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プロローグ 嚆矢濫觴 後半
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森を必死に走るルネア。
しかし不思議と、竜からの攻撃は来ていなかった。
遠い遠い場所から破壊される音、人の悲鳴が聞こえる。
ルネアは恐怖で怯えた。
何が起きたのかもわからなかった。
平和に生きてたルネアは、目の前に起こった惨劇に対し逃げる事しか考えられないのだ。
気づくと森の木々は、宇宙色をした葉を持つ木に変わっていた。
真っ暗な森に、宇宙の輝きを持つ木々。
ルネアはその幻想的な光景に、気づけば走るのをやめて歩いていた。
(どこだろ…。まるで宇宙に迷い込んだような…。)
するとルネアは何かに気づいた様な顔をする。
(ここ、立ち入り禁止の森じゃないか!?
確か、ここには『大昔に封印された恐ろしい大男』がいるとかなんとかで…!)
ルネアは身が震え、遂には足を止めてしまった。
(駄目だ…。アルネの事といい、さっきの竜といい、森に迷い込んだ事といい…外に出なきゃよかった。
一体出口はどこ…)
ルネアは再び歩き出すと、少しずつであったが薄明かりが見えた。
(外…?)
ルネアは薄明かりに向かって再び走り出す。
(あの光…凄く懐かしい感じがする…!きっと太陽だ…!)
そしてその明かりにたどり着くと、そこはまだ森の中。
木々が円を描くように避けて立っており、その円の中心には人が浮いていた。
人は立つようにして眠っており、その人は見るからに大男だった。
優しい光が大男を包んでおり、ルネアは神秘的な光景に感嘆の声をあげた。
(噂の大男…!?)
ルネアは驚いてはいたが、その不思議な光景につい近づいてしまう。
暗緑色の短い髪に、白い服にケープを着ている。
どこかで見た事ある様な服装だ。
胸には星型の飾り物があったが、もう一つ同じ星型の飾り物が彼を守るように彼の前に浮いている。
飾り物を中心に、彼を包む光が溢れている気がするのだ。
ルネアはふとその飾り物に触れると、指が痛くなるほど強い力に弾かれた。
「うわっ!」
すると、大男を包んでいた光が強くなる。
眩しくなってルネアは目を庇うと、大男は地に足を着けた。
光は弱まり完全に消えてしまうと、大男の前にあった飾り物は地面に落っこちた。
それと同時に大男は開眼し、なんとルネアの服を掴んで持ち上げてしまう。
「アール!お前一体俺に何しやがった!」
大男はそう言うと、次にポカンとした顔をする。
ルネアは怖くて目を回しており、大男は優しくルネアを下ろしてあげた。
ルネアはその場で座り込んでしまうと、大男は青ざめてブツブツと呟き始めた。
「俺はなんて事を…知らない人に掴みかかった挙句怒鳴るなんて…。」
ルネアは大男の怖くない雰囲気を感じ取ると話しかける。
「あのー…」
すると、大男はルネアを見て目を見開く。
ルネアは苦笑してしまうと、大男はルネアを暫く見つめると言った。
「お前、名前は?」
「え、ルネア・プロノスです。」
それを聴いた大男は怒った形相を見せて言う。
「プロノスって!お前『東の大将』の息子かなんかかぁ!?」
大男は怒った顔を見せているものの、口の勢いだけで顔に威厳はそこまでない。
ルネアは彼の言葉に首を傾げた。
「『東の大将』…?戦争の話ですか?
それならもう四百年前に終わってますよ。東が勝って、今は東の国なんですよ全部。」
「えっ…!?」
それを聴いた大男は驚いた顔で声を詰まらせる。
ルネアは大男の服装をよく見ると、先程の合唱団と似た服装であるのに気づいた。
合唱団は決まってケープを着ており、彼に関してはケープに紫のラインが入っていた。
「あ!合唱団の服!…て信じられないですけど、まさか大男さん大昔の人だったりします?
その服装、大昔の合唱団の服の特徴に似てます。」
すると大男は身構える。
「な、なんだよ大昔って!…嘘だろ…?俺まさか…」
大男はそう言うと、膝をついてしまった。
両手で顔を覆い隠し、悔しそうな顔を浮かべる。
「そうだ…!アイツに騙されて…!」
ルネアはその悲しそうな顔を見ると、自分まで悲しくなっていた。
大男は、ルネアを見ると言う。
「なあ、お前って【魔法】を使えたりしないのか?」
急な問いに、ルネアは慌ててしまった。
「え!?使えないですよ!魔法持ちなんて今の時代珍しいんですから!」
それを聴いた大男はルネアの肩を掴むと言った。
「じゃあ、お前は自分の能力にも気づいてねぇんだな。」
「僕の能力…?あるんですか?てかわかるんですか?」
大男は頷くと言う。
「俺は相手の力を読む事ができるんだ。
お前、俺の知り合いの力と同じものを持ってて、時代を行き来できる力があるとかなんとか…聴いた話だけど。その子孫かなって。」
「え!?魔法ですか!?しかも時を行き来してしまう!?」
ルネアは驚くと同時に、自分に不思議な力があると思うと目が輝いた。
しかし大男は目を逸らして呟く。
「ま、魔法力が無いから力を使えないみたいだけどな。」
「えぇ…」
ルネアは一気にテンションが下がってしまうと、
大男は次に言う。
「なあ、お願いだ、過去を変えて欲しいんだ!助けて欲しい仲間がいる!
俺の魔法力なら過去に行く分の力を与えられる…!お願いだ…!」
ルネアは急に大きな事を頼まれた為、両手を振って断った。
「むむむ無理ですよ!そんな急に!なんですか過去って!
…僕一国の王子だし!」
「なんだよ!一国の王子なら国民の為に一肌脱げよ!
それとも、大昔の民の希望は叶えられねぇってのか!」
「ち、違います!僕にはできない!それだけです!」
ルネアはそう言うと、大男を振り切って逃げてしまうのであった。
大男はその場で呆然とルネアの後ろ姿を見守っていると、次に地面に落ちていた星の飾り物を拾い上げた。
大男は胸に紫色の飾り物をしているが、地面に落ちていたのは藍色の飾り物だった。
その飾り物を拾い上げると、大男はその飾り物を強く握り締める。
「なんで…!なんでお前は…裏切ったんだよ…!俺達を…!」
~+~+~+~+~+~+~+~+
ルネアはやっとの思いで城近くまで帰ってきたが、城も街も商店街もボロボロであった。
大方、さっきの竜がやったのだろう。
変わり果てた国が、ルネアの心を襲った。
人の気配が一切なく、たまに倒れたまま動かない人がいるだけだ。
「嘘…」
ルネアは人に駆け寄って安否を確かめたかったが、できなかった。
もし既に亡くなっていたら…
それを知るだけでルネアは一歩も動けなくなってしまうだろう。
それは本人もよくわかっていた。
「ルネア!」
ルネアはアルネの声を聴いた。
ルネアは急いで声の方へ向かうと、アルネは少し離れた場所にいる。
「良かった…!無事だったのね…!急に竜と、吸血鬼が国を襲ってきて…!
みんな避難してるのよ!ルネアも早くこっちに来て!」
アルネは涙目になりながらも言っていた。
「ありがと…アルネ。今行くから!」
ルネアはそう言って走り出すと、急にアルネの背後に白髪の女性が現れる。
瞬間移動とも言える速さでアルネの背後に回った女性は、アルネが気づく間もなくアルネを捕まえた。
「きゃ!
あなた…!国を襲った吸血鬼…!」
女性の吸血鬼は舌なめずりをすると、
「お前は美味しそうだな。」
とアルネに返答せずに、その吸血鬼は大きく口を開いた。
吸血鬼のむき出しになった鋭い牙が、アルネの首筋を狙っている。
「いやっ!助けて!ルネア!」
アルネはそう叫んだが、吸血鬼は構わずアルネの首に噛み付いた。
ルネアは驚く間もなく、アルネの首から血が滲む。
ルネアは足が動かなかった。
現実味が感じられなかったのと、単に足がすくんでいた。
ルネアはただ呆然と感じていた。
緊張からなる、強い鼓動を、手首の脈を。
現実を受け止めたくないが為に、まとまらなくなる思考を。
恐怖に支配された、その震えた手を。
(これ……本当に現実…?
夢…じゃないよね…?)
吸血鬼はアルネを手放すと、血の気が消えたアルネがその場で転がってしまう。
ピクリとも動かない彼女。
その時、ルネアはやっと現実を目の当たりにしたのだった。
「あぁ…アルネ…!」
ルネアは後すざりをしたが、アルネとの思い出が蘇る。
自由がなかったルネアにとって、自由を持っていたアルネは、外への夢を、そして友情をくれた唯一の親友だった。
急に自分の弱さが悔しくなり、仇のために一歩前に出た。
「よくもアルネを…!」
ルネアがそう言って歩き始めると、誰かがルネアの服を引っ張って止める。
「馬鹿!何やってんだお前!!」
それはさっきの大男で、ルネアは焦点の合わない目を大男に向けた。
「さっきの大男さん…?」
大男は軽く溜息をつくと、吸血鬼を見てからルネアに言った。
「ラム。【ラム・ローフ】、俺の名だ。」
「ラム・ロース…」
ルネアは小さくその名を呟く。
するとラムにツッコミを入れられる。
「肉じゃないローフだっ!」
それでもルネアは正気じゃないのか、まるで聞こえていない様子。
ラムは溜息をつくと、吸血鬼はラムを見て笑った。
「ラム・ロース!探したぞ。」
「いやお前も間違えんなよっ!」
ラムはツッコミを入れたが、一度落ち着く。
それからラムはルネアの耳元で言う。
「アイツは吸血鬼の魔物だ。
顔をよく覚えとけ、奴は吸血する事で相手の力を奪うんだ。
俺の仲間も、コイツのせいで死んじまった。」
ルネアはボーッとしていたが、話の途中で徐々に正気に戻っていく。
そしてルネアは思う。
(ラムも仲間を失っているんだ…)
吸血鬼は言った。
「四百年もどこに隠れていたんだ?ここらはくまなく探し、他の場所もあたっていたんだぞ。
ま、見つけた今は関係ないがな。お前の力を頂いて、私は…私は…フフフ…」
するとラムは眉を潜める。
「身を隠すってお前、アールが俺を…あれ?」
ラムは何か引っかかる内容でもあるのか、考えていた。
「あの、アールさんって誰ですか?」
考え事をするラムに空かさずルネアは質問するが、ラムは更に頭がこんがらがっているのか頭を抱えた。
それを見た魔物は笑う。
「お前、前々から思ってたが、あの男が好きなのか?」
その言葉にラムは吹き出してしまうと
「んなワケねぇだろ!!第一男同士だろおい!」
と言ったが、ルネアは鵜呑みにしていた。
ルネアは思わず顔を引き攣った。
「え、ゲイ?」
「違ぇ!!」
魔物は面白いのかクスクス笑うと更に言う。
「あの男はお前の力強い所と繊細な所のギャップが好きと言っていたぞ?」
「え…アールが…?」
ラムはそれを聞いて少し顔を赤らめると、手を口に当ててしまう。
ルネアはその様子に女々しさしか感じないのであった。
「まあ嘘だがな。」
魔物によって嘘だという事をバラされると、ラムの表情は怒りへと変わった。
「お前…っ!」
魔物はラムをからかって満足したのか、次に言った。
「お遊びはここまでにしよう。さあ!お前の力を頂くぞ!」
ラムはその言葉に身構えると、ある事に気づく。
「そういやドラゴンがそこらで暴れてるって話を聞いたんだが…いないな…」
ルネアも周りを見渡すが、確かにドラゴンの姿が見えない。
あんなに大きなドラゴン、すぐに視界に入るはずだ。
「ラムさんはあの竜の事知ってるんですか?」
「詳しい事は知らない!」
ラムは無愛想な態度でそう言うと、次に言った。
「いいか!あのドラゴンは一度暴れりゃ止まらねぇ。あの魔物が持つ魔法力もかなりのものだ。
それを考えたら…この国はもう終わりだ。」
それを聴いたルネアだが、反応が全くなかった。
ラムはおかしく思っていると、ルネアは急に泣き出す。
どうやら全てが唐突過ぎて、ルネアの感情が追いついていないようだ。
「…もう…、もう終わりなんだ…。ひどいっ…僕の人生っ…ひくっ…みんなのぉ…うぐっ…」
ラムはその様子に驚いた後に慌てた。
「お、おい泣くな!お俺のせいかよ…!いや、ひとつだけ助かる方法がある!」
ルネアはその言葉に顔を上げると、ラムは言った。
「お、お前が過去に行って未来を変えりゃ、こんな世界になんねぇからよ!」
それを聴いたルネアは顔を下げ、地面を見つめた。
ラムはそんなルネアを見て、最後に言う。
「このまま国の終わりを見てるか、それとも過去に行って頑張ってみるか決めろ。あんまり時間がない。」
そう言われ、ルネアは俯いて考えた。
(時を越えて過去を変えるなんて、そんな話聞いた事も、そういう本を読んだ事もない。
つまり前代未聞…。
僕がそれを成せるのか、恐ろしい事が待っている事は確かだ。
だけど、自分が行かなければ誰が行くというんだ。
誰がこの悲惨な現実を変えると言うのだろう。)
ルネアは暫く黙り込むと呟いた。
「あの…、僕行きます。外…大好きなんで…」
ラムは最後の言葉に違和感を感じると、ルネアは涙を流したまま言った。
「大事な人が目の前で死んじゃって…!
きっとラムも同じ思いしたよね…!僕…変えたいよ未来…!全部!」
ラムはルネアの言葉に俯くと、次にルネアの目を見て言う。
「ありがと、よく決心してくれた。」
ルネアは顔を上げると、魔物は言った。
「さあ、最後の言葉は交わしたか?」
するとラムは魔物を見て不敵に笑う。
「おう、終わったぜ。…今すぐお見送りしてやるさ!」
ラムはそう言うと、ルネアに手をかざす。
ルネアはなんとなくわかった。
ラムはありったけの魔法力をルネアに注いでいるのだ。
ルネアは魔法力に触れるのは初めてだったが、それでもラムの力が強大であるのがわかった。
(凄い力…!)
「ごめんな…ルネア。
お願いだ、俺の仲間を救って…未来を変えてくれ!
そうすれば、この現実が変わるはずだッ!」
それに対し、ルネアは心配かけまいと笑顔で頷く。
本当は不安でいっぱいなのに。
すると、ルネアの背後に大きな空間が現れ、ルネアだけが吸い込まれていった。
地から足が離れ空間に入る時、ルネアは思った。
(これから…僕はどうなってしまうんだろう…)
ルネアは不可思議な空間に恐怖を抱く前に、ゆっくり目を閉じる。
すると、僅かにラムの声が聞こえてきた。
「ルネア!最後に一つ!!
俺と似た服着た黒髪の眼鏡男に気をつけろ!
アイツはっ…【アール】は…!裏切り者だ…!」
顔が見えなくてもわかる。
涙と、悔しさと悲しさの混ざった声だ。
――その後のサグズィの末路は、ルネアにはわからない…
しかし不思議と、竜からの攻撃は来ていなかった。
遠い遠い場所から破壊される音、人の悲鳴が聞こえる。
ルネアは恐怖で怯えた。
何が起きたのかもわからなかった。
平和に生きてたルネアは、目の前に起こった惨劇に対し逃げる事しか考えられないのだ。
気づくと森の木々は、宇宙色をした葉を持つ木に変わっていた。
真っ暗な森に、宇宙の輝きを持つ木々。
ルネアはその幻想的な光景に、気づけば走るのをやめて歩いていた。
(どこだろ…。まるで宇宙に迷い込んだような…。)
するとルネアは何かに気づいた様な顔をする。
(ここ、立ち入り禁止の森じゃないか!?
確か、ここには『大昔に封印された恐ろしい大男』がいるとかなんとかで…!)
ルネアは身が震え、遂には足を止めてしまった。
(駄目だ…。アルネの事といい、さっきの竜といい、森に迷い込んだ事といい…外に出なきゃよかった。
一体出口はどこ…)
ルネアは再び歩き出すと、少しずつであったが薄明かりが見えた。
(外…?)
ルネアは薄明かりに向かって再び走り出す。
(あの光…凄く懐かしい感じがする…!きっと太陽だ…!)
そしてその明かりにたどり着くと、そこはまだ森の中。
木々が円を描くように避けて立っており、その円の中心には人が浮いていた。
人は立つようにして眠っており、その人は見るからに大男だった。
優しい光が大男を包んでおり、ルネアは神秘的な光景に感嘆の声をあげた。
(噂の大男…!?)
ルネアは驚いてはいたが、その不思議な光景につい近づいてしまう。
暗緑色の短い髪に、白い服にケープを着ている。
どこかで見た事ある様な服装だ。
胸には星型の飾り物があったが、もう一つ同じ星型の飾り物が彼を守るように彼の前に浮いている。
飾り物を中心に、彼を包む光が溢れている気がするのだ。
ルネアはふとその飾り物に触れると、指が痛くなるほど強い力に弾かれた。
「うわっ!」
すると、大男を包んでいた光が強くなる。
眩しくなってルネアは目を庇うと、大男は地に足を着けた。
光は弱まり完全に消えてしまうと、大男の前にあった飾り物は地面に落っこちた。
それと同時に大男は開眼し、なんとルネアの服を掴んで持ち上げてしまう。
「アール!お前一体俺に何しやがった!」
大男はそう言うと、次にポカンとした顔をする。
ルネアは怖くて目を回しており、大男は優しくルネアを下ろしてあげた。
ルネアはその場で座り込んでしまうと、大男は青ざめてブツブツと呟き始めた。
「俺はなんて事を…知らない人に掴みかかった挙句怒鳴るなんて…。」
ルネアは大男の怖くない雰囲気を感じ取ると話しかける。
「あのー…」
すると、大男はルネアを見て目を見開く。
ルネアは苦笑してしまうと、大男はルネアを暫く見つめると言った。
「お前、名前は?」
「え、ルネア・プロノスです。」
それを聴いた大男は怒った形相を見せて言う。
「プロノスって!お前『東の大将』の息子かなんかかぁ!?」
大男は怒った顔を見せているものの、口の勢いだけで顔に威厳はそこまでない。
ルネアは彼の言葉に首を傾げた。
「『東の大将』…?戦争の話ですか?
それならもう四百年前に終わってますよ。東が勝って、今は東の国なんですよ全部。」
「えっ…!?」
それを聴いた大男は驚いた顔で声を詰まらせる。
ルネアは大男の服装をよく見ると、先程の合唱団と似た服装であるのに気づいた。
合唱団は決まってケープを着ており、彼に関してはケープに紫のラインが入っていた。
「あ!合唱団の服!…て信じられないですけど、まさか大男さん大昔の人だったりします?
その服装、大昔の合唱団の服の特徴に似てます。」
すると大男は身構える。
「な、なんだよ大昔って!…嘘だろ…?俺まさか…」
大男はそう言うと、膝をついてしまった。
両手で顔を覆い隠し、悔しそうな顔を浮かべる。
「そうだ…!アイツに騙されて…!」
ルネアはその悲しそうな顔を見ると、自分まで悲しくなっていた。
大男は、ルネアを見ると言う。
「なあ、お前って【魔法】を使えたりしないのか?」
急な問いに、ルネアは慌ててしまった。
「え!?使えないですよ!魔法持ちなんて今の時代珍しいんですから!」
それを聴いた大男はルネアの肩を掴むと言った。
「じゃあ、お前は自分の能力にも気づいてねぇんだな。」
「僕の能力…?あるんですか?てかわかるんですか?」
大男は頷くと言う。
「俺は相手の力を読む事ができるんだ。
お前、俺の知り合いの力と同じものを持ってて、時代を行き来できる力があるとかなんとか…聴いた話だけど。その子孫かなって。」
「え!?魔法ですか!?しかも時を行き来してしまう!?」
ルネアは驚くと同時に、自分に不思議な力があると思うと目が輝いた。
しかし大男は目を逸らして呟く。
「ま、魔法力が無いから力を使えないみたいだけどな。」
「えぇ…」
ルネアは一気にテンションが下がってしまうと、
大男は次に言う。
「なあ、お願いだ、過去を変えて欲しいんだ!助けて欲しい仲間がいる!
俺の魔法力なら過去に行く分の力を与えられる…!お願いだ…!」
ルネアは急に大きな事を頼まれた為、両手を振って断った。
「むむむ無理ですよ!そんな急に!なんですか過去って!
…僕一国の王子だし!」
「なんだよ!一国の王子なら国民の為に一肌脱げよ!
それとも、大昔の民の希望は叶えられねぇってのか!」
「ち、違います!僕にはできない!それだけです!」
ルネアはそう言うと、大男を振り切って逃げてしまうのであった。
大男はその場で呆然とルネアの後ろ姿を見守っていると、次に地面に落ちていた星の飾り物を拾い上げた。
大男は胸に紫色の飾り物をしているが、地面に落ちていたのは藍色の飾り物だった。
その飾り物を拾い上げると、大男はその飾り物を強く握り締める。
「なんで…!なんでお前は…裏切ったんだよ…!俺達を…!」
~+~+~+~+~+~+~+~+
ルネアはやっとの思いで城近くまで帰ってきたが、城も街も商店街もボロボロであった。
大方、さっきの竜がやったのだろう。
変わり果てた国が、ルネアの心を襲った。
人の気配が一切なく、たまに倒れたまま動かない人がいるだけだ。
「嘘…」
ルネアは人に駆け寄って安否を確かめたかったが、できなかった。
もし既に亡くなっていたら…
それを知るだけでルネアは一歩も動けなくなってしまうだろう。
それは本人もよくわかっていた。
「ルネア!」
ルネアはアルネの声を聴いた。
ルネアは急いで声の方へ向かうと、アルネは少し離れた場所にいる。
「良かった…!無事だったのね…!急に竜と、吸血鬼が国を襲ってきて…!
みんな避難してるのよ!ルネアも早くこっちに来て!」
アルネは涙目になりながらも言っていた。
「ありがと…アルネ。今行くから!」
ルネアはそう言って走り出すと、急にアルネの背後に白髪の女性が現れる。
瞬間移動とも言える速さでアルネの背後に回った女性は、アルネが気づく間もなくアルネを捕まえた。
「きゃ!
あなた…!国を襲った吸血鬼…!」
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「お前は美味しそうだな。」
とアルネに返答せずに、その吸血鬼は大きく口を開いた。
吸血鬼のむき出しになった鋭い牙が、アルネの首筋を狙っている。
「いやっ!助けて!ルネア!」
アルネはそう叫んだが、吸血鬼は構わずアルネの首に噛み付いた。
ルネアは驚く間もなく、アルネの首から血が滲む。
ルネアは足が動かなかった。
現実味が感じられなかったのと、単に足がすくんでいた。
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緊張からなる、強い鼓動を、手首の脈を。
現実を受け止めたくないが為に、まとまらなくなる思考を。
恐怖に支配された、その震えた手を。
(これ……本当に現実…?
夢…じゃないよね…?)
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ピクリとも動かない彼女。
その時、ルネアはやっと現実を目の当たりにしたのだった。
「あぁ…アルネ…!」
ルネアは後すざりをしたが、アルネとの思い出が蘇る。
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「馬鹿!何やってんだお前!!」
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「さっきの大男さん…?」
大男は軽く溜息をつくと、吸血鬼を見てからルネアに言った。
「ラム。【ラム・ローフ】、俺の名だ。」
「ラム・ロース…」
ルネアは小さくその名を呟く。
するとラムにツッコミを入れられる。
「肉じゃないローフだっ!」
それでもルネアは正気じゃないのか、まるで聞こえていない様子。
ラムは溜息をつくと、吸血鬼はラムを見て笑った。
「ラム・ロース!探したぞ。」
「いやお前も間違えんなよっ!」
ラムはツッコミを入れたが、一度落ち着く。
それからラムはルネアの耳元で言う。
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顔をよく覚えとけ、奴は吸血する事で相手の力を奪うんだ。
俺の仲間も、コイツのせいで死んじまった。」
ルネアはボーッとしていたが、話の途中で徐々に正気に戻っていく。
そしてルネアは思う。
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吸血鬼は言った。
「四百年もどこに隠れていたんだ?ここらはくまなく探し、他の場所もあたっていたんだぞ。
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するとラムは眉を潜める。
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考え事をするラムに空かさずルネアは質問するが、ラムは更に頭がこんがらがっているのか頭を抱えた。
それを見た魔物は笑う。
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その言葉にラムは吹き出してしまうと
「んなワケねぇだろ!!第一男同士だろおい!」
と言ったが、ルネアは鵜呑みにしていた。
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「え、ゲイ?」
「違ぇ!!」
魔物は面白いのかクスクス笑うと更に言う。
「あの男はお前の力強い所と繊細な所のギャップが好きと言っていたぞ?」
「え…アールが…?」
ラムはそれを聞いて少し顔を赤らめると、手を口に当ててしまう。
ルネアはその様子に女々しさしか感じないのであった。
「まあ嘘だがな。」
魔物によって嘘だという事をバラされると、ラムの表情は怒りへと変わった。
「お前…っ!」
魔物はラムをからかって満足したのか、次に言った。
「お遊びはここまでにしよう。さあ!お前の力を頂くぞ!」
ラムはその言葉に身構えると、ある事に気づく。
「そういやドラゴンがそこらで暴れてるって話を聞いたんだが…いないな…」
ルネアも周りを見渡すが、確かにドラゴンの姿が見えない。
あんなに大きなドラゴン、すぐに視界に入るはずだ。
「ラムさんはあの竜の事知ってるんですか?」
「詳しい事は知らない!」
ラムは無愛想な態度でそう言うと、次に言った。
「いいか!あのドラゴンは一度暴れりゃ止まらねぇ。あの魔物が持つ魔法力もかなりのものだ。
それを考えたら…この国はもう終わりだ。」
それを聴いたルネアだが、反応が全くなかった。
ラムはおかしく思っていると、ルネアは急に泣き出す。
どうやら全てが唐突過ぎて、ルネアの感情が追いついていないようだ。
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ラムはその様子に驚いた後に慌てた。
「お、おい泣くな!お俺のせいかよ…!いや、ひとつだけ助かる方法がある!」
ルネアはその言葉に顔を上げると、ラムは言った。
「お、お前が過去に行って未来を変えりゃ、こんな世界になんねぇからよ!」
それを聴いたルネアは顔を下げ、地面を見つめた。
ラムはそんなルネアを見て、最後に言う。
「このまま国の終わりを見てるか、それとも過去に行って頑張ってみるか決めろ。あんまり時間がない。」
そう言われ、ルネアは俯いて考えた。
(時を越えて過去を変えるなんて、そんな話聞いた事も、そういう本を読んだ事もない。
つまり前代未聞…。
僕がそれを成せるのか、恐ろしい事が待っている事は確かだ。
だけど、自分が行かなければ誰が行くというんだ。
誰がこの悲惨な現実を変えると言うのだろう。)
ルネアは暫く黙り込むと呟いた。
「あの…、僕行きます。外…大好きなんで…」
ラムは最後の言葉に違和感を感じると、ルネアは涙を流したまま言った。
「大事な人が目の前で死んじゃって…!
きっとラムも同じ思いしたよね…!僕…変えたいよ未来…!全部!」
ラムはルネアの言葉に俯くと、次にルネアの目を見て言う。
「ありがと、よく決心してくれた。」
ルネアは顔を上げると、魔物は言った。
「さあ、最後の言葉は交わしたか?」
するとラムは魔物を見て不敵に笑う。
「おう、終わったぜ。…今すぐお見送りしてやるさ!」
ラムはそう言うと、ルネアに手をかざす。
ルネアはなんとなくわかった。
ラムはありったけの魔法力をルネアに注いでいるのだ。
ルネアは魔法力に触れるのは初めてだったが、それでもラムの力が強大であるのがわかった。
(凄い力…!)
「ごめんな…ルネア。
お願いだ、俺の仲間を救って…未来を変えてくれ!
そうすれば、この現実が変わるはずだッ!」
それに対し、ルネアは心配かけまいと笑顔で頷く。
本当は不安でいっぱいなのに。
すると、ルネアの背後に大きな空間が現れ、ルネアだけが吸い込まれていった。
地から足が離れ空間に入る時、ルネアは思った。
(これから…僕はどうなってしまうんだろう…)
ルネアは不可思議な空間に恐怖を抱く前に、ゆっくり目を閉じる。
すると、僅かにラムの声が聞こえてきた。
「ルネア!最後に一つ!!
俺と似た服着た黒髪の眼鏡男に気をつけろ!
アイツはっ…【アール】は…!裏切り者だ…!」
顔が見えなくてもわかる。
涙と、悔しさと悲しさの混ざった声だ。
――その後のサグズィの末路は、ルネアにはわからない…
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エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
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