですか。」
「あなたが先。」
レイの言葉にアールは黙ってしまうと、次に言った。
「…学校はお辞めに。」
レイは頷くと、次に不機嫌な顔を見せる。
「元彼がいたの、私を騙した奴。」
それからレイは震えた様子で、アールに抱きついて言った。
「私、あの人が怖いの…。周りも誰も信用できない。
だからお願い、アールさんの傍にいさせて…いいでしょ?」
「ご安心ください、ここから追い出すような事はいたしません。」
アールは表面上では優しく言ったが、心の中では違う。
(見張るように言われたし、どこかにフラフラされても私の責任だからな。)
その言葉には若干の怒りが混ざっており、逆にレイもアールに抱きつきながらも思っていた。
(この男を落としたいこの男を落としたいこの男を落としたいこの男を落としたい)
食堂ではレイが新しく加わった事で、部屋の割り振りを改めて決めていた。
ルネアはテノとのじゃんけんで負け、ルネアは負けてガクッとなるがテノは喜び跳ねる。
ラムはルネアに言った。
「そんなに俺と同室は嫌かよ。」
それを聴いたシナは言う。
「部屋の片付けにうるさいじゃない。アンタ繊細だし、細かい所を気を配んないといけなくなるし。」
「あれが普通なんだよっ!」
ラムはそう言ったが、誰一人と共感する者はいなかった。
そこにアールとレイが再び食堂へ入ってくる。
ラムは二人に気づくと、心配した顔でアールに言った。
「アール…その人…」
アールはラムの顔を見ると、少し黙ってから言う。
「この前図書館で会ったんだ。…ど忘れしていた…。」
勿論、嘘である。
ラムは恋仲ではないと知り、安堵の溜息をついた。
そこでシナが二人を呼び、一枚の紙を見せた。
「バリカンとレイちゃんの部屋割り決まったよ~」
その紙にはみんなの部屋割りが記載されており、アールの部屋は大文字で【バリカン】とあったのですぐに部屋を確認できた。
しかし、そのすぐ下に【レイ・エルガー】と書かれていた。
そう、二人は同室にされていた。
「知り合いっぽいからさ~。バリカン、レイちゃんの面倒頼んだわよ~」
シナはニコニコで言ったが、アールは時が止まったようにジッとする。
「終わった…」
アールはみんなに聞こえるか聞こえないくらいで呟いた。
(シナ…っ!)
アールはレイが苦手で、勝手に同室にされた事に怒りを覚えている様子。
しかしレイはというと、顔には見せないが心の中では一人ニヤリとしていた。
(アールさんと同室…!)
解散後。
児童園のみんなは、部屋の荷物の引越し。
ルネアとラムとシナは同室になったのだが、なぜか部屋にはテノもいた。
「なんでテノくんもいるの?」
ルネアが聞くと、テノはカリカリした様子で言う。
「同室のアルにゃんと新入生、静か過ぎてイライラすんだよ。」
テノは短気のようで、なぜか静けさが嫌いな様子。
「アールと新入生が二人きり…」
ラムは一人、ボーッとしながら心配しているのである。
対してテノ達の部屋では、アールはいつもだったらラムに指摘される床での読書を指摘される事もないので、床に座ってゆっくり読書をしていた。
するとレイはそっとアールに近づき、アールが振り向かないので額にキスをする。
「ねえねえ、ペルちゃんにあなたを自由にしてもいいって言われたのよ私。
自由にしてもいいわよね?」
レイはそう聞くと、アールは本を閉じて軽く溜息を吐いた。
「限度というものはございますが。」
レイはアールの冷たい反応につまらなそうな顔をする。
「私と付き合ってくれないの?」
アールは立ち上がると、レイに言った。
「今度は私を運命の相手だと思っているのですか?
レイ様はいつも、そうやって男に騙されてきたのでしょう。
もっと自分を大事にしてください。」
その言葉にショックを受けたのか、レイは必死になって言う。
「大事にしてるわ!別に今は男の言いなりになんかなってない…!
体も大事にしてるし…言ったでしょ?」
アールはそのまま部屋の扉を開ける。
「わかっています。だからこそ、あなたにもっと相応しい方がいると言っているのです。」
そう言ってアールは部屋を立ち去ると、レイはアールが出て行った扉を暫く見つめていた。
(嫌…アールさんじゃないと駄目なの私…。)
ルネアの部屋では、片付けが終わっていてみんなが寛いでいた。
そこで部屋の扉をノックする音が聞こえ、ラムが急いで出る。
するとそこにいたのはアールだった。
「アール!」
アールはラムを見ると首を傾げた。
ラムが顔をピンクにしていると、アールは物を差し出す。
袋に包まれた何かで、アールは言った。
「ラムは風邪引いてないか?薬草を持ってきた…使って…」
アールはそう言って視線を逸らしてしまうと、ラムは嬉しくて顔を赤くする。
「あっ、ありがとうアール!!大事に…いや、ちゃんと飲む!」
それを聴いたアールはラムの顔を見ると、暫くしてから頭を軽く下げた。
「お大事に。」
そう言って立ち去ると、ラムは嬉しそうに部屋に戻っていく。
「薬草」
テノは笑っていた。
しかしラムは幸せそうで、アールから貰った薬草の包み紙をずっと眺めていた。
レイは自分の机に伏せ、窓の外を眺めている。
(あの人は私から逃れられない…)
そう思っていると、部屋に小さい竜のイーちゃんが入ってきた。
レイはイーちゃんを見て目を丸くすると、イーちゃんはレイを警戒している。
「以前会った時から全く大きくなってないじゃない、この竜。」
レイはそう言いながらイーちゃんをスルー。
そこで外にてアールが通りかかると、イーちゃんは喜んでアールに飛び込んだ。
「イー、…こんにちは。」
アールはそう言ってイーちゃんを撫でると、レイはその光景をガン見。
イーちゃんはアールの頬を舐め、とても懐いている様子だった。
レイは拳を強く握り締めていた。
どうやらレイは、小さい竜にさえも嫉妬する様であった。
古い友人と新しい友人の事。
============
ラムは朝、パートリーダーの六人で歌の練習をしていると気分が悪いのか倒れそうになる。
「ラム?大丈夫か?風邪か?」
と声をかけたのはアールだった。
(アールが隠し事しているから不安…だなんて言えない…)
ラムはそんな事を考えて何も答えなかった為、アールはラムを心配に思うのだった。
ルネアは外に出た。
怪しく隠れながらの外出。
特に意味はないのだが、今はヒソヒソしたい気分なのである。
人の気配を極端に気にし、キョロキョロ。
誰が見ても怪しいだろう、腕時計をしてない腕を見て時計を確認するフリ。
人がいない事を知ると草のない砂利道を横断、木に隠れて覗いてみる。
(覗くってラムってイメージがある…)
ルネアはそんな事を思って苦笑いしてしまうと、突如ルネアの腕を誰かに掴まれる。
足を軽く蹴られ、一瞬の内に体が浮いたルネア。
(背負い投げ…!)
見た事のない濃い桃色の髪が一瞬見える。
そして投げられると同時にルネアは、投げ転ぶ事無く着地した。
「誰!」
ルネアはすぐに後ろを振り返ると、目の前には色違いのテナーがいた。
彩度の高い桃色の長い髪、テナーの様な優しい目ではなくつり目でムスっとしている。
ケープの色はテノールで、ラインの色は今までにない赤紫色だった。
「テナー…?さん?」
ルネアが呟くと、相手は両手を重ねて指を鳴らし始めた。
「オメェよォ…。アイツと俺を同じにすんじゃねぇよ…!」
その威圧にテナーらしさを全く感じない、完全に別人だ。
(これが噂のドッペル…!?)
ルネアは先日の話に繋げてしまうと、相手は言った。
「オメェ何モンだッ!怪しすぎるぜテメェ!」
ラムの厳つさとは比べ物にならないくらい不良らしさがある。
困惑するルネアに容赦なく近づく彼、すると突如アールの声が聞こえた。
「【テノ】?」
聞こえた方を見ると、アールはどうやら近くにいるテナーの言葉を通訳しただけ。
そして、その桃色の男は怒りの表情で言った。
「テナー…テメェよォ……
いつまでアルにゃんに通訳してもらってんだよッ!」
テナーは身振り手振りで彼に何かを伝えている。
「あぁん?」
それに対し、彼はお怒りの様子。
ルネアはとりあえずお暇をしいてるアールに聞く。
「あの人は?」
「【テノ・カレッジ】、テナーの弟だ。数年前に旅に出たんだが、帰ってきたようだな。」
ルネアは納得していると、テノはテナーに舌打ち、それからアールの方に来て何かに気づく。
「アルにゃんお前…」
アールは首を傾げた。
「久しぶり。」
アールはそう言うと、テノは笑顔になってアールの背中を思い切り何度か叩きながら言う。
「身長低くなったな!どうした!?退化か?」
と言われたアールは少し不機嫌な顔を見せた。
あまり表情を変えないアールにしては珍しい。
「お前が高くなっただけだ。」
怒りのせいで声に生気が入っている様に聞こえる。
テノはガッツポーズし、アールは悔しさからテノを無表情で睨みつけていた。
そしてアールはテナーの通訳で言った。
「久しぶりに帰ってきならさ、挨拶に行こう?」
「おしッ!」
テノはそう気合を入れて、児童園の人達の元へ向かう。
元気な人が新たに加わった。
長い廊下を四人は歩く。
「この時間は大体の人が食堂にいるだろう。」
アールはそう言って食堂の扉を開ける。
他の三人は先に入る。
すると食堂には飾り物がいっぱいで、まるで何かを祝うような部屋に。
それを見たテノは目に涙を溜めた。
「お前らもしかして…俺の帰りを…!」
すると、ノノがテノに気づいて言った。
「お?テノか。おかえり、久しぶりじゃの。」
「久しぶりテノ…。」
近くにいたリートも挨拶すると、背後からツウは言った。
「あれ?帰ってたの?じゃついでにテノの分も祝おう。」
「ついで?」
テノはその言葉に引っかっかる。
ラムはテーブルクロスを綺麗に整えていて、それを見ながらもルカはテノの元にやってきた。
「今日は新入生が来るんだお?」
「新入生…!」
少しお怒りの様子のテノ。
それもその筈、何年ぶりに帰ってきたのに歓迎の言葉があまりないのが不満なのだ。
その時だった、食堂の扉か一人の女性が入ってくる。
見知らぬ女性。児童園の人を把握したルネアは、この女性が新入生だという事がひと目でわかった。
身長は低く可愛らしいが、どこか大人の雰囲気のある女性。
ストロベリーブロンドのウェーブした長い髪を、一つに結んで肩の前に垂れ流している。
やんわりとした目つきだが、優しさは感じずアールよりも無愛想な顔をしていた。
ケープの色的にはメゾソプラノだ。
扉前にいたルネアとテナーは道をあけ、アールは彼女を見て眉を潜める。
彼女は一瞬だけアールを見て、すぐに目を逸らした。
テノと肩がぶつかると、テノは言う。
「あ?」
しかし彼女はそのまま素通りしていった。
「ッた!謝りもなしかよ!」
調理室からまめきちが出てくると、彼女の隣に来てみんなに言う。
「今日からここで一緒に過ごす【レイ・エルガー】ちゃんだ、仲良くしてね。」
それにみんなは挨拶をし、ノノは呟いた。
「年齢は十九と聞いたぞ。」
「え、その歳で入ってくるのは珍しいね。」
と、リートは驚いていた。
シナは率先してレイの前にやってくる。
「初めまして!私はシナ・ラドナ!よろしくねレイちゃん!」
しかしレイは、すぐに目を逸らす。
「ありゃ…」
シナは困ってしまうと、テノはレイを見て呟いた。
「あの女…胸が大きい。」
それを見たテナーは好奇心で少し目が輝いた。
ルネアも感心していると、テノは更に言う。
「ああいう女は既に経験済みかもな、多数の男と。」
テノの言葉に、テナーはふざけ半分で怖がってみせた。
すると、レイの冷たい視線が一気に二人の方へ。
「はっ、まさか無しか?」
テノはレイの反応を気にせず鼻で笑うと、テナーは悪い事をしたと思いケジメをつけた。
それからアールを連れて、彼女の前までやってくる。
レイは身長の高い二人を見上げると、アールはテナーの通訳をした。
「はじめまして、僕の名前は…」
と言った時だった、レイは腕を振りかぶって拳をアールにぶつけようとした。
しかしレイは当たらない寸前で手を止め、アールの髪が振りかぶった衝撃で僅かに揺れる。
「アール!」
とラムは心配したが、アールは表情を一切変えなかった。
「…ごめんなさい。隣の男を殴ろうとしたけど間違えちゃった。」
レイはやっと喋った。
アールとレイは、黙ってお互いを見つめていた。
テノは殴られるはずだったテナーに笑って言う。
「ドンマイ」
ルネアはアールの様子に異変を感じて質問をした。
「アールさんの知り合いですか?」
「いや…」
アールはルネアに振り返りながら言うが、レイに腕を引っ張られて食堂の外へ。
それにざわつく食堂のみんな。
調理室から料理を運んできたダニエルは、みんなの様子を見るなり疑問符を頭の上に浮かべた。
食堂外の長い廊下、アールは壁際に立たされている。
レイはそんなアールを正面から眺めると、無愛想な表情を緩めて微笑んだ。
それからレイはアールのケープの上を指でなぞりながら言う。
「ねえ、みんなに知られるのが嫌なの?」
「はい。」
アールはそう答え、レイの手を下げる。
「ペルちゃんは元気?」
ペルちゃんとは、あの吸血鬼ペルドの事である。
「まだお会いになられていないのですか。」
「あなたが先。」
レイの言葉にアールは黙ってしまうと、次に言った。
「…学校はお辞めに。」
レイは頷くと、次に不機嫌な顔を見せる。
「元彼がいたの、私を騙した奴。」
それからレイは震えた様子で、アールに抱きついて言った。
「私、あの人が怖いの…。周りも誰も信用できない。
だからお願い、アールさんの傍にいさせて…いいでしょ?」
「ご安心ください、ここから追い出すような事はいたしません。」
アールは表面上では優しく言ったが、心の中では違う。
(見張るように言われたし、どこかにフラフラされても私の責任だからな。)
その言葉には若干の怒りが混ざっており、逆にレイもアールに抱きつきながらも思っていた。
(この男を落としたいこの男を落としたいこの男を落としたいこの男を落としたい)
食堂ではレイが新しく加わった事で、部屋の割り振りを改めて決めていた。
ルネアはテノとのじゃんけんで負け、ルネアは負けてガクッとなるがテノは喜び跳ねる。
ラムはルネアに言った。
「そんなに俺と同室は嫌かよ。」
それを聴いたシナは言う。
「部屋の片付けにうるさいじゃない。アンタ繊細だし、細かい所を気を配んないといけなくなるし。」
「あれが普通なんだよっ!」
ラムはそう言ったが、誰一人と共感する者はいなかった。
そこにアールとレイが再び食堂へ入ってくる。
ラムは二人に気づくと、心配した顔でアールに言った。
「アール…その人…」
アールはラムの顔を見ると、少し黙ってから言う。
「この前図書館で会ったんだ。…ど忘れしていた…。」
勿論、嘘である。
ラムは恋仲ではないと知り、安堵の溜息をついた。
そこでシナが二人を呼び、一枚の紙を見せた。
「バリカンとレイちゃんの部屋割り決まったよ~」
その紙にはみんなの部屋割りが記載されており、アールの部屋は大文字で【バリカン】とあったのですぐに部屋を確認できた。
しかし、そのすぐ下に【レイ・エルガー】と書かれていた。
そう、二人は同室にされていた。
「知り合いっぽいからさ~。バリカン、レイちゃんの面倒頼んだわよ~」
シナはニコニコで言ったが、アールは時が止まったようにジッとする。
「終わった…」
アールはみんなに聞こえるか聞こえないくらいで呟いた。
(シナ…っ!)
アールはレイが苦手で、勝手に同室にされた事に怒りを覚えている様子。
しかしレイはというと、顔には見せないが心の中では一人ニヤリとしていた。
(アールさんと同室…!)
解散後。
児童園のみんなは、部屋の荷物の引越し。
ルネアとラムとシナは同室になったのだが、なぜか部屋にはテノもいた。
「なんでテノくんもいるの?」
ルネアが聞くと、テノはカリカリした様子で言う。
「同室のアルにゃんと新入生、静か過ぎてイライラすんだよ。」
テノは短気のようで、なぜか静けさが嫌いな様子。
「アールと新入生が二人きり…」
ラムは一人、ボーッとしながら心配しているのである。
対してテノ達の部屋では、アールはいつもだったらラムに指摘される床での読書を指摘される事もないので、床に座ってゆっくり読書をしていた。
するとレイはそっとアールに近づき、アールが振り向かないので額にキスをする。
「ねえねえ、ペルちゃんにあなたを自由にしてもいいって言われたのよ私。
自由にしてもいいわよね?」
レイはそう聞くと、アールは本を閉じて軽く溜息を吐いた。
「限度というものはございますが。」
レイはアールの冷たい反応につまらなそうな顔をする。
「私と付き合ってくれないの?」
アールは立ち上がると、レイに言った。
「今度は私を運命の相手だと思っているのですか?
レイ様はいつも、そうやって男に騙されてきたのでしょう。
もっと自分を大事にしてください。」
その言葉にショックを受けたのか、レイは必死になって言う。
「大事にしてるわ!別に今は男の言いなりになんかなってない…!
体も大事にしてるし…言ったでしょ?」
アールはそのまま部屋の扉を開ける。
「わかっています。だからこそ、あなたにもっと相応しい方がいると言っているのです。」
そう言ってアールは部屋を立ち去ると、レイはアールが出て行った扉を暫く見つめていた。
(嫌…アールさんじゃないと駄目なの私…。)
ルネアの部屋では、片付けが終わっていてみんなが寛いでいた。
そこで部屋の扉をノックする音が聞こえ、ラムが急いで出る。
するとそこにいたのはアールだった。
「アール!」
アールはラムを見ると首を傾げた。
ラムが顔をピンクにしていると、アールは物を差し出す。
袋に包まれた何かで、アールは言った。
「ラムは風邪引いてないか?薬草を持ってきた…使って…」
アールはそう言って視線を逸らしてしまうと、ラムは嬉しくて顔を赤くする。
「あっ、ありがとうアール!!大事に…いや、ちゃんと飲む!」
それを聴いたアールはラムの顔を見ると、暫くしてから頭を軽く下げた。
「お大事に。」
そう言って立ち去ると、ラムは嬉しそうに部屋に戻っていく。
「薬草」
テノは笑っていた。
しかしラムは幸せそうで、アールから貰った薬草の包み紙をずっと眺めていた。
レイは自分の机に伏せ、窓の外を眺めている。
(あの人は私から逃れられない…)
そう思っていると、部屋に小さい竜のイーちゃんが入ってきた。
レイはイーちゃんを見て目を丸くすると、イーちゃんはレイを警戒している。
「以前会った時から全く大きくなってないじゃない、この竜。」
レイはそう言いながらイーちゃんをスルー。
そこで外にてアールが通りかかると、イーちゃんは喜んでアールに飛び込んだ。
「イー、…こんにちは。」
アールはそう言ってイーちゃんを撫でると、レイはその光景をガン見。
イーちゃんはアールの頬を舐め、とても懐いている様子だった。
レイは拳を強く握り締めていた。
どうやらレイは、小さい竜にさえも嫉妬する様であった。
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