シャ・ベ クル

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人間ドール開放編

第三十七話 少女ドールの願い。

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 ある日。
ロディオンと善光とセオーネは、電車で二時間ほどかかる場所まで来ていた。
ちなみに瑠璃は水筒の水をゴクゴクと飲みながらロディオンのストーカーをいつも通りしていた。

今日は先日セオーネから見せてもらった番組の、娘を人形にした親の家を訪ねに来た。
理由は勿論、人形売買業の情報を得るため。

「ここらは番組で言ってた場所だよね。娘さんを人形にした父親さんの家、どこら辺にあると思う?」

「いつになったら見つかるのやら…。」

善光は溜息をつくと、一同は住宅街の方へ向かうのであった。



そして住宅街へ向かうこと数分後、一台の車がロディオン達の前で止まる。
一同は然程気にしてはいなかったが、車の窓から人の顔が出てきた所でやっと気を向ける様になる。
車の窓から顔を出したのは、三十代後半の見た目をした男性。

「ポポフさん…!」

その男性は言った。
ロディオンは驚いて

「俺!?」

と聞くと、男性は微笑んで頷く。

「髪を切ったんですね。注意していなければ気づかず帰ってしまう所でした。」

「まさか…ニコライ…?」

ロディオンが呟くと、男性は目を丸くした。

「ああ、まさかあなたは彼の弟さんですか?そう言えば日本に出た弟さんがいると、彼から聞いた事があります。」

男性の言葉にロディオンは微笑すると言う。

「弟のロディオン・ポポフです。あなたはニコライと知り合いなんですか?」

「ええ、私は『久我啓治(クガケイジ)』と申します。…あなたのお兄さんには世話になったもので。」

それを聞いて驚いたのは善光。

「久我って…!娘を人形にした親の名前…!」

「なんと!」

セオーネも驚く。
ロディオンは少し黙ると、次に言った。

「あの、俺達聞きたい事があって久我さんを訪ねてきたんです。」

それを聞いた久我は少し驚いた様子だったが、やがて優しい顔を向けてくれる。

「よろしいです、私の家にご案内いたしましょう。さ、車に乗ってください。」

「ありがとうございます。」

ロディオンはそう言って乗り、

「お友達さんもどうぞ。乗れますかな?」

と久我は善光達も乗せてくれる。

「ありがとうございます。」

善光は感謝してるのかしてないのかわからない声色で言い、

「あ、ありがとうございます!」

とセオーネは緊張し過ぎだ。
ちなみに瑠璃は、ロディオンが乗った時点で乗り込んでいた。

「ふふふ。では、出発しましょうか。」

こうして無事ロディオン達は目的の人を見つけ、久我の家へ向かうのであった。



 久我と共に家にやってきたロディオンは、客間に案内される。
久我の家は外観といい、普通の一軒家よりも大きい程度。

「ニコライさんは元気になさってますか?」

「はい。と言うか、久我さんとニコライはどういったご関係で?」

ロディオンが聞くと、久我は少し黙った。

「……死体の腐敗が起こらぬよう施し保存する『エンバーミング』、それをもっと高度な技術で行う。君はその素晴らしくも恐ろしい技術に興味あるかな?」

ロディオンはそれに強く反応する。

「それって!人間をお人形みたいにするって事ですか!?」

「……そうだね。」

「あの…!それはどこで行ったんですか!?俺、知りたいんです!どうしてもやり遂げなければならない事がある…!」

真摯な眼差しに久我は少々驚いた様子でいると、微笑んで言った。

「やはり娘のミイラの情報を知って訪ねてきましたか。わかりませんか?君のお兄さんですよ。」

ロディオンは半分分かっていたのか、口を結んだまま黙り込む。

「興味があるなら、見ますか?」

久我は悲しい顔を浮かべながらも、ロディオンに言う。

「…はい!」

ロディオンは真摯な顔を保ちながら返事をした。

「では、こちらへ。」

そうして案内された部屋は、どうやら子供部屋。
部屋の中は可愛らしく飾られており、赤やピンク色がベースの家具が置かれた部屋だった。
ロディオンは近くの大きな天蓋付きベッドが気になって見つめていると、久我がカーテンを開いて見せてくれる。

「娘は人形が本当に大好きで…ずっとベッドの上で遊んでいました。」

そこにあったのは、人形にされた久我の娘であった。

娘の周りには沢山の可愛い人形が置いてある。
間近で見てもリアルで、死んでいるとは到底思えない。
少女は微笑みながら、人形達で遊んでいる様に見えるのだ。

ロディオンは胸に手を当てると、セオーネも口に手を当てる。

「私の娘は重い病気で、余命まで宣告されていました。手術を受けるも、幼い娘では生存率が明らかに低い…。
私は弱っていく娘に聞いたのです、『望みはあるか?』と。娘は言いました、『私はお人形になって、お父さんとお人形さんとずっと一緒にいる。』と。
…私は泣きました…こんな…幼く純粋な娘を守れず…悔しかったです。」

久我の言葉に、ロディオンは娘に近づいて見つめる。

「曇りのない、素敵な微笑ですね。…俺達はこんなに悲しくなるのに、なんかズルいです。」

ロディオンの呟きに、久我は言った。

「そうですね。娘は生きていた頃もそんな感じでしたから…私はもう慣れっこです。こんな気持ちは。」

そこでセオーネは久我に質問をする。

「あの…娘さんが人形になりたいと言ったから、人形にしたんでしょうか…?」

「…そうなるね。娘自身、人形になれたら私の傍にずっと居れると何度も言っていましたから…つい探してしまいました。娘の手術が失敗してしまう可能性を知ると尚、探してあげたくなりました。遺体を保存するエンバーミングを取り扱う会社等を転々としました。
その中で、唯一取り合ってくれたのはロディオン君のお兄さんでした。」

「ニコライが…!?」

「ええ。他は条件が悪いのと、断られる事もありました。ですがその会社に勤めるニコライさんが、個人で引き受けると言ってくださいました。
…娘が亡くなった訳でもないのに話を進めるのは、とても心が痛かったです…。」

「そうですか…。」

ロディオンは呟くと、久我は小さく頷く。

「ええ…。亡くなった当初はショックで…。
だけど人形になって戻ってきた娘はまるで生きている様で…。娘の望みは叶えられたのだと私は思っています。今も…こうして娘は人形達と一緒にいますが…」

久我はここまで話すと、涙を流し始めて声を枯らした。

「生きてる様に見えるのに一切動く素振りを見せない…お話をしない…成長もしない…!
そんな娘を見るのが…最近は苦しくなってきてます…」

「久我さん…」

ロディオンは久我の背中を摩ると、久我は涙を拭く。

「も、申し訳ありません。つい、感情が出過ぎてしまいました。」

「いえいえ、仕方がありませんよ。…すいません、掘り返す様な事を…。」

「大丈夫ですよ。あんなに真剣な目を向けられたら、断るのも申し訳ないですから。」

「いえ、それでも…!」

ロディオンがそう言うと、久我はその言葉を塞いだ。

「君が何か情報を求めるならば、私は力になりたいよ。君は恩人の弟さんだからね。ニコライさんから話は聞いていたよ、とてもいい子だと。私は初対面だけどね。」

「久我さん……。…ありがとうございます!」

ロディオンは頭を下げると、久我は笑う。

「情報を貰う前からお礼か…。」

すると善光は淡々とした様子で久我に聞いた。

「人形売買業を転々としたって言ってましたけど、そのリストとかないですか?俺達探してるところがあるんです。」

「なるほど…。少しだけならお見せできます。」

久我はそう言うと、子ども部屋から出る。一同はそれについていくと、書庫まで案内された。



 書庫で資料を手に取る久我は、ロディオンに言った。

「私の家を見る通り裕福な家庭ではありませんが、君のお兄さんは高度なエンバーミングを安く引き受けてくださったんです。」

「そう…なんだ。金にうるさい兄なんだけどな。」

ロディオンが呟くと、久我はクスッと笑ってしまう。

「彼も「普段はこんな安く仕事は受けない」って言っていましたもの。」

「何か条件でもあったんですか?安くなった理由。」

善光が聞くと、久我は資料のページを一枚一枚捲りながら言った。

「色んな会社に頼みこんでいるのが、彼に知られたらしくて。お話したいと言われたんですよ。
ロシアに行ってお話してたら言われたんです、「子供の為にここまで動ける親、俺は初めて見ました。」と。」

善光は資料の会社メモが沢山あるのを見て

「確かにこんな会社の量、見つけるのも苦労しそうだもんな。日本じゃあんなエンバーミングを取り扱う所なんて多分ないだろうし、海外に当たるしかないですもんね。」

と言うと、久我は照れた様に笑う。

「色んな方に情報を貰ったり、手伝ってもらったり、助けて頂いたお陰です。」

それを聞いたセオーネは微笑んでしまうと言った。

「きっとその努力と行動力が、ニコライさんに伝わったんですね。」

「ただの非道野郎ってわけでもないって事か?」

善光が首を傾げていると、ロディオンは真摯な表情を少し緩めると言う。

「久我さん、今日は本当にありがとうございます。」

久我は驚くと

「え?まだ資料は…あ、こちら全部見て頂いても構いませんよ。」

と資料を差し出すが、ロディオンは深く頷いてから言った。

「いえ、最近ニコライと喧嘩気味でして。今の話で一つ…希望を見つけられました。」

久我は話の状況はよくわからないが微笑んでみせて、その間に善光は黙々と関係のありそうな会社をメモしていた。



 ロディオン一行は帰宅。
リビングに向かうと、そこには正実がいた。

「わ~正実!」

ロディオンの言葉を聞くと不機嫌な顔を見せる善光。

「なんでいるんだよ!勝手に入るな訴えるぞ!」

しかしそれを無視して正実は続けた。

「ロディオン…大変なニュースだよ。」

「なになに?」

「ニコライが日本に来た理由がね、業者によって人形の素材として捕らえられたかららしいんだよね。」

「えぇ!?」

「ニコライは自分の先輩が狙われてから、人形作りを殆どしなくなったんだと。業者への反発のつもりなのかもしれないけど、それが業者には使えない道具になったって映っちゃったみたいでね。」

「そ…そんな…じゃあニコライはまだ狙われてるって事?あと先輩は無事なのかな…」

「闇の深い世界と関わってしまった一般人だからね、そりゃ使えなくなりゃ処理されるよ。先輩の居場所はわかってないよ。」

ロディオンはその言葉に黙り込んでしまうと、正実は更に追い打ちをかけてくる。

「そして、つい最近ニコライが再び業者に捕まったらしい。」

「え…?」

ロディオンはポカンとし、正実は続けた。

「ま、僕がどうにかニコライを引き取れるか交渉しとくから。もう殺し屋を探さなくてもいいよって事だけは伝えとくね。」

「あ……ありがと…。ニコライをよろしく…」

ロディオンは呆然としながら言うと、

「はあい。」

と正実は家をそそくさと立ち去る。
善光は最後まで睨みつけ、出て行くのを見守る。
正実が出て行ったのを見ると、ロディオンの方に体を向けた。

「ロディオン大丈夫か?」

ロディオンはふと我に戻ると、勇敢な顔を見せて二人に言う。

「助けに行こうぜ!俺達には久我さんから貰った情報がある!」

「危険だ!てか情報だけで見つかると思ってんのかよ!」

即答したのは善光。
しかし、ロディオンは善光の手を握り真面目な表情で訴えた。

「俺の大事な兄貴なんだよ…!お願い、協力してくれないか…?」

善光はそれを聞くと軽く舌打ちをして、

「ま、言っても聞かないだろうからな。手伝ってやるよ、でも無理はすんなよ。」

情報のメモを手渡しする。
ロディオンは善光の言葉に深く頷くと言った。

「ありがと!!」

善光はロディオンの威勢のいい返事を聞くと、軽く溜息をつく。
瑠璃は始終黙っていて、そんな二人を眺めているだけだった。
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