植物人間の子

うてな

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第2章 正体―アイデンティティ―

019 それが君の望みなら 前半

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ここはスペイン。
ロサンゼルスの街の少し外れにある、立派な塀に囲まれた大きな一軒家。
スペインなのにも関わらず、庭には盆栽や池がある。
そこに一人でやってきたのは秋田。

秋田は塀の前のインターホンを鳴らした。
スペイン語で人の声が聞こえてきたと知ると、秋田は即言った。

「総作だ。…父さんに会わせて…!」

秋田は思いつめた顔をし、今にも泣きそうな顔だった。
それを聞いたインターホンの主は言う。

『総作様…!今向かいます。』

中から日本人の若い女性が出てきて、そのまま秋田を家へ案内する。

「三森さんは?お一人で来られたのですか?」

「ああ。」

それを聞いたメイドは驚いた顔。
そして秋田の顔色を伺って言う。

「…『辰矢(たつや)』様に、何かご相談ですか?」

秋田はそれに頷いた。
メイドはそれに黙って頭を下げ、部屋に案内した。

暫く歩き、とある扉の前までやってきた。
扉は障子で、メイドは言った。

「辰矢様、総作様がお越しです。」

すると障子の向こうから、低い男性の声がする。

「通せ。」

メイドは障子を開こうとしたが、秋田が真っ先に開けてしまう。

「父さん!」

中にいたのは男の老人。
部屋の中は和室で、壁には掛け軸があり『百戦錬磨』とあった。
その老人は老いていながらも屈強な体を持ち、今も胡座をかいて一人精神統一をしていた。

秋田はそれでも老人に飛び込むと、老人は目をカッと開いてから秋田に拳を向けた。
しかしその屈強な拳を、なんと片手で受け止めてしまう総作。



それを廊下で見ていたメイドは唖然としていた。

すると老人、もとい総作の父である辰矢は鼻で笑う。

「総作、また一段と弱くなったな。鍛えていないな?」

それに対し、総作は動じずに言った。

「おじいちゃんの仕事を、全部私に押し付けた父さんが悪い。」

総作の反論に、辰矢は拳を下げた。
辰矢は溜息。

「総作は頭が良かったから…頭の悪い俺の代わりに…」

するとツッコミを入れるように総作は言った。

「だからって成人もしてない子供に事業を押し付けるのは酷すぎる!」

しかし辰矢は笑顔。

「面倒だったし。
いやでも、それでもよくやってくれてるじゃないか。いやぁ、総作は親父に似てくれて良かった。」

「くぅ…!極道よりタチの悪い…!
綺瑠が幼い時、子育てが大変な時期も事業一切手伝わなかったよね!酷いよ父さん!」

総作は悔しそうな顔をしていたが、辰矢は周囲をキョロキョロ。

「綺瑠は?会いたかったんだけどなぁ。」

「会わせませんッ!
かつて世界中の闇事業に喧嘩を吹っかけてきた危険な父親に息子は会わせられません!!」

「いやでもそのお陰で、マフィアも極道も秋田財閥が口開けば融通が利くようになったわけで…」

「それでもダメぇっ!!平和におじいちゃんの事業を引き受けて欲しかったよ父さんには!」

すると辰矢は大笑いした。

「あの頃は事業を引き受けるのも勉強も面倒だったからなぁ!」

「今もでしょ!!」

「あの時は楽しかったな総作ぅ!また体を鍛え直せ!
ついでに綺瑠も誘おう!綺瑠も俺達の血を継いでいる!ならばできるはずだ!」

総作は鳥肌が立ったのか顔色が悪い。
それから頭を抱えて首を横に振る。

「ヤダヤダ綺瑠を危険な目に遭わせたくない!!
私が学生時代の時だって、父さんのせいでこっ酷くヤバイ奴等に追い掛け回されたんだからね!?」

「大丈夫、総作は生きてたんだから綺瑠も生きて帰れる。」

「生きて帰れる問題じゃなくて危険な目に遭わせたくないだけだからね!?」

そう言われると、辰矢は不貞腐れた顔。
それに対して総作は冷や汗。

「そんな顔しても綺瑠は連れてこないから!」

「ケチ。」

「子供かっ!」

ツッコミ疲れてしまう総作。
総作は思わず呟いた。

「と、歳だね…十数年ぶりに父親と話したら疲れた。」

「五十過ぎたんだもんな総作も。」

「そう言う父さんは七十過ぎてもまだこれか…」

総作は呆れた様子であった。
すると辰矢は満足したのか、落ち着いた様子になる。

「で、急にやってくるなんてどうした?まさか事業の相談事ではないだろうな?」

「あ!そうだった!」

総作はツッコミを入れるのに夢中になっていたせいか、すっかり本題が頭から抜けていたようだ。
急に総作はその場で正座をすると、目に涙を溜めた。

「実は綺瑠が病気で…!」

「病気?死の危険があるのか!?」

辰矢が前のめりになって言うと、総作は首を横に振った。
それを見ると拍子抜けしてしまう辰矢。

「違うのか。」

「心の病気だ。」

「心ォ?綺瑠も軟弱に育ったなぁ、総作の教育が悪いんだぞ~」

辰矢が呑気に言うと、総作は涙をボロボロと流してしまう。
まさか本気で泣くとは思わなかったのか、辰矢は目を丸くした。

「おいおい、ごめんて。」

「私が愛だと思ってやっていた事が、実は綺瑠の心に深い傷を負わせていたんだ…!
綺瑠の体を刃物で傷をつけたりするのは虐待だって…!」

「バカモノーッ!!」

辰矢はそう言うと、再び総作に拳を向けた。
今度は総作は腹を括っていたのか、そのパンチを頬で受けた。
総作は倒れ込んでしまう。

「俺はお前をそんな男に育てた覚えはない!」

「はい…」

総作が返事をすると、辰矢は拳を見せた。

「男なら刃物じゃない!拳で躾けるものだ!!」

それを聞いたメイドも総作も呆然。
総作は言った。

「そうだね、父さんはいつも私を殴り飛ばそうとするし。」

「あれは魂の拳、愛の拳だ!」

「あっはい…」

総作は興味なさそうに呟く。
そして溜息をついた。

「そうだ…、私は父さんのそういう所はちゃんと理解していた。
拳で語らないと何も話せない脳味噌筋肉野郎である事も、それを受け流すのが日課だったのも。」

総作はそう言うと近くにあった急須を持って、お茶を湯呑みに注ぐ。
それを飲むと続けた。

「綺瑠は私の愛が理解できなかった。
そのせいで綺瑠は苦しんだ…どう受け止めるか考えた結果、綺瑠は心の病気を患ったんだ…」

湿気た様子の総作を見て、辰矢は笑顔で総作の背中を叩いた。
強く叩くので、総作は咳き込む。

「不器用な所は俺に似たんだな総作は!
ま!綺瑠も総作の不器用だって事くらいわかってるさ!」

総作は布巾で服を拭くと、若干呆れた顔で辰矢を見つめた。

「それで片付く話なら、私はここまで来ていないんだよ。…はあ、父さんに話に来るんじゃなかった。」

「役に立てなくてごめんよぉ」

「ホント…」

すると総作は近くにいたメイドを見る。
メイドは緊張した様子で、それでも平然を装いながらも指示を待っている。
総作は言った。

「あの子に何がいけなかったのか聞いてみようと思う。」

「俺じゃダメなのか?」

辰矢の言葉に、総作は頷いた。

「父さんが非常識だって事は、息子の私にでもわかるからね。」



一通り話を聞いたメイドは、眉を潜めて総作に言った。

「なぜ愛くるしいと暴力に走ってしまうのですか。」

「いや、だって綺瑠が可愛すぎて…!
傷つけた時のあの顔が、あの悲鳴が、他人には絶対に見せない顔だ。見たくなるだろう…!?
私がつけた傷を、綺瑠が見る度に私を思い出してくれると思うと幸せなんだよ…!
勿論綺瑠との思い出の品は、全て全て保存しているよ!」

総作の悪気のない顔に、メイドは反応しづらい表情になっていた。
辰矢も眉を潜めている。

「総作、いつからそんな悪趣味になったんだ?」

「そんなに悪趣味かな?」

二人は深く頷いた。
メイドは言う。

「坊ちゃんを見てもそういう衝動に駆られないよう、訓練する必要がございますね。
もしそれが成功すれば、また坊ちゃんに気兼ねなく会う事ができます。」

「確かにそうだね…!できるかな!?」

それにメイドは頷くので、総作は目を輝かせる。
そして総作はポケットから綺瑠の写真を取り出した。

「今日から綺瑠の写真を毎日見て、衝動に駆られないように訓練をしよう!
最初は十分、慣れたら五分ずつ増やしていこう…!」

総作は綺瑠と真剣に向き合う為、綺瑠を見ても暴力をしたくなる衝動を抑えるように励むのであった。
すると辰矢は言った。

「なあ、綺瑠は結婚できたのか?ひ孫見たくなってきた。」

急に聞かれ、総作は眉を困らせる。

「いいや、なかなか上手くいかないんだと。別れっぱなしだよ。」

すると辰矢は笑った。

「女なんて何人いてもいいじゃないか!なぁ!」

メイドに振られるので、メイドは頷いておく。
総作は目を細めると辰矢に言った。

「あと父さんと綺瑠を会わせたくない理由、父さんは女遊びが酷すぎる。綺瑠が本格的に女遊びを覚えたら怖い…!」

「大丈夫だよ、綺瑠は俺ほどの男じゃないから!やっぱり女は力に惚れるもんだ!そう!筋肉!!」

それを聞いていたメイドは苦笑するのがやっとだった。
総作は辰矢の声は聞こえていないのか、頭を抱えたままブツブツと呟く。

「綺瑠は二十五になってから初めて女の子と付き合ったから…今は三十一人目で…これからもっと大勢の女性と付き合うのか…!?
怖い…!なんだか怖いぞ父さんは…っ!!」

メイドは言った。

「三年で三十一人は…、辰矢様以上ですね。」

それを聞いた瞬間、辰矢は「グハッ」と苦しそうな顔をして部屋の隅で倒れた。
辰矢は倒れながらもブツブツと呟く。

「クッ…軟弱な孫に女の数で負けるとは…!俺は情けない…!!」

「くだらない事でダメージ受けないでぇっ」

と総作は言ったが、辰矢はダメージを負ったまま。

「男は筋肉で成り立つもの…これは嘘だったのか…?」

「それ思ってんのアンタだけぇっ」

総作はそうツッコミを続けたが、残念ながら辰矢の耳には届かなかった。
メイドは微妙な顔をしつつも総作に言った。

「辰矢様は確かにお強いですが、お頭が足りないですからね。寄ってこない女性も多いそうです。」

「やっぱり?」

総作がそう言うと、メイドは頷いた。
メイドの素直な回答に、辰矢は細々と言った。

「なんか俺、メイドに貶されてなかった…?メイドにも貶される主人って何…」

すると総作はメイドに言った。

「君はとってもいい子だね。もし良かったら綺瑠のお友達になってくれないかい?
これ写真。」

総作がメイドに写真を見せると、メイドは目を丸くした。

「まあ素敵な方。こっちの方が辰矢様の倍以上魅力がありますよ。」

「そうなんだよ。」

辰矢は更にダメージを負っているのか、部屋の隅で三角座り。
そして更に総作は言った。

「綺瑠はいつも彼女と会っている時の記憶がないんだけど、君で原因探れそうかな?」

「ほう…やってみます。」

二人で作戦会議している中、辰矢は不貞腐れた顔で呟いた。

「なんか話進んでるし…あの子うちのメイドなんだけど…」
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