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第2章 正体―アイデンティティ―
019 それが君の望みなら 後半
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数日後、日本。
巨大植物に覆われた街の夜は、街灯の明かりがよく目立つ。
その街のとあるバーに、綺瑠はやってきていた。
綺瑠はカクテルを飲みながらも、右手をポケットに入れて考え事。
(研究尽くしで体が疲れてるな…。
彼も彼だ、何も父さんの真似して仕事だけに没頭しなくとも…。)
そう、彼は綺瑠の別の人格なのだ。
綺瑠はボーッと考え事をしていた。
(辛いならやめてしまえばいいのに…君はそうもいかないんだよね。
…僕はいつも通り、君の願望を叶えるだけだ。)
綺瑠はそう思いながらも携帯を眺める。
すると軽く目を閉じた。
(いつになったら、僕の考えが君に伝わるだろうか。
伝われば、君は少しでも考えを改めてくれるかい?)
ふと綺瑠は、三森のアドレスを覗く。
綺瑠は少し黙って眺めていたが、やがて通話をかけた。
『もしもし、三森です。』
すぐに出てきた三森。
三森は相変わらず、淡々としていた。
綺瑠は微笑むと言う。
「きぃくん、こんばんわ。」
『…君か…。治療は進んでいるかい?』
普段と打って変わり、随分と口調が崩れた三森。
「この様子じゃ、当分僕等は戻らないよ。」
それを聞いた三森は、なぜか安心したような溜息。
その溜息を聞くと、綺瑠は嬉しそうに笑む。
「きぃくん、僕に消えて欲しくないんだね、嬉しいよ。
…ねえ、父さんはどうしてる?」
『知らないよ。
そんな事よりも綺瑠、最近は研究所にこもりきりなんだろう?少しは休まないと。』
「今休んでるよ、相変わらずきぃくんは心配性だね。
そんな事より、きぃくん今から会おうよ。」
『…仕事が山の様にあるんだ、また今度で。』
「お仕事お疲れ。ねえ、じゃあ仕事しながら話聞いてよ。」
『うん。』
三森の返事を聞くと、綺瑠は急に俯く。
「…父さんが彼等をもう愛さないって考えたらさ…僕も怖くなってきた。
どうしてだと思う?」
『…知らないよ、君の気持ちだろう?』
三森はそう言うが、綺瑠は戸惑った様子を隠せない。
「怖くて…怖くて…。きぃくん、お願い、頭を撫で撫でしてよ。
お願い、父さんの代わりに僕を愛してよ。」
綺瑠の声は震えていた。
三森は少し黙っていたが、やがて言う。
『撫でる事はできるけど、君を愛する事はできないよ。』
綺瑠は頭を抱えてしまう。
綺瑠が沈黙したので、三森は言った。
『じゃあ今度お茶でもしよう。そこで沢山話を聞いてあげるから。』
「うん…」
『じゃあ、お休みなさい。』
そう言って三森は電話を切った。
綺瑠は暫くの沈黙の後、溜息をついて呟く。
「どうしてきぃくんは…僕を愛してくれないんだろう。」
そう呟いて綺瑠が飲んでいると、そこに一人の女性が隣に座ってくる。
その女性はなんと、先日辰矢の家にいたメイド。
メイドは大人の女性らしい服を着てやってきていた。
メイドは綺瑠に微笑むと言った。
「こんばんわ、隣失礼するわ。」
「どうぞ。」
綺瑠はそう言うと微笑んだ。
メイドは言った。
「常連?私初めてだから、オススメが知りたいの。」
「オススメか…じゃあ同じの飲む?」
「ええ。マスター、この人と同じものをお願い。」
バーのマスターは承知し、カクテルを作り始めた。
メイドは綺瑠に微笑むと言う。
「お兄さん仕事疲れ?目の下にうっすらクマができてるわよ。」
「お恥ずかしい。」
綺瑠は笑って誤魔化すと、メイドも笑う。
「いいじゃない、お仕事を真面目に頑張っているっていい事よ。
あっでも、頑張りすぎても気が病んじゃうからダメか…。」
そんなメイドを、綺瑠は横目で眺めていた。
(ここは一般が来る様なバーだし、いつもみたいに金目当てに来る女なんていないよね?)
「仕事で行き詰まっちゃってさ、気分転換に飲みに来たんだよ。君は?」
「えっ…」
メイドは目を剥いたので、綺瑠は優しく微笑んだ。
「言えないなら言わなくてもいいよ。」
「あっ、ごめんね。」
メイドは黙ってしまうので、綺瑠は話題を振った。
「その服、新しく着たんじゃないの?今日は特別な日だったのかな?」
その言葉にメイドは苦笑。
「え、えっと…実は……彼と約束があったんだけど、二時間経っても来なくて…」
「わーお、そんな男がいるんだね。」
「ええ…連絡もつかなくて…。だから、飲みに来たの。」
「そういう事なら、無理に理由を話さなくても良かったのに。」
「でも、話さないとやっていけないわよ!」
メイドが半分ヤケになって言うので、綺瑠はクスッと笑った。
メイドは綺瑠の方を見ると、綺瑠は言う。
「僕で良ければ話聞くよ。」
三時間後、綺瑠とメイドは店の外まで出ていた。
メイドは泥酔し、綺瑠にベッタリだった。
「綺瑠ちゃん、私まだ綺瑠ちゃんと離れたくないよぉ…」
「僕も『アカネ』が心配だなぁ。こんな真夜中に酔っぱらいの女性を一人で帰らせられないね。
タクシーでも呼ぶかい?」
綺瑠が言うと、アカネは不貞腐れた顔を見せる。
綺瑠はアカネの顔を覗くと、アカネは言った。
「意地悪。本当はわかってるくせに。」
そう言われると、綺瑠は微笑む。
「ごめん、ちょっと意地悪しちゃったね。」
二人はとあるホテルにやってきていた。
夜景の見えるエレベーターに乗る二人。
アカネはボーッと外を眺めながらも思っていた。
(総作様に言われてスパイみたいな事をしてはいるが…今の所は全然普通の男性って感じだな。
本当に心の病気を抱えているのかしら。)
すると綺瑠はアカネの体を自分の方に向ける。
「アカネ。」
「ほへっ…?」
アカネは呆然と綺瑠を見上げると、綺瑠はアカネの唇を奪ってしまう。
数秒続く濃厚な時間、それが終わると綺瑠はニヤリと笑った。
「アカネは僕の女になる気はなぁい?アカネのホシイ物、僕ならあげられるかもしれない。
ねえ、なんでも言ってごらん。」
「えっ…急に言われてもわかんないかも…」
雰囲気が若干変わった綺瑠に、アカネは少し警戒を抱く。
「そう?じゃあゆっくり答えを聞こうかな?」
「綺瑠ちゃん…」
するとエレベーターは目的地に到着。
綺瑠はそれに気づくと微笑む。
「部屋で話そうか。」
部屋に到着した二人。
高級感漂う広い部屋だったので、アカネは思わず呆然。
(こういうお金のかけ方は辰矢様そっくり。)
綺瑠はベッドの横にあるライトの位置を調整しに向かった。
「綺瑠ちゃん、ここ、すっごく高そう。」
アカネは渾身の感想を言うと、綺瑠は笑う。
「驚いてくれたのなら嬉しいな。
……ねえアカネ、おいで。」
綺瑠は手を伸ばしてきた。
アカネは歩いて近づくと、綺瑠は手を掴んで抱き寄せる。
「アカネはいい子。
今日はちょっぴりお話しただけだったけど、僕にはそう伝わったよ。
…でもこれからは、もっとお互いを知れるといいな…」
綺瑠はアカネが顔を上げると、アカネの目をじっと見つめた。
「ねえ、君を愛してもいいかい?」
アカネは目を丸くしたが、恥ずかしそうにして言う。
「え、えっと…綺瑠ちゃんがいいなら…」
「ありがとうアカネ、愛している。」
そう言うと、綺瑠はベッドの毛布の中から何かを取り出した。
アカネは首を傾げていると、それはなんと鞭だった。
アカネは驚いて青ざめると、綺瑠は不気味な笑顔を浮かべて言う。
「今から愛してあげるからね、ア カ ネ 。」
アカネは腕を掴まれるので、思わず振り払おうとする。
しかし綺瑠の力は意外と強かった。
「綺瑠ちゃん嫌…!やめて!」
「なんで拒むんだい?」
「こんなの愛じゃないわ!暴力よ!」
「君は何を言っているの…?」
綺瑠は鞭をアカネに向けたので、アカネは綺瑠を睨む。
(そうだ、坊ちゃんは暴力を愛だと思ってる。なら、私を愛せなくしてやればいいんだ。)
「坊ちゃん、そこまでですよ。総作様のご命令で私は今日、坊ちゃんに会いに来ました。」
アカネがそう言うと、綺瑠は目を剥いてその手を離した。
アカネは溜息をつくと、綺瑠は呟く。
「父さんの命令…?僕を騙していたのか…?」
「そういう事になります。
坊ちゃんが女性といる間の記憶がよく消えているそうなので、総作様から見てくるように言われました。」
すると綺瑠は無表情になる。
アカネは雰囲気が一気に変わった綺瑠を見て眉を潜めた。
綺瑠は言う。
「ああ、彼が出てきていなくて本当によかった。」
「彼…?」
綺瑠はベッドに座り込んだ。
「にしても腹立つね。ただでさえ父さん、僕から逃げてるのにこんな事してくるなんてさ。」
アカネは眉を潜めて聞いていると、綺瑠はアカネの方を見て言った。
「…アカネ、僕を観察しに来たのなら帰って欲しい。僕は彼が望む事以外は何もできない。」
それを聞いたアカネは首を傾げた。
すると綺瑠は頭を抱えて言う。
「あと、もうこんな事はやめてくれって、父さんにも言っておいて。
…彼が傷つく…。それにさ…」
そう言うと、綺瑠は手に持った鞭を握り締めて言った。
「僕もそろそろ怒っちゃいそう。」
アカネはその言葉に悪意を感じて、一歩後退してしまう。
綺瑠はそう言って立ち上がると、立ちくらみがしたのかそのまま倒れ込んだ。
アカネは驚くと、綺瑠は偶然にもベッドに倒れたので怪我はなし。
「坊ちゃん!」
と言ったが、綺瑠はすぐに起き上がる。
そして綺瑠はキョロキョロ。
「あれ?いつものホテル?」
綺瑠はアカネを見ると、瞬乾をいくつかした。
アカネも呆然としていると、綺瑠は頭を抱えて苦笑。
「ごめん…ちょっと具合悪いから、また今度でいい?」
「え…」
アカネは驚いたままでいると、綺瑠はそのまま立ち去った。
アカネは綺瑠の後ろ姿を見て思う。
(まさか…入れ替わった?)
綺瑠はホテルの外へ出ると、近くの店の窓で服装を確認。
私服を着ているのを見て、綺瑠は冷や汗。
(僕はさっきまで研究所で休憩してたはず…。
着替えて出てきてるって事は、やっぱり久坂が言ってた精神病って本当の事…?)
綺瑠は急に真面目な顔をした。
そして携帯を開き、見知らぬアドレスや電話登録を全て削除する。
(駄目だ、今は研究に集中しなきゃならない。
他の人格とやらに邪魔されては間に合わないかもしれないのに…!)
すると、綺瑠は携帯の中のメモに気づく。
(あれ、メモ機能なんて使ったっけ?)
メモにはこうあった。
『綺瑠へ。
君とは直接話せないから、ここに書くのを許してくれ。
君は最近、 あの事 が気がかりで研究を急いでいるだろう?
僕も君もそうだ。石の巫女のあの言葉で、僕達は抗おうと必死になっている。
抗っているせいで、自分で自分の首を絞めている。
僕はいい加減諦めた方がいい気がするけどね。君はどう思うんだい?』
綺瑠は呆然とした。
(これ…僕が書いたの…?)
『君はどう思うんだい?』の文字を見つめる綺瑠。
綺瑠は眉を潜めると、メモの続きに書いた。
『僕は諦めない。
君がもし、僕が知らない内に動いている僕なら、もう研究の邪魔はしないで欲しい。』
そう書くとメモを保存。
綺瑠は携帯を胸に当てると、深く目を閉じた。
(…僕は抗いたいんだよ。
石っ子ちゃんがかつて僕に語ってくれた、『未来』にさ。)
綺瑠は目を開くと、研究所へ足を運ばせるのであった。
巨大植物に覆われた街の夜は、街灯の明かりがよく目立つ。
その街のとあるバーに、綺瑠はやってきていた。
綺瑠はカクテルを飲みながらも、右手をポケットに入れて考え事。
(研究尽くしで体が疲れてるな…。
彼も彼だ、何も父さんの真似して仕事だけに没頭しなくとも…。)
そう、彼は綺瑠の別の人格なのだ。
綺瑠はボーッと考え事をしていた。
(辛いならやめてしまえばいいのに…君はそうもいかないんだよね。
…僕はいつも通り、君の願望を叶えるだけだ。)
綺瑠はそう思いながらも携帯を眺める。
すると軽く目を閉じた。
(いつになったら、僕の考えが君に伝わるだろうか。
伝われば、君は少しでも考えを改めてくれるかい?)
ふと綺瑠は、三森のアドレスを覗く。
綺瑠は少し黙って眺めていたが、やがて通話をかけた。
『もしもし、三森です。』
すぐに出てきた三森。
三森は相変わらず、淡々としていた。
綺瑠は微笑むと言う。
「きぃくん、こんばんわ。」
『…君か…。治療は進んでいるかい?』
普段と打って変わり、随分と口調が崩れた三森。
「この様子じゃ、当分僕等は戻らないよ。」
それを聞いた三森は、なぜか安心したような溜息。
その溜息を聞くと、綺瑠は嬉しそうに笑む。
「きぃくん、僕に消えて欲しくないんだね、嬉しいよ。
…ねえ、父さんはどうしてる?」
『知らないよ。
そんな事よりも綺瑠、最近は研究所にこもりきりなんだろう?少しは休まないと。』
「今休んでるよ、相変わらずきぃくんは心配性だね。
そんな事より、きぃくん今から会おうよ。」
『…仕事が山の様にあるんだ、また今度で。』
「お仕事お疲れ。ねえ、じゃあ仕事しながら話聞いてよ。」
『うん。』
三森の返事を聞くと、綺瑠は急に俯く。
「…父さんが彼等をもう愛さないって考えたらさ…僕も怖くなってきた。
どうしてだと思う?」
『…知らないよ、君の気持ちだろう?』
三森はそう言うが、綺瑠は戸惑った様子を隠せない。
「怖くて…怖くて…。きぃくん、お願い、頭を撫で撫でしてよ。
お願い、父さんの代わりに僕を愛してよ。」
綺瑠の声は震えていた。
三森は少し黙っていたが、やがて言う。
『撫でる事はできるけど、君を愛する事はできないよ。』
綺瑠は頭を抱えてしまう。
綺瑠が沈黙したので、三森は言った。
『じゃあ今度お茶でもしよう。そこで沢山話を聞いてあげるから。』
「うん…」
『じゃあ、お休みなさい。』
そう言って三森は電話を切った。
綺瑠は暫くの沈黙の後、溜息をついて呟く。
「どうしてきぃくんは…僕を愛してくれないんだろう。」
そう呟いて綺瑠が飲んでいると、そこに一人の女性が隣に座ってくる。
その女性はなんと、先日辰矢の家にいたメイド。
メイドは大人の女性らしい服を着てやってきていた。
メイドは綺瑠に微笑むと言った。
「こんばんわ、隣失礼するわ。」
「どうぞ。」
綺瑠はそう言うと微笑んだ。
メイドは言った。
「常連?私初めてだから、オススメが知りたいの。」
「オススメか…じゃあ同じの飲む?」
「ええ。マスター、この人と同じものをお願い。」
バーのマスターは承知し、カクテルを作り始めた。
メイドは綺瑠に微笑むと言う。
「お兄さん仕事疲れ?目の下にうっすらクマができてるわよ。」
「お恥ずかしい。」
綺瑠は笑って誤魔化すと、メイドも笑う。
「いいじゃない、お仕事を真面目に頑張っているっていい事よ。
あっでも、頑張りすぎても気が病んじゃうからダメか…。」
そんなメイドを、綺瑠は横目で眺めていた。
(ここは一般が来る様なバーだし、いつもみたいに金目当てに来る女なんていないよね?)
「仕事で行き詰まっちゃってさ、気分転換に飲みに来たんだよ。君は?」
「えっ…」
メイドは目を剥いたので、綺瑠は優しく微笑んだ。
「言えないなら言わなくてもいいよ。」
「あっ、ごめんね。」
メイドは黙ってしまうので、綺瑠は話題を振った。
「その服、新しく着たんじゃないの?今日は特別な日だったのかな?」
その言葉にメイドは苦笑。
「え、えっと…実は……彼と約束があったんだけど、二時間経っても来なくて…」
「わーお、そんな男がいるんだね。」
「ええ…連絡もつかなくて…。だから、飲みに来たの。」
「そういう事なら、無理に理由を話さなくても良かったのに。」
「でも、話さないとやっていけないわよ!」
メイドが半分ヤケになって言うので、綺瑠はクスッと笑った。
メイドは綺瑠の方を見ると、綺瑠は言う。
「僕で良ければ話聞くよ。」
三時間後、綺瑠とメイドは店の外まで出ていた。
メイドは泥酔し、綺瑠にベッタリだった。
「綺瑠ちゃん、私まだ綺瑠ちゃんと離れたくないよぉ…」
「僕も『アカネ』が心配だなぁ。こんな真夜中に酔っぱらいの女性を一人で帰らせられないね。
タクシーでも呼ぶかい?」
綺瑠が言うと、アカネは不貞腐れた顔を見せる。
綺瑠はアカネの顔を覗くと、アカネは言った。
「意地悪。本当はわかってるくせに。」
そう言われると、綺瑠は微笑む。
「ごめん、ちょっと意地悪しちゃったね。」
二人はとあるホテルにやってきていた。
夜景の見えるエレベーターに乗る二人。
アカネはボーッと外を眺めながらも思っていた。
(総作様に言われてスパイみたいな事をしてはいるが…今の所は全然普通の男性って感じだな。
本当に心の病気を抱えているのかしら。)
すると綺瑠はアカネの体を自分の方に向ける。
「アカネ。」
「ほへっ…?」
アカネは呆然と綺瑠を見上げると、綺瑠はアカネの唇を奪ってしまう。
数秒続く濃厚な時間、それが終わると綺瑠はニヤリと笑った。
「アカネは僕の女になる気はなぁい?アカネのホシイ物、僕ならあげられるかもしれない。
ねえ、なんでも言ってごらん。」
「えっ…急に言われてもわかんないかも…」
雰囲気が若干変わった綺瑠に、アカネは少し警戒を抱く。
「そう?じゃあゆっくり答えを聞こうかな?」
「綺瑠ちゃん…」
するとエレベーターは目的地に到着。
綺瑠はそれに気づくと微笑む。
「部屋で話そうか。」
部屋に到着した二人。
高級感漂う広い部屋だったので、アカネは思わず呆然。
(こういうお金のかけ方は辰矢様そっくり。)
綺瑠はベッドの横にあるライトの位置を調整しに向かった。
「綺瑠ちゃん、ここ、すっごく高そう。」
アカネは渾身の感想を言うと、綺瑠は笑う。
「驚いてくれたのなら嬉しいな。
……ねえアカネ、おいで。」
綺瑠は手を伸ばしてきた。
アカネは歩いて近づくと、綺瑠は手を掴んで抱き寄せる。
「アカネはいい子。
今日はちょっぴりお話しただけだったけど、僕にはそう伝わったよ。
…でもこれからは、もっとお互いを知れるといいな…」
綺瑠はアカネが顔を上げると、アカネの目をじっと見つめた。
「ねえ、君を愛してもいいかい?」
アカネは目を丸くしたが、恥ずかしそうにして言う。
「え、えっと…綺瑠ちゃんがいいなら…」
「ありがとうアカネ、愛している。」
そう言うと、綺瑠はベッドの毛布の中から何かを取り出した。
アカネは首を傾げていると、それはなんと鞭だった。
アカネは驚いて青ざめると、綺瑠は不気味な笑顔を浮かべて言う。
「今から愛してあげるからね、ア カ ネ 。」
アカネは腕を掴まれるので、思わず振り払おうとする。
しかし綺瑠の力は意外と強かった。
「綺瑠ちゃん嫌…!やめて!」
「なんで拒むんだい?」
「こんなの愛じゃないわ!暴力よ!」
「君は何を言っているの…?」
綺瑠は鞭をアカネに向けたので、アカネは綺瑠を睨む。
(そうだ、坊ちゃんは暴力を愛だと思ってる。なら、私を愛せなくしてやればいいんだ。)
「坊ちゃん、そこまでですよ。総作様のご命令で私は今日、坊ちゃんに会いに来ました。」
アカネがそう言うと、綺瑠は目を剥いてその手を離した。
アカネは溜息をつくと、綺瑠は呟く。
「父さんの命令…?僕を騙していたのか…?」
「そういう事になります。
坊ちゃんが女性といる間の記憶がよく消えているそうなので、総作様から見てくるように言われました。」
すると綺瑠は無表情になる。
アカネは雰囲気が一気に変わった綺瑠を見て眉を潜めた。
綺瑠は言う。
「ああ、彼が出てきていなくて本当によかった。」
「彼…?」
綺瑠はベッドに座り込んだ。
「にしても腹立つね。ただでさえ父さん、僕から逃げてるのにこんな事してくるなんてさ。」
アカネは眉を潜めて聞いていると、綺瑠はアカネの方を見て言った。
「…アカネ、僕を観察しに来たのなら帰って欲しい。僕は彼が望む事以外は何もできない。」
それを聞いたアカネは首を傾げた。
すると綺瑠は頭を抱えて言う。
「あと、もうこんな事はやめてくれって、父さんにも言っておいて。
…彼が傷つく…。それにさ…」
そう言うと、綺瑠は手に持った鞭を握り締めて言った。
「僕もそろそろ怒っちゃいそう。」
アカネはその言葉に悪意を感じて、一歩後退してしまう。
綺瑠はそう言って立ち上がると、立ちくらみがしたのかそのまま倒れ込んだ。
アカネは驚くと、綺瑠は偶然にもベッドに倒れたので怪我はなし。
「坊ちゃん!」
と言ったが、綺瑠はすぐに起き上がる。
そして綺瑠はキョロキョロ。
「あれ?いつものホテル?」
綺瑠はアカネを見ると、瞬乾をいくつかした。
アカネも呆然としていると、綺瑠は頭を抱えて苦笑。
「ごめん…ちょっと具合悪いから、また今度でいい?」
「え…」
アカネは驚いたままでいると、綺瑠はそのまま立ち去った。
アカネは綺瑠の後ろ姿を見て思う。
(まさか…入れ替わった?)
綺瑠はホテルの外へ出ると、近くの店の窓で服装を確認。
私服を着ているのを見て、綺瑠は冷や汗。
(僕はさっきまで研究所で休憩してたはず…。
着替えて出てきてるって事は、やっぱり久坂が言ってた精神病って本当の事…?)
綺瑠は急に真面目な顔をした。
そして携帯を開き、見知らぬアドレスや電話登録を全て削除する。
(駄目だ、今は研究に集中しなきゃならない。
他の人格とやらに邪魔されては間に合わないかもしれないのに…!)
すると、綺瑠は携帯の中のメモに気づく。
(あれ、メモ機能なんて使ったっけ?)
メモにはこうあった。
『綺瑠へ。
君とは直接話せないから、ここに書くのを許してくれ。
君は最近、 あの事 が気がかりで研究を急いでいるだろう?
僕も君もそうだ。石の巫女のあの言葉で、僕達は抗おうと必死になっている。
抗っているせいで、自分で自分の首を絞めている。
僕はいい加減諦めた方がいい気がするけどね。君はどう思うんだい?』
綺瑠は呆然とした。
(これ…僕が書いたの…?)
『君はどう思うんだい?』の文字を見つめる綺瑠。
綺瑠は眉を潜めると、メモの続きに書いた。
『僕は諦めない。
君がもし、僕が知らない内に動いている僕なら、もう研究の邪魔はしないで欲しい。』
そう書くとメモを保存。
綺瑠は携帯を胸に当てると、深く目を閉じた。
(…僕は抗いたいんだよ。
石っ子ちゃんがかつて僕に語ってくれた、『未来』にさ。)
綺瑠は目を開くと、研究所へ足を運ばせるのであった。
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